58.ノクトマとスビアイ山―5


 ノクトマの街二日目。

 昨日は報告と街の雰囲気をざっと見るだけで終わってしまったので、今日は本屋を含むさまざまな店を回って取り扱い商品を確認するのが予定である。

 言ってしまうと私たちは、黒のグリモワールに収められていたアイテムが強力すぎて、武器防具その他装備品から道具まであまり必要がない。恐ろしく冒険がお膳立てされたような状態で旅をスタートしたのだが、だからこそ表に出せないものも多く、実際使っているのはほんのわずかな魔道具だ。本当にこの本はいったいなんだというのだろうか。今はありがたく使わせてもらうことにしているけれど。

 ユウが暗器も欲しいと言っていたので、今日は武器屋も見ることになるかもしれない。ドルニグでは依頼に明け暮れていて装備品関係はあまり見ていなかったので、少し楽しみだ。


 そして何より今回はスビアイ山を越えた後のことも考え、食料品の補充も考えている。以前はたくさん購入するとなると、その購入した品をどう持ち運んでいるのか推測されるのが困るのであまりできなかったが、この街は北と南に食料品が大量にあるのだ。ちょこちょこと分けて買って後で収納に入れておけばかなり補充できるだろう。

 それにこの街は人が多く、依頼内容を見るに青ランク以上の冒険者がそこそこ多く滞在していると思われる。つまり、そろそろ収納アイテム持ちがバレても目立たないということだ。……いや、訂正。指輪型や本型の、本質が収納の形状ではない収納アイテムはやっぱ目立つ。まぁユウが普段から麻袋もカモフラージュで持ち歩いているし、それっぽい上質で頑丈な鞄でも購入すれば、収納先を誤魔化すくらいはできるようになるだろう。


 計画を立てつつ外に出た私たちは、まず朝ご飯だとまた夜とは違う賑わいを見せる中央通りを歩きながら、あれこれ購入しては袋に入れていく。入れる振りをしてこっそり手を突っ込んだユウが先に購入したものの収納も行っているので、いつまでたっても袋はあまり膨らんでいない。便利。とはいってもユウの指輪の方はグリモワールとは違い、微妙に収納空間内に時間経過があるので、あとで人目のないところで私のグリモワールに多少移す作業も必要だろう。


 購入するのは収納があっても日持ちして高カロリーの、手軽に食べられる冒険者らしいものが中心だ。木の実が多いが、その中でも気に入ったのは白くて丸いつるりとした、ユウ曰くマカダミアナッツに似た堅果だ。デイナッツというらしいが、苦味はなくほんのり甘くてほろりと崩れるような食感。

 この実はルリも気に入ったようで、多めに購入。栄養があるとのことで人気らしく少々高かったが、ドルニグで依頼をこなしまくった……というより素材を売りまくったおかげで、今はわりとお財布が潤っている。食事は美味しく楽しくが大切だ。


 あれこれと見て回り満足したところで、次は武器だ。

 昨日と同じ方向で街を回る馬車に乗り込み、今度は昨日行かなかった街の東側へと進む。

 まだ昼には早い時間だが既に活気がある街並みを見ていると、耳に届いた時を告げる鐘の音がドルニグとほんの少しだけ違い、伝える時刻は同じであっても違う街にいるという感慨に浸る。

 馬車の中では腕に抱えた天月がくんくんと物珍しそうに周囲の匂いを嗅いでおり、小さくしているとはいえその様子は子犬そのもの。わんわんだぁと幼い声が時折聞こえるが天月も気を悪くした様子はなく、ルリも周囲は気にせず自由に私とユウの肩や頭の間を渡ってうろついている。

 和やかな時間……だが、馬車を降りてしまえばそこは子供の少ない通りで、天月を見る子供たちの羨ましそうな視線に見送られつつ足を踏み入れたのは、物騒な武器が並ぶ武器屋だ。戦斧、大剣、ショートソードに槍……刃物だらけである。

