79.秘密迷宮の巡愛―8
『ひどいひどいひどぉい! あのねぇ、あたしの王子様を探してここに連れてくることがこのダンジョンの存在意義なんだよ? そういう契約なんだよ? それ邪魔していいと思ってるの? この鬼畜ヤンデレ男ぉっ! あんたなんか恋人に×××れて××××して×××しまえ!』
「あ゛? うるせぇよ魔力ぶん取るぞ」
『きゃぁ~! 怖いぃ王子様助けてぇっ! こいつ盗賊よ! 悪人よぉっ』
かつてこれほどユウがガラ悪くなったことはあっただろうか。いや完全に怒ってるわけじゃなさそうだけど、なんて状況を分析しながら、見事魔力は抑えきっているユウを背から見守る。
感情の揺らぎは魔力暴走に繋がりやすい。それがわかっているユウは普段からあまり表情すら変わらないし、私以外の前で笑うことすら少ない。それがここまで苛立ちを露わにしているのも珍しいなとまじまじ見ていると、くるりと振り返って私と視線を合わせたユウがなんだかものすごく複雑そうで反応に困っているような表情を見せた。
どうしたのかなとユウの考えていることを探るように視線を合わせると、大きなため息が吐き出される。
「手は相変わらずだけど、この状況でも随分落ち着いてるようになったな」
「え? あっ」
私の手はユウの腰の当たりの服を手繰り寄せ掴んでいて、慌ててそれを離してしわを伸ばす。そのあとはぴっと手を両脇に、背筋を伸ばして立てば、ユウが僅かに苦笑したのが見えた。……よかった、やっぱりあんまり怒ってない。
『きぃいいいっ! やっぱりむかつく! むかつくわ! やっぱ女から殺すぅっ!』
「もう自分の立場を忘れたらしいな。幽霊は頭もスカスカだもんな」
『うっきゃぁああああ! この野郎死ねぇえええっ!』
ユウの目で追うのも難しい程早い斬撃から繰り出される魔力の波に、まるでコミカルな漫画のようにぴょんぴょんとあちらこちらに跳ね回る美少女幽霊(胸にハートの宝石つき)を見て、うあぁ、と私を含めた残り三人の声が重なる。
おかしいな、ユウが魔王のようである。勇者一行の仲間なんて二度とごめんだが、まさか私は今世で魔王の相棒になったんだろうか。かっこいいからユウならそれもアリかもしれないなんて、転生前の『魔王だとか魔族がいない世界に……』という切なる願いすらぶっ飛びそうなことを考えている間に、我に返ったのはジュストだ。
「待ってくれ、彼女にも何か事情があるようだし」
「はぁ?」
『きゃぁん! さすがあたしの王子さまぁ!』
やっぱり王子様ってジュストか、だとか、ここに割って入れるなんてこやつが勇者かなんて突っ込みが脳内に巡るが、そんなことよりも歓喜の表情で飛び出した幽霊少女のその様子にぞわりと肌が粟立ち、咄嗟に杖を振るう。
「ユウお願い! 『照らすは魔、隠れしその姿をさらせ、払暁』!」
「任せろ。『行く手を阻め、風罠』!」
自分にとびかかろうとする少女を呆然と見つめて固まるジュストを庇うように前に出るバートのその前に、ぐるりと渦のような風が突如生み出されて暴れだす。勢いを殺せずそこに突っ込んでしまった幽霊少女が、悲鳴を上げながら空中で回転し地面へと転がり落ちた。私の術で先ほどより輝きを増した胸の石を見て思わず目を細め、隣からユウが「へぇえ?」と意味深に呟くのに頷く。
今、少女は先ほどとは違い、払暁で逆に体が透けて中の石をさらしたのだ。その状態のほうがユウの刃から逃げ回っていた時よりもよりわかりやすくこちらの魔力に干渉されているとはっきりとわかる状況に、なんとなく察するものがある。つまりはまぁ、あの幽霊の体自体が核を守る為のものであり、そして宝石を内包するものとそうでない分身のようなものを作れるのではないか、という仮説が立ったのだ。
