67.ノクトマとスビアイ山―14


 ユウとお互いの過去について語り合った、翌日。

 話す、というのはなかなかに体力を使うものである。いや、気力とか精神力とか、そういったものかもしれない。私はそれを知っていた筈だが、ユウ相手にそれを感じたのは久しぶりで、それでもどこかすっきりとした感覚があった。ずっと、黙っていたことが引っかかっていたのかもしれない。


「急いで準備しないとな。二カ月先に延ばしたとはいえ、それまでにダンジョン攻略できる知識を身につけないと」

「そうだね。昨日はゆっくり眠れたし、今日もう出る?」

「いや、この街で手に入れられるものは手に入れてから出よう。今回の依頼がなけりゃ、初心者ダンジョンを攻略しつつのんびりスビアイとノクトマを行き来すればいいと思ってたけどな」

「そっか、スビアイのダンジョンが終わったらこっちに戻ってくる暇ないもんね」

 急いでいるのに山越えを何度も行うのは非効率だ。こうなってしまうと、もうノクトマに立ち寄るのは諦めてスビアイダンジョン攻略後は即迷宮都市に旅立ったほうがいい。

 そうと決まれば準備だと朝早くから宿を出ることにした私たちは、もう一泊この宿に泊まる手続きをしつつ街へと繰り出した。あまり吟味する時間はないが、狙うのはユウの暗器、私の調合用道具、山越えの準備に余裕があれば消耗品や食料品の追加といったところだろうか。


 馬車に揺られ職人街に向かいながら、流れる景色を見てほんの少しだけ昨夜のことを思い出す。たくさん話して、互いの気持ちを語り合って、……そのあとが大変だった。私もユウも、直接的な言葉を告げたわけではないが、要はお互いに恋愛感情があるのだとさらけ出した後なのだ。……それが両者ともに、きらきらした少女漫画のような『好き』ではなく重くいろいろと厚みがあるものであったことは置いておくとして、そんな私たちの目の前に立ちはだかったのが、たった一つのベッドである。

 そう、一つしかないベッドだ。

 たくさん話したことで眠気が訪れていた私より先に現実に気付いたのはユウで、不自然に固まるその頬が赤く、目を逸らされたことで私も気づくという連鎖反応に、途端に宿の一室が気恥ずかしい空間になったのはまだ記憶に新しい。

 両者自分の感情に気付いてはいたが、相手の気持ちを知った後ではこうも違うのかと思うほど、これまでとは違う羞恥を呼び覚ます寝具。

 野営で肩を寄せ合い眠るより、当然難易度が高かった。


「あー、一緒に寝る……のは、無理、か?」

「えっ、ええっと」

「別々の部屋をとるのはさすがに難しいからな、時間的な意味でも、治安的な意味でも。だめなら俺が床で」

「えっそれはダメ!」

「言うと思った。でも逆は駄目だからな」

 まぁ、ユウが私が床で寝て自分がベッド、なんて許す筈がないのは分かっていた。だからといってユウを床に眠らせるなんて私も良しとできないわけで。

 互いに横並びに座っていたベッドからユウが立ち上がろうとした瞬間慌ててその袖を引き、私はつい、叫んでしまったのだ。

「一緒に寝たい!」

 と。今思い出しても、顔から火が出そうである。その瞬間のユウの一瞬で赤く染まった顔を思い出してしまえば、うずくまって叫びだしたくなるほどに。


 結局まぁ、慌ただしいスケジュールを控えていた私たちに選択肢なんて他になくて、……というよりさっさと気持ちを切り替えたのはユウで、「俺が理性を手放さなきゃこれまでと変わらない」と言う理論を打ち立て、開き直って私を抱きしめてベッドにもぐりこむという暴挙に出たのである。いや、先に一緒に寝たいと言ったのは私だ、似たようなものか。

