幕間

パミア大陸とオーガスタ王国の歴史

 ☆

 ヴァージニアの話を追う前に、ここで当時のパミア大陸について話しておきましょうか。

 これは今の情勢にも繋がってますから覚えておくといいですよ。


 ご存知かと思いますがパミア大陸はほぼ四角形をしている大陸です。(大陸の周囲に小さな島はありますけど、これは今は省きます)

 大陸の北と西は険しい山岳地帯が多く、逆に東と南には深い森林や平原が広がっています。この大陸に私たちの先祖である『人間ヒューマン』がやって来たのはおよそ千年前と言われています。


 新天地を求めてやってきたのか、それとも罪を負い流されてたのかは分かりませんが、東の海を越えて人間はやってきたそうです。

 そして平野の多い現在のオーガスタ黒王国がある地に開拓者たちは根を下ろし、それぞれの希望と野望を胸に長い年月をかけて徐々に大陸各地に生息圏を広げて行きました。


 その中で彼らは原住民である『亜人デミヒューマン』と呼ばれる異種族と出会い、交流し、そして時には血生臭い戦いを起こし、その中でいくつかの才覚のある者の元には多くの人が集い、やがていくつかの国が生まれました。

 

 この時代を『古王国時代』といいます。


 開拓と発展を続け、東と南に存在する別大陸と交易をしパミア大陸は急速に発展していきました。その光景を見て当時の人たちは誰しもが自らと子孫の栄華を疑ってはいなかったでしょう。

 

 ですが、その人間にとっての幸福な時代は唐突に終わりを告げます――。



 『黒の災厄』


 約500年前に起こった大災厄の事はご存じでしょう?

 人も自然も飲み込んだ大災厄ですが詳しい内容は今も一部のヒト以外にはほとんど伝わってはいません。

 栄えていた古王国群も全て崩壊し、人々の文明と文化はほぼゼロに戻されました。

その時に生き残った人たちは後世に不思議な伝承を残しました。

 

 『災厄は虹の聖女と白き獣に払われた』


 もちろん、この虹の聖女と今語っている聖女は全くの別人です。

 ですがヴァージニアの旅立ちと冒険、そしてその生涯には常にこの伝承が大きな影響を与え続けたのです。


 話を歴史に戻しますね。

 黒く塗りつぶされた歴史が再び綴られ始めたのは約四百五十年前。

 その始まりの場所は開拓者たちが最初に根を下ろしたあの平原。

 そこに一人の賢人を中心とした集落が生まれ、そして新たな国が生まれました。



 その名は『オーガスタ聖王国』。


 賢人の名を国名にした国は数代に及びパミア大陸復興を掲げ、再び人間を大陸各所に送り込む大陸の心臓として発展していくことになります。

 ですが頼みとしてた別大陸との交易は不思議な結界に阻まれ行う事が出来ず、その発展は以前と比べて緩やかな物でした。

 それに別地域で生き残っていた人間、そして人間に感化された亜人も独自に国を打ち立て聖王国の干渉を拒否し新たな戦いを起こしました。

 かつての繁栄を取り戻すとした聖王国主導の大陸復興案は図らずも多くの軋轢を生みだし後世に悪影響を及ぼすことになるのです。



 そして百年前。

 賢人が築いたオーガスタ聖王国に暗雲が立ち込め始めました。

 当時、聖王国には二人の王子がいましたが父王の急死を受け王位継承権をかけて対立。国を二分するかつてない内戦に発展してしまったのです。


 これが聖王国が黒王国に変わるきっかけになった『王位継承戦争』と呼ばれる戦いです。


 ですがこの戦争にも色々謎がありました。


 決して不仲ではなかったはずの二人の王子の確執が何故起こり、国を割る事態にまでなってしまったのか。

 そして最大の謎は一時は優勢だった第二王子派が突然勢いを失くし瓦解したことでしょう。

 第一王子派は盛んに第二王子を討ち取ったと喧伝しましたが、実際に遺体を見た者はおらず様々な謎を残しつて戦いはあっさりと幕を閉じました。

 そして新王は遥か北に大神殿を構える『黒曜教』を国教とした事に加え自身の派閥が使っていた『黒地の旗』にちなみ『オーガスタ黒王国』と改めました。


 ですが名を変えた歴史ある大国の再出発は立て続けに起こった北と西の独立運動で暗雲が立ち込めました。


 継承戦争の混乱に紛れ王国北部の森林地帯が亜人である『森人もりびと』を中心として『フィリン森林国』を名乗り独立を宣言。

 国土の西端にあった草原地方に住んでいた遊牧民たちも『ヘイル草原自治領』を名乗り同じく独立しました。

 この二つの勢力の背後には長年オーガスタと反目し続けていた、北の軍事大国『ダグラス帝国』の陰謀があったとも言われています。

 継承戦争で国力を落とした黒王国にこれを抑え込む力はなく国土の三分の一を失うという追い打ちを受けることになりました。


 この時の王家が受けた屈辱が七十年後に大きな野心と類を見ない残虐性を秘めた王の暴走に繋がっていくのです。



 継承戦争から七十年、ヴァージニアの旅立ちから遡ること三十年前。一人の男が王冠を頂き跪く臣下に宣誓しました。


 「私は誰よりも偉大な王とならん!」


 後に狂王と呼ばれるレイド・ヴァン・オーガスタ。

 継承戦争後に何故か結界が解けた事により再び別大陸との交易が可能となり国力を蓄えた黒王国は、その力を新たな王の野心と復讐心と共に北のフィリン森林国へと振るいました。


