68.ノクトマとスビアイ山―15
「近くで見ると本当大きいな」
「これが一日で登りきれるのかなぁ」
麓から見上げる山頂は確認できないほど高い位置にあるようだ。それも当然だけどなんて思いながらもつい感想を口に出してしまった私の横で、ユウがさらりと「大丈夫だろ」と答える。
今現在私たちがいるのは、スビアイ山、ノクトマ側の麓の山道入り口だ。そこにはギルド受付ほどではないが長い列ができていた。
どうやら山の入り口傍にある小さな小屋で、何らかの手続きを行っているらしい。
と、私たちの会話に気付いたのか、前に並んでいた冒険者らしい一行の一人がくるりと振り返る。その先頭にいた剣を持つ短髪の男性と目が合ってしまい、思わずびくりと肩がはねてしまった。
「なんだ、君たち山は初めてかい?」
その爽やかな笑顔と声を聴いた瞬間、ユウの魔力が強張ったのがわかる。だが表情はあくまで無表情を貫いたユウは「そうだ」と答えるにとどまった。
どうしたのかと見上げれば、少し屈んで私の耳元に顔を寄せたユウが、「面倒なタイプだぞ」と囁く。その距離にドキドキしつつも、私はすぐさまもとより深くかぶっていたフードの先をさらに少しだけ引き、天月を抱き上げてユウの後ろに控えた。これは何もこれまでのように怯えて引いたわけではない。……いや、三割くらいその感情がないわけでもないが、これは二人で旅をする間の作戦の一つだ。
ノクトマの宿の一室で、たくさん、話す時間はあった。何せ、人の括りで考えればたった二人きりの仲間(もちろん天月とルリは含むが)だ。今後も私たちの自由な旅の為、これまでぼんやりしていた問題への対策もしっかり話し合ったのである。
わかりやすく言えば、他者との距離の取り方だ。
私たちはそれぞれ、他人が関わる場合問題を抱えている。
例えば私は、天月やルリを抱えていることで確実にテイマーという不遇職……劣等職業であると傍目にもわかるという点。つまりランクが上がれば上がるほど、私は他者に『二職持ち』ではないかと見られるのだ。付与術という二職持ちも、目立つ理由の一つということである。そもそも二職持ちはいるにはいるが、多く溢れているわけではない。さらに職業が二つと選択肢が増えることにより器用貧乏になってしまう……要は使いこなせない者も多い為、実力が見込める二職持ちは注目されやすい。
無駄に冒険者たちの好奇心を刺激するということになる。
さらに今後戦闘が過激化すると誤魔化しきれなくなるだろう、グリモワールという特殊武器だ。付与術士には事前付与による短縮魔法発動の為グリモワールのような本型武器を持つ者もいるというが、私のグリモワールは特殊すぎる。単に魔法を発動する青本ならまだしも、特殊魔法だらけの赤本や、まして収納魔道具である黒本なんて見られたらまずい魔道具筆頭となるのだ。これまでのように隠していけるならまだしも、それがずっと上手く行く保証はない。まして共に行動されればなおさらだ。
珍しいものは欲しくなる。狙われる。それがたとえ持ち主を殺すことになってでも、というのが割とよく聞く話であるのが、この世界の日常だ。
そしてユウもまた、私と同じく二職、それも魔法剣士と暗殺者というかなり優秀な職業持ちである。
当然のことながら、レアな職業は勧誘の対象だ。テイマーと付与術という組み合わせも、使役する従魔を付与術で強化できる上に、テイマーの弱点となる魔力成長が見込めないという身体的特徴をカバーできるという点からかなり珍しいと断言できる、と師匠から説明はされたが、ユウの魔法剣士と暗殺者という組み合わせほどではないという。
なにせ、剣士ではなく魔法剣士という職業がすでにレア職と目され、それに掛け合わされるのが奇襲攻撃に長けた暗殺者なのだ。様々な場面での活躍が見込まれるといっても差し支えない二職持ちで、さらに現時点ランクと年齢に見合わぬ実力者。底知れぬ魔力量とくれば、今後パーティー勧誘が来ないとは考えられない。当然その分、見られるのだ。高ランク冒険者たちに、自分たちのパーティーに相応しいかどうか、と、それは注目されるというわけである。
それの何が悪いのか、など考える必要もないだろう。私たちの境遇が特殊で、やや人間不信であるという点だけではない。……私たちの身体能力は、フェニックスに蘇生してもらったあの時から、やや人間離れしているのだから。
――フェニックスの蘇生は、尾羽ではなくフェニックスに望まれて蘇生したものに限り、なんらかの恩恵を受ける。
ユウなんてドラゴンの力を得たのだから、なおさらである。
魔道具を使わず隠せばいいという話ではない。最大の秘密は、私たち自身だ。
物と、同じなのだ。利用価値のあるもの、珍しいものは、狙われる。同じ人間を道具のように扱う人間も山のようにいる。奴隷制度すら存在する世界で身を守るには、強くならねばならない。
「俺は戦力、ミナは……言いにくいが、戦力だけじゃなく愛玩奴隷に欲しがる奴が出ないとは言い切れない。俺たちは隙を見せられない」
「愛玩、って……ユウもそういった欲は向けられそうだけど……せめてある程度、冒険者としてのランクを得るまではとくに、だね」
