運命の日 5

 「……駄目です、外と連絡が取れません」


 「困りましたね~」


 万が一の場合に備えて持たされていたイヤリング型の通信機能を持つ魔道具から手を放してレイチェルは嘆息して脱出路を探して周囲を見渡す。ヴァージニアも壁をペタペタと触って回るが隠し通路のような物を発見する事は出来なかった。


 「う~ん、出入口を塞いだのも仕掛けの一つでしょうか?」


 「恐らくは。秘密を守るため? でも後継者を見つけた後に閉じ込めてどうするつもりなんでしょう? どこか別の場所から出れるということでしょうか」


 「時間を稼ぐためじゃないですか?」


 「はい?」


 突飛な事を言いだす姉を半眼で睨むレイチェルを無視してヴァージニアは洞窟の天井から差す光を見ていた。


 「あの箱の中身は絶対に他の誰かの目に触れさせたくない。だから出入口を塞いで仕掛けが動いている間は誰も入れなくしたんじゃないかと」


 「それは分かります。もしここに儀式官やあの強欲そうな騎士がいたら奪われていたかもしれませんから。秘密を守る為に外界と隔絶する。でも、その後は? まさかただ救助を待つだけとは思えません。秘密を手にした者は一刻も早くここを離れたいと思うでしょう。だからどこかに別の仕掛けがあるはずです。まずはそれを捜しましょう……姉さま、聞いていますか? さっきから上の空ですけど」


 「いえ、あそこから出られるんじゃないかと思いまして」


 ヴァージニアが指さしたのは十メートルはある高さの天井、そこにぽっかりと開いている採光用の天窓だった。


 「姉さまにしては良い考えです。ですが、問題が二つあります」


 「どうやって行くのかなら大丈夫ですよ。あの距離ならジャンプで行けると思いますよ」


 「何をバカな……」


 飛行魔術や浮遊魔術ならともかくジャンプで届く距離ではない。身体能力を強化したとしても厳しいのではないか。そう言おうとするレイチェルの横で「とうっ!」とヴァージニアが軽々と天窓までジャンプしてしまった。

 泉がある洞窟は丘の中腹にある。なので上を歩く人が誤って転落しないように天窓には鉄柵が嵌め込まれているのだが、ヴァージニアはその鉄柵に掴まって足をブラブラさせている。


 「ほら、届きましたよ~! あとはこの柵をどうにか……。あっ、ここにボタンがありますね。これを押すと……わっ!」


 シャッと鋭い音を立てて鉄柵が左右に引っ込み、手を離してしまったヴァージニアが落下する。


 「姉さまっ!!」


 「よっと、着地成功! レイチェル、あそこから出られますよ。レイチェル?」

 

 姉が冷たい石床に叩きつけられる姿を想像したレイチェルは青白い顔で口をパクパクさせている。だが、すぐにヴァージニアがケロッとしているのを見て顔を赤くして姉の頬をつねった。


 「いひゃいでふよ~!(痛いですよ~!)」


 「痛くしているのだから当然です。何を勝手な行動しているのですか!」


 「ご、ごひぇにゃしゃい~(ご、ごめんなさい~)」


 両手でジニーの頬をつねり、レイチェルが軽率な行動をする姉を叱る。十メートルの高さの場所にぶら下がっているのを見て心臓が止まるような思いだった。それなのに本人はヘラヘラ笑っているのである。腹が立つのと安心した、二つの感情の整理がつかないのと目に浮かんだ涙を見られたくなかったので、しばらく姉をつねり続けた。

 ややあって、レイチェルは手を放し憮然とした顔を崩さずに小言を言い続ける。


 「それでどうします? 姉さまが一人で出て助けを呼んできますか?」


 「でも、その間レイチェルが一人になってしまいますよ」


 「あのですね、私はもう子どもじゃないんですから一人でも大丈夫です」


 「でも十二歳の時……」


 「その話をしたらもう口を利きませんからね」


 「あうう、ごめんなさい。でも、あの窓の大きさなら二人で出れると思いますよ」 


 「二人ってどうやって……」


 「それはもちろん――」


 そういってニコニコ笑ってヴァージニアはレイチェルに背中を向けてしゃがみこむ。無論、その意味する所は分かってはいるのだがレイチェルは敢えて確認をとることにした。


 「あの、姉さま?」


 「あっ、服が濡れているのが気になりますか? じゃあちょっと脱いじゃいますね」


 「こんな所で脱がないでください!」


 「でも、ここには私たちしか……」


 「外に出たら人がいるかもしれないでしょう!? ってそうではなくて! 何で背中を向けているのですか?」


 「あっ、本当は前に抱えるのがいいかなと思ったんです。でも、それだと手が使えないじゃないですか。だからおんぶの方がいいかなって」


 「ちょっと待ってください! 私が問題にしているのはそういう事ではなくてですね。まさか私をおぶってあそこまで飛ぶっていうのですか?」


 「はい!」


 一切の曇りのない笑顔で断言されてしまったレイチェルは頭を抱えたくなった。

 そして同時に最早この状態になったヴァージニアには説得が通じない事も経験から知っていた。


 (それに姉さまだけでは、どうやって出てきたか誤魔化せるとは思えませんし、不本意ですがおんぶされるしかないですね)


 諦めのため息を吐いてレイチェルは出入り口付近にあった荷物置き場から自分が羽織ってきた質のいいマントをヴァージニアの背中にかけた。


 「せめて私のマントを羽織ってください。服が濡れているせいで下着が透けてしまっていますよ。そんな恰好で儀式官や騎士の前に出られないでしょう?」


 「あっ、そうですね。剣は落とさないようをベルトにしっかり差してっと。これ鞘を買った方がいいでしょうかね?」


 「青い刀身の剣なんて目立ちますからね。今はマントで何とか隠してください。他の荷物は私が運びますから」


 「わかりました~。レイチェル、軽くなりましたか?」


 「姉さまが馬鹿力になっただけです。アホな事を言っていないで早くいきましょう」


 久しぶりにおんぶをされたのが照れくさく顔を赤くして急かすレイチェルにヴァージニアは「分かってますよ~」と答えて飛ぶ位置を微調整する。

 自分が頭をぶつけるのは構わないがレイチェルがそうなるのは絶対に避けなければならない。さっきよりも慎重に位置取りに気をつけて、ここだという場所を見つけ出す。


 「よし、この辺りですね。それじゃレイチェル、行きますよ。出来るだけ頭を低くして、しっかり掴まっていてくださいね。あっ、レイチェルの心臓の鼓動が……」


 「気持ちの悪い事言っていないで早くしてください!」


 「は~い、それじゃ行きますよ~」


 小柄な少女とは言え人を抱えているとは思えない程の跳躍を見せヴァージニアの体は狙い違わず天窓から外へ飛び出し生い茂っていた木の枝の一つを掴み軌道修正をし無事に地面に着地した。


 「何とか出られましたね」


 「ええ、ですがのんびりしてられません。ペンダントと剣は姉さまが持てばいいとして、袋はどうしましょうか」


 泉がある洞窟に入った時は手ぶらだったのにパンパンに膨らんだ袋を持っていたら怪しまれてしまう。


 「服に隠したら赤ちゃんがいるみたいですもんね。どうしましょうか?」


 「一つに纏まっているから嵩張るんです。ばらけさせましょう」


 「え?」


 そういってレイチェルは袋の口を開いた。

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