遊び) 帰ってきたら

かかみ かろ

遊び:帰ってきたら……(無茶ぶりによる即興作品)



「しゃーっ! 懐かしの我が家!」


 遠方の大学へ進学してから二ヶ月半。法事に参加するため、俺は地元へ帰ってきた。


 今回は、母と共に態々迎えに来てくれた父の車での帰省だった。

 つまりは、父の荒ーい運転で何時間もーー前日の夕方に出発、到着は今日の朝だーー揺られていたことになる。


 その荒い運転で少々車に酔ってしまった俺は、開放感と久々に帰った懐かしい実家に僅かな高揚感を覚えたわけだ。


 車から降りた後は直ぐに恋しい飼い犬の元へ向かう。


「よっ、久しぶり。元気だったか〜、銀河?」


 俺が近づくとすぐに出てきた我が家のアイドル、黒柴の銀河は、変わらずつぶらな瞳でコチラを見つめながら尻尾を振っている。

 俺はその様子に至上の癒しを感じながら、檻の隙間へと手を通して銀河を撫で回した。


 ーー何故コイツはこんなに可愛いのだ? 可愛すぎだろう。可愛すぎてヤバくてヤバい。


「そんじゃ、また後でな」


 バグった思考をどうにか諫め、甘えたりないように檻の隙間に鼻を入れる銀河から精神力の限りを尽くして目を逸らし、背を向ける。


 辺りの景色を眺めながら車に戻り、荷物を取り出して玄関へ向かった。


 カエルが新芽を食べてしまうせいで十年以上姿を変えないレモンの木。

 友人と遊んでいて割ってしまった筧。

 少し重い、磨りガラスのついた玄関の黒い扉。


 たった二ヶ月半ではあったが、全てが懐かしく、思っていた以上の感慨が込み上げてきた。


「ただいまー」


 ーーただいま、か。


 自然に口から出たその言葉は、この場所が確かに自分の故郷なのだと思わせた。


 玄関も、記憶にある通り。


 ーーああそうそう。こんな感じだった。


 背後に聞き慣れていたガチャンという音扉の閉まる音を聞き、溜息をついた。


 ーーこっちは、平和だな……。


 あちらでの喧騒に比べ、地元はなんと長閑なことか。


 心が穏やかになっていくのを感じながら、靴を脱ごうと足元をみた。その瞬間だった。


ガタンッ‼︎


 背後で大きな音がした。


 俺は驚き、扉から急いで距離をとる。


ガタガタンッ‼︎


 まただ。

 扉が揺れる。

 扉の磨りガラスには、人型の黒い影。


 俺は脱ごうとしていた靴を履き直し、じっと影を見つめる。


「ちょっと、鍵閉めんでよ」


 扉の向こうから影がそう言った。

 その声を聞き、俺は警戒を解いて視線を扉の鍵へと向ける。

 どうやら無意識のうちに閉めていたらしい。


「ああ、ごめん母さん」


 俺は影、締め出してしまった母に謝りながら玄関の鍵を開ける。


「まったく、この暑い中……」


 母がそうぶつくさ言うのを聞きながら、俺は今のやり取りにも懐かしさを感じていた。昔からよく母や父を締め出してしまっていたのだ。


「ごめんってば」


 口ではそう言いながらも、顔は笑みを作ってしまう。


 いつまでもそこにいては邪魔になるので、荷物を持ってさっさと自室へ向かう。


 自室のある二階へ上がる途中、階段の下からついさっき聞いたのと同じようなやりとりが聞こえてきた。

 どうやら、今度は母が父を締め出したらしい。


 俺は苦笑いを浮かべながら階段を上った。


 階段を上り切り、自室へ向かう。

 右手の壁に飾られた賞状たちは、資格関係や小さい頃やっていた習い事関係のものだ。


 廊下の突き当たりまで歩けば、右側が客室。そして、左側が俺の部屋だ。


 その扉の取手を握り、押すと、俺の名前が刻まれたネームプレートが揺れて乾いた音を立てる。

 この音がするのは、この家でこの部屋だけ。戻ってきた感が強まった。


 扉が開いた。本のぎっしり詰まった本棚と青いカーテンが見える。

 この部屋は右の方へと続く構造になっている。この入り口をくぐり、右側を見れば、懐かしいベッドが見えるはずだ。


 俺はそのまま部屋に入った。


「私は帰ってき、た……」


 そして、衝撃を受けた。


 床にはコードや高校時代の青い通学鞄が散乱し、ベッドは埃を被っている。ベッドの脇にあるのは、招き猫のような姿をした妖怪のぬいぐるみか。

 部屋に踏み入れた足の裏には、沢山のゴミがついたような感覚までする。


