83.秘密迷宮の巡愛―12


「俺は反対だ! この案件はどう考えても緑に務まるもんじゃねぇ!」

「だから、こいつは優秀な治癒師だし、あの二人を緑だと思わないでくれって! 俺よりよほどうまく動けるんだ、あいつらの協力は必要だ!」

「ガキなんだろ? そいつらより動けないってんなら、お前が青でも腑抜けなんだ。参加を見送っとけよ、腰抜け野郎」

「捕まってるのは俺たちの仲間なんだぞ!」


 夜明けと言ったほうが近いかもしれない早朝の冷えた空気に似つかわしくはない、ギルドに近寄るにつれ大きくなる喧噪。怒鳴り声の中に混じる必死な声は、聞き覚えのあるバートさんのものだ。

 一応動きがあるなら早いうちに行ったほうがいいだろうと宿を出てきたのだが、この様子だとすでにギルドにはそこそこの人数が集まっていそうである。


「ふぅん、どうやら俺たちを連れていくかでもめてるみたいだな。スビアイ山の遭難者を探す制度を聞いたときも思ったが、ギルドである程度緊急時に動けるよう組織立って行動してるのか……集まるのが早い」

「あー、そっか。いい情報伝達速度だね。行くなら捜索隊と一緒に行く感じなのかな?」

「だろうな」

「バートさんは私たちの実力について詳しくは隠してくれてるみたいだね。そのせいで連れていくってことに反対意見出てるみたいだけど……ええと、ユウさ、昨日ジュストさんと離される時に何かしてたよね? 居場所探せる感じ?」

 私が顔を見上げつつもそう聞いてみると、にやりと笑ったユウは「ご明察」と機嫌よく答え、そのままフードを被った私の頭をがしがしと撫でる。


「俺たちが関わってなきゃほっといてもよかったんだけど、さすがに目の前でやられたまま、やられっぱなしは癪だしな。突入組には参加したい。実力疑われたら、やってやれ」

「わかった」

 頷けば、ユウがもう一度笑みを見せた後にぐっとギルドの扉を引き中へと足を踏み入れた。後に続けば、ギルドの奥でよかったと言わんばかりに表情を輝かせたバートと視線が合う。その隣にはかなり青褪めた様子ながらもぐっと唇をかみしめたソフィアさんもいて、『連れて行けない緑ランク』には彼女も含まれているのだろうと察した。


「よかった! えーっと、あー……」

「ユーグとミナだ」

 名前のことだと察してユウが答えると、そうそう、とバートはほっとしたように表情を緩ませる。そういえば結局自己紹介もまともにしてなかったな、と思ったところで、やっぱガキじゃねぇか、テイマーかよと周りの声が騒めいていても耳に届く。その言葉に私より先に反応したのは、長く私といて雰囲気などをうまく察するルリと、人の言葉を理解する天月だ。

 大丈夫よとぐるぐると小さく唸る天月の頭を撫でて落ち着かせ、ルリを伸ばした指先に止める。その様子から一羽と一匹がこの状況を理解していると察した冒険者数人は気まずそうな表情で黙ったが、バートの前に出ていた数人の大柄な男たちは険しい表情で眉を顰める。

 だがそれよりも強い存在感を放つ、清廉な雰囲気を持つ見慣れない人物がこの場の中心にいた。


「テイマー、ね。よく躾ているみたいだけれどまぁ、テイマーは大器晩成型だ。さすがにまだ若いテイマーを赤等級の任務に巻き込むのは反対かな」

 その言葉に少しだけ驚く。魔力の少なさからその大器晩成にすらならないことが多いテイマーを、馬鹿にするでもなくしっかり評価しているような口ぶりは珍しい。

 ちらりと見れば二十代半ばと思われるその男性の胸元には、赤いバッジが輝いていた。武器は片手剣……いや、それが二本見えることから双剣使いか。その彼の両隣にいる、杖を持った男性と身軽な装いの女性も赤バッジだ。……このスビアイに留まっているようには見えない、現役の高ランク冒険者と言った雰囲気に、威勢がいい他の冒険者たちも静まり一目置いているように見える。


「話は通ってるみたいだが、俺たちが昨日核を見つけた冒険者だ。俺たちは別に絶対任務に関わりたいというわけじゃない。ただ同じくあの迷宮の核と話したやつが一人目の前で捕らわれて、そのままっていう状況をなんとかしようと思っただけだ。入ることができればそれでいい」

「捕まっている冒険者は君たちの仲間じゃないのかい?」

「俺たちは違う。捕まったのはそっちの二人の仲間で、俺たちは名前も知らない顔見知り程度だ」

 そのユウの言葉に、俺は初めて会ったときに自己紹介したのにな……と言わんばかりの遠い目をしたバートが視界に映ったが、空気を読んで黙る。勝手に名前を言ったのはジュストとバートのみで、ソフィアもまたこちらに名を明かしたりはしていないのだから、ユウが言ってることも間違いではないのだ、たぶん。

