14.最初の街ドルニグ―10


 朝起きても指通りのいい髪に機嫌よく髪を梳いていると、そんな気に入ってるならまたやってやるよとユウに笑われ、じゃあユウの髪を私がと意気込めば丁重にお断りされと朝から二人で騒ぎつつ、今日もギルドに向かう。

 ちなみにユウが上手すぎるだけで、私も最初の頃よりは十分髪を乾かすのは上手くなっている筈なのだと、私の大してない名誉の為に付け加えさせてもらおう。……なんだか少し情けなくなってきた。


 昨日の報酬と買い取り金額は銀貨が数枚もらえる程であり、懐はかなり温まった。ほとんど収納に取り込んだとはいえ、持ち込んだ分だけでもホーンボアの頭蓋骨や肉がとても高く売れたのだ。さらにアルラウネに関しては調査終了後恐らく報酬が絡むことになると思われる。ほくほく、というやつである。


 多くの冒険者は纏まった金額が手に入った翌日は身体を休めて英気を養うと聞くが、私たちは生活するお金を稼ぐことと同時にランクを上げることも目標であり、稼げたからと言ってすぐ休むつもりはない。一晩しっかり休んで疲れが残っていないことも理由である。

 それに今日は薬の補充も予定しており、人気のないところで残りのホーンボアの解体もしなければならない。つまり忙しいのだ。


 肩に乗りくちばしで私の髪を軽く摘まんだりして遊んでいるルリに小さい木の実を与えつつ、ユウと並んでギルドへ向かう。

 今日はユウの昼食を少し増やしてもいいかもしれない。いや、自分の食事より今はほかのことを優先しようとするユウだから、昨日林で採った果実でいいと言い出すだろうか。そんなことを考えながらギルドに入ると、また複数の視線を感じる。そんなに新人が珍しいだろうか……と思いきや、あいつらだよ、という囁き声が聞こえた。

 ……アルラウネのことが広まってる? わざわざ私たちが倒したと言いまわる必要はギルドにない筈だがなぜ、と思ったが、どうやら噂されているのは別の話題のようだ。


「黄のエリックが仕留め損ねたホーンボアの群れを討伐したらしい」

「ホーンボアを仕留め損ねたぁ? そいつは寝ながら戦ってたのか?」

「いや、エリックは盗賊に襲われたんだろ?」

「いや、あいつのパーティーメンバーの弓の女がなんかやらかしたんだって話だぞ? その女を捕まえるのに新人らが手伝ったって話だ。女が盗賊と繋がってたんじゃないか?」

「身内の裏切りかよ、あいつも人を見る目がなかったな」


 ちらほらと聞こえる話に事情を理解し、ちらりとユウと視線を合わせる。噂の内容から推測するに、恐らく門のところで兵に説明していたエリックさんを見た誰かが流した噂に推測が混じったのだろう。


「まぁ目立たないわけなかったな、エリックはあんな状態で門に来たわけだし、弓使いは落ちないようにとはいえ荷車に縛って固定してたし」

「そうだね……ギルドにもまったく人がいなかったわけじゃないし、彼女、ギルド職員に連行されてたし」


 周囲に聞こえないように囁き合って、若干の居心地の悪さを感じながらユウと依頼を探しに向かう。……最も、ユウはやっぱりあまり気にしていなかったようで、あからさまに視線を向ける人の横をするりと通り抜けていたが。


「昨日とあまり変わらないな」

「ええっと、でも林のほうの依頼がほとんどなくなってるような」

「あーそっか。えっと昨日はマンドラゴラが一回の扱いだったから、五回分か? ランクアップはあと十五回か」

「これはどうかな? この街に来る前に通った川のある小さい森のうさぎの狩猟とスライムと、あとこの薬草も採れると思う」

「三つか、うん、いいな。それにしよう」


 紙を纏めて受付カウンターに並ぼうとしたところで……なぁ、と声をかけられた。剣を腰に下げ、使いこまれているらしいレザーアーマーに身を包むエリックさんより年上に見える男だ。


