84.秘密迷宮の巡愛―13
ニコラスと名乗る赤の双剣使いの言葉で即座に作戦会議だと雰囲気が切り替わり、その空気を察したのか、奥の方でそわそわしていたバートもまた漸くだといった様子で駆け寄ってきた。
針を避けられたのは私たちの他にも数人いたが、自分のパーティーメンバーが避けられずにいた為に別働隊となる者も多く、結局ギルド職員を交えた話し合いにより突入メンバーは赤ランク三名、バート、そして私たちの六名が選ばれる。バートはソフィアが突入できないものの、捕らわれたジュストの仲間だということで仲間二人の懇願により参加可能となった形だ。
そのままギルド職員に案内され向かった奥の部屋で行われたのは、正しく作戦会議であった。高ランク冒険者でもない私たちは、ドルニグでディートヘルムさんに呼ばれ時折話をすることはあっても、こういった作戦会議となると初めての体験である。独特の緊張感に少し体が浮つくような感覚があったが、それもなんとかすぐに落ち着かせることができた。早朝から慌ただしかったが、これから行うのは高難易度な任務だ。誰もが皆真剣な表情で向き合っている。
一番の重要課題として話に上がったのは、核の少女の無力化手段を考えることであった。人命救助よりも先に上がったのは、それが救助の為の大前提であった為である。……というのが、一応の建前だ。
迷宮は崩落の例が非常に少ない。核自体がダンジョンから離れると壊れたり価値がなくなってしまったりする為に、核はあっても触れないというのが鉄則のせいか、あまり伝わっていないのだ。もしその場で核を壊してしまえば地下四階以下の階層となると生き埋めになる可能性が否定できず、そうならない為にも捕らわれたジュストを救助するよりも前に核を無力化する方法が話の中心となり、無力化した上で今後誘拐事件などが起きないようなんらかの対策を練る話は行ってみなければわからないと曖昧なまま留まった。
最初にこの街で感じた通り、この街のギルド職員の一部は人材を大切にする傾向が強いのか、いざとなればダンジョンの長期封鎖もやむなし、と判断しているようであった。だが、そんなのはごく一部だ。一部のギルド職員や街の上層部はそうではないらしく、街の一番の稼ぎ頭とも言える迷宮の封鎖に反対意見も強くでているようで、冒険者が迷宮主に捕らわれるなんて自己責任であろうという意見も出ているらしい。
迷宮と共に生き、迷宮があるからこそ作られ発展した街だ。それも仕方ないことなのかもしれないが、定期的に冒険者の魂を喰らって永らえたダンジョンというのが事実であれば、ギルドとしては今後を視野にいれると判断がつけ難いといったところが本音かもしれない。何せ初心者用というのが売りのダンジョンであったのだ。
下手に冒険者を犠牲にはしたくないが、それでも挑戦するというのならば何も言えない、それが冒険者の『自由』であるが為に。
もっとわかりやすく言うならば、『冒険者の命を奪うダンジョンなど普通』のことであり、安心安全のアトラクションなどではなく、初心者迷宮と言われていたスビアイだからこそ若干の戸惑いが生まれているだけなのである。それなのに崩落させるなんて、とんでもないというわけだ。
ただ生きていると分かっている捕らわれた冒険者の救助に行くのもまた冒険者の自由であり、その辺りはスビアイ山の遭難者捜索制度など、この辺りのギルドが冒険者を大切にしているとわかることからも、反対意見が出ないのはわかっていた。だが。
恐らく、突入組の本来の狙いは救出などではないのだ。
ちらりと向けられる双剣使いのニコラスからの視線に、『察しろ』という圧があるように感じる。赤の彼らは、青とはいえ仲間の危機を前にしたバートにそれを悟られるような態度はしていない。だが、邪魔をするなよとこちらに言わんばかりの視線を時折感じ、エドナ、デルバからも似たようなものを感じるのだから、恐らく間違いではないだろう。むしろ、会議中の言葉運びやタイミングよく送られる視線などから、これで察しないようであれば使えないとみなす、と、そんな挑発めいたものまで感じる。試されていると、全身で感じるのだ。
高ランク冒険者とは、こういった世界なのか。思い出すのは時折修行時にルイードさんや師匠から「これくらいできるだろう?」と挑発されているように感じた圧で、そのせいで余計にこの考えが間違っていないのだろうなと考えてしまう。
「それで、ダンジョン内に現れた腹部に口のあるアンデッドや双頭の蛇のことなんだけど、もし遭遇したら今度は対応を任せてほしくて――」
核と同じくらい『口付きのアンデッド』と『双頭の蛇』の話に興味を持つ彼らの元の任務はやはり、そちらの調査だったのではないだろうか。
スビアイは定期的にノクトマとスビアイを行き来する赤ランク冒険者がいるらしいが、それが彼らである様子はなく、彼らは普段ノクトマか、もしくは各地を転々としている冒険者なのではないかと推測できる。その彼らが調査でこの辺りにいたのであれば、今回の騒動でギルドから声がかかるのも自然な流れであろう。
もしかしたら彼らは核に接触し、その迷宮内に抱え込んだアンデッドと蛇について、直接情報を得ようとしているのではないか。
