消された歴史 3
儀式の日から早二か月が過ぎていた。
オーガスタの短い冬が終わり王都は春となり間近に迫った『オーガスタ聖王国』健国祭に向け街も華やかに、そして賑やかになっていく。
そんな活気ある街中をヴァージニアは女学校の制服を着たまま鼻歌交じりに歩いていた。
普段なら平日の昼に制服姿で歩くのは目立つが、今の時期ならパミア大陸内外から様々な服を着た人がいるので目立つ事もない。
なぜヴァージニアがそんな時間に街中にいるのかというと午後からの授業は魔術に関する授業しかないからである。
父エイルムスの口利きで魔術の授業中は自由行動が許されているヴァージニアは学校に早退を届け出て受け入れられた。
ここ最近、魔術の授業中は学校の図書館に籠る事が多かった。
その理由は、言うまでもなく例の巻物である。
レイチェルと共に解読に挑戦をしているものの手掛かりも見つからず暗礁に乗り上げている状態が続いていた。
それでも姉妹は何とか手掛かりを得ようと難しい古書にも目を通したりと努力はしたが、所詮は素人。それも既に限界が来ていた。
そして、今日。
ヴァージニアは渋るレイチェルを説得して巻物の一部を写し取った紙を持って、ある事情で休学している唯一の友達の元へと向かっていた。
(エレンちゃん、大丈夫でしょうか。手紙では平気だと書いてありましたが……)
その友達の名前はエレン・オースマー。
オーガスタ黒王国の中でも著名な歴史学者の父を持つ才媛である。
しかし、ある疑いをかけられて父親が失脚すると家は没落。エレンの父はその直後に行方不明となり、彼女は母と貴族街の屋敷を出て裏通りにある小さな屋敷に引っ越していた。
近々エレンの父が爵位を失うという噂が出回っている。もしそうなればエレンは家格を気にする女学校からの退校は免れない。そのためエレンの休学は実質的に『退学』と同じと見る人が学校内でも多数だった。
そんな大変な時期に、ヴァージニアはエレンの家に行くのは心苦しくあった。だが現在の状況を打破するにはエレンの力を借りるしかない。手紙の末尾に「相談したい事がある」と書いて送ると直ぐにエレンから返事が来た。その手紙の中に「久しぶりに会いたい」とあった。ヴァージニアは迷惑を承知でエレンの好意に甘えることにしたのだった。
ヴァージニアが通っている学校は王都の北西側にある。学校のある通称『学生街』の東には巨大かつ壮麗な王城を守る城壁が周囲を覆っている。城壁に沿うように東へ移動していくと今度は王都を南北に貫く大通りに出るので、そこを更に東に渡る。渡った先は『貴族街』と呼ばれるウルフェン家を含む貴族の住居が立ち並ぶ区画である。そこから更に少し南に行った所に古びた屋敷が立ち並ぶ寂れた風景と出会う。
かつてここも貴族街だった。だが狂王レイド時代の末期、地位を失った貴族が多く住んでいたこの地区は今では寂れ果て『亡霊街』と呼ばれている。
その名の通り無念のうちに処刑された貴族やその郎党の亡霊が多数漂っているという。更にレイドから爵位を買った成金貴族たちが権力を誇示するように移り住み不審死を遂げたという話も多く伝わっている。
だが後に調査に来た黒曜教の司祭が言うには亡霊街にアンデッドの気配はなく、一件の不幸な病死を周囲の人間が尾ひれを付け怪談話として世間に広げただけのデタラメだと王に報告。その調査結果は広く民衆に伝えられた。
しかしそれでも亡霊街で不気味な人影を見たという話は後を絶たず今も人が滅多に寄り付かない。結果的にこの地区には何か訳アリの人が流れ着く場所となっていた。
そして今もお祭り騒ぎの王都の中で現状に警備された王城と並ぶほどに静かで排他的な空気が漂っている。そんな場所を名門女子校の制服を着た少女が軽い足取りで歩いているのはどうにもミスマッチであった。
「お手紙だと、たしかこの辺に……あっ!」
「ジニー! 良かった、迷わないで来れたのね!」
「エレンちゃん、お久しぶりです!」
ヴァージニアの事を心配して屋敷の門の前にいたエレンに駆け寄って手を握る。
エレンの身長はヴァージニアより高い。そのためヴァージニアは自然と顔を見上げる形になる。エレンの美しい
「ふふっ、思ったよりも元気そうで安心した?」
「あっ、はい。そのお父様の事は……」
「気にしていない、といえば嘘になるわ。でもあの人の失踪癖はいつもの事よ。その内ほとぼりが冷めたらひょっこり帰ってくるわ。そんなことより早く中に入ってちょうだい。会えなかった半年間の事、色々聞かせて欲しいわ」
「は、はい!」
ヴァージニアはエレンは互い手を繋いだまま古びた屋敷の中へと入っていった。
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