89.迷宮都市レストーネア―3
赤青緑、黄色に白黒。それは冒険者に馴染みの等級の話ではなく、ここ迷宮都市レストーネアの、街の色だ。
「ユウ見て! すごいカラフルだね!」
「あの店のレンガ、すごいな。何色使ってるんだ?」
街に入って目についたのは、活気のあるその街並みよりも鮮やかに目を惹くその色とりどりの建物だ。
どんな染色方法なのか、よそでは見ないような目に優しいパステルカラーなレンガの壁の女性向けだろうカフェ。逆に黒と茶色で落ち着いた色合いにまとめた男性客の多い飲食店もあれば、屋根にドドンと剣や盾のオブジェを飾る武器屋に、これでもかというほど色とりどりの天幕が並ぶ露店通り。ごちゃごちゃしている筈なのに不思議と調和しているようにも感じるその街の通路は淡い黄色レンガの道が続き、両脇にはところどころ街路樹のようなものが植えられている。人は多いのに周囲を見渡しやすいのは、計画的に作られているらしいこの道のおかげなのだろう。
武器屋や露店通りは予想通り防具に身を包んだ冒険者で賑わっているが、どうやらおしゃれなカフェなどは狙いが冒険者ではないようだ。ちらほら見かける上質な衣服を纏う男性や美しい細工の装飾品を身に着けた女性たちは立ち居振る舞いがどこか洗練されており、裕福であるらしいことがわかることから、この迷宮都市は単に攻略したい冒険者ばかりが集まっているわけではないのだとわかる。
「貴族もいるのかな?」
「いない、とは言い切れないな。見たところ、貴族じゃないがそれなりの裕福層って感じだけど」
「わかるの?」
「そばにいる護衛の装備やら振る舞いでな」
言われてさりげなく周囲を観察してみれば、なるほど。貴族の護衛にしては粗野が目立つ者や、身に着ける装備が馴染んでいなかったり統一感がなかったりと冒険者にも見られる姿が多い。
私もこれくらいすぐ見極められるようにならないとな、と考えつつ周囲を見回していると、腕に抱いた天月が『パパ、ママ、どこいくのー?』と楽しそうな声を上げる。道中散々パパママ呼びされ続けてさすがに頬の熱も引いたが、なんだかまだ慣れそうにない。
「っと、まずはギルド探しだな」
「そのあと宿?」
「そうだな。昼から探しとけばいい部屋も見つかるだろ」
朝早くに一つ前の村を出て、途中ユウのどきどき魔法実験だったり天月のパパママ事件があったりしたが、そう長い距離ではなかった為に今はちょうど昼食より少し前といった時間である。途中ちょっと森の中を走ったりしたので予定より早くついたのだ。
宿探しはひとつの街を長く拠点にするにあたって、重要課題だ。拠点探しは誰にとっても重要であるだろうが、ひときわ、と言わざるをえないのが主に冒険者としては我儘すぎる私の体質のせいであり、そしてユウもまた警戒心から他者が近い場所では眠りが浅い。まして一か月後にどうしたって他人と長く行動するのだから、それまでの拠点はしっかりと選びたいものである。
短い間だからと適当に選んで大変だったノクトマで懲りたのだ。まずは宿探しであると二人が声をそろえたのは当然のことであった。
とはいえ道中の寄り道で一応採取依頼にありそうな薬草や木の実を回収したこと、あの平穏な森の中でも一応いたらしい襲い掛かってきた肉食動物と小型の魔物も持ち込んでいるので、まずはそれを売り払いたいという思惑もある。ついでにギルドで宿の情報でも手に入れられれば万々歳だ。
ドルニグのように大当たりな宿の情報をギルドが伝えてくれることはないだろうが、稀に宿から広告などを専用掲示板に貼りに来ていることもあり、この広い街をやみくもに歩くよりはましな情報が得られるというわけだ。
というわけでやってきた冒険者ギルドであるが。
「うわ」
「大きいね……」
とにかく大きかった。ノクトマの冒険者ギルドも大きいとは思ったが、ここはその二倍以上の大きさがあり、さらには三階建てだ。それでいてこれまで見てきた冒険者ギルドにはあった『酒場』がなく、休憩スペースはあるものの、目につくのはとにかく長い受付と買い取り専門のカウンター。ただし、奥に看板と入り口があることから、酒場はないわけではなく併設されているというのがこのギルドの特徴のようだ。
