69.ノクトマとスビアイ山―16


 山道の入り口付近は、まぁ平和なものだった。

 魔物が出てこないわけではないが、大体が茶等級と思われる魔物ばかりだ。これならば問題ないと大体が天月の飛び掛かりで対応し、時折ユウも投げナイフを投げずそのまま得物として使用して倒すことで先を進む。ほぼすぐ後ろにあの冒険者集団がいるだけでなく、少し前には他の旅人や冒険者たちもいるので、無駄に手を見せるようなことをする必要はないだろう。


 しばらく進んだところで、時折ある案内用の看板に間もなく第四、第五山道分かれ道であると記入されているのを見つける。

 私たちが向かうのは第二山道予定なので、もう少し先だ。そのままその分かれ道地点も通過すれば、第四、第五山道のどちらにもちらほらと狩りをする冒険者たちの姿が見えた。近場の依頼もなかなか多いのかもしれない。

 さらにそこから一時間ほど進んだあたりで、漸く第三山道と、第一、第二山道に向かう分かれ道を告知する看板が現れた。

 その頃には歩くスピードの差もあって数人を追い抜き、私たちの周囲にいるのは例の後ろを歩く冒険者五人組のみとなっていた。……となれば、まぁ、声もかけられるわけで。


「もうすぐ分かれ道につくぞー。にしてもお前らやるなぁ、その犬っころ、つえーじゃねぇか」


 背後から弓を手にする冒険者に声をかけられ、ユウが「ああ」と曖昧に頷く。こちらの態度は明らかだと思うのだが、話はこれで終わらない。


「確かになかなかの腕前だね。新人冒険者じゃないなら、もしかしたらスビアイ山はただ通り道だっただけかな?」

「マジか? もしかしてスビアイにでもいくのか? 俺たちもなんだよ! そろそろダンジョンにでも行ってみるかって話しててさぁ」

「ちょっと二人ともあんまり騒がないでよ、そろそろゴブリンの目撃地点近いんだから」

 後方から魔法使いらしい女性が注意を飛ばせば、青ランク二人はそうだったな、と素直に頷く。それにほっとしたところで、剣を持つ男性がにこりと笑った。


「大丈夫だ、何があってもオレがなんとかしてやるさ。そっちの二人も! これでも青ランク冒険者なんだ、スビアイの街までなんだよな? 安心してくれ!」


 え、と小さくつぶやいてしまって慌てて口を閉じる。なぜスビアイの街に行くことが確定されているのだろう。行くけど。というか、今この道中で腕前を認めて新人じゃないとわかってくれたのではなかったのだろうか。……もしかしたら、私もユウも武器すら普段のものを手にしていない状況だ。その戦闘ぶりで評価されたのかもしれない。

 まぁ皆第二山道なら、結局どう足掻こうが恐らく下山までは一緒だ。これはしっかり眠ることは諦めたほうがいいかもしれない、なんて思うが、そもそも野営が苦手なくせに冒険者をしている私が問題あるのであって、その辺りは慣れるしかないだろう。一日二日、仮眠で過ごすのは覚悟の上だ。


 それより気になるのは、この辺りでゴブリンの目撃情報があった、という話だ。

 ドルニグではなんだかんだいって、まともにゴブリンとやりあうことはなかった。遠目に他の冒険者が戦っているのは見たが、戦闘する機会には恵まれなかったのである。

 ゴブリンは等級は茶、初心者向けの魔物だ。巣が確認された場合ランクが一つ上がり黄等級になるが、基本的にゴブリンリーダーまでの集団はあまり強くない。魔法を使おうが剣を持っていようがゴブリンはゴブリンで、ある意味その大雑把な括りが初心者登竜門であるのかもしれないが、特殊個体ゴブリンでも出ない限り脅威(青や赤ランク冒険者への緊急依頼該当)ではない、というのが冒険者たちの認識だ。

 強くても青程度。だからこそ、ゴブリンは未開の森でも見かけたことがない。

 少しわくわくして周囲を見回していると、声も出ないほど怖いのかな、と見当違いな声が聞こえた。……なぜ。

 そこで唐突に、ああ、私がテイマーだからかもしれないと思いつく。いくら天月が頑張ろうと、彼らの目には『犬っころ』で、ルリに至っては今日動いていない為に戦力とはみなされていないのかもしれない。なんだかふたりに申し訳ない気分になっていると、漸く分かれ道が見え始めた。第二山道はやや左側にそれているがほぼ直進、第三山道は左に曲がる形だ。第三山道は旅人も利用する登りやすい道であるが、第二山道は緑ランク以上の冒険者推奨であり、傍目にも少し悪路に見える。第一山道は第二山道をさらに上に上った先に分かれ道があるらしい。


「そうだ君たち、名前は? オレはジュストだ」

「あ、俺はバート! 狩人だぜ!」


 その言葉に、さすがのユウも無言を返す。後ろを歩く三人の緑ランク冒険者たちが、困ったように苦笑したり頭を抱えていたりするところを見ると、いつもなのかもしれない。にこにこと笑顔で自己紹介する、青ランクの恐らく剣士と狩人は、答えない私たちを見て不思議そうに首を傾げた。

