――4――

二人の証言

 こうして活動を山中警部に認められると、紗綾はまず現場に立ち入った。バンガローの中は今も当時も変わらず、最低限の家具しか置いていなかったという。ただ、遺留品を示す札があちこちに立てられているのが凶事の後を物語っていた。テラスに出てみると、向こう岸のバーベキュー場が良く見える。紗綾は手に届く木から一枚の葉をちぎり取ると下に落としてみた。葉はらせんを描くように、まだ死体の浮いているあの淵へと流れて行った。このテラスから死体を落としても結果は同じではないか。紗綾はもう一枚葉をちぎり、流すと四号バンガローを後にした。

 続いて紗綾が行ったのは関係者への聴き取りである。

 この聴き取り、まず初めに昨夜のバーベキュー場に呼ばれたのは大庭翠だった。大庭翠はもう落ち着いていたが、恋人の死に直面して、だいぶ涙を流していたようだ。目の周りがまだ腫れている。昨夜脱衣所で見た時からいっぺんに年を取ったように見えた。

「それじゃああなたがお見舞いに行ったときには、まだ泰さんは生きていたんですね」

「はい。具合が悪そうで、うなされていました」

「それであなたが四号バンガローを後にして、橋を渡っている時に何かありませんでした?」

「そういえば、むこう、丁度バンガローのほうで何か重いものが水に落ちる音がしました。それは、あなた達も聞いたんじゃありませんか?」

「確かに聞こえましたよ。それでそのすぐ後、翠さんはバーベキュー場に現れましたよね」

「ええ」

「でも、翠さん。私たちあなたが橋を渡っていることに気がつかなかったんですよ。だから突然声がして、正直言うとちょっとびっくりしちゃって。懐中電灯とか、灯りは持っていなかったんですか?」

「ええ、そうです。壊れちゃったから、持っていてもしょうがないって思って、それに向こうからこっちまではそんなに遠くないし。だから懐中電灯も、明かりも持たず行ったんです」

「それで、泰さんが居なくなったのに気付いたのは?」

「バーベキューが終わった後で、バンガローに戻ると布団があるだけで泰君は……、そのときにはもうひょっとして……」

 大庭翠はそこまで口にすると体を震わせて顔を伏してしまった。

「そうですか。それまでの間に、向こう岸に誰かが渡ったのを見ていませんか?」

「それは分からないですけど……」

「なるほど、わかりました。それじゃあ次に間宮凛さんを呼んで来てもらえますか?」

 大庭翠への質問は以上であった。これも、恋人を失った彼女への配慮だったのだろうか。

 次に呼ばれてやってきた間宮凛も、大庭翠ほどではないがどこか憔悴した様子であった。

「間宮さん。大庭さんはあの通りなので、あまり深い話はできなかったんですけど、その分、いろいろお聞きしていいですか?」

「は、はぁ」

 間宮の顔には明らかに怯えている色があった。お世辞にも美しいとは言い難い。しかし色の白いは七難隠すという。ただし今はその色の白さも白を通り越して青白いとも言えるほどだった。

「まず、泰さんが体調を崩したっていうのは一体いつごろからなんですか?」

「それは、その日のお昼過ぎからです。昨日は朝からサイクリングで、お昼を食べた後こっちに戻って来る途中からちょっと気分が悪いって」

「お昼は皆さん何を?」

「道中の道の駅でラーメンを」

「それは皆さん食べたんですね?」

「はい」

「なるほど。じゃあ次なんですけど、昨晩お風呂でお会いしましたよね。翠さんと何か話してませんでしたか?」

 その刹那、間宮凛の眉間に皺が寄った。聞き耳を立てていたことを責めるような目つきに、紗綾は少し申し訳なく思ったが、これも仕事と割り切って表情には出さなかった。間宮凛もすぐさま不快感を取り繕った。

「それは泰君が居なくなっちゃって。それで、あのバンガローは昔事件があったとか……。怖いって翠が言うから、じゃあ今日は三人一緒に寝ようかって話になったんです」

「凛さんと裕さんはこっち岸のバンガローなんですね?」

「はぁ、そうです。むこうのバンガローが一つだけ格安だったから、むこうとこっちを一つずつ取って、あとでみんなで割り勘しようって話になっていて」

「そうですか……。ところで、こちらには初めてきたんですか?」

「いや、それは赤羽君……あ、裕君は違うんじゃないかな。このあたり詳しかったし、そう、このバンガローを紹介してくれたのも彼なんです」

「なるほど。それじゃあ昨晩、バーベキューの時の話に移りますけど、翠さんは向こう岸に行くとき、懐中電灯をもって行かなかったんですか?」

「ええ、そうなんですよ。丁度バーベキューやろうって時になって壊れちゃって。まあ、安物だったし」

「その懐中電灯はいつ買ったんです?」

「それは旅行の前に私が買ってきたんです。赤羽君に頼まれて」

「今その懐中電灯は?」

「赤羽君が持ってるはずですよ」

「そうですか。それじゃあ、ちょっとあとでこっそりその懐中電灯をもってきてもらえませんか?」

「内緒で、ですか?」

「ええ、こっそりと。ああ、そう、そういえば……赤羽さんはバーベキューの間、向こう岸に渡りましたか?」

「いいえ。初めに食材を持ってきた時だけです。その時は三人で泰君のお見舞いをして、それから食材を持って……」

「凛さんは向こう岸には?」

「いえ、私ずっと炭火に付きっきりだったからそんな余裕はないですし、私が向こう岸に行くのは翠に悪いじゃないですか」

「ああ、たしかにそうですよね。それで、あなただけ炭火の番をしていて……赤羽さんは?」

「赤羽君、料理したくないみたいなんです。いつも私がやってあげるんです。だから彼、食べたいだけ食べるともう終わりで、土手に座って空を見てるって」

「それで一人離れていたんですね。片づけの時まで」

「赤羽君ってそういう人なんですよ。とっても面倒くさがり屋だから。なんでもかんでも私に任せるんです。手伝ってっていうといつも嫌な顔されるから……」

 だからもう、手伝ってと聞かない、間宮凛はそう訴えるように眉間にしわを寄せた。

「なるほど。それは苦労しますね。ああ、それでじゃあ、赤羽さんを呼んできてもらえますか? あんまり時間はないかもしれませんが、その間に懐中電灯を探してもらえれば」

「あ、はい。わかりました」

 間宮凛は不審そうに紗綾を一瞥すると、小走りでバンガローへと帰って行った。

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