82.秘密迷宮の巡愛―11
戻ろう。
それを言い出したのはバートで、私たちは元通り扉を閉ざした隠し部屋の入り口を再び土で隠して目印とし、言葉なく地下四階を出る為に歩き出した。
ここが地下四階とわかっているのであれば、あとはまだ消えていない血の痕……恐らく私たちが助けた女冒険者の残した痕を辿れば、私たちの知る道に出る筈だ。
亡くなった冒険者たちの遺体を持ち帰りたかったが、刻一刻を争う私たちにそんな余裕はなくて。仕方なく血の中に転がっていた緑ランクを示すバッジを二つだけ拾ってきていた。あと一つはすぐには見つからなくて、端切れや欠片では誰のものかも区別がつかなくて。
ここが迷宮でなければ土をかけてあげるなどの対処もできただろうが、迷宮は墓にするには場所が悪すぎる。掘り起こす時間があるかもわからないことから、あの状態ではアンデッド化もしないだろうとそのままにしてあった。アンデッド化も不可能と思われるほど、喰われてしまっていたのだ。それをあの女性にも伝えなければならないと思うと、とても足取りは重くなる。
だが急がねば、ジュストの命はすり減っていくのは間違いなかった。
地下三階への階段はやはりあっさり見つけることができて、そのまま私とユウが作成した地図を確認しながら上へと進む。が、地下一階に足を踏み入れたところで念話が届いた。
『やったー! ぼく、おつかいできたよー!』
である。嬉々とした声に思わずがくりとそれまでの緊張が抜け落ちたが、ものすごく可愛いのでアリとしよう。ユウもなんだか呆れたような表情をしていたので、恐らく興奮したまま二人に声を飛ばしたのだろう。
「おい、なんだお前ら二人して、一階なら楽勝と思って気抜くなよ?」
「違う。仲間が戻ってきただけだ」
「仲間? いたのかよ」
「お前いろいろ失礼だな」
すぱっとユウが言い返したところで、ドタバタと走り寄る天月に気付いて一瞬警戒を露わにしたバートが、なるほどと頷く。犬っころかと言ったあたりで私とユウに駆け寄った天月の体当たりをくらって「ぐほぉっ」と吹っ飛んでいたところを見るに、恐らく天月にあまり好意を持たれていないらしい。
ま、それはいいとして。
無事に戻った天月を撫でまくり、サイズを通常に戻せば、やっと戻ってきたと言わんばかりにルリがその背に身を預けた。仲良くて何より、と歩き始めて漸く、自分の体が随分と疲れていたことに気付く。呼吸が楽になったように感じて胸に手を当て、同時に久しく感じていなかった全身の筋肉の疲労がじわりと広がっていく。
まるでまだまだじゃないかと自分の体に責められているように感じて、先ほどの光景が脳裏にちらつく中地下一階を歩く。
天月に話を聞いたところ、ソフィアさんと一緒に戻ったことで無事怪しまれることなく怪我人を街の診療所に運ぶことができたらしい。ただ治療を手伝いながらソフィアさんがわかる範囲の説明では急ぎ冒険者たちを脱出させよという話にはならなかったようで、今は調査隊を組むべきだろうとのんきな話をしているのだという。
待ちきれなかった天月はその辺りで脱出してきたようなので詳しい話はわからないが、要約するとこうだ。
『にんげんってとってものんびりやさんなんだね!』
いい笑顔のように聞こえる楽しそうな声だった。天月はなかなか……いやなんでもない。
なんとか地下一階を脱出したころは、すでに日が赤く染まっている頃であった。最短距離を選んできただけあって普段より早めに脱出することになったが、それでもゆっくりしている暇はない。すぐさまバートが青のランク章を見せつつ、この辺りに野営の準備をする冒険者たちに『異常が起きているからもし今から入ろうとしている冒険者がいたら止めてくれ』と告げまわって、明日の朝までにギルドの方針を伝える約束をし急ぎ街へと戻る。
「あー、お前らが規格外なのは知ってるが、ここは俺に任せてくれよ。宿で休んでくれ。俺もちゃんとここくらいでは青らしくやるからさ」
「えっと、ギルド、それで納得しますか?」
「させるっての。俺の都合がいいように話したりもしねぇし、お前らが不利になりそうなことも言ったりしねぇ。明日確認してくれてもいい。まーそのせいでお前らのその功績は、ちょっと俺たちと分割になっちまうかもしんねぇけどさ。……お前ら、あんま顔色、良くないぞ」
その言葉がとても心配されたものだと気づいて、いくら人を信用できないと言えど、なんとなくそれは本当だろうなと感じる。まぁ、何か誤魔化されてもこの地に長居するつもりがない私たちはそこまで困らないだろうというのもあった。
バートは私たちがあまり強さで目立ちたくないと察したのだろう。結構言動はストレートなところがあるが、視野が狭いわけではないらしい。どちらかといえばジュストの方がその辺りは融通が利かなそうでもある。
顔色が悪いのは本当だった。私自身はわからないが、ユウがいつもより疲れているのはよくわかっている。
「……任せる」
ユウの言葉で、バートはジュストが捕らわれた後から見せなかった笑みを漸く見せる。こういうの苦手なんだけどそうもいってらんねぇから。そう言ってバートはギルドの奥に行き、私たちは必要な聞き取りがあれば早朝説明するということで宿で休むことになった。
