78.秘密迷宮の巡愛―7



 確かに、この迷宮の核は見つかっていないと聞いていた。

 だが核と聞いて思い浮かぶのは球やら噂に聞く鎧や宝石などなんらかの道具にも見える『それっぽい見た目』であると想像していた為、それがまさか幽霊だとは思いもよらず。


「え、透け透けの女の子が核……?」

「ミナ、その言い方はちょっと語弊があると思うぞ」


 思わず零した言葉に突っ込まれてしまったが、透けていたのは事実である。というか先ほど思いっきり切っちゃったけど、まさか崩落とかしないんだろうか。声は聞こえてるけど、とそこまで考えて、少し首を捻る。


「……核……にしては、ちょっと魔力弱いのでは……?」

『ちょ、ひっどぉい。というか、女の子とかお呼びじゃないっていうか、なんで死んでないのー? ま、私の王子様に言い寄ってるわけじゃないなら、ちょっとここで朽ちてくれるだけで許してあげるわ』

「いやですけど??」


 この場に女子は私一人である。何言い出すんだと思わず力が入って否定すれば、ええー、とまた可愛らしい声が届く。王子様とやらは状況的にジュストさんである確率が高そうだが、ちらりと見た彼は完全に混乱していて、知り合いというわけではなさそうだと感じる。

 だが、先ほどの疑問に関しては変わらない。スビアイ迷宮はそう広いダンジョンではないとはいえ、この規模を維持する核としては感じる魔力が弱すぎるように感じたのだ。……そのことについては、ユウがあの透けた幽霊を切り捨てた後も声が聞こえることから、本体が別にあるのではないかとも考えられる。つまりあの幽霊らしきものを倒しても何の意味もないのではないだろうか。

 というか、姿はいつまでも見えないのにこのどこから出ているのかわからない声を聴き続けると、頭がおかしくなりそうだ。得体の知れない幽霊と話すよりはさっさとここから出たい。ということで――


「おい幽霊女、俺たちをここから出せ。聞く気がないなら問答無用で核だろうがダンジョンだろうがぶっ壊すぞ」

「わぁ、過激」


 私が文句を言うよりも早く、不機嫌なユウの言葉がこの場の空気を切り裂いた。低く鋭いそれは、刀よりも切れ味が良さそうだ。

 ちょ、君たち、と焦る声を上げるジュストやマジかと驚いた顔をしたバートを気にもせず、次の瞬間にはユウの腕から振り上げられた刀が纏う魔力が放たれ、一直線上に地面が削れ溝を作り出した。まるでとげのように溝の両脇に土が固まり、硬質なそれが崩れないところを見ると、ただ魔力で吹っ飛ばしただけではなく地属性系の魔法を使ったのだとわかる。魔法剣士ならではの、得物を用いた高火力即発動型魔法だろう。


 それは『もうひっどぉい』と変わらぬ声が聞こえた後、妙な沈黙をもたらした。


「え、あ、どうなってんだ?」

「お、おい。いいのか、相手はダンジョンの核なんだろう?」


 戸惑い、どこか怯えた様子を見せながら声を上げたのはバートとジュストの二人。

 ユウは変わらぬ無表情のまま刀を手に周囲の様子を見ており、そして私は目に見える光景に愕然としていた。

 ユウの作り出した溝に、ぐにゃぐにゃと恐ろしい魔力のうねりが、蠢いていると表現できる動きで土を浸食しているのだ。


 土が、ぼろぼろとかけて崩れ落ちる。だがそれは何度もこのダンジョンで見かけた、落とし穴が埋まる光景とどこか違うのだ。

 奇妙に蠢く魔力。それが、土に均一に伝わった、魔力に絡みついては消えている。……ユウが、地形を戻そうとするダンジョンに抗っているのだとすぐに気づいて驚愕する。すでに放った魔法にそこまで干渉できる力をあの一瞬で込めたのだとわかって、ユウがやや本気で『核』とやらに行動を起こしていると理解したからだ。つまり今の状況は……危険が近い、か。

 いざというときにはグリモワールを出す覚悟をし、ルリを呼び寄せ離れないよう言い含める。回避させるでもいいが、万が一の場合私のそばにいる方が安全だ。

 小声で防御上昇の付与をかけ、ついでと少し離れた位置にいる二人にもそれを付与する。二人とも気づいたようだが何か言う前に、事態は動いた。


『やぁああんっ! もう! 邪魔しないでよ、ここは王子さまとあたしの愛の巣になるんだから!』

「知るか、俺たち全員を元の場所まで戻せ」

『ちょーっといい男だからってむかつくぅ! あたしのタイプじゃないのよ!』

「奇遇だな、俺もお前に興味がないからさっさと出せ」

『むきいいいっ! 殺す! 大体いちゃいちゃいちゃいちゃ鬱陶しいのよ、女から殺すぅっ!』

「お前に殺せるわけないが、こいつに殺意を向けて無事でいられると思うなよ」


 ユウが不敵に笑った直後だ。


『汝駆ける先に大地羨む風の地を、飛翔!』


 そうくるだろう、と踏んだのは間違いではなかった。急速に足元に集まる魔力に負けじと私が叫べば、私をほぼ抱き上げた状態のユウが私が発動した風の踏み場をためらわずに駆け上がる。

