運命の日 3
大人でも手足を折りたためば入れそうな大きさの箱に入っていたのは金銀財宝ではなかった。
深い海を思わせる青い刀身をもつ長剣が一振り。
箱に刻まれた物と同じ紋章が縫われた綺麗な布に包まれたペンダントが一つ。
やはり同じ紋章を象った蝋で厳重に封がされた巻物が一本。
そして箱の隅に置かれた膨らんだ小袋の中には――。
「レ、レレレレ、レイチェル、ほほほほほ、宝石がこんなに……!」
「落ち着いて下さい、まったく。ほら、早く他のも取り出してください」
見たこともない色とりどりの宝石に震えるヴァージニアの手から小袋をひったくるように袋を奪いレイチェルは他の物も取り出す作業を急ぐように姉に催促する。
「……うん、これで全部ですよ。わぁ、綺麗な剣ですね。それにこのペンダントもシンプルでいい感じです」
「そうですか? 私には地味すぎる気が……。ちょっと待ってください。やっぱり来ましたよ!」
「来たって、何がです? あれ、地面揺れてませんか?」
「泉が元に戻ろうとしているんです! 早く戻らないと閉じ込められて溺死ですよ! 急ぎましょう、姉さま!」
「ちょっ、待ってください~!」
少しずつ玄室に水が入り込んでくるのを見て二人は一目散に階段を駆け上がる。
レイチェルは宝石が入った袋に乱暴に巻物を突っ込み、それを自分の服の中にしまい込み妊婦のような姿で、ヴァージニアは右手に剣をペンダントは自分の首に、ペンダントを包んでいた布を上着のポケットに入れ走り出す。濡れたスカートが足に絡みついてくるが、それでも元々の運動が得意な事もありレイチェルに先行して走る。
「これなら、なんとか……あっ」
もう少しで階段を昇り切れるという所でレイチェルが濡れた床に足を滑らせ上体が後ろに逸れる。
「レイチェル!」
石造りの階段を転げ落ちればレイチェルが怪我をしてしまう!
そうヴァージニアが思った時、ペンダントが輝き体に今まで感じた事のない力が漲った。
何かを掴もうと宙を泳ぐレイチェルの手を掴み抱き寄せ、そのまま腰に空いていた左腕を回し、華奢とは言え人一人を抱えた状態で人間とは思えない速度で両側から水が迫る細い道を一気に駆け抜けた。
「……」
「……なんとか間に合いましたね」
「……姉さま?」
「はい?」
「今度は何をやらかしたんですか!?」
「な、何もしていませんよ~!」
そのヴァージニアの主張が虚しくなるほどにペンダントは淡い光を放ち続けていた。
――
一方、その頃。
当主エイルムスから2人の娘の世話を任されてた中年の騎士はイラつきを抑えきれずに泉を管理している儀式官に詰め寄っていた。
「これはどういうことだ! 出入口が塞がってしまっているではないか!?」
「わわわ、
「分からんで済むか! レイチェル様にもしもの事があったら貴様の首を刎ね飛ばしてくれるぞ!」
怒鳴りながら騎士はツイていないと己の非運を嘆いた。
そもそも、なぜ上級騎士である自分が上官の家庭の私事に振り回されなければならないのか?
(こんな雑事は自分の雇った執事や召使にやらせればいいものを!)
自分も何度か部下に同じような事をしている事は棚に上げて騎士は地面を苛立ちに任せて蹴飛ばす。
「よいか、どんな手を使ってでも、すぐにレイチェル様をお助けするのだ! もし出来ないというのであれば……!」
腰に佩いた剣の柄に手を見て儀式官は顔を真っ青にして「助けを呼んできます」と言って城下町の方へ駆けだしていった。
「魔術で出口に詰まっている土砂を吹き飛ばして……いや、衝撃で崩落したらそれこそ……。ええい、面倒なことになった!」
今日は、午後から愛人と会う約束がある。余計なトラブルで時間を取られたくはないし、ましてや何の落ち度もないのに責任を取らされるなどもってのほかだ。
だから、騎士は助ける方法を探す事よりも儀式官に責任を押し付ける言い訳を脳内でこねくり回し、何もせずに成り行きを見守ることにした。
しかし、結果としてこの時に外でまごついていた時間が、中にいる二人にとって自分たちの行動を考える貴重な猶予となったのではある。
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