懐中電灯

 それから二分ほどしてようやく出てきたのが赤羽裕である。赤羽裕はポケットに手を突っ込んだまま、土手を降りてくると、紗綾達の姿を見つけてここまで聞こえるくらいの舌打ちをした。

「赤羽さんですね」

「おい、何の用だよ。警察ごっこか」

 なるほど、最初からいい印象はない。

「ま、そんなところです」

「だったらそれは警察に聞け。さっきもう話したから」

「そうですか……。それじゃあ、無理にいろんなことを聞くのはやめます。おっしゃる通り警察ごっこみたいなものですから」

「分かってんじゃん。じゃあもういいよな」

 赤羽裕としては早々に切り上げたいようで、そう言いながら椅子から腰を浮かせている。周りで見ていた舞もこれには苦笑いせざるを得なかった。

「ああ、でも一つだけ聞かせてください」

「あ?」

「赤羽さん、ここに来るのは二度目だって凛さんからききましたけど、その時泊まったのって、ひょっとしてあの四号バンガローじゃないですか? そうでないにしても、昔起きた包帯男の事件について、何か知りませんかね?」

 赤羽裕にとってこの質問は予想外だったらしい。ちょっと戸惑ったようで宙を仰いだ。

「ああ、前泊まったのはあのバンガローだよ。他と違って好き放題できるからな。凛は知らねぇだろうけど、そん時はそん時でだいぶ楽しませてもらったよ。だけどその噂は知らねぇ」

 赤羽裕はそう言い捨てるとそのまま自身のバンガローへと戻って行った。

「ああいう絵にかいたような感じの悪い人間って本当に存在するんだね」

 赤羽裕がバンガローに入るのを見届けると、舞の口から本音が漏れた。

「まあ、ああいう人もいるよ」

「でも凛さんもよくあんなのと一緒にいられると思わない?」

「そりゃ人の好みだから、私たちがどうのこうのいえる問題じゃないよ」

 紗綾と舞がああだこうだ、他人の人間関係について言い合っていると、山中警部がやってきた。

「どうだい、探偵君。順調かい?」

「ええ、まあまあですね」

 山中警部は笑みを浮かべている。対する紗綾は何を考えているのか、表情からは分からなかった。

「そうそう、死因がわかったんだ。知りたいだろ」

「ああ、一体なんですか? 凶器も分かりましたか?」

 山中警部は首を縦に振ると手帳を取り出して読み上げた。

「詳しい専門用語は要らないだろう? 死因は撲殺だ。凶器は薪割り、現場近くの山道の入り口に捨てられていた。指紋は出てこなかったな。遺体の傷と薪割りの形状が一致したから、まあ間違いないだろう。どうだ、これで十分か?」

「ええ、十分です。ありがとうございます」

「おう、じゃあ、せいぜい頑張れよ」

 パタンと手帳を閉じると山中警部は足早に紗綾の前から去った。そのまま橋を一人とぼとぼと渡っていく。それと入れ違えるように間宮凛が戻ってきた。

「ああ、凛さん。どうです、見つかりましたか」

「ええ、これです」

 そう言って凛が取り出したのは直径五センチ、長さ三十センチほど。なかなかしっかりとした赤い懐中電灯である。

「ちょっとこれ預かってもいいですよね」

「は、はぁ、まあ……」

「ありがとうございます。それじゃあもう戻って大丈夫ですよ」

 紗綾は早々に凛を返すと、しばらく懐中電灯をいじってから、ずっと聞き取りを退屈そうに聞いていた黒崎の前に立った。

「黒崎、これ直せる? 気を付けて分解してほしいの。できる?」

 紗綾に懐中電灯を差し出されて、黒崎浩輔は何かを感じ取ったのか、ひとつ身震いをすると、懐中電灯を受け取った。

「レンズを動かせるのか。なかなかいい懐中電灯じゃないか」

 十秒ほど黒崎は懐中電灯をいじっていたが、すぐにくるくると筒をまわして、すっぽりと懐中電灯の頭を取った。黒崎はそこから電池を取り出してハンカチの上に置くとその中をのぞき込んだ。

「さすがきれいに作られている。断線はしていなさそうだが……」

「そう。じゃあどうして明かりがつかないの?」

 黒崎はそう言われると、もう一度懐中電灯の内部を検めた。それでも納得しかねるのか、次に電池に手を伸ばすと口元を綻ばせた。

「なんだ。接点にテープが張ってある」

「テープ? ちょっと見せて」

 黒崎から受け取った電池を見てみると、なるほど、たしかにプラス極側にセロハンテープが張ってある。紗綾はそれを恐る恐るはがすと電池を黒崎に返した。

「点くかどうか試してみて」

 黒崎が懐中電灯に電池を入れる間、紗綾はそのセロハンテープを透かしてにっこりと笑った。

 そこにはくっきりと人間の指紋がついていたのだ。

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