弱点見つけた。そうにんまりと笑う私たちに対し、少女は風に捕らわれたままさぁっと表情を歪めた。それは先ほどまで騒いでいた時とは違う、その楚々とした見た目も相まってなんとも加護欲をそそる様子だ。これじゃ本当にどっちが悪かわかったものではない。
『待って。嘘、何その払暁って、魔力をはっきりさせるものじゃないの? 反則でしょ? 落ち着こう? 話し合おう?』
「なるほどなぁ? つまりその霊体そのものが核を隠す機能があるってわけだ」
『いやいやいやいやちょっと待って?』
「よし、『照らすは魔、隠れしその――』」
『ぎゃーっ! わかった、わかりましたぁ! いい子にしますぅっ!』
こうして漸くおとなしくなった核の透け透け少女を前に、私たちはなぜここに落とされたのかだとか核がこんなところで何をしているのだとか、やっと情報を得る状況を作り出すことに成功したのだった。ジュストとバートの視線が完全にこちらを悪として見ているのは御愛嬌である。
「へぇえ、つまりお前はここでずっと自分の恋人の生まれ変わりを待ってるってわけか。たぶん千年以上だろ? すげーじゃん」
『えへへ、ですよね? あたしってば愛が深いっていうか超一途っていうかぁ』
話を聞いているうちに関心したような声を上げるバートに、染まる頬を両手で隠しながらくねくねと身悶える透け透け少女。
なんでもこの少女、元はこの地にあった貴族令嬢であったらしく、迷宮の上にあったのは元は貴族の屋敷であったようだ。その情報が伝わらぬほど昔の魂である彼女は、なんでも恋人と悲劇的な別れを経験し、いろいろあってこのダンジョンの核として生まれ変わってからも、恋人の生まれ変わりと思わしき男が来るたびにここに
「重くて執念深いの間違いだろ」
『あんたにだけは言われたくないわよこのヤンデレ男! そういうのブーメランっていうのよ!』
「……相手の同意があればいいんだよ」
「否定はしないんだね君……」
そっと目を逸らすユウに、ジュストが顔を青褪めさせたままたくましく突っ込みを入れる。彼は自分がその『恋人の生まれ変わり』であると状況から察して、さっきからだんだんと顔色が悪くなっていく一方である。
そんなジュストになんだか同類を求めるような目で見られたが、愛が重くても深くてもどっちでもいいけど嬉しいなぁなんてにこにこしていた私はなぜか裏切り者でも見るような視線を向けられた。心外である。
わりと軽い事情説明に感じるが、ことはなかなかに問題であった。
彼女はこれまでそれこそ千年以上に渡って生まれ変わりと思わしき男を拐かし続けてきたのだ。
つまり、一人二人ではない。実に二桁に登る生まれ変わりと思わしき男がこれまでここに閉じ込められ、死ぬまで彼女に搾取され続けてきたのだと考えられる。
それは彼女自身が『正確な
ユウから念話で、彼女は男の魂を喰らっていると伝えられたからだ。ユウの目には、はっきりと人の魂を糧とする古代魔法と思わしき魔法陣が例のハート型の石に見えるらしい。可愛らしいピンク色のハートの宝石は、とんでもない代物であったようだ。
私の目には見えないが、確かにそのような古代魔法を集めた資料集というものは隠れ家にあったので、ありえないことではないだろう。
魂を喰われた男が、生まれ変わるわけがない。つまり最初の一人目はどうだったかしらないが、その後の二桁に上る魂は確実に生まれ変わりではない。
