運命の日 2
「開いちゃいましたね。……レイチェル、どうかしましたか?」
ヴァージニアの横に進み出たレイチェルが箱の下部に刻まれた紋様に光をかざし、つぶさに観察しはじめた。ヴァージニアも中身に対する好奇心を抑えてレイチェルの視線の先にある物を見て形の良い眉をひそめる。
「これ、どこかで見たような……」
「しっかりして下さい。これは王家の紋章ですよ」
「ああ、言われてみれば確かに。……じゃあこれはもしかして王様の!?」
「いえ、ちょっと待ってください。今の王家の紋章と違いますよ、これ」
現在の使われている王家の紋章は太陽を描いた旗を持つ獅子である。だが、箱の表面に刻まれているのは――。
「でもこの紋章は獅子じゃなくて狼ですね。良かった~、王家の財宝じゃなくて。勝手に仕掛けを動かしちゃって怒られたりしたら大変ですもんね」
「他の家なら平気という訳ではないと思いますけど。とにかく開けて中を見てみましょうか?」
「確かに中は気になりますけど、勝手に見ていいのでしょうか?」
「盗む訳じゃありません。あくまで中身を確認するだけです。怖いなら私が見てみますよ」
明らかに好奇心を抑えきれないといった様子のレイチェルは僅かに開いている箱に手を伸ばす。だが、もう少しで手が触れそうになった所でパシッと何かが弾ける音が響きレイチェルは手を引っ込めた。
「レ、レイチェル、大丈夫ですか!?」
「ちょっと手が痺れた程度です。考えてみれば、これだけ念入りに隠されていたのですからトラップの1つや2つあると見るのが当然でした」
「なら、外に出て他の人に見てもらいましょうか?」
「……いえ、その前に試したいことがあります」
「試したいこと、ですか?」
少し腫れた手に癒しの術をかけながらレイチェルは心配そうに自分を見つめる姉に視線を合わせた。
「姉さまが開けてみてくれませんか?」
「え、なんで……はっ! 怒っているんですね? 自分だけ痛い目にあったから怒っているんですよね?」
「違いますよ。いいですか、そもそも仕掛けが発動した原因は、きっと姉さまです」
「でも私は何もしていませんよ?」
「この魔力の泉はずっと昔から使われているんです。もしどこかにスイッチがあれば今までに誰かが見つけているはずです。なら仕掛けを起動するのには『特定の誰か』が『特定の場所』で何かをするのが条件だったのではないでしょうか?」
「でも私は泉に入ったくらいしか……」
「そう、泉そのものに術を施していたんです。きっとある種の人にしか反応しないように」
「でも、私は何もありませんよ? そもそも魔力だってないのですから」
保有魔力が多い事が条件になる事はあっても逆はない。『無価値』な人間に反応する仕掛けなんてあり得ないとヴァージニアは口にするが、レイチェルは首を横に振った。
「姉さま、やはり箱は姉さまが開けるべき物だと思います。なぜ魔力の泉に仕掛けを施したのか? その理由は魔力の無い者を見つけ出し、その者に箱の中身を受け取って欲しいからではないでしょうか? そうであるのなら、この箱を開けるのは姉さまの責務であるはずです」
楽しそうに自分の考えを伝え、それでも渋っているヴァージニアの背をレイチェルが箱の方へ押し出す。
「姉さまだって中身は気になるでしょう? もし正統な持ち主が判る物なら返せばいいだけですよ」
「うう、わかりましたよ~」
気が咎めるのは本当だが、レイチェルの言う通りヴァージニアも中身が気になって仕方なかったのも事実。ごくりと喉を鳴らしヴァージニアは箱にこわごわ手を伸ばしていく。
固唾をのんで見守るレイチェルの視線を痛いほどに背中に感じつつ伸ばした手はなんの障害もなく箱に届く。そのまま箱の蓋を軽く押しただけで開いてしまい、拍子抜けするヴァージニアの横からレイチェルも箱に手が触れないようにしながら中を覗き込んだ。
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