16.最初の街ドルニグ―12


「あー……なんかがっつり食いたいな」

「え? ああそっか、うん、そうだよね」

 いつもより少し遅めの、宿の朝食。

 周囲に聞こえないよう潜められた声ではあったが、朝からどうにも食欲が止まらないらしいユウは、サラダに果物、ライ麦パン、チーズと言った食事に物足りなさを感じているらしい。

 そういえば森の隠れ家にいる時は、庭の野菜と私の採ってきた木の実や山菜の他に、師匠が作るパンといろいろ揃ってはいたが、ユウはそれでは足りず自分で狩ってきた獲物の肉や川魚をよく焼いて食べていた。成長期の男としては普通、と言っていたが、やはり男の子には肉類がないと物足りないのだろう。

 となると、と考えながら朝食を終え部屋に戻り、ふと思いついて口を開く。


「森にいたころいっぱい作った串、まだ余ってるよね? 外に行ってお肉焼く?」

「いや、今日は準備があるから休みだ休み。明日焼いて収納に入れちまおう。今日はまず薬小分けにして、昼前に昼食がてら露店回って、肉探す」

「ふふ、肉は外せないんだ」

「あとは布だな、あればいろいろ便利だし。野営でも風呂敷代わりでもカーテン代わりでもな」

「街に来るまで野営で結構使ったし、塩とか調味料も欲しいね。この辺で買うとなると岩塩……になるのかな? 東に海があったと思うけど」

「海塩もあると思うぞ。この辺りは塩や砂糖の類はあまり困ってない筈だ。さすがに味噌や醤油はないけどな」

「この街じゃあまり出回ってないけど、お米はちょっと粒形違うけれどあったのにね。師匠がおにぎり作ってくれた時は驚いたなぁ、文明の発展謎だけど、まぁ他と比べる方がおかしいか」

「そういうことだな。なにせ魔力でドライヤーいらずな世界だ」

「助かってます!」


 会話しながら窓のカーテンを閉め、扉が開かないように下の隙間に木片や布を詰める。周囲におかしな気配がないか探り、準備が整ったところで私は黒の指輪のグリモワールを、ユウは異空間収納の指輪から経木に包んだホーンボアやウサギの肉を取り出す。ユウの指輪では緩やかではあるものの内部の時間が経過してしまう為、使う予定がある分以外はグリモワールに収納するのだ。

 右手にグリモワールを持ち、左手で収納したいものに触れる。ページを開けば、新たに「ホーンボアの肉」がページに追加されており、簡単な説明まで記載される。実はこれを使えば謎の果物も鑑定しやすいのだが、まぁ慣れるまでは図鑑で、と私たちは冒険を楽しんでいる為、今のところ判定が難しいものの答え合わせ程度の利用である。


 ナマモノの仕分けを終えた後は、ウエストポーチに入るサイズの、ポーション用の小瓶をいくつも取り出した。中身は空っぽだ。

 そもそもポーションはなぜ始めから小分けにして売られていないのかと言う話になるのだが、それは用途によって配分を自由に変え配合する冒険者が多い為である。

 例えば私の場合、魔力量が非常に多い為消費があまり気にならず、しかし体力はない為体力消耗が激しい。その場合魔力回復薬である青いポーションを一、体力回復薬である緑のポーションを九の割合で小瓶に移し、服用。これならばいちいち二本飲まずとも、自分の普段の消費に合わせた一本を用意できる、というわけだ。

 当然強敵に出会って内臓をやられ、体内治癒効果が高い緑だけを飲むこともあるし、外傷の場合は飲むより怪我用の赤いポーションを患部にかける方が効果がある。

 この世界のポーションは用途が分かれているからこそ、手のひらに収まるサイズの小瓶に工夫した一本を用意する冒険者が多いのだ。もちろん、そんなことはせず三種持ち歩き、効き目に満足するまでがぶ飲みする人もいるが。


 ちなみに効果は質が高く量が多い方が効くのだが、それぞれ治せる限度があるようで飲み過ぎても意味がない。

 ちょっと擦り傷を作った程度なら数滴赤の下級ポーションがあれば治せるが、瀕死の重傷を負った人に大量の下級赤ポーションを振りかけても微々たる効果しか得られない。むしろ効き目が現れるより先に出血量の方が多く危険な状況に陥ったりする可能性もある。しかし初めから上級を惜しみなく使用すれば効果は劇的で、怪我を治して動けるまで回復する。つまり、ポーションという薬は便利なようで使い勝手が難しかったりする。

 怪我を瞬く間に治すだなんて魔法のような薬だが、ひどい怪我を負った後上級ポーションを浴びるように使用しても強い倦怠感が残ったり、しばらく痛みだけは持続して安静にしなければいけないこともあり、妙な現実感がある。

 めんどくさければ常に上級三種を常用すればいい。しかしそれは非現実的な値段、となれば、ポーション調合は一般の冒険者にも重要な下準備なのだ。


「さてやるか。俺は青はまず使わないだろうから、配合しないで非常時用に小瓶一本かな」

「赤もそのままでいいよね? あ、緑と混ぜて胴体の怪我用を一本用意しとけってルイードさん言ってたっけ」

「胴体なんて緊急事態だろ、それは上級使って用意したものを指輪に収納してあるから大丈夫。ほら、これ。ミナも持っとけ」


 相談しながら、専用のさじと、小瓶の口に合わせた管のある漏斗でポーションを注ぎ込んでいく。安値のポーションだと同じ下級でも素材の沈殿物があったりしてろ紙が必要になるのだが、今回購入したものはそんな必要がない上質なものだ。