恋心が熱く燃えているのか、少女は語る。曰く、困った人を見捨ててはおけない正義感の持ち主で、真っ直ぐであり、剣術に長け、高貴なる美しき紫の瞳を持つ王子様。その視線の先にいる彼は確かにそうであろうと納得できる青年であり、そしてその青年の顔色は雪のように白く色を変えていく。
この時点では私は、似たような青年を見つけるたびに捕食していたのかもしれないと考えた。だが、顔色を変えた本人には、もっと明確にこの現状がそうではないとわかる情報があったようだ。
「オレたちの家系に、冒険者にはなるななんて言い伝えがあったのは、君のせいか……!」
「あー、そういやお前、おばさんにも最後まで心配されてたもんな。冒険者だったご先祖様は大体死んでるか行方不明になってるって。特に迷宮には魅入られやすいから入るなとか……あれって『冒険者なんだから不測の事態は当然』って話じゃなかったのか」
どうやら一応ジュストのご先祖様には、何らかの形で事情が伝わっていたらしい。
過去に喰われた男性たちの仲間たちが伝えたのかもしれないし、逃げられた人もいたのかもしれないが、何にせよ『血筋』である可能性が浮上する。あくまで可能性だが、『それはもちろん、生まれ変わりなんだもの、血肉だって見た目だって同じでしょう?』なんて狂ったことを平然と少女が言ったあたり、可能性は高いかもしれなかった。私は二度転生しているが、見た目や血肉は決して同じだとは言えない筈だ。
条件は、子孫、性格、先祖返りに近い存在、その辺りだろうか。
長い時を経て、冒険者なんだから危険は当然の話で、別に自分の家系が特別危険要素があるわけではないと本人が考えていても仕方ない。青ランクという立場であり、それなりに実力もあるだろう彼からしてみれば、これまでにそうした不測の事態にあった冒険者を見る機会もあったことだろう。まさかの迷宮でとんだ迷惑な言い伝えの真相を知ることになるとは思わなかったに違いない。
どうやら幽霊本人にはそんな自覚はないようだが、嬉々として語るその内容によると、自分は愛を認められ『神様っぽい声』にダンジョンの主として選ばれたらしく、今まで生まれ変わりを見つけてはここに招待して長く愛し合ってきたのだと言う。話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、それともこんなところに縛り付けられた悲しさを紛らわしているのか、頬を染めた彼女は透けているどこから見ても幽霊だが、とても生き生きとして確かに可愛らしい。……ジュストにとっては死の宣告だろうが、彼女にとっては熱烈な愛の告白だ。
それは本人からしてみれば純愛なのかもしれない。彼女は確かに、巡り会ってしまった愛した男の子孫を本人であると信じて共にいるのかもしれない。すでに命を失った彼女はダンジョンの核を抱え、自分が魂を喰っていることも、喰った人間が生まれ変わらぬことも、理解できていないようだった。……そもそも彼女は、自分の名前も、相手の名前も、どちらもわかっていないらしい。
その様子にユウは眉を顰め、ただきらきらとした笑顔で愛を語る彼女に言葉を噤む。そんなのは愛ではないとジュスト本人に否定されても、彼女からしてみればそうではない。『困った人ね』『最初は皆信じられなかったの、記憶がないもの仕方ないわ』と語る彼女はどこか寂しそうだが、微塵も自分が間違っていると疑う様子はなかった。まるで、そうとしか考えられないかのように、話が通じない。それが、人ではない核ということなのかもしれない。
――あたしの王子様を探してここに連れてくることがこのダンジョンの存在意義なんだよ? そういう契約なんだよ?