 すぐさま私たちがいた場所に突き刺すような土の棘が飛び出し、その周囲に棘を避けた時ひっかかるように配置された落とし穴まで開いているのを確認し、私は飛翔の地を作ることに全力を注ぐ。ユウの足と体の向きから、体を引っ張られる方向から、行きたい方角は大体判断できたのだ。あとは繋ぐのみである。

 この術はバランスをとるのが難しくて、完全に使いこなせているとはいえないのだ。

 冷や汗が流れ、指が震えそうになる。だがそれでもいつもより三歩ほど多く足場を確保できたところで、ユウが「上出来!」と楽し気に叫んでその腕を振り上げる。


「ここだ! 『水龍破斬』っ」


 急速に練りあがった水の魔力が刀から天井の一部へと駆け上る。斬撃が伸びたかのようなその一撃は、いつしか水の魔力が龍の形となってその天井に喰らいついたところで激しく轟音を響かせた。

 何もない、他と変わらぬ天井に見える。だが、ユウが攻撃したことで初めて私も気づいた。そこだけ、やけに守りが厚いように見えたのだ。

 もちろん見た目にはなんの変哲もない洞窟の天井である。だが、私でも注視して見えるのならば、魔力の流れに敏感かつ偵察力が高い探知スキル高レベルのユウが気づくのも当然。どうやらユウは先ほど自分の技で抉られた地面に魔力を流して修正しようとする力に抵抗し、挑発し、相手が躍起になって直そうと力を使ったことで大体の当たりをつけたのだろう。


『ひっ、や、やめてやめてやめて!』

「見つけたぞ、一番魔力が濃いのはここだ」

『なんでよぉっ! 魔力はこの部屋で均一にっ、ってあああっばかばかっ! あんたどんな目してんのよぅっ! わかった、わかったから、話し合いの余地はあげるからその蛇消してぇええっ』

「蛇じゃねえよ」


 完全にユウがあちらにとってのウィークポイントを把握していることに核も気づいたのだろう。

 普段より容赦ないユウの行動に、これは結構怒ってるなぁと確信する。私はもちろん怖くなんていないけれど、もしかして、ユウの怒りに触れた原因は『なんで死んでないのー?』やら『朽ちてくれるだけでいい』なんて私に向けたせいじゃないかなんて乙女チック(?)な考えが一瞬でもこの油断ならない状況で浮かんでしまったことに、ちょっと先ほど回避した落とし穴に埋まりたいほど羞恥で顔が熱くなる。

 口調は軽い調子だったが、核は確かに『王子様』とやら以外の命を狙ったことは間違いないだろう。そう、私たちは命を狙われ、そしてとくにあちらが女の私を一番に排除したがったらしいことは、私も感じていた。それに対しユウが煽りに煽ったことで今最大にあちらが排除したい相手がユウに移ったのは間違いないだろうが、それこそいつものユウらしいと感じるのだから末期かもしれない。

 その行動すべてが何のためにあるかと考えれば浮かれた発想がちらりと心の奥から顔を覗かせてしまうのも仕方ないだろう。


 ユウは、自分が表に立つことで私を隠し守ろうとすることが多いのだ。


 隣に並べない寂しさだとか悔しさがなかったとは言わないが、今はもう自然とその思いを昇華できているように思う。今は自分が親のように前に立とうとも、ユウが望んでいるのは、隣に私がいる未来だ。私がこうして後ろにいるときは、そう――今のように前衛後衛が必要となる、戦闘時である。

 だからこそ。


「話し合いの余地をあげる、ねぇ。ミナ、あれ引きずりだせるか」

「うん、任せて」


 当然のように協力を求めるユウに、私は頷いて杖を振り上げた。『げぇ』なんてさっきまでの可愛らしい声がイメージの違う悲鳴を上げるが、問答無用である。


「それじゃ、『浸透せよ、地を我が剣に望む。刹那の奇跡!』」


 最近使えるようになった難易度高めの付与術、『刹那の奇跡』を発動する。

 この術は分類は付与術だが、要は普段ユウがよく行っている風の補助だとかそういった魔法未満の魔力による力を、術の形として高めたものだ。自然の力を対象に魔力を付与し浸透させ、付与した範囲を僅かばかりの間操る。

 そもそも普段ユウがさらっと行う風による落下の抵抗だとか移動速度上げだとか、そういったものは普通無駄に魔力を消費しなければできず、さらには扱いが難しいものなのだ。ドラゴンの核を持ち、命を懸けて魔力制御を覚えたユウだからこそひょいひょいと行っているが、普通であれば無駄に魔力を消費する行為である。私も多少は可能だが、こうして術にしたほうが自由に操りやすい。なんでもできるというわけではないが、なかなかに万能……だからこそ奇跡。

 先ほどユウが自分の攻撃痕に流した魔力でダンジョン修正力に対抗したのと同じ、だが攻撃しなければいけないという手間を魔力を付与するということにすり替えて行うことができる為、そう、対象に傷をつけることなく干渉できるというわけで。


 ずるり、と天井が解けるように土が崩れる。ひにゃあああ、と高い悲鳴が上がる中、私たちの目の前にぼとりと落下してきたのは、胸の奥に光り輝く桃色ハート型の宝石を抱え込んだ……『核』がなんであるかわかりやすい状態となった、先ほどの、透けた少女の幽霊であった。



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