「なら大人しくしているといいよ。すでにあのダンジョンはギルドによって封鎖され、指名依頼を受けた青以上の冒険者だけが立ち入る予定になっている」

「核に部屋から追い出される瞬間に捕まった冒険者に印をつけた。俺は今もその冒険者の位置を把握している」


 ユウの言葉で再びざわりとギルド内が騒めいた。話していた赤バッジの双剣使いも少し驚いたように目を見張り、それは有用だねと呟く。


「そっちのテイマーの子も何かできるのかな」

「ちょっと待ってくださいよ、今回の作戦、あんまり人数が動かせないって話じゃないですか。ガキどもよりあの迷宮の経験が豊富な大人が行くべきですって」

 双剣使いの視線が私を捕らえた瞬間、慌てたように声を上げたのは青バッジを付けた四人組の一人だった。ギルドで見たことがある顔だったので、恐らくスビアイに長くいる冒険者なのかもしれない。戦斧、大剣、弓、戦棍と武器が視界に入るが、最後の戦棍は治癒師が扱うこともある短杖の一種だろう。バランスも悪くないし、四人組のパーティーなのかもしれない。

 恐らく負けはしない、と思うが、彼らの言う『迷宮の経験が豊富』というのは確かに重要な要素だと思う。私もユウも、そしてバートたちもあの迷宮については初心者と言っていい状況であるし、赤の三人が初心者迷宮と言われるスビアイ迷宮に最近まで長くいたとも思えない。それじゃなんでここにいるんだという謎も出るが、それに関しては『腹に口のあるアンデッド』や『双頭の蛇』の調査の可能性が高いのではないかとも考えられる。

 もう文句があるなら赤三人組と青四人組、それにバートやユウと私でいいんじゃないかとも思うが(ソフィアに関しては身体能力がわからないのでなんとも言えない)、他にも参加したがっているらしい青が数人ちらほらとギルド内に見えることから、もしかしたらギルドがそこそこの報酬を用意しているのだろうかとも考えられる。


「つまり実力がある人が行くべきだ、という主張かな」

「そうに決まってる!」

「なら話は簡単だ」


 騒ぐ声を聞きながら、どうせ自己責任の世界なのだからもう行っちゃってもいいんじゃないかと協調性のかけらもない考えも浮かぶが、それより先に感じた視線に顔を上げ、次の瞬間私とユウは同時に高く跳躍していた。視界の端ではルリがほぼ真上へと急上昇し、天月もまたぐるりと回りながら元いた場所から距離をとっている。

 そして。


「ぎゃっ」

「いでぇっ!?」

「ぐあっ、なんだ!?」


 相次ぐ悲鳴と、混乱した声が続く。そのまま私とユウは開けた場に着地し、そして元いた場所にある棘のようなもののその持ち主に視線を向ける。


「うん、今その針が刺さらなかった人が突入組でいいんじゃないかな? 怪我をした人は治癒師の治療を受けておいて」

 ふ、とこのような状況でも変わらず笑みを見せた双剣使いの後ろで、表情を変えないままこちらをぐるりと見回している赤バッジの女性。……どうやら職業暗殺者らしいなと察したが、その立ち位置は先ほどからまったく変わっていなかった。ほぼ同時にあちこちに針を投げまくって、涼しい顔をしているのだ。

「いきなりなにしやがる……!」

「実力者が行くべきと主張していたのはそちらだろう? それに君たちに飛んだのは一本だけだよ。それも当たり障りない急所を外した位置に浅くだ。アレを見てもたかが一本で文句を言って、さらには自分たちは強いから参加させろというつもりかな? 魔物ではない小鳥ですらかわしたというのに、嘆かわしいね」


 私(とルリと天月)とユウ、バートがいたあたりの周辺に何本も散らばる針。床に突き刺さったそれが浅いところを見ると、確かに投げる時加減されたものなのだろうとは感じるそれは、それでも明らかに他の冒険者に向けられたものより数が多い。

「ひっ」

 威勢のいい声を上げていた数人の冒険者は避けたようだが、大多数がどこかに針を刺されたようだった。ソフィアのローブにも針が一本刺さり、彼女はどこか呆然とした様子で固まっている。

 まぁたぶん、後ろにいた人は少し位置が悪かったとも言えるけれど、そうではない前の方にいた冒険者たちにもがっつり刺さる中、先ほどの会話で馬鹿にされていたバートや緑ランクが避けているというこの状況。とくに私たちやバートに飛んできた針がなぜか多く、それをしっかり避けるさまをがっつり見せつける羽目となり……結局、それぞれがこそこそと針を抜く中、大胆過ぎる選別方法に文句を言える者はいないようであった。