「ん? どうしたんだよ。ちゃんと自己紹介くらいしねぇと駄目だぜ! 冒険者たるもの、困ったときは協力しあわねぇとな」

「そうだな。君たちいくつくらいだい? お兄さんはもうすぐ成人か? 妹ちゃんはまだ小さいだろうに、よく頑張っている」

 まさかの見立てに、ああ、と思わずフードの上から額を抑える。なるほど、顔もほとんど見えず背丈で判断すると、私はそういう判断になってしまうらしい。

 それにしても、ドルニグは冒険者同士は狩場で出会っても不干渉を貫いていた……いや、一部例外はあったが、基本的には「よっ」なんて声を掛け合う程度であったというのに、スビアイ山では違うのかもしれない。

 広く狩場が分布しているドルニグとは違い、スビアイ山に偏ってしかも人が集まる大都市となれば、思った以上にこうして出先で出会って手を貸しあうようなことが多いのだろう。

 考え着いた先が同じなのか、ユウは苦々しく「ノクトマはこうなんのか」と小さく呟いていた。まったく、世界は広い。


 そこで私たちの足は、分かれ道を直進する道へと足を踏み入れていた。無視するのもなと言葉を探していたのだが、その瞬間、鋭い声が飛ぶ。


「あ、こら君たち! そっちは第二山道だ、第三はこっちだよ」

「え?」

「最近は特にレッドベアが暴れているらしいからね。さ、おいで。オレたちの後ろについてくるといいよ」


 その瞬間、私とユウはほぼ同時に表情が固まったと思う。

 完全なる善意。厚意による、手助けだ。そしてその先が見えてしまった。

 もともと第三山道を行く予定だったのか、それとも私たちへの厚意で第二山道から道を変えたのかわからないが、私たちが第二山道に行くと言えば同じく第二山道を進むのではないか。彼らは全員緑ランク以上、十分考えられる話である。


「ちょっとジュスト、失礼よ」

「え、何が? 大丈夫だよ、彼らに戦いを強要したりしない」

「そうじゃなくて!」

 後ろの緑ランクの女性が止めに入るが、これは私たちの態度もあったのかもしれない。うん、今までが大体ごろつきが絡んでくるパターンで、親切に声をかけてくれていたのがわりとこちらの様子を見てあっさり引いたエリックさんくらいだったので作戦が甘かったかもしれない。

 様々なパターンがあるな、臨機応変に行かないと。そう考えて口を開こうとした瞬間、ユウが私を引いて一歩前に出る。


「俺たちはもともと第二山道の予定だった。容姿か職か戦い方か、何を見て守ってやろうと判断したのかわからないが、予定を変えるつもりはない」

「……そうか、守ってやるなんて確かに上からだったかもしれないな。だがスビアイ山が初めてなのに第二山道に挑むのは賛成しない。道中の魔物が危険なのはもちろんだが、何より足元があまり整備されていないんだ。そんなところで普段は山道から奥にいるレッドベアが暴れているなんて噂があるんだ、しばらくはやめたほうがいい」

 どこか困ったように、幼子に言い聞かせるような様子で語るジュストとなる青年の後ろで、とうとう必死に止めていた女性が頭を抱えていた。だがそこに追い打ちで、バートとと名乗る狩人がジュストの肩を軽く叩きながらぐいっと前に顔を出す。

「っつーかこっちが親切にしてんだから、名乗るくらいしろよなー。冒険者なんだから空気読むくらいしろって」

「あんたらが空気読みなさいよ!」

 がん、と杖を地面に打ち立て抗議したのは、私たちではなく後ろの彼女であった。なんかほんと、もう、ありがとうございますという心境である。さっきまでは絶対名乗るまいと思っていたのだが、彼女には感謝と共に名を告げたい気分になるのだから不思議だ。そっと視線を向ければ、ちらりとこちらを見た女性がこくりと力強く頷いた。よかった、私たちはたぶん間違ってない。

「はぁ? 名乗られたら名乗るもんだろ?」

「あんたらが勝手に名乗ったんでしょうが、それも格上の冒険者相手になんて失礼な!」

「格上? 何言ってんだろ、どう見ても子供だろうが」

「馬鹿なのあんたたち………! いい加減にしなさいよ、青や赤になれば他者に情報を渡す冒険者のほうが少ないから改めろって言ってるじゃない!」

「でも協力したほうがいいに決まってるだろ? 今までだってそれで何人も助けてきたじゃないか」

「運がよかっただけよ!」

 正確に言えば、私たちは別に格上……要はランクが上の冒険者ではない。むしろ緑なり立てという結果から見れば、青ランクの二人のほうが確かに格上である。

 だが彼女はどうやら私たちの年齢から力を見ていないらしい。魔法使いには専用スキルに魔力探知系のものもあるらしいので、こちらの内包する魔力に気付いたのだろうか。といっても私たちはその辺りを警戒してかなり念入りに魔力量を誤魔化すすべを鍛錬しているし、黒のグリモワールに入っていた防具の効果でごまかされている筈なので、正確なものではないだろう。そんなに簡単に見破られたら、ドラゴンの魔力を内包するユウは外に出ることも叶わなくなると師匠が初期から訓練してくれたのだ。

 そこで、女性の視線がちらちらと私たちと第二山道に向けられていることに気付く。これは行けということだな、と空気を読んだ私たちは、他の緑ランク冒険者の微かな頷きを確認し、そろりとその場を逃げ出したのだった。


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