 「逆賊どもに奪われた国土を取り返す!」


 王の熱狂は臣下や民に伝播し、そして狂気へと導いていきました。

 当時のフィリン森林国の文官はこう書き残しています。


 『宣戦布告と共に押し寄せた軍勢は全てを奪い、焼き、殺していった』と。


 森林国の名の通り、広大な森林地帯が広がる国土の四割を焼き払い、略奪、暴行、強姦を繰り返した悪鬼の如き軍は、後の統治などまるで考えずに破壊を繰り広げていきました。

 そしてフィリン森林国の指導者や独立に関わった一族を皆殺しにすると、今度はもう一つの裏切り者であるヘイル草原自治領へと向かいました。


 狂気に墜ちた軍は待ち構えていたのは十の大部族を集結させた精強な部族連合軍でした。しかしレイドが率いる軍は連合軍を撃破し、まるで狩りをするように草原中を逃げ惑う有力部族を次々と血祭りにあげていきました。

 

 ですが、ここで狂王の軍は取り返しのつかない失敗を犯します。

 西方最大の国、『ミランシア王国』の国土に踏み入り一つの村で当然のように虐殺を行ったのです。


 「ただの小さな村。少しばかりの金をくれてやれば王国も満足するだろう」


 狂王レイドはそういって村を滅ぼした者たちを罰する事もミランシアに釈明を行う事もしなかったそうです。


 ですが、そこはただの村ではなかったのです。

 当時のミランシア王妃の父と母、領主である兄の一族が住んでおり王妃の家族もこの凶行の犠牲となったのです。

 けれども、その事を後から知ったレイドは「不幸な事故だった」という、もはや宣戦布告同然の紙切れ一枚と僅かな賠償金を支払う意志があるという伝言を使者に持たせミランシア王城に送ったのです。

 これに激怒した愛妻家で知られたミランシア王は、北のダグラス帝国の侵攻を何度も防いだ王子アレスに自らの親衛隊を含めた軍を率いさせオーガスタ軍が駐留しているかつての草原自治領へと送り出しました。


 これが狂王レイド・ヴァン・オーガスタの落日の始まりでした。


 当時のオーガスタ軍の強さは、別大陸で作られた武具の強さを主軸に、そこに熱狂を加えた士気の高さにありました。レイドが勝てていたのは本人の才というよりこの二点が大きく、戦いもほとんど策を用いない正面からのぶつかり合いしかありませんでした。(森林国を焼き払ったのも隠れる場所や逃げ場を奪い決戦に持ち込むためだったそうです)

 連戦連勝に浮かれていたオーガスタ軍は、事前に草原領に住む者から情報を得て知略を駆使するミランシア王子アレスにいいように振り回され連敗を重ねていきます。

 敗北と死の恐怖という冷や水を浴びせられた軍は、熱気を失い急速に士気が落ちていきました。

 そして徐々に東側に追い込まれたレイドは遂にミランシアとの正面対決に持ち込みますが、それがアレスの仕掛けた罠だったことに気づいた時は既に手遅れでした。

 絶対に負けない正面からぶつかり合い、僅かにミランシア側が退いた事に気づき全軍突撃の号令をかけたその瞬間でした。

 戦いの趨勢と復讐の時を待っていた草原の民からなる義勇軍がオーガスタ軍の背後から襲い掛かり、その奇襲で元から士気が落ちていたオーガスタ軍は総崩れになりました。

 草原に進出したオーガスタ軍が今度は狩られる側になり草原進出時には五万以上いた軍勢のうちオーガスタ領まで逃げ切れたのは僅か五千ほど。レイド自身も途中で遭遇したアレスとの一騎打ちで右腕を失い半死半生の状態で国へ逃げ戻りました。

 間を置かず、フィリン森林国の生き残りも反撃の狼煙をあげ、結局オーガスタは再び国土を失い、周辺国に拭い難い傷をつけるだけの結果となっただけでした。



 敗戦後、戦費の浪費と天文学的な数字となった賠償金を三国から突き付けられ低迷するオーガスタの経済に更に追い打ちをかけたのは敗戦と戦傷で完全に正気を失ったレイド自身でした。

 自らの腕を切り落としたアレスを憎み、同時に恐れたレイドは国土の西、草原の境に長城を作る事を命令し既に草原から引き上げていたミランシア王国との決して起こらない決戦に備えるように指示を出したのです。

 これに対して既に多額の戦費を費やした貴族たちは当然反対しますが、それは狂った王の剣に己の体を捧げるような物でした。

 レイドは支払いを拒否した貴族たちを次々と粛清、空いた席に金を出した商人などを新たな貴族として据えるという暴挙に走りオーガスタの内政も混乱し収拾がつかなくなっていきました。


 ですが混乱の原因となった長城建設計画も途中で終わりを告げることになります。

 狂った王をこのまま玉座に据え続ければ国が亡びる。そう考えた粛清を免れた貴族たちが狂王の寝所に兵を伴い侵入、強引に王位から退かせることに成功します。

 在位五年を目前にレイドは王から咎人に転落、僻地に幽閉され三年後に病死しました。(この死には様々な憶測と噂が流れましたが真相は不明です)


 レイドの後を継ぎ玉座についたのは今まで冷遇されてきたレイドの弟セドリック・ヴァン・オーガスタでした。

 よく言えば穏健、悪く言えば覇気のない新王の下で周辺国と改めて平和条約が結ばれ、誰も何も得る事もなく痛みと恨みだけを撒き散らした戦いはこうして本当の終わりを迎えました。


 そしてセドリック王の治世が二十五年目を迎えた年にヴァージニアの物語は始まりを迎えました。


 ふふっ、少し長くなってしまいましたね。

 それでは話をヴァージニアたちに戻しましょう。

 魔力の泉から王都オーガスに帰ってきた姉妹を乗せた馬車は城門を抜け王都を十字に走る大通りを進んでいきます――。

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