バートは私たちがあの光景にひどく動揺したのを見抜いていたのかもしれないし、自分たちの仲間が捕らわれているという状況の責任感もあるのかもしれない。亡くなった冒険者のバッジはバートが回収しているので、私たちは素直に宿に戻ることする。恐らく案内役として私たちも出ることになるだろうから、今のうちに体力を戻さなければならない。
食べ物のストックはあるとはいえ、普段であれば買い食いしたりする道をすべて無視して歩き、宿に戻って二人もくもくとシャワーを済ませる。食欲なんかなくて、でもそれを見越したようにユウが用意したのはホットミルクだった。ミルクは出店のスープなんかよりも少し高値であったりするが、以前購入しておいたものを温めてくれたらしい。
ふ、と息を吹きかければ、ふわりと甘く柔らかい香りと熱を感じてほっとする。はちみつが入っているのかもしれない。少し飲んだだけでも体の奥から温まるようで、とりあえず吐き戻すということはなさそうでほっとした。
飲み終わるのは、ほぼ同時。カップを置いて、洗わなきゃなんてぼんやり考えていると、するりとユウの指先が私の頬を滑る。
「ミナ、大丈夫か?」
「……ユウ、は?」
「俺は……まぁ、あんまり大丈夫じゃなかったかもな。悪い、痛かっただろ」
「吹っ飛ばされちゃった上にすぐ起き上がれなかったのは、私の修行不足だよ」
「ミナは結構気にしてるみたいだけど、前衛攻撃職が支援後衛職を守るのは普通だと思うぞ。まぁ俺がそうしたいだとかそれ以外の下心も俺の場合は多大にあるけどさ、……守られんのは苦痛か?」
「ううん。ただそのせいでユウに何かあったらちょっと自分が許せないから。防御付与が間に合ってよかった」
「あれがなかったらちょっとやばかったな。だから、助かったよ、ありがとう。俺もミナにいろいろ守られてるって気づいてくれるとさらに嬉しいけど……大体似たようなもんだろな。俺もミナも」
そこで言葉を切ったユウが、そろりと伺うようにこちらを見る。珍しい様子にまばたきすら惜しんで視線を合わせれば、あのさ、と珍しくユウが視線を落とす。
「ベッド二つあるのはわかってるけど」
「え?」
「あー……その。一緒に寝ないか、って言ったら、引く、よ、な? 何かしたりしないのは、約束する」
その言葉に思わず呆けてしまった。
なんというか、ユウらしくない……ような気がする。いつもなら、私が驚くよりも先にあっさり二人でベッドにいるような状況だったりするような……気がする? というかもう遠慮しないって言ったりだとか、すでに一緒に寝るのは初めてじゃないとか、いろいろ言いたいこともあるのだ。声には出なかったけれど。
とまぁその驚きは顔に出ていたのだろう。ユウは思いっきり顔を顰めた。
「お前な。気持ちを伝えあった前と後じゃ、いろいろ違うだろ。俺は何も言わないまま手を出すつもりはなかったし。誰かさんは魔力喰ったり舐めたり俺のそばにいる時だけ眠れてたりするくせに無自覚だったし、どれだけ生殺しで我慢してたと思ってんだ」
「ひぇっ、そのお話はご勘弁をっ」
「はいはい。ま、遠慮しないとも言ったけど、わかりやすくするなら今は俺が自分で決めてた制限がないんだよ。何かされても文句言うなよ?」
「……何かしたりしないって言わなかった?」
「だから! 今日はなんもしない」
「別に何かされてもがっ!?」
「頼むからその先は言うなよ、俺がいろいろやらかしそうでやだから」
口をふさがれた私はそのまま少しの間もごもごと言い訳して、少しだけため息をつく。
一緒に寝よう、と。それは、私の為?
そう出かかった言葉を飲み込んでユウを見る。
それはきっと私の為で、そして珍しく、ユウの為でもあると、話していてなんとなく察したのだ。それは本当に、珍しい。
恋人同士の会話のような雰囲気ではあるが、たぶん両者ともに今日はそういった気持ちではないのだ。きっと話しながらも蘇るあの光景は、一生私たちが忘れる筈のないものだから。
「嬉しい、ありがと」
「……そか」
ほっとした様子を見せたユウと、手を繋ぐ。そのまま勇気を出してその胸に抱き着けば、少し戸惑った様子ながらもユウの腕が背に回った。耳元で深く長い溜息が続き、ユウの体から少しずつ力が抜けていく。
きっとあの光景だけではなく、ユウはあの幽霊少女のことも気にかかっている。……と考えるともにゃもにゃと胸の奥に重苦しい感情も生まれるが、要はユウは、あの少女を攻撃して言われたことを恐らく気にしているのだ。そんなこと、気にしなくてもいいのに。
「私、ユウがすごく大切だよ。とっても、きっと自分より。……怖い?」
「いや。俺もなんだ、悪いな」
「そっか。お互い自分と相手を大切にできるようになれば、いい方にレベルアップかな?」
「はは、そうかもな。……寝るか」
するりと最後に二人頬を合わせたが、まるでキスをしたみたいで恥ずかしい。じわりと頬が熱くなって視線を彷徨わせると、ユウの目じりも珍しく赤く染まっている。
ジュストが捕まっているという事実がある以上なんだか悪いことをしてしまった気分になるが、別に見捨てようとしているわけではないので少しだけ多めに見てほしい、なんて自分に言い聞かせる。咎めているのは自分なのだ。別に状況が見えてないわけじゃなくて、余裕がないほど、きっと私はすり減っていた。
目を閉じても浮かぶあの赤黒い色は、二人冷え切った体を温めるようにくっついても、なかなか消えてはくれなかった。
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