 ぐるりと見回したところで、こちらを睨むように見つめて来た店主らしき男性と目が合って思わず体が強張った。体躯が大きいだけではなく表情が険しい。とんでもない威圧感である。


「……何を探しに来た?」

「投げナイフ、針、投擲しやすくて持ち運びやすいもの」

「そっちだ、勝手に見て来い」

 おおう、売り手も買い手も随分端的な会話である。示された方を見に行ったユウに続いてその背から覗き込むと、並んでいるのはナイフのようだ。

 薄暗い室内なのにぎらりと光を反射した刃は、ユウの背からひょこりと覗く私を映すほど輝いている。……どんな材質なんだろう。

 とても鋭利に見えるが、ユウはすぐそこから離れてしまう。その後も何本か見ていたようだが、すぐにその場を離れてしまった。

 気に入ったものがなかったのだろうかとそのあとに続くと、途中適当にまとめられた矢をユウが手に取った。その矢を何度か確認し、補充しとけ、と今は空の私の矢筒を指されて、そうだったと慌てて多めにそれを購入する。すっかり忘れていた。

 結局矢のみを購入し、その武器屋からは出ることとなった。日光の下に戻ったことで若干の眩しさを感じたがそれもすぐ落ち着きを取り戻し、さて、と首を捻る。

「やっぱり駄目だった?」

「ああ、材質は悪くないし強度もありそうだが、あんな光って目立つ刃、暗器としては向かない。それに少し重くて右に重心がずれていたから、あれじゃまっすぐ飛ばないな。強引に魔力で調整できなくもないけど、それだと察知されやすい」

「魔力感知の使い手はそこそこいるって話だもんね」

「そうそう。暗器専門の店なんて知らないからな……」

「針とかはなかったもんね……ナイフも投擲用じゃなかったってことかな」


 暗殺者という適正職業が存在するこの世界で、別に暗器は眉を顰められるような武器ではない。だが剣や戦斧、槍といった使い手の多い武器に比べてやはり品数は揃っていないようだ。

 集落にいた頃は枝を簡単に加工して矢を作ったことがあるが、本格的な武器だなんてさすがにまったく知識がない。

 たぶん魔力伝導率の観点から杖を選ぶくらいは前々世の知識で出来るだろうが、前衛武器なんて選び方からわからないのだから、ユウの役に立てそうにないことに肩を落とす。


 その後も数店舗歩いてみたが、これといったものは見つけることができなかった。強度が足りない、と言いながらも一応何本か購入していたが、そこで時間的にも武器探しは終了だ。一応、暗器である針は森の隠れ家にいる間にルイードさんに頼んで用意してもらったものがまだ手付かずであるらしく、そちらは質がいいので、今回は普段使い用を購入したいらしい。どうやら購入の本命は投げナイフだったようだ。

 続いて防具や装飾品はちらりと覗くだけで終わり、昼食時から少し遅れて南の中央通りに移動する。また適当に摘まみながらチーズや干し肉などを購入し、最後は本屋だと北に戻る途中にあるらしいウェルさんに教えてもらった通りを探す。


「あ、たぶんここだな」

「うん、扉に二本の線と濃緑の屋根、だね」

 教えてもらったそのままの店だ、と一見しては本屋とわからない店の扉に手をかけた時だ。

 突如それが内側から開かれ、ユウと一緒に慌てて避けるが、中から現れた人物は相当慌てていたのかよろめき、軽くぶつかったことで私の腕から天月が落下してキャウンと小さな声が上がる。

「わ、天月ごめんっ!」

 落としちゃった、と慌てて手を伸ばすが、特に怪我はないらしい。驚いた、と甘えてくる天月をしっかり抱き留め、屈んだまままさか他人とぶつかるなんて油断したと天月を撫でまわす。

 その横で、「あ、すまない」と慌ててこちらを振り返った人物が、長いローブの裾を踏んでそのままうわっという悲鳴とともにひっくり返った。えっ。

「あ、あの、大丈夫……」

「……ぁっ、いや、」

 深く被っていたローブの下から覗いたのは、長く癖のある薄茶の髪。きらきらとした睫毛の間から覗くのは美しい緑の瞳で、透き通るような白い肌。私より恐らく年下の女の子だと思うのだが、さっとローブを引っ張るその手に何か違和感を感じる。