その場合、ジュストを救出するのは後回し、もしくは最悪の場合なしになる可能性もある。核の機嫌を損ねて情報を得られないことが、彼らにとってマイナスとなる可能性が高いのだ。
その場合、私はどうしたいのだろう。ユウは、どうするのだろう。
私はそもそも他者と関わることをあまり良しとは考えていない。今もできることならダンジョンに入った後は別行動させてもらった方がありがたいなんて考えているくらいである。入ることができればいいのだから、煩わしい他人の思惑になど振り回されたくはない。状況が状況なので出し惜しみするつもりはないが、赤の彼等の前で魔道具を使うのはデメリットも大きいだろう。
しかも、今ジュストは上の人間たちの思惑や個人の私欲によって、ダンジョンの贄として見捨てられているような状況なのだ。それは私たちにとってもたいそう面白くない話であるし、恐らくユウはその邪魔をするだろうともわかっている。ジュストという人物を好ましいと感じてるわけでもない、相変わらずの無関心に近い拒絶感があるが、生贄を放っておくというのはなんとも居心地が悪いのだ。
ただ、ダンジョンが崩落となると、私たちも生きて帰れる保障がない。救出するなら戻れなければ意味がない。
一度目を通した範囲のグリモワールの中身や前々世の知識をもう一度思い返してみるが、あの幽霊を無効化しジュストを保護しつつ崩落を防ぐ、その手段について成功すると確信できるものがない。
何せ相手は自在にダンジョン内に巨大な落とし穴を作り出せるのだ。どこまで操れるのかも未知数。タイミングを間違えば私たちは迷宮に閉じ込められることになりかねず、それではジュストを助けるどころの話ではない。そもそも『核』とはどこまでできるものなのか、それがわからないのだから、対策の立て方も普通とはいかないのだ。
「――ということで、効果がある確証はないが無効化については結界系術を候補に行こう。閉じ込めるイメージだ、わかるね? できれば離れても持続時間が長く続くものを。魔法使いだろうが付与術士だろうが魔法剣士だろうが、多少なり魔法職は心得があると思う。次点で核をギリギリまで追い込むという手段だけど、こちらはあくまで保険だ。危険過ぎるからね。あとはまぁ、どちらにせよミナちゃんの付与術がかなり有効のようだから、それで相手の優位性を崩していくのが中心かな。やりすぎて相手を刺激しすぎないように、そこは調整していかないといけないかもしれないけれど」
「それにしてもお相手が幽霊とは、攻撃は魔職に偏りそうですの。霊体とはすなわち器を失った魂。純粋な魔力の塊を意志という強さでとどめそこに感情などの意思混じり合わせた、いわば魔法の究極の形の一つとも言われておりますのでな」
主に会話を進めているのは双剣士ニコラスと、そのパーティーメンバーであるデルバであった。デルバはぴんと伸びた背筋ながら年齢が分からないほどどこか積み重ねた経験をにじませる声で話し、ニコラスはそれを平然と受け止め会話を繋ぐどころか引っ張っている。バートはどこかその二人に圧倒された雰囲気であり、エドナは時折情報を口にする程度でほぼ会話には入らない。ユウは何か考えているのか無言で表情も変わらず……まぁこれはいつも通りとも言えるけど……長引くにつれ、どこか居心地の悪さを感じて戸惑ってしまう。
「付与術士のお嬢さん、魔職ではない二人の攻撃に魔法系の効果をもたらす付与を施すことは可能ですかな」
「……得意な属性を教えていただければ、相性がいいものを付与することは可能です」
ユウが魔法剣士職の為に使う機会はあまりなかったが、付与の基本的な術として物理攻撃に魔法の力を付与することは可能である。頷いて見せれば、うんうんと満足そうな顔をしてデルバもまた頷き、それではよろしく頼むと言うエドナに続いて、バートが表情を輝かせて私を見る。彼は先ほどから自分が荷物になる可能性に心を痛めているようだったので、光明が見えたのだろう。
こうして会議は朝のうちに終わり、突入は昼前に軽く食事をとった後ということに決まった。バートはあまり睡眠をとっていなかったようなのでソフィアに準備を頼み仮眠となり、私とユウはそのまま二人でギルドを出る。時間まで宿に戻ろうかと相談していたところで、君たち、と追いかけてきたニコラスの声に足を止める。
「君たちは優秀なんだろうね。『ギルドの指名依頼を受ける冒険者として』なすべきことはわかったかな?」
「……邪魔はしませんよ、たぶん。生き埋めは困りますし。ただ、俺たちまだこの迷宮攻略してないんで。ちょっとはぐれたりしたりするかもしれませんね」
「へぇ? 気をつけてね? 迷子の世話はさすがに任務外だ」
「大丈夫ですよ、迷っても戻れるんで。よろしくお願いします、先輩」
にこ、と笑みを向けるユウに、同じような笑みを返して戻っていく先輩を見送り、私たちは「ふは」と小さく笑う。どうやら私たちの答えを聞きにきた彼は、なかなかに自由な考えの持ち主のようである。
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