「怖いか?」

「えっ……いや、怖くはない、かな? その、恥ずかしいだけで」

「なら、いいな。慣れろ」

「横暴……!」

「いやいやいや。可愛い唯一の相手に可愛く一緒に寝たいなんて言われて我慢しなきゃいけない俺の方が理不尽な目に合ってるだろ」

「かわっ……!? ユウのストッパーがなくなってる……!」

「もう遠慮しないって言った」

 そのまま本当に私を抱きよせて目を閉じたユウは黙り込んでしまい、結局私も徐々に訪れた睡魔と肌に感じる熱や魔力に安堵したことで眠気が羞恥を上回って眠ってしまったのである。接触は抱きしめられただけであったのに、昨日で何か壁を乗り越えた気がする。

 ユウは、恋人だとかそういった関係性の明言をしなかった。あえてしなかったのだろう。私を『唯一の相手』と称したその言葉に、ユウの気持ちがたくさん詰まっている。

 恋人という関係を恐れているのは私だ。恋心を自覚したことが呪いの発芽条件だった気がする、ということも話してある。私が異様なまでに他者を含んだ恋愛感情を恐れる原因は経験だけではなく、根本にこの呪術への抵抗が絡んでいた可能性が高いというのは、私とユウ共通の認識であった。

 だが私は自覚してしまった。

 だからこそユウは、自分たちのペースで進もうと言ったのだろう。気持ちに変化はあれど、互いにその関係は変わらないのだ、と。


 ユウは優しい。申し訳なく思ってしまうほどに、優しくて……大切だ。


「ミナ、そろそろ降りるぞ」

「あ、うん」

 流れる景色の速度が遅くなり、ユウの声に反応してすぐ天月を抱き上げる。ルリは眠いのかうとうとしていて、私が抱き上げる天月の背にもそもそと体を埋めた。ふわふわの毛がとても気持ちよさそうである。ほほえましいその光景に自然と笑みが浮かび、さてと気合を入れなおす。


 結局あちこち歩き回って、現在の手持ちより質は落ちるが普段使いできる針や、間に合わせのクナイのような形状の短剣は十分な数を確保することができた。私の調合道具については完全に『初心者用セット』といった基本的なものしかそろえることができなかったが、付与術と高品質レア素材はあっても初心者であることは間違いないので、そのあたりは追々だ。

 デイナッツをはじめとした日持ちする食材の他にもたくさんの食料……主に焼き立てのパンや肉など明らかに収納魔道具がなければ大量購入できないようなものも小分けにあちこちの店で購入し、私たちは十分な準備を整えた。もちろん登山に必要そうな道具も確認済みだ。

 最も、この地を登録した方位盤を得ることができたのが一番の収穫かもしれない。夫婦方位盤、なんて名前が気恥ずかしいが、街の方角を示すだけではなく互いの位置がいつでも把握できるよう魔力を込めた魔道具は、確かに安心へとつながるのだから。




「さて、準備はいいな?」

「うん! ポーションも準備おっけー、ルリと天月の調子もばっちりだよ」

「忘れ物もなし、っと。じゃ、行くか」

 結局ほんの数日しか滞在することがなかったノクトマの街。早朝から旅支度を終えた私たちは宿を出発し、スビアイ山へと続く北門へ……というわけではなく、まずはギルドに向かうことになっていた。

 というのも、予定より早くこの街を旅立つことになったせいで、せっかく緑ランクに上がったというのに依頼の一つも受けていない状態であった為だ。

 私たち、というよりユウの能力は、緑でもまだ目立つ。せめて青を超え赤ランク程度の冒険者を目指す為、少しでも依頼実績を増やそうと昨日の夜話し合ったのである。……ベッドの中で、であるが、なんとも色気とは無縁の話題であった。


 幸い報告は他のギルドでも可能だという依頼もいくつかある。スビアイ山はノクトマとスビアイの街のちょうど間とあって、ことさら両ギルド間の連携が取れているらしく、そういった依頼も多かった。二度目となるノクトマのギルド内で依頼をいくつか吟味し、以前も見かけたレッドベアの討伐依頼も含む、四つほどの依頼書を手に受付カウンターへと並ぶ。基準は道中出会いやすい魔物であるか否かだ。