 さっと身なりを整えたその人物は、立ち上がるとそのまま何も言わず、すぐさま身を翻し走り去る。

 なんだったんだろと不思議に思うが、天月を抱いて立ち上がると、ユウが怪訝な表情を浮かべて先ほどの人物が去った方向を見ていることに気が付いた。

「ユウ?」

「……今のヤツ、魔力隠してるな」

「え? あ、そうだったかも。うーん、凄腕……かなぁ?」

 避けたこちらにぶつかる程よろけて出て来た上に、その後の身のこなしも鈍く、とても戦い慣れた様子は見られなかった。だが魔力を隠すような技術があるなら、それなりにそれが必要な環境で、練習を積んでいると思うのだけど。……それか、高価な魔道具か。


「身に着けてる衣服は町人と変わらない。ただ肌は町人じゃありえないくらい手入れされてた気がするけどな。それに魔力を隠した状態だから、浮いてる。貴族のお忍びかなんかかもしれないけど」

 そう判断したユウが、関わりたくないと言わんばかりにさっさと閉じた扉を開けて本屋に入る。それに続きながらも、先ほどの違和感の正体に気づいた。

 確かに透き通るような美しい肌だったけど……その手にあったのはたぶん剣だこだ。

 まぁ関わらないほうがいいだろうな、と同意して、私は宝の山のような本屋の中を覗いたのだった。


 が。


 冒険者向けにしては高額であったが、結界魔法に関する本を一冊とスビアイ山についてかかれた本を一冊購入して、ほくほくと気分よく昨日より中央寄りの宿を探していた私たちは、そこで予想もしていなかった事態を迎える。


「……つけられてる」

「うん、でもなんか……」

「魔力の隠し方が常人じゃない。余程の手練れだ」

「え、そこまでわかるの? 私、揺らいでるように感じるんだけど……一人じゃない? もしかしてまだいる?」

「二人だな。俺もちょっと自信ない」


 えええ、と思わず呻く。自然の中であれば私も自信があるが、街の中では探知や索敵はユウのほうが上手い。

 街中とはいえ精度が高いユウの魔力感知は、白銀ランクの師匠お墨付きの、ドラゴンの魔力譲りの相当感度がいいものだ。うろついているうちに日も落ち、まだ宿決めてないのに、とユウと視線を交わし、どうする? と小声で相談する。中央付近の宿であれば、少しくらい夜遅くとも空き部屋があるだろうなんて焼きチーズを売っている店主に聞いたが、部屋が決まっていないままうろつく状況は避けたい。しかしなんで付け狙われているのか、その狙いもわからなければ、みすみす休憩中に接近を許すことになる。


「宿についてこられても面倒だ。撒くか……待ち受けるか」

「前者はともかく、こんな街中で?」

「街中だからこそだな。ミナ、道を入ったら身を隠して本気で気配消すぞ。相手の顔を確認する。できなかったら……やるしかないな」

「ん。ルリ、天月、じっとしててね」


 軽く打ち合わせし、そのままなんでもないように歩いてやや後ろの気配との距離をとりつつ、宿の続く通りで人の多い角を曲がり……その後すぐ建物の裏手に回った。

 路地でこちらが逃げ場がない状況は困る。闇夜の暗さに乗じて身を隠して高く跳び、身体強化を使った上で屋根を渡って気配を隠す付与を全員にかける。これは魔力を使って魔力探知を避けることのできる効果があるもので、純粋に探る者との技術のぶつかり合いとなる術、なのだが。


「ちっ、気づかれた。ミナ、行くぞ、街の北だ! 人気の少ないところに行く」

「了解!」


 私の付与が負けて、気配が探られている。

 何が起きてるんだ、と音を消して屋根を渡りその後細道へと降りて駆けだす私たちの後ろを、確かに何かが追ってきていた。


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