81.秘密迷宮の巡愛―10
※詳細な描写は控え目にしておりますが、やや猟奇的なシーンがございますのでご注意ください。
「おおいマジかよ。なら早く助けねえと!」
すぐさま壁に駆け寄るバートを視線で追いかけながら屈んだユウは、私の耳元で「探知できるか」と囁くなりすぐさま自身も目を閉じ周囲の確認に入ったようだ。
森や林などであれば得意分野だが、土壁の向こうとなると勝手が違う。そもそもこの世界で探知と言えば天性の才能でもある職業スキルや、魔力を使った魔法の一種、修行など努力によって身につけた感覚や状況判断など、一般の人たちからすれば想像もできないような能力を指し、そうなれば当然壁の向こうや遠方、障害物の先などの探知方法もあるわけで。
特に暗殺者や狩人は探知特化の職であり、今ここにいるユウやバートにひっかかるものがないのならば、私ができることは少ない気がする。そう思いながらも壁の向こうに意識を向け、……ようとして、思わず「あの」と壁に耳をつけたまま怪訝な顔をしているバートに声をかけた。その表情があまりにも強張っているのだ。
「何か聞こえますか……?」
「いや。っつーか、人の気配がしねぇ。この壁がどのくらいの厚さかわからんが、状況的に地属性魔法で隠し部屋の扉前を塞いだんだろ? この周辺だけ不自然に盛り上がってるし。これじゃ音なんてほとんど届かないんじゃねぇか? 助けを待ってるんじゃなかったのかよ」
その言葉に、確かに、と頷く。一応確認してみたが、気配も感じられなければ音もなく、壁に耳をくっつけていたバートも振動は確認できないと言う。そもそもこの場所だけ壁の戦闘痕が残っているのは、ダンジョンの修復機能が働いていないということであり、ダンジョンとは別にそれこそ冒険者が作り出したものであると如実に示している。場所は間違っていない筈だ。
声を張り上げて確認するのは、魔物を呼び寄せるようなものである。中にいる人たちは助けが来た場合どうやって判断するつもりだったのだろうと疑問が浮かぶのも当然で、ノックしてみても強めに叩いてみても、やはり反応は皆無であった。
「仕方ないな」
ユウが刀を手に集中し、この周辺だけ風を操って流し始めた。普段は刀すら使わず操るユウだが、その辺りはパフォーマンスだろう。そもそもユウの刀は魔道具の一つであり、装飾が施され美しいその刀は確かに魔力操作補助の役割があると言っても納得できるように見える代物だ。
音は振動でありすべてを誤魔化すことはできないが、近くに魔物がいない以上、完全ではないが消音の役目は果たすだろう。そう判断して叫んでみたり強めに壁を叩いたりとしてみるものの、やはり反応は感じられない。
「……大丈夫だよな?」
「中を確認するしかないな。ミナ、さっきのいけるか?」
「あ、うん。やってみるね」
「……やっぱお前、テイマーだけじゃなくて付与術士か。二職持ちってすげぇなぁ」
どうやら口にせずにはいられなかったようであっさりとこちらが隠していたと分かるはずのことを口にするバートに、おい、と声をかけたユウが睨みつけた。すぐさま自分の失言を悟ったのだろう、誰かに言ったりしねえよと慌てて首を振るバートに一度視線を向ければ、ちょうどこちらを見た彼が慌てたようにこくこくと頷いた。上下左右に振られて忙しい頭部である。
他の魔法使いがくみ上げただろう土壁、そこに魔力を浸透させ、先ほどあの核本体を天井から取り出した時のように土を除く。それは他者の魔力が残っている場合簡単ではない作業だが、拍子抜けするほどあっさりと私の魔力は染み渡り、その向こうの一見すると他とわからない壁をむき出しにした。そこから先は魔力がやや弾かれるので、強引に崩すこともできなくはないが、もともとこの地にあった『隠し扉』なのだろう。
現れた扉らしき壁を探ったのはバートだった。それこそそういったことは得意分野らしい彼は、罠の仕掛けみたいなもんだな、と頷く。
「ここから、こっち。すげぇわかりにくいけど、微かに空気が流れて切れ目がある。落とし穴と似たような構造だな、たぶんどうにかすりゃ地面の下に引っ込むんだろ」
指さしながらそう説明したバートが、ぺたぺたと壁の付近を触り、さらに横にずれて、と盛り上がっていた壁の位置から五歩ほど離れた位置の壁をじっと見つめたかと思えば、ふいにその場所に手を着いた。
鳴ったのは、風の音と、何かがどさりと落ちるような音だけだ。ひゅうっと吹いた風が頬を撫でると同時に、私たちのちょうど目の前の、隠し扉があると思われたその位置の壁が、すこんとその場から消えていた。消えると同時にその先に空間が広がっているのが見えたが――目の前の光景に関する情報よりも先に感じるのは、強烈な腐臭とそれを上回る鉄さびた生臭さの残る匂い。
地面に転がる、ばらばらのちぎれたなにか。赤黒く染まったそれが何であるかなどすぐにはわからないほどのその場所に、不自然に散らばる布切れや金属片。ごろりと転がった丸いものは一体何なのか、考えるよりも前に全身が震え、すべての音が消える。
蘇る悲鳴と怒号、足元に光り輝く魔法陣。生みの親だった人たちや見覚えがある集落の人間が、次々に苦悶の表情で倒れ行く。広く堅牢なつくりであっただろうあの場所は、のちに崩れた瓦礫によって地獄絵図を作り出した。そう、規模は違うまでも、今目の前の光景のように。