 混雑する時間帯とあって、受付に並ぶ冒険者の数はドルニグより多いように見えた。それでも受付も慣れたものであるのか淡々と列は消化され続け、やがて私たちが並ぶ列にいる受付ギルド職員が、以前このギルドに来た時に声をかけてきた女性であると気づく。

 他にもいっぱいいたのになぜ(主に私に)喧嘩を売ってきていた職員さんなんだ……と思うも列を外れるのも負けた気がして前に立つと、私たちを顔を見たその女性はぱちりと瞬きすると同時にユウに視線を向けた。そのままにこりと微笑んで手続きに入ると、少しして「あら」と小さく声を上げる。


「もしかして、スビアイの街に滞在される予定ですの?」

「詮索は職員の仕事か?」

「個人的興味ですわ」

「仕事しろよ、迷惑だ」

 ピリピリとどこか機嫌の悪さをユウが見せるが、全部ではなくともその何割かは私の為であるとわかる。まぁもともと能力や生い立ちと詮索されることを危険視しているユウがそれを嫌がるのは当然だった。

 そこで一度ぎゅっと手を握った私は、ユウの袖を引いて、位置を交代してもらった。いつもユウの斜め後ろにいることが多いが、逆になったことで明瞭になった視界が僅かな不安を生む。だけどユウの魔力は、ちゃんとすぐそばにあるのだ。

 前に出たことで、手続きを終えギルドカードを返却しようとしていた職員の女性が僅かに目を見開き、そして挑発的な笑みを見せた。だがそれだけだ。職員の彼女は、今カウンターの向こう側から出ることはできないのだ。

 にこりと向けられた笑みに笑みを返せば、僅かに女性の笑みが固まる。並べられていたギルドカードを回収し、ユウの分も手渡した。その間に天月が子犬姿のままぐるぐると小さく女性に向けて唸り声をあげていたが、つんつんと頭の毛を啄むことでルリがそれを宥めている。……すっかり天月も人の感情を悟るようになったようだが、ルリのおかげでなんともほほえましい。

「なぁんだ、いけるかもと思ったのに残念だわ」

「手続きありがとうございました。行こう、ユウ」

「ああ」

 そのまま私の手を掴んでユウが歩き出し、私たちは人混みを抜ける。もうここに用事はない、と思えば、視線も気にならない気がした。



「さて、ルートは第二山道で行く。第一よりは時間がかかるが、第三よりは早いってとこだな。ただ少し強い魔物が多い。……いけるな?」

「もちろん!」

「やる気十分、だな。ついでに素材も採って、……ああ、薬草やらなんやら、いいもんがあったら拾っていくか」

「ちょっと未開の森を思い出すね」

「あっちよりは勾配があるし進み方によっちゃ足は疲れそうだけどな。一歩進めば罠みたいに変な植物やら虫が湧く森よりはマシだろ」

 足が疲れる、なんてあっても少しのことだろうけれど、第二はそれを理由に避けられることも多い山道である。ギルドの資料を読み込む時間はなかった為に、北の門そばにある店でスビアイ山を抜ける為の簡易なマップ付き手引書を一応購入したが、最終的には体力勝負となるだろう。

 予定では第二山道を通って頂上付近に到達するのは夕刻、そこで野営し、スビアイの街側へと下山して、明日の夜までには山の麓を目指せる筈だ。そこから街となると少し距離があるのでスビアイの街への到着は明後日の昼頃になりそうだが、まったく問題ない程度には気力も十分だ。


「しゅっぱーつ!」

「ははっ、よし行くぞ!」


 手を振り上げて一歩足を踏み出せば、笑ったユウもまた私の隣に並んだ。天月は元の大きさに戻って大地を駆け出し、ルリは大空を悠々と羽ばたく。

 ノクトマの街に来る前から見れば目的も増えた私たちの旅は、きっといろいろ変わったけれど。目標は変わらず、私とユウは自由を目指すのだ。


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