だが何より驚いたのは、規模が大きいのに依頼掲示板自体はそうでもないということだ。それはつまり、依頼が多いわけではないが利用者は多い、ということなのだろうか。依頼の取り合いになるのかと一瞬不安になるが、ふと目立つところにある一枚の張り紙に視線が吸い寄せられる。
『買取特殊依頼:迷宮氷水晶採集。場所、青の塔地下』
大きな紙だが、他の依頼書と同じように色付きのラインが引かれている。色は緑二本、ようはその一つ下である黄色から挑戦できる緑等級パーティー推奨依頼……ではなく、特殊依頼である買取だ。読み込んでみると、どうやら冒険者ランクは制限されて黄ランク以上でなければならないものの、正式な依頼ではない為完了してもランクアップ条件の達成とはならない、ということらしい。
「青の塔は地下があるのか」
「青っぽい塔ってあったかな? 赤と黒、白、緑は街中でも見かけたよね」
「だな。地下があるくらいだし地上はそこまで高さがないのか……にしても、迷宮氷? 水晶なのか? 買取金額は……なんか変わるっぽいな。時価みたいなもんに、質やら大きさが関わるってことか」
私たちは早めに青ランクに上がることを目標としている為、依頼達成回数を稼ぎたいという目的がある。その為依頼ではない買取ではうまみが少ない……のだが、一応持ってきた薬草などの採取依頼がないかと他を確認しているときにやってきた冒険者たちの慌ただしさに、あの依頼が大判の紙で掲示してある理由を知る。
「急げ! 絶対落とすなよ!」
「わかってるわよ!」
「ひっさしぶりの大当たりだぜ!」
「これで今夜は御馳走じゃーん!」
やけに騒がしい四人組の襲来に思わず振り向いた私たちの視線の先で、大きな麻袋がにわかに慌ただしくなった買取カウンターに持ち込まれる。ギルド職員がその麻袋の紐を解き袋を引き下げた瞬間現れたのは、人の頭ほどの大きさ……より一回りほど大きいかというサイズの、きらめく水晶だった。
水晶と言っても無色透明ではなく、透明度は高いが若干青く染まっている。まるでよく晴れた日の青空のような色合いだ。だがそのきらめきは、なぜかどんどん輝きを増し、流れていく。まるで晴れ間の雨のような光景だが、実際それが鉱物の表面に見えるのはどう考えてもおかしい。
「ちょ、やばやば溶けてる! やっぱ保存魔道具切れてるじゃん!」
「急ぎ鑑定を!」
「少々お待ちください!」
騒めくその場に、昼間ということで少ないながらもギルド内にいる人たちが注目する。同じように依頼を見ていた他の冒険者たちが、ありゃでかい氷水晶だなとか、状態もいいぜと呟いていることから、あれが件の青の塔地下にあるという買取対象品であることがわかる。……が、溶ける?
「マジで氷か? いやそれじゃ水晶なんて言わないよな。もしかしてあれ、魔力か」
「特殊な魔力が溶け込んでるのかな? ラヴァンダの揮発性のある炎属性に近い魔力みたいな」
「ほっときゃ価値がなくなるってわけか」
しばらく見ていると、奥からやってきたギルド職員が水の入った水槽のようなものを二人がかりで持ち込んでカウンターに乗せ、その中に氷水晶とやらを沈める。それでようやくほっとした様子を見せた冒険者の横で職員たちが中をのぞき込んだり大きさを測ったりと慌ただしく動き、しばらくして頷きあうのが見える。
そうして口を開いた職員の顔は冒険者たちの陰となり見えず、声も届かなかった。だが、次の瞬間爆発したように喜びを上げる冒険者たちの声で、鑑定結果は明らかとなった。
「やった、大銀貨十四枚越え!」
「肉だ、肉食うぞ! あと酒だ!」
贅沢はできないが四人家族が二カ月から三カ月は暮らせる金額だ。銀貨にして七十枚である。
私たちが過去受け取った報酬で言えば、緑等級であるアルラウネの背にある花の納品で大銀貨十枚であった。アルラウネはそう数が多いわけではなく、また背の花を傷つけずとることができることは稀であるとドルニグでも聞いている。かなりの報酬……ではあるが、他の冒険者の様子からもあれがかなり運のいい結果であるとわかる為、安定した収入が狙えるわけではないのかもしれない。だが今ので十分、あの水晶が特殊依頼として成り立つのがわかった。要はかなり需要が多いのだろう。