 個人的には体力回復は丸薬にでもならないのかと思うのだが、液体以外でポーションに似た効果が得られるのは軟膏のようにねっとりとした『飲み薬』であるらしい。それを舌に薄く乗せ水で飲むそうなのだが、とんでもない匂いと味だとか。素直にポーションを飲もうと思う。


 林での出来事もあって薬の大切さを再確認した私たちは、自分たちが生きる為にもせっせと小瓶を量産し、手持ちの分を残して残りを収納。なかなか楽しかったが慎重な作業が続き、かなり疲労感があった。

 漸く一息ついたところで日の高さを確認し、そろそろ昼食を探しに行こうと部屋のカーテンを開ける。


「うわ、まだ気温は高くならないだろうけど、日差しは暑そうだな」

「防具に温度調整があるとはいえ、日差しまで防げるわけじゃないからなぁ」


 後片付けを終えてのんびりと外に出る。

 日を遮るように手を翳し歩いてみれば、この時間は随分と街中が賑やかなことに気づいた。子供たちの姿も多く、楽しそうな笑い声に客を呼び込む商人の声と、興味を惹かれて周囲を見回す。

 飴細工のような菓子を売る露店に子供たちが集まり、髪飾りや装飾品を売る露店を若い女性や恋人たちが覗き込み、野菜の売り場で幼い子を背負った女性たちが真剣に品を選んでいる。この光景はどこかで、と考えて、最初の人生で見た風景だと気づいた。世界が変わっても、雰囲気は近いものがある。


「何か気になるものでもあったか?」

「気になるのは街の風景かな」

「街に来てからこの時間は門の外に出てたからな。お、すごい、魚の塩焼きだ。……銅貨三枚か」

「私あっちが気になるな、果物の串焼き」

「果物の串焼きって……ああ、焼き林檎とか考えるとありか。なんか見た目はみかん色の梨だな」


 買ってみるか、とユウと露店に並び、ユウは魚の塩焼き、私は果物の串焼きを一つずつ購入して、他の人に習って道の端で齧る。じゅわりと口の中に温かく甘みの強い果汁が広がり、柔らかい果肉がほろりととろけて、思わず「んん、」と声を上げた。


「美味いのか」

「うん、すごい美味しい!」

「ひとくち」

「はい」

 差し出せばまるで交換だとでもいうように口元に魚が寄せられ、小さく齧れば塩気とほくほくした身がうまみと共に舌に乗る。美味しい。

 果物と合うわけではないが、これはこれで満足できる美味しさだ。ルリも果物の串焼きを興味深そうに見つめ、つつき、そして喜んで食べだす。

 さすがに収納魔道具を使用しないようにしている状況では串焼きを外出先の昼食にするのは難しいだろうけれど、これはいいものを見つけた。


 他にもいくつか店を巡り、今日は少し豪華にと気になるものを口にして歩き、いくつか持ち歩きできそうなものも確認して、必要なものを購入して。あれこれ必要なものを探していると時間なんてあっという間だ。

 日が大分傾いた頃、仕事終わりの人たちや夕飯を求める人たちが道に増え始める。そろそろ戻ろうかというところで、私は突如後ろへと身体が強く引っ張られた。

 腕を強い力で捕まれ、魔道具である防具のおかげで痛みはないが驚きに呼吸が乱れる。

 奇しくも場所は前に進むのにも苦労するような、多くの人で賑わう食事を扱った露店の通りであり、一瞬で人ごみに飲まれてユウの姿が見えなくなる。隣ならまだしも、私は人の邪魔にならないようにユウの真後ろを歩いていたのだから、気付ける筈がない。


 さすがの人の多さに、魔力も行使していない気配には気づけなかった。ずるりといきなり小道に引っ張られ、すぐ口を塞がれ、引きずられて建物の裏に回ったところで、私をここに引っ張り込んだのが、ギルド登録時に私たちに絡んできた男たちだと気づいた。ご丁寧に外套を被り、顔を隠していたようだ。


 すう、っと頭の奥が冷える。心臓がばくばくと音を立てる程緊張していながら、やけに思考だけがクリアに状況を判断していく。

 ルリがいない。なら、大丈夫だ。


「恨むならあのくそ生意気な兄貴を恨むんだな」

「へへ、おい、フード剥がせよ、こいつ結構な上玉だぜ? 見ろよ、冒険者の癖にこの白い肌、最高だろ!」

「まじか、いいもん拾ったな」

「正確には掻っ攫った、か? 具合がいいならぼろぼろにしてからあいつに送り返すより、次の街に連れて行くのもありかもなあ」

 ぎゃはは、と三人組が笑う。勝手に全身が震え、ますます男たちが下卑た笑みを浮かべて揶揄い、全身が冷えたような感覚に陥る中で。男の一人がナイフをひたひたと手の平で弄び、口を開く。


「叫んだらこいつがそのやわらけぇ肌に刺さるから気をつけな? まぁ、あとでいい声で啼いてもらうから、今はいい子にしてろよ、妹ちゃん」


 視界が、赤く染まった気がした。

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