15.最初の街ドルニグ―11


「さて、依頼分は達成してるし、この辺でいいか」


 今日も荷車に依頼の荷を詰め込み、一息ついたところで昼食だ。といっても日の傾きから昨日よりは遅い時間であると推測し、まだホーンボアの解体もあるのだと慌ただしい休息である。


 今日の昼食も昨日と同じ店のものである。ユウは昨日の帰り道、エリックさんからあれこれ街の情報を得ていたのだが、薬屋を優先した為に露店巡りまではできなかったのだ。

 とはいえ私は昨日と同じホットドッグだが、ユウはソースの違うものを選んでいる。赤と黄色が交互にかかったそれは一見してケチャップとマスタードに見えるが、恐る恐ると言った様子で口をつけたユウ曰く、どちらも辛い、らしい。ウインナーの肉汁がなければとんでもなく食べにくい、と。


「美味いけど、結構舌に残るな。果物も進められるわけだ」


 そう言ってユウは昨日自分が林で採った、すべすべした真っ白な果物も皮を剥いて口に運ぶ。美味いからと一口分けてもらったが、甘そうな香りが広がり果汁もたっぷりであるのに、口に含めば意外とさっぱりした、爽やかな味わいだった。甘さ控えめの蜂蜜レモン。そんな感想を二人で出し合い、ギルドが林の調査を終えたらもう少し集めに行こうと決める。


 ちなみに外で採れる自然の食べ物は、大体が私が集落や隠れ家の森で得た知識で食べられるものを選別しているのだが、ここは住んでいた場所より大分離れた土地である。

 当然知らないものも多く、そういったときはユウが指輪に収納して持ち歩いている、おじいさまからもらった図鑑を二人で利用している。図鑑といってもニホンで見たような美しい写真のものではなく、大体が色なしの手書きの絵であるが、特徴が細かく書かれている為重宝しているのだ。

 昨日採った果実はヒエルの実というそうで、非常に果汁が多く、自然に育つ水筒のようだと表現されていた。また、この果汁と、この果実の育つ樹の葉をすりつぶして混ぜ合わせて漉すと、解熱効果のある薬が作れるらしい。

 ニホンに比べて衛生的な生活ではなく、その分身体も慣れているとはいえ、そういった情報は大歓迎だな、とユウは採りに行く気満々だ。解毒剤や気付け薬が高価だったので、なるべく自分で調合できそうなものは自分で、といったところだろう。

 しかし恐らく、薬が必要になるのはユウではない。ユウは一年前のあの日から身体能力が驚異的に上がっただけではなく、怪我や病気といった不調に対しても高い抵抗力と回復力を持つようになったのだ。実は、森で毒物を試しても平気だった、と言われた時は悲鳴を上げたものである。

 フェニックス自ら蘇生させた小鳥のルリを含む私たちは恩恵を今も得ており、私やルリまで普通と比べると高い回復力を持っているようだが、ユウはそれだけではなくドラゴンの魂核をも己の身の内に宿している。

 七日間の昏睡状態を経て身体が作り替わり、今もなお経験を積むことで力が安定し、結果強化されているという。ユウ曰く既にドラゴンの自我も記憶も何もないそうだが、何かが変わったことを自覚もしているようで、今でこそ乗り越え制御しているようだが、初期はひどく不安定であった。苦しんだ分、ユウは自身が普通にすごしているならば滅多に薬に頼らない身体であることはよくわかっているだろう。

 つまり、ユウの行動は私の為だ。文句などあるはずも無い。


「でもこの果実、ルリ食べないね。なんでだろう。ルリー」

 声をかけるとチイと鳴くものの、私が持つ食べ物を普段は欲しがるくせに、ルリは一度つついたあとすぐぷるぷると震え、それ以降つんと顔を背けて興味を示さない。感覚としては『いや!』という強い嫌悪感を感じ、それ以上は勧めず、ごめんねと謝って他の木の実を取り出す。

「鳥は嫌いなのか? さすがにそんなのは書いてなかったな」

「まぁまだいっぱい木の実はあるからいいんだけど、鳥に何か悪いものかもしれないから覚えておかなくちゃ」


 幸いにしてこちらが食べる分には構わないらしいルリに他の実を与え、食事を終える。さて次は解体だ、とユウが指輪に収納したホーンボアを取り出そうとしたところで……チッと小さく鳴くルリにつられるように視線を動かし、その背後に動くものを見つけた私は魔力を練り上げ、叫んだ。


「逃がしません、『鈍足』!」

「ん? あ、ブラックラビットか! ミナナイス!」

 気が付くなり跳躍したユウの持つ刃が眉間を貫き、二人で短く手を合わせ、その命を頂く。これはこの世界で暮らしながらも、ニホンという前世の世界の知識を持っている私とユウだけの秘密の行動だった。

 この世界にない宗教的なものを疑われぬよう人前では行わず、ただこちらの都合で狩猟の対象となった獣にのみ、と限定的だが、私たちは同じ行動をとっていた。

 前世と比べ物にならないくらい生活の違うこの世界では、魔物にとって人間が獲物であるように、無害な獣もまた、私たちの獲物となる。ただの自己満足なのかもしれないが、前世で食事の前に「いただきます」と手を合わせたように。鶏が先か、卵が先か。どちらから始まったのかわからない弱肉強食の世界で、私たちは今日も生き方を探しているのかもしれない。