「あの水槽の中身、水晶の魔力が溶けるのを止めたってことは飽和状態なんだろうが、水自体から魔力が逃げないならそもそも特殊な魔法水だろ? そんなもの常備してるなんて随分気合が入ってるな」
「だよね、あれって何に使うのかな? すぐ溶けるんじゃ研磨しても意味ないだろうし……特殊な加工があるのかも」
興味はあるが、報酬を得た冒険者たちも意気揚々とこの場を去った後だ。私たちも長居する時間はないとひとまず持ち込んだ薬草などの採取依頼書を抜き取り、受付へと向かったのだった。
持ち込んで買取可能なものをすべて売り払って銀貨二枚ほどの報酬を得て、ついでに評判のいい宿の情報をいくつか得て街中に再び戻った私たちは、先ほどは街の風景に気を取られ見過ごしていたその言葉にすぐ気が付くことができた。
『レストーネア名物! 氷水晶グラス』
『一級品氷水晶アクセサリー』
『お土産に、氷水晶細工』
あちこちに見える呼び込み文句に共通する氷水晶という文字。露店にも多く覗いてみれば、そこにあるのはきらきらとした輝きを放つ美しい空色の作品たち。当然それはグラスや装飾品に加工されているものの水に沈んでいるわけではなく、そして溶けることもないが、あの氷水晶と同じ輝きを纏っていることから本物なのだろう。
「すごいな、加工するとこうなるのか」
「きれい……」
思わず呟く私たちに、どうだい、と笑顔の店の女主人がひとつ首飾りを掲げて見せる。
「溶けないのか?」
「お、お兄さんたちここは初めてかい?」
「ああ、そうだ」
「こいつは氷水晶といってね、この迷宮都市の名物であり、一番の名産品さ。確かに迷宮内でなければ溶けちまう水晶を使っちゃいるが、こいつを加工する職人たちは代々受け継がれてきた加工魔法でそれを留める技術を持っていてね。彼らの手によってこうして美しい形を保つ魔法石ができるってわけよ。どうだいお兄さん、お隣のお嬢ちゃんにひとつ。その白い肌によく映えるだろう?」
「ああそうだな。でもあまり大きいのは好まないんだ、そっちの小粒だが氷水晶の魔力含有量が高い方を見せてくれ」
「おっと、お目が高いね。加工後は魔力も漏れないって話だけど、目に見えて輝きが増すのさ。こっちの方が多少値が張るけどいいかい?」
「まだ来たばかりだからな、あちこち見て似合いそうなものをゆっくり探すさ」
つまり買うとは言い切っていないユウに、はは、と店主は笑って相場を伝える。私たちが氷水晶の商品を見るのが初めてだということは相手にばればれだが、だからといって値段を吹っかけても騙されて買わないぞとわかるユウの言葉に店主は面白そうに頷き、それぞれの値段を説明してくれた。
最初に掲げていた大粒の首飾りは、水晶の大きさこそ人差し指と親指で丸を作った程度となかなかに大きかったが、どこか形が歪で色にも濁りがあり、輝きは控えめだった。それで銀貨五枚。
ユウが見たいといった首飾りは水晶の大きさは親指の爪程だが、きらきらと輝きも強く奥の台座の色すら反映しているようであった。並ぶ数も少ない。装飾としては細工は控えめだが、なんとお値段は銀貨十枚。ドルニグでは銀貨一枚あれば、冒険者としては憧れのシャワー室付きの宿に一泊二食付きで宿泊できたことを考えると、なかなかなお値段である。
「氷水晶の装飾品はお守りとしても人気でね。魔道具ほど直接的な恩恵はないが、石に気に入られた持ち主に危険が迫ると知らせるために輝きが増すことがあるって逸話もあるんだよ」
「……危険が迫ると輝きが……へえ」
面白そう、とユウの声音が僅かに上がる。逸話であるというその様子から本当にそういった効果があるかどうかは謎だが、確かに興味を惹かれる話だ。
とはいえ、まだ一つ目の店である。銀貨十枚がないわけではないが、どうせならあちこち見てみたいという考えもあって、丁寧に礼を言ってひとまずその露店を後にする。まずは宿、そのあとは店巡りもいいかもしれないなんて話し合って、迷宮だけではなく興味を惹かれるものばかりの都市を探検することにしたのだった。
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