あの言葉が、事実ということだろう。このダンジョンは、犠牲の上に存続していたのかもしれない。そう思うと、ぞわりと鳥肌が立つ。
彼女の言う神とは、なんだろう。
「……おい、神の声っぽいってなんだ。神とやらに会ったのか?」
『なぁにー? 無神論者? それとも俺様が神だとか痛いこと言っちゃう系? 顔がいいからってそれはやばぁい』
「神様っぽい声に愛が認められてなんて痛いこと言ってるやつが何いってんだ? 神だと断言もできない怪しい声に騙されたかもしんないってのにお気楽だな」
『むっかつくぅううう! 仕方ないじゃん、もう前すぎて何言われたかも覚えてないし、声は聞こえた気がするけどなんかいつのまにかって感じだったんだもん!』
だめだ、この様子では一番知りたいことがわからない。これでは本当に声が聞こえたかすらあやふやだ。
私たちは……私は、神を否定しないけれど、こうして話せる核が存在し、認められたなんて話を聞いてしまうと、……なんだか、それは魔族のやり口のようで。この世界の歴史をさかのぼってもそんな存在がいたことはないが、当然前々世の世界の記憶から不快さは拭えない。いや、魔族だけではなく、私欲に溺れた人間である可能性も捨てきれなかった。彼女の時代は、今より進んだ魔道具技術があったのは間違いないのだ。
もしやあの天界にいた神が直接なんらかの行動を起こしているのだろうか。はたまた人が? 次々浮かぶ疑問を解決する術は、なにもわからず愛だけを求める目の前の彼女に尋ねてもわからないことだろう。――今この時点での問題は、すでにこの場所が彼女の手中とも言える場であり、そこに『王子様』がいることだろう。
ちらりと見れば視線は合わずとも唇を震わせ蒼白なジュストは、それでも急に拳を握って立ち上がった。熱烈な愛の告白のせいか場の雰囲気が崩れ私とユウ以外は座って話をしていたのだが、その様子にバートも慌てて立ち上がる。
嫌な予感がしたのは、私だけではなかったのかもしれない。ユウも、そしてバートも、その表情が強張った。しかし私たちが何か言うより早く、ジュストの力強い声がこの場に響く。
「君がひとりで大変であることは、わかった。ずっとこんなところにいたのでは、大変だっただろう」
『王子様……!』
「でも、その気持ちに応えることはできないんだ。オレはずっとここにいることはできない。君の恋人にはなれないよ、オレは、オレだから。生まれ変わりじゃないし、君を見ても何も感じないんだ」
『え……?』
「わかってくれるだろう? 君とオレ自身は、会ったばかりだ。運命を感じるようなこともなかった。君の恋人がいたのはもう千年以上前の話で、そしてこれまでも君の王子様が何人かここにいたというのなら、今も君のそばにその魂はいるはずだ。きっとオレは生まれ変わりなんかじゃないんだよ。愛した人をこんなところに残してなんて、オレであるならオレらしくない、そう思う」
『え、え……? でも』
「時間の流れが正確にわからないようだけど、ここ何十年も来ていないと感じたんだろう? ならきっと、寂しくて間違ってしまったのかもしれない。オレが戻ったら、この辺りの貴族の歴史について、文献も探してみると約束しよう」
『ま、待って。あたしの王子様、あたしは』
「さぁ、資料を探すのも時間がかかるものだからね。急がないといけない。オレたちを帰してくれ」
どこか危うい様子のある彼女に、容赦ない言葉が次々と、恐らくユウに言われた言葉よりも鋭い棘となって突き刺さる。途中ユウやバートが止めるように声をかけたり腕を引いたりしたが、毅然とした態度を崩さずジュストは言葉を告げた。
言葉は気遣うものであったし、文献を探すという言葉も嘘ではないかもしれない。そこには確かに、こんな場所に一人でいる少女への優しさや、愛を求める彼女への叱咤激励に近い心配があった。あったが、それは彼女の想いを絶対に受け入れないという大前提のもとにある。
彼は告白に対し、答えを告げたのだろう。
彼女がそんなことをすでに求めていない存在であるとは、思っていないような、ありえないと言わんばかりの態度。
その瞬間、嬉々として愛を語っていた筈の少女の瞳に、先ほどの輝きなんてものはなく。ニタリとその口元だけに浮かんだ笑みに、私たちが力を使うよりも早く。
「さぁ、早く――」
『そんナこと、ユるサナイ』
彼女の愛は、地下深くで花開いた。
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