「お前らだろ、エリックのパーティーが騒ぎになってる時一緒にいたの。何があったんだ?」

「その件についてはギルドかエリック本人に聞いてくれ、俺たちはその場に居合わせてホーンボアと戦わざるを得なかっただけだし」

「そのエリックが新人に手伝わせるのが意外でな。盗賊が出たのか? まさか倒したのか」

「いや、盗賊は俺たちは見てないな」


 やっぱり嘘か、エリックが倒したのか? と周囲がざわめき、林なんて街のそばに盗賊が出たなんて話聞かないし、と数人が頷く。掃討依頼もないぜ、という彼らは、それなら大丈夫かと、どうやら盗賊の心配をしているようだった。

 エリックさんはどうやら、顔が広くある程度実力が認められている冒険者であったようだ。そんな彼が昨日の身ぐるみはがされたといってもいい状況になり、ぼろぼろで布に包まれたマーナリアさんの様子もあって、同ランク程度の冒険者たちはそれ程面倒な盗賊が出ているかもしれないという懸念に依頼選びに苦戦していたようである。


 他にも様々な視線を浴びてはいたが、さすがに忙しく人の多い朝のギルド内とあって、直接絡んでくるような人は出なかった。

 受付は昨日のナタリアさんの隣で、私たちの受付をしたふんわりしたイメージの女性がナタリアさんに恨めし気な視線を送られる。が、それを気にした様子もなく受付の女性はにこにこと手続きを終え、最後にギルドカードを返却する際、私の分は先に差し出された為素直に受け取って……同じく自分のカードを受け取ろうとしたユウの手は何故か上下から両手で挟み込まれるように手を添えられ、大切なものを包むようにそっと返却される。


「昨日のお話、聞きました。大変でしたね……また来てくださいね、待ってます」


 ……どうしてこうなった??




「なんで三日目でそんなに受付さんに人気なの?? もてもて?」

「いや、俺に聞かれても」

「顔か、顔なの? ただしイケメンに限る、みたいな? どうしよう」

「へぇ、ミナが俺をそう評価してるとは思わなかったな」

「うん、私もよくわかんないんだけど」

「……知ってた。落ちつけよ、別にどうもしなくても……」

「あっ、違うよ? ユウはかっこいいけど私の基準の話じゃないんだって」

「お前な、上げて落として上げて何がしたいんだ!」


 わしっと頭に手を乗せられ、そのままじっと顔を見上げる。うん、普通にかっこいいと思う。この私の中のイケメン基準がどの世界での私の感覚なのか、よくわからないが。さすがにニホン人には見えないぞ。

 しかしまぁ、落ち着け、と言われて漸く大分パニックになっていたことを自覚する。その根底にあるのは「怖い」という感情だ。そう、確か勇者が勇者に選ばれてもてだした頃、私は随分ひどい目にあった筈。……そこまで考えて混乱した理由を理解し、彼は勇者ではないし立場も違うのに状況を重ねてしまったことに、頭の奥から冷えるような感覚に襲われ慌てて顔を上げる。


「ご、ごめんなさい。ひどい、失礼なこと言いました」

「いや、失礼でもなんでもないしそういう話じゃなくてな」

「痴話喧嘩か、朝から精が出るねぇ」


 突如かけられた第三者の声。顔を上げるとそこにいたのはエリックさんで、その後ろには目深にフードを被ったローブ姿のマーナリアさんもいる。ローブは新調したのか、真新しいようだ。知り合いとわかっていても思わずユウの後ろに隠れるあたり大分小心者である。盾にしてごめん。

 そういえばここはギルドを出てすぐの通りである。そりゃ見つけやすいことだったろう。


「もういいのか」

「ああ、おかげさまでな。んで、こんなとこで命の恩人がかっこいいだのなんだのイチャイチャ言い合ったかと思えば、急に落ち込み出して気になったってわけだ」

「しっかり聞いてたのならもっと早く声をかけてくれ。まぁ少なくともそっちが思うような喧嘩ではないな。ミナ、怖がらなくても大丈夫だから」

「……お、おはようございます。あの、私がめんどくさいことになってただけなので」

「変わった否定だな……」


 どこか呆れたような視線を向けるエリックさんだったが、事実である。そもそも私はユウに恋人ができるとしても何か言える立場でもなく、もし相思相愛でそういった相手ができたのなら喜ばしいことだとも思うのだが、どうにも今日の受付の女性がナタリアさんに向けられていたような視線が恐ろしいのだ。これは暢気にしていないできちんと考えたほうがいいかもしれない。