「ごめんね、がっつり試すような真似をして。君たちだろう? 口付きのアンデッドを倒したのは」


 周囲から人が少し遠ざかった頃、穏やかな表情でこちらに近づいてきたのはあの双剣使いの赤ランクだった。すぐに仲間らしい二人も後ろに続き、予定通り私はフードで顔を隠したままユウの少し後ろに下がる。

「そうだ」

「レッドベアの報告を上げたのも、君たちだろう?」

 そこでユウが一瞬黙り込むが、続いたのは別の、ハスキーボイスな女性の声だ。

「隠さなくてもいい。剣士らしい少年とテイマーの少女だとギルドから聞いている」

「あ、しゃべるんだねエドナ、珍しい」

「喋るさ。私の名前はエドナ・キーガンという。聞き覚えはあるだろうか」

 言われて、ユウの後ろで表情を出さないようにしながらも内心首を傾げる。

 恐らく凄腕の暗殺者職の女性、赤という高ランク冒険者。仲間の様子から、あまり普段から人と関わるタイプでもなさそうだ。まず接点はない筈だが、一瞬何かが引っかかった。聞き覚え、と彼女は言っていた。確かに、何か覚えがあるような……とそこまで考えて、ユウの雰囲気が僅かに変わる。どこか怒っているような、呆れているような……そこまで考えて、はっとした。

 私たちが関わりのある冒険者は、とても少ない。その中でも高ランク冒険者に関わりそうな、と絞ってみれば……そう考えると、なんとなくだが思い当たる節があったのだ。だが先に思い出したのは、『名前』よりも憶えのある顔ぶれの『パーティー名』だった。


「カーディナル……」

「そう! そうだ、やはり君たちだったか」


 私の小さな呟きも聞き漏らすことがなかったエドナという女性の声音は、抑えめだが明るい。それはもう、私たちに悪感情は抱いていない、そんな様子で、確信する。


 未開の森調査隊を務めていた赤ランク冒険者率いるカーディナル、その生き残り夫婦の姓が、確かキーガンであった、と。同時にユウの雰囲気が変わった理由も察しがついた。私たちについては、ルイードさんが口止めしている筈なのだから。

 あの中では最も言いふらしたりしなさそうだった夫婦だったけれど、と考えを巡らせた辺りで、こちらの様子に気付いたのだろう、あまり変わらない表情のままエドナさんが失礼した、と首を振る。


「兄夫婦は君たちのことをほとんど教えてくれなかったんだ。その辺りは安心してくれ。ただ、兄夫婦のような実力者がいてなお、ほとんど壊滅状態に追い込まれた任務であったという話は聞いていた。その時助けてくれた冒険者の中にまだ若い少年少女がいたが、とても仲と見目がいい、少し目立つ雰囲気のある黒髪と銀髪の少女だと。礼を言いたかっただけなんだ。先ほど針を投げた時にそうじゃないかと思っていたんだが、やはりかなりの実力者らしい」

「目立つって……というか礼を言いたい相手にあの針の雨か……」

「すまない。なんというか、強者の雰囲気はあると思う。兄夫婦にも、それらしい子を見かけたら決して突っかかったりせず礼を尽くせと言われたんだ。礼をしたかったのは、本当だ」

 どんな雰囲気だ、と目立ちたくない私たちはそろって表情が引きつったが、なんとなく自覚もあった。ギルドでのはよくあることだ。フードを被ったりマフラーで口元を隠すだけではなく、ユウが弱く隠遁系の術まで使っているのもなんとなく察していたし、ショックを受けるのは今更か。

「わぁ、今日はエドナが良く喋る。驚いたよ。……まぁ、彼女がお礼を言いたかったのは本当だと思うよ。少し好戦的なところがあってね、君たちなら避けれると思ったのだろうし、許してやってくれないかな」

 苦笑した双剣使いが間に入り、その少し後ろでは彼らより年上らしい杖を持つ男性が穏やかに笑っている。とてもいい関係のパーティーなんだろうなと感じつつ、あの夫婦が『突っかからず礼を尽くせ』と忠告する程度にはお転婆な女性らしいと目の前のエドナと名乗った女性を見上げる。避けた私たちより、急に針を刺された冒険者たちのほうが被害者な気がしないでもないのだが……あのままだと私たちに武器を向けそうではあったので、助けられたとも言えるかもしれない。冒険者は血の気が多いのだ。


「……ミナです。私の従魔にまで攻撃するのは勘弁してくださいね」

「そうだった! すばらしかったぞ、あの動き! ああ、彼らの名前も教えてくれないか。何か食べられるだろうか、木の実ならあるんだが」

「エドナ、少し落ち着いて。さて、ユーグとミナだったね。僕はニコラス、多少魔法の心得もある双剣使いだ。エドナはさっき見てわかる通り。そっちはデルバ、魔法使いだよ。さっそくだけど時間がない。バートくんには話は聞いたけれど、知性があり会話ができる核と直接戦ったのはほぼ君たちだったんだろう? ――話を聞かせてほしい」



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