「怖いこと言うな。いっそ冒険者やめて森にでも引きこもれば別だろうけどな、一生をそうして過ごすには、俺たちの先は長すぎる。自由もない。そうして引きこもって、情勢や新たな危険に気づけない生活をするのも危険だ。何せ俺たちはまだ弱い。中途半端な強さは逆に危険だし、経験を積んで力をつけなきゃならない。……あいつらのせいで隠れ潜む人生歩まされるのもごめんだしな」
それは、私たちが旅に出る前から散々悩んで選んだ答えに繋がる。師匠たちは森の隠れ家にいてもいいと言ってくれていたが、そんな師匠たちだって外の情勢には気を配っていた。人は、一人で生きることは不可能だ。
なら居場所は自分たちで確保しなければならない。力を狙われるのならば、力で対抗するのだ。私たちは蘇生した時点で珍しい存在となっていたが、弱かった。師匠には勝てたことがないし、私たちより上の魔物だってうじゃうじゃいるのだから。
今も悩みながら進む私たちは、ドルニグでの経験を考え、今後の対策を立てた。ドルニグではまだ低ランク、新人冒険者として舐められたことで、問題も起きたが救われた部分もある。今後は事前に対策をとっていくことにして話し合った結果の一つが、――今の行動に繋がる。
私の見た目は、絡まれやすい。
十五までまともな食生活を送れずにいたせいか、小柄な体躯は今後もあまり成長は見込めなさそうだ。顔はどちらかと言えば童顔であるようだし、可愛らしいルリと天月を供にしている今、ものすごく話しかけやすいだろうというのがユウの意見である。ロリコンホイホイ、なんて不名誉な称号は得る前にユウの口を塞いだが、いつも女性やらごろつきに絡まれるユウを「主人公属性」なんて言っていた私にも、無視したいが無視できない要素があると指摘されたわけである。不本意だ。だが一度さらわれてやらかした記憶もあるので、文句は飲み込むしかない。
そこで、元よりフードは深くかぶっていたが、今回あえて人見知りということで常にユウの後ろに下がることになったのである。申し訳なさから抗議がないわけではないが、ユウの提案は理にかなっていた。
まぁ簡単に言えば、絡まれる要素を増やしてどうする、という話だ。
私はフードで目元を、ユウはマフラーやストールを使って口元を隠す。その上で、基本的な他者への対応はユウが行う。私の声がどう頑張っても男には聞こえず、幼さが残る女のものである為だ。
これでは普段の守られている状態と何も変わらない。が、普段から私がそうして人見知りかつ存在を隠し、万が一私が狙われた場合、圧倒的な力で私がねじ伏せて見せる。そうしたギャップを見せることで、見目に反した魔法技術の私の異様さをむしろ利用し近づきにくくする、ということだ。その手段も考案済みである。
目立つのは避けられないだろうから、目立ち方を演じるのだ。
「ああ、そうだ」
「見たところ、旅人というより新人冒険者だろう? そこの小屋で、ギルドカードを滞在予定時間を告げて提出するといい。それで万が一山で遭難した場合、ギルドが必要に応じて捜索隊を出してくれる」
「へぇ、望んで山に入る冒険者を探してくれるなんて手厚いんだな」
「もとは旅人や商人の救済措置で始まった制度だ。で、この辺りの新人はどうしたって山に入る機会があるだろ? 毎年結構な数が行方不明になっちまうんでな、注意喚起したって埒が明かないってことで、熟練の冒険者が何かの依頼のついでに探す制度が設けられたのさ。まぁ、初回登録時に一人当たり銅貨五枚、助けてもらったら銀貨二枚支払わなくちゃならないけど、命には代えられないだろ」
「なるほどな」
頷いて見せるが、まぁ登録しないだろうなぁというのはわかる。そんな自分の痕跡を残しまくる制度を利用するうちは、一流の冒険者とはいえないだろう。
そんな話をしているうちに列は進み、私たちの前にいる冒険者たちも小屋には挨拶だけで先へと進んで行った。どうやら五人パーティーであるらしく、その中の三人に緑のランク章が見えた。山に入るのは慣れているようで、余裕が見える。
私とユウも一瞬視線を交わし、小屋には冒険者だと告げてそのまま通り過ぎた。……とそこで、まぁ、当然のごとくまだそばにいた冒険者たちに声を掛けられるわけである。なんだかちょっとドルニグを思い出す懐かしさだ。
「おっと、ちょっと待て待て。その年ごろじゃ血気盛んなのはわかるが、先輩たちの言うことは聞いておいたほうがいい。スビアイ山はそう簡単な山じゃないんだ」
「そうそう、依頼ならどうしたって山道から外れなきゃいけない場面も多いんだし、慣れるまではきちんと登録しておくべきだぜ?」
最初に声をかけてきた短髪の男性だけではなく、弓を背負う仲間の男性までそう忠告してくる。二人の胸には青のランク章が輝いており、口調からもそれが厚意であることが伺えて、下手に絡まれるよりやりにくい。……と戸惑ったのは私だけらしい。
「俺たちは確かにスビアイ山は初めてだが、冒険者としてはそうじゃない。気にかけてくれて感謝する」
さらりとお礼の言葉を交えることでこれ以上止められないようにしつつ、ユウは私の肩を支えて冒険者たちの脇をすり抜けた。
ん、そうなのか、なんて声が聞こえる中、私たちはさくさくと山道を進む。山道が分かれるのはもう少し先、どうせしばらくは後ろを進むことになった冒険者たちと同じ道を通ることになるのだから。
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