「……よし、ホーンボアも含めて素材を纏めよう。薬で結構使ったからな」

「了解。ルリ、少し休んでて」


 そうしてブラックラビットを含め、ホーンボアは一頭を残し他全て魔法を駆使して解体した私たちは、肉の一部を自分たち用に保管しつつ、ほとんどをギルドに持ち込んだ。


 たまたま顔を出していたディートヘルムさんが、話があるからと他の受付職員を遮って対応してくれたおかげで、特に昨日狩った筈のホーンボアの持ち込みに関して突っ込まれずに買い取り金を受け取ることができた。

 たぶんあの人には収納魔道具はバレているが、師匠の推測をされている時点であまり気にしても仕方ないだろう。


 ブラックラビットと昨日より多いホーンボアのおかげで買い取りが高く、依頼報酬は少ないものの合計の受け取り金は今日の薬代の倍以上となった。ちょっとした小金持ちとなってギルドカードの本人確認を利用した預け入れを提案されつつも一端は保留……というていで、後ほど全て収納にしまいこむ予定だ。

 話は変わり、やはり林の調査報告となる。まず先にまだなんとか残っていたアルラウネの死体を確認したというディートヘルムさんは、私たちが持ち込んだ花が間違いなくその場にいたアルラウネのものであると確認し、異例ではあるが黒ランク二人パーティーが討伐したものとエリックさんの証言も含めて認め、報酬として緑等級魔物アルラウネ討伐の依頼相当である大銀貨六枚を受け取ることとなった。

 つまり、銀貨三十枚分であり、これはこの街の平均的な四人家族の一月の生活費よりも多い、とのこと。

 普通はこれを討伐のメンバーで分けることになり、一人当たりの取り分はそう多くはないのだろうが、私たちにしてみれば衝撃的な大金だ。

 さらにアルラウネの背の花は素材として買い取り小金貨一枚と言われ、最早師匠に見せてもらって以来の貨幣の登場に困惑した。ニホン円と違ってわかりにくいが、小金貨は大銀貨十枚分である。つまり銀貨五十枚分……って高いな、そんなものを昨日拾ってたのか。

 隠れ家の森で師匠に付き添ってもらって倒した時は炎を使ったせいで燃えてしまったのだが、かなりもったいないことをしたらしい。

 ……まぁそれくらい高値でなければ、冒険者は強い魔物とは戦えないだろう。なんたって薬が高いのだから。


「あなたたちはまだ黒バッジをつけたHランクであり、今回のことで早急にランクを上げるべきだとの声も一部ありましたが、そもそも黒が依頼のランクに関わらず完了二十回でランクアップと定められているのは、力の強さが重要だからではありません。冒険者という職業に慣れる為、とされています。特別にアルラウネ討伐を二回分としますので、ご了承を。本日完了が三つ、昨日が五つ、残り十回完了でランクアップとなります」

「わかりました」

「……お急ぎになったほうがいいでしょう。注意喚起の為、既に討伐済みとはいえアルラウネの発生を隠すわけにはいきませんので。人の口に戸は立てられぬと申しますし、あなた方に辿り着くのは時間の問題です。下手に経験の足りない冒険者が、低ランクと侮り金銭狙いで絡まないとも言えません。本当に預け入れずともよろしいのですか?」

「そうですね……」


 少し悩む様子を見せたユウだが、ちらりと私に視線を送ると、どう思う、と小さく問う。私としては必要ないと思うのだが、ユウが渋っている理由はなんだろうか。

 そもそも私たちには指輪とグリモワールという、特殊な異空間収納魔道具があるのだ。特に、グリモワールは私以外不可であり、またユウの指輪も常に肌に直接触れることで魔力が組み込まれ、外しても一ヵ月は本人以外ロックされている状態だ。

 普通の異空間収納は鞄やポーチ等入れ物が原型であり、本人識別の魔道具は希少品。このことから私たちが大金をそのまま持ち歩いているのはばれにくいように思う。


「えっと、預けているかどうか、他の人にはわからないんですよね?」

「そうですね、ギルド職員がカードを預かり本人確認をしなければ手続きできないようになっていますし、他利用者に語ることも当然禁止されています」

「なら、当然周りは預けていると思うか。……俺たちはやっぱり保留にします。幸い保管場所に困っていないので」

「なるほど。それでは、手続きは私がした、ということで伏せさせていただきます。今回はアルラウネの討伐報告感謝致します」


 ディートヘルムさん曰く、他に林に異常は見当たらず、稀ではあるが偶然発生したものとされ、明日にも依頼は通常に戻るらしいと聞いて、ほっとする。今他に異常が見られないのであればよかった。自然界に絶対はないのだから、こうしたことで冒険者やギルドが歩みを止めることはできないだろう。


 エリックさんのパーティーメンバーであるエリザについては、最初は誤魔化そうとしていたようだが、今はほぼ私たちの証言と同じことを語りだしているそうだ。

 ギルド的にはあまり見逃せない案件であるらしく、彼女は一度正式に警備兵に連行されることとなり、罪人としてなんらかの沙汰が下りることになるらしい。反省があまり見られないのが残念ですが、と言っていたので、ユウがまた狙われるのでは、と少し落ち着かない気分になる。


 こうして忙しく過ごした私たちが全てを終えた頃には夜も更けており、ユウの提案で明日一日、のんびりと過ごすことを決めた。

 とはいえ、街の探索もしていないし、薬の仕分けもある。ユウに髪を乾かしてもらいうとうとと計画を立て、だから寝るなっての、なんて文句を言われながら、私は夢の世界へと身をゆだねたのだった。


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