「私にも挨拶させて。おはよう、聞いていると思うけれど、マーナリアよ。昨日は本当にありがとう」

「いや、俺たちはたまたま近くにいただけだ」

「それでもあの状況でたった二人だけで助けに来てくれるなんて感謝してもしきれないわ」

「今日は昨日の件か? なんで喧嘩なんてしてたんだ」


 私が唸っている間に、どうやら昨日の受付を見ていた為事情を察したらしいマーナリアさんの推測が当たり、なぁんだ、とエリックさんが笑う。


「受付嬢は確かに強い男や将来有望な男が好きだろうさ。なにせ上のランクの冒険者の一回の報酬はかなりのものだし、家に残る嫁には大金使って安全と生活を保証する奴も多い」

「しかも高ランク任務ともなれば遠出してなかなか帰ってこないことも多いしねぇ。ま、危険な仕事に就くオトコってのもモテるものよ」

「男にとっちゃ寂しい話だぜ。金はあってもいない方がいいってか」

「あら、女が全部そうだという話ではないのよ? ねぇ? ミナさん」

「はは、捕まえてなくてもユーグはあんたを置いていかないと思うけどな」


 ぽんぽんと繰り出される会話を聞いていると急に話題を向けられて、え、と固まる。すぐに意味を理解して犯人よろしく両手を上げた私が恐る恐る視線をユウに向けると、こちらを見たユウはどこか楽しそうにも見える笑みを向けていた。そのロングコートの背は不自然に摘まれたように一部が盛り上がっているが、証拠隠滅とばかりに慌てて私はそれを伸ばして直す。


 そうだ、地属性魔法で穴を掘ろう……。穴に入りたくなるってこういうことだったんだね……。


 前世の記憶があるというのにどう考えても子供な行動を取ってしまった。一人穴を掘る決意をしている私に構わず、ユウは普通にこれから依頼だと答え、休めばいいのにと驚かれる。


「はやくランクを上げておきたくてな」

「まぁ、そうか。お前らの実力ならそうなるよな。でも夜になる前には帰って来ておけよ? 林なんてすぐそこなんだ、少なくともアルラウネを討伐した事実はすぐ証明される」

「わかった。そっちも気をつけろよ、ギルド内が騒がしかったぞ。盗賊が出たんじゃないかとかパーティーメンバーが賊と繋がってたとか言われてる」

「あー……ま、そうなるか」


 顔を顰めたエリックだったが、命あるだけましだわという恋人の言葉に頷き、それじゃまた、と手を上げた。


「今日は薬を買いに行くんだろ? いい店だが場所がわかりにくい上に閉まるのが早いんだ、早めに行って購入したほうがいい。できれば孫が店にいればいいんだが」

 じゃあなと立ち去るエリックさんたちを見送って、そろりと隣を見上げる。


「あの、ユウ。ごめんね」

「いいって。ほら、薬買いにいくぞ」


 促され、慌てて歩き出す。今ウエストポーチに入っている薬は、ルイードさんがアリア師匠に言われて用意した、初心者が持っていても問題ない下級ポーションだ。

 私のグリモワールやユウの指輪にも、私たちが森で修行中に狩った獣の素材を売って購入してもらった中級や上級ポーションがあるにはあるのだが。一応そちらは緊急用として普段はないものとして扱うとユウと二人で決めている。

 と言うわけで、昨日消費した分の購入が目的だ。


「昨日思ったんだが気絶は怖いよな。気付けの薬とかあるのか?」

「んー、ある筈です。値段は想像つかないけど……」

「下級ポーションを優先して、解毒剤……は高いって聞いたな。確か昨日帰