第二章 消された歴史

消された歴史 1

 ガラガラと音を立ててヴァージニアたちを乗せた馬車はオーガスタ黒王国の政の中心である王都『オーガス』の大通り進んでいた。

 大型の馬車がゆうに五台はすれ違う事が出来る道路とそこに立ち並ぶ色とりどりの商品が並ぶメインストリートはオーガスの華ともいえる場所だ。

 ヴァージニアたちの前を行く大型の乗り合い馬車が駅で多くの人を降ろし、そして帰る人を次々と乗せてきた道を戻っていく。

 そんな光景を目をキラキラさせて見ているヴァージニアにレイチェルは呆れを含んだ視線を向けた。


 「いつも思うのですが、こんな光景のどこが面白いんですか?」


 「ええ!? だって、いつ見ても商品が違うんですよ!? それにあの人、角があります。きっと北の方から来た角人さんですよ!? きっと色々な場所を旅して来たんでしょうね~。ああ、お話してみたいです!」


 「姉さまはそのまま連れ去られそうですから絶対に止めてください」


 「いやいやいや、私だって見知らぬ人に付いていったりは……」


 「去年してましたよね?」


 「あ、あれは迷子を送り届けた後でどうしてもお礼がしたいからと食事に誘われたりしたもので……」


 「それでもし何かあったらどうするのですか? まったく、もう」


 本来の貴族令嬢はより良い婚姻を結ぶために学校や習い事、社交界で良い相手を見つけるので忙しい。それなのにヴァージニアが自由に行動できる時間が多いのは、彼女には貴族令嬢として全く価値がなく父から放任されているからである。

 魔力の有無がそのまま家格のステータスに直結するパミア大陸東部にはヴァージニアの居場所はない。居場所が無いという事は同時に存在を認識されないとほぼ同義だ。先ほど「連れ去らたらどうする」とレイチェルは言ったが、もし本当にそうなっても周囲の者は誰も気にしないだろう。

 現に――。


 「おかえりなさいませ、レイチェル様!」


 「お嬢様! 正式なご婚約おめでとうございます!」


 「流石はレイチェル様です! これで相手の家も納得してくださいますでしょう! これでウルフェン家の安泰は間違いありません!」


 ウルフェン家の玄関ホールでは儀式で自らの価値を示したレイチェルに執事や召使が群がり、うすら寒い誉め言葉を並べ立てる。

 だが、その中で服が濡れた状態で二階への階段を昇るヴァージニアに目を向ける者は誰もいない。


 (本当にどうしようもないわね、この人たちは)


 それは長年続いてきた慣習ゆえで、決して彼らの人格全てに問題があるわけではないのは分かってはいる。

 だがレイチェルには個人の人間性に目を向けず魔力の有無に一喜一憂している者たちがどうしても愚かで嫌悪を感じられて仕方がない。

 だが、それを今日は表に出すわけにはいかない。

 今の自分の役割はヴァージニアが安全に泉で見つけた荷物を持って部屋に辿り着くまでの囮なのだ。だから精々愛想を振りまいてやろうと天使の様な笑顔を浮かべ応対するのであった。


 ―――

 そして三十分後。


 「姉さま、入りますよ」


 「はい、どうぞ~」


 レイチェルは自室と直接通じているヴァージニアの部屋に入る。

 今レイチェルが使っている部屋は本来客室であり、ヴァージニアが使っているのは客人の従僕の為の部屋である。


 なぜ彼女たちが客室を使っているのか?


 その理由はウルフェン家に連れて来られたばかりの頃のレイチェルは精神的に不安定であり誰にも手が付けられない状態だった。

 そんなレイチェルを唯一宥める事が出来たのがヴァージニアだった。そしてレイチェルの守り役として屋根裏の小さな部屋から二階のこの部屋に移り、そして今もそのまま部屋を使い続けているのである。


 出迎えたヴァージニアは既に着替え終え、ズボン姿という貴族令嬢にあるまじき恰好をしてベッドに座っていた。

 レイチェルの部屋に比べれれば狭く、家具は簡素な机と椅子、棚程度だが、大して物をもっていないヴァージニアには十分すぎる住居スペースだった。

 

 「またそんな冒険者みたいな恰好をして」


 「えへへ、でも動きやすいんですよ。それに涼しいですしね」


 「まぁ、姉さまがいいのでしたら文句はないですけど」


 一方のレイチェルは、最近オーガスタの社交界で流行の細かな刺繍が入ったほんのり青い色をしたワンピースにショールを羽織っている。

 一年を通して温暖な気候が続くオーガスだが、今日は少し肌寒い。

 レイチェルは黙って部屋の空調を司る魔術器に触れ部屋を暖める。

 

 (本来、こういうのは召使いたちの仕事でしょうに)


 魔力がないヴァージニアには魔術器を扱う事は出来ない。そのため普段は召使いたちが(面倒そう)にやる事をレイチェルは代わりに行う。


 「とりあえず姉さまはお風呂に行ってください。拾ってきた物は私が見ていますから」


 「えっ、でも別にあの泉はそんなに汚くは……」


 「汚いに決まっているでしょう! それに体も冷えているのでは? 召使いたちにはよく言って準備させましたので早く行ってください」


 「うう、わかりました~」


 自分たちの主の娘であるヴァージニアに対しても、この屋敷の従僕たちの態度は大柄だ。だからこそ、レイチェルは姉を風呂に入れる事を厳しく命じ、同時に人に迷惑をかけたがらないヴァージニアに対しても「人を待たせている」という圧力を加えて有無を言わさないように仕向けたのである。

 

 「あの、レイチェル?」


 「勝手に巻物の封を解くなんて野暮な真似はしませんから、ゆっくり入ってきてくださいね」


 「すぐに戻りますから!」


 「ですからゆっくりでいいと言っているじゃないですか」


 タオルと着替えを持って部屋を飛び出していくヴァージニアに呆れながらレイチェルは自分の部屋から持ってきた本を机に置いた。


 『オーガスタの歴史』


 子ども向けの歴史書だが、これにいくつか紋章が載っていたのを覚えていたレイチェルはさっそく調べものに没頭するのであった。

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