――転がる何かと、目が、あった。
「え?」
声は恐らく、無意識に勝手に零れ落ちたものだった。それが急速に失っていた音を思い出させ、次いでびちゃりと音がした時点で、私の前に飛び出したユウが刀を抜く。
「くそ、ここにいたのか!」
「は? ……げっ、うそだろこの匂いまさかっ!」
「ぐ……『風と共に運び行く、全てを還す炎の護り、大地の恵みが種を望み、命の水よ渇きを潤せ』!」
咄嗟に刀を抜いたユウとほぼ同時に、こみ上げる何かに耐え魔力を練り上げ、今使える最上級の防御付与魔法を完成させこの場の三人に付与する。三人、だ。
扉の向こうにはもう、生きた人間なんていなかったのだから。
足の力が抜けそうになったが、耐えて詠唱を完成させることができたことにほっとする。だがそれもぎりぎりのところだったのだろう、直後爆風と言ってもいい衝撃が全身を襲い、私は為すすべなく宙へと投げ出され、対策を練る前に無様にもそのまま壁へと激突した。
「カハッ」
もはや声も上げられずに肺から空気を吐き出させられ、ぐしゃりとそのまま地面に落ちても怪我無くいられたのは、直前に行使できた付与術のおかげだろう。
回避に成功したものの驚いたのか私のそばを飛んでいたルリが、焦った様子で私の袖を小さなくちばしで啄み、なんとか起こそうとしているように見えた。すぐさま視線を巡らせれば、ユウですら壁に叩きつけられたのか少しふらついた様子で壁から離れて刀を構えているのが目に入る。それよりももっと奥の方では、私と同じように地面に転がりながらもなんとか立ち上がろうとしているバートがいて……それよりも手前には、大きな穴からよいしょと言わんばかりにのそりと体を出す、大モグラのような魔物がいた。ところどころ肉が禿げ落ちている様子から、それがアンデッドであることは一目瞭然。
二足で立ち上がるということをやってのけたその腐った肉の塊は、その腹部に大きく牙を覗かせた第二の口を抱えていた。
ああ、こいつが例の魔物なのだ。
おそらく等級的にはレッドベアのアンデッドと大して変わらない筈だ。それでも初手を許してしまったのは、目の前にあった惨劇に私も、そしてユウも恐らく過去を思い出して一瞬捕らわれてしまったせいだろう。モグラということはわかっていたのに、ソレが食事中に一瞬で地面に潜ってこちらに飛び出してくるとは予想できなかったのである。
立ち上がろうとして、足ががくりと震えて地面に膝を打ち付ける。それでも無理やり体を起こして、私は飛ばされた衝撃で吹き飛んでいた杖を一端指輪に戻し、そして再び手に取り出した。バートはこちらに視線を向けていないし、この場で私の行動を気にするものはいないと遠慮なく魔道具として使ったが、震える指先は取り出した杖を一度取り落とす。からんと情けない音を立てて落ちる音を聞きながら自分自身に腹が立ち、その怒りをもって強引に再度つかみ取った杖を持って、私は腕を突き出した。すでにユウもバートも戦いに入っているというのに、一人だけ情けなく蹲っているわけにはいかないのだ。
必死だった。
迷宮内にしては開けた場所であったと言えど、地下もあれば天井もある狭い室内で、グリモワールの強力な魔法を放つには不安がある。何より即席メンバーとあって連携なんてできるわけがなくとも、
手は抜かなかった。長い舌の縦横無尽な攻撃は避け切ったし、敵の魔力を削ぐための付与も、ユウやバートを守る為の付与も、攻撃支援も最後までやりきった。
時折私を狙ったように地中に潜り現れるモグラの脳天に杖を叩きつけ、ユウが刀を振るい、バートが私の弓なんておもちゃに見えるようなしっかりした作りの複合弓で目や長い舌などを射貫いて。それは確実に耐久力の化け物とも言えるアンデッドの力を削ぎ、数分とかからず私たちはそのアンデッドの動きを止めることに成功した。
したけれど、倒したけれど、その部屋の光景は、変わらない。
「マジか……三人、だな。クソ、間に合わなかったってのか。なんでだよ、入り口はちゃんと、閉じられてたじゃねぇか」
中を確認し、ドン、と壁を殴りつけたバートが、悔しそうに、原因はわかっていてもそれでも口にせずにはいられないと言った様子で、震える声を吐き出す。
他に入り口もない、確かに籠城に適していたのだろうその空間は、もうその痕跡もないけれど……あのモグラのアンデッドは、地中を潜り、移動していたのだ。魔力を使った固有の特技であったのか、それはもう一瞬で掘り進んで移動できるほどにこの迷宮において機動力のあるモグラに対して、果たしてどこまで効果があったのか。
やるせなさを前に、必死に過去の光景を振り払う。冒険者と言えど平気であるとは言えぬ、そんな恐ろしい光景が、変わらずそこにはあった。
浅くなった呼吸はすぐには落ち着くことなく、倒したということで糸が切れたかのように再び全身を震えが襲う。指の感覚がなくなり落ちた私の杖はまたカララと軽い音を立てたが、それは物悲しくその場に響いたのだった。
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