運命の日 6
「ええい、何をちんたらやっておるか!」
「も、申し訳ありません! おい、お前たち、すぐに取り掛かれ!」
己の失態になりかねない事態に怒った騎士に、息も絶え絶えの儀式官が頭を下げ連れてきた作業員に指示をだす。
もし騎士が余計な圧力をかけなければ儀式官も天窓の事を思い出し余計な労力を費やさずに済んだかもしれない。だが完全にパニックになっている儀式官がそれに気づくことは無く、ただむやみに騎士に対する仕事をしているというアピールのために作業員に怒鳴り散らしかえって効率を落とすことしかしていない。
その煩い儀式官に騎士が更に怒鳴り散らし周囲がどんどん殺伐とした雰囲気になっていく負の連鎖に陥いり殺伐とした雰囲気になっていた所に涼やかな声が喧騒を掻き消した。。
「ふぅ、ただいま戻りました。歴戦の騎士様が一体何を騒いでいるのですか?」
「お、お、おおおお、レイチェルお嬢様、ご無事で!」
「はぁ、はぁ、ご、ご無事、げふっ、げふっ!」
丘の上から現れたレイチェルの姿に神でも見たのか、騎士は跪き、儀式官も土下座せんばかりに地面に体を投げ出し何かを喋ろうとしてむせてしまっている。
連れて来られた作業員たちは尊大な二人を跪かせる少女は何者かと土砂を掘る手を休めて遠巻きに見つめていた。
レイチェルの後ろにはニコニコ笑っているヴァージニアもいるのだが、その存在を認めないかのように無視する騎士と儀式官への怒りをなんとか抑えレイチェルは労わる様に言葉をかける。
「心配をおかけしました。中に被害はないので土砂を除けばすぐに元通りになるはずです。ですから作業員の皆さんはどうかそのまま作業を続けてくださいますよう」
優雅に一礼するレイチェルの姿に見惚れていた作業員たちは先ほどまでのやる気なさがウソのように奮起して作業を続行する。
「しかしレイチェル様はどうやって外に?」
ブツブツと自分がいかにレイチェルを心配していたかを言っていた騎士が立ち上がり媚びた笑いを浮かべながら当然の疑問をぶつけてくる。
それに対しレイチェルは予め用意していた答えをスラスラと述べた。
「運よく通りかかった人が天窓からロープを投げてくれたのです。それを伝って外に出る事が出来ました」
「てん、ま、ど?」
言葉の意味を噛みしめるように呟いた騎士の脳みそが、その意味を遅れて理解すると顔を真っ赤にし儀式官を悪魔の様な形相で睨みつけた。
反対に儀式官は死人のような顔色をして土下座したまま地面を滑るようにて距離をとるという器用な芸当を見せた。
「騎士様? 私たちは疲れています。出来れば早く馬車に乗って屋敷に戻りたいのですが」
「は、はい、もちろんです! あの、それで……」
「それにしても土砂が崩れたのが私たちが外に出た後で本当に幸運でした。そうですよね、皆さん?」
『は、はい、もちろんそうでありますとも!』
レイチェルが今回の件で自分たちに責任を問わないと暗にほのめかした事で騎士と儀式官の顔色もあっという間に元に戻り見たこともない程に晴れやかな顔をしている。
(ほんと現金な人たち。でもこれなら今日の事を外に漏れる事はないでしょう)
これでレイチェルとヴァージニアが洞窟に閉じこめらていたという事は隠蔽できた。作業員の方も面倒事に関わる気がないらしくレイチェルたちの方を見ずに黙々と作業に没頭している。
「それでは馬車の準備をしてきます」と言い残し騎士はスキップでもするかのように軽い足取りで離れた場所に停めた馬車の元へ行ってしまった。
「それでは儀式官様、今回はありがとうございました」
「ありがとうございました~!」
顔色は戻ったが腰が抜けて立ち上がれない儀式官に姉妹は挨拶をして坂道の下に停められた馬車の元へ歩いていく。
「レイチェルはやっぱり優しいですね! お二人が罰せられないようにしてあげるなんて」
「ここに来る前にもいいましたが今回の事を口外させないための手段です。それより馬車に乗ったら剣をマントで包んでください。ある意味ここからが勝負ですよ」
「うん、わかった」
ヴァージニアはずっとマントの裏で後ろ手に剣を持っていたのだが、それに気づかれた様子はない。
馬車の戸を開けて待つ騎士に(最低限の礼儀として)一礼してからレイチェルはヴァージニアを先に馬車に乗せてから自分も乗り込む。以前に嫌がらせにヴァージニアを置き去りにしようとしたことがあったための用心である。
レイチェルが乗ったのを見届けて騎士が戸を閉め自分は不愛想な若い御者の隣に座ると馬車はゆっくりと動き出した。
「でも二人でお出かけして、こんな冒険が出来て面白かったですね!」
「姉さま、声を潜めて。この中に宝石と手紙は隠しておきましょう」
座席の下から小さなトランクを引っ張り出しレイチェルは前方の覗き窓のカーテンを閉める。そして二人の服のポケットに詰め込まれた色とりどりの宝石を入っていた袋に戻し、巻物と一緒にトランクに入れる。
もし騎士たちが平静であったなら二人のポケットが妙に膨らんでいる事に気づいたかもしれないが、あの様子なら心配ないだろう。
「このトランク、どうしたんです?」
「前から置いてあったのを知っていただけです。随分古い物ですから置きっぱなしで忘れてしまっているのでしょう」
馬車を管理している者も、疑り深い
「これは姉さまが持っていてください。屋敷に着いたらすぐに自分の部屋に戻って中の物と剣を隠してください、いいですね」
「大丈夫です。私なんかに誰も注意を払いませんから」
笑顔の陰にほんの少し寂しさが見えたのはレイチェルの気のせいではないだろう。
だからこそ、レイチェルはペンダントの事を知りたいと思った。
あの力の正体を知れば『無能者』と侮蔑されているヴァージニアの生活も変わるかもしれない。
(もしかしたら私の望みを叶えるのに役に立つかもしれませんから、ね)
最愛の妹の顔にまた暗い影が差したのを、寒さのせいでくしゃみをしていたヴァージニアが気づくことはなかった。
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