 右手側、ドアより部屋の奥にあたる位置には、もう使わない教科書類を入れた箱がいくつかあった。ただしそれらの口は開いており、置き方も無茶苦茶だ。

 右の壁際にあるタンスの扉も開けっぱなしになっている。


 左の、窓際に置かれた勉強机。これの上も酷い。

 奥の方は整頓されたままなのだが、手前には本が無造作に積まれ、明るい緑色をした布製リュックや小物類が放り投げて放置されたように散らばっている。


 ーーまさかっ!


 俺はある事を思い出し、右の壁に備え付けた本棚を漁った。

 上から三段目、数学の参考書と、世界史の参考書の間。そこにあるはずの物を探す。


 目的のものはすぐに見つかった。


 確かにそれがあったことに安堵し、その封筒を手に取る。

 手に取って、気がついた。


 その封筒は記憶にある物よりあまりにも薄く、軽かった。


 急いで中身を確認するが、そこには何も無い。


「……俺の、お年玉が、ない」


 ここにはまだ三、四万ほど入っていたはずだ。

 それがない。

 このショックは、かなり大きい。


 鈍った思考のまま、窓の鍵を確認する。


 ーー開いてる……。


 数分ほど、己の迂闊さを呪うばかりで動けなかった。


 それから、自分のお年玉を奪った相手に対する怒りが沸々と湧き上がってきた。


 ーーよくも俺のお年玉を奪い、部屋をこんなにも荒らしてくれたな……‼︎


 そうなってからは早かった。

 状況からすれば、ただの空き巣に思えるが、俺には一つ懸念があったのだ。


 ある犯罪組織。

 東京にいた頃の記憶には、それがあった。

 もしかしたら、地元にもソイツらがいるのかもしれないと、そう考えた。


 すぐに何か手掛かりが無いか部屋中を確認する。


 本棚や箱から盗られたものはない。

 荒らされているのは一部だけで、家の他の場所はなんともなっていなかった。

 泥棒が入ったということも無いと、念のために確認した母はそう言っていた。


 何時間も探したが、手がかりは何も無い。


 ーーいや、そんな事は無いはずだ。絶対に何か痕跡があるはず……。


「絶対、絶対俺の部屋を、聖域をあんな荒れさせたやつを見つけてやる……‼︎」


 改めて決意した。

 ーーこれは、復讐だ。

   この借りは、必ず返ーー


「あんた、何言ってんの? あれやったの自分でしょ?」


 ーーす……?


 俺は面食らって間抜けな表情を晒してしまった。


 母は続ける。


「向こうに引っ越す前に、出発ギリギリになって忘れ物に気づいたとか言ってバタバタやってたでしょ」


 母は呆れたように言う。いや、事実呆れているらしい。


「で、でも、俺のお年玉……」

「それも使い切ったって言ってたでしょ」


 ーー…………確かに、言った記憶がある。


 その瞬間、俺は全てを思い出した。


 出る直前になって、荷物に放り込んだ“まだ読んでいない本”の数が足りない事に気づいたのだ。


 俺は急いで部屋に戻って探した。

 飛行機の時間がギリギリになりそうだったので、かなり乱雑に探した覚えがある。

 もちろんそんな状態で俺が片付けをしているわけがない。


 ーーなんで忘れてんの……。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 

 俺はこの数時間、なぜこの事を思い出せなかったのかと自責した。


 ーーいくらなんでも時間の無駄すぎる……。


 この時間でいくつの小説が読め、何話分のアニメが見れたことか。


 失意に沈みながら、とりあえず部屋の掃除をする事にして掃除用具を取りに行く。

 階段下の物置へ入り、掃除機と床拭きシートを回収。その二つを手に階段を上ろうとして、気づいた。


「……ねぇ」

「ん?」


 リビングの扉を開けながら母に声をかける。


「俺がいない間、俺の部屋の掃除、してた……?」


「…………お昼ご飯、何食べたい?」



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途中変な展開が混じるのは書いてる途中で無茶ぶりの主から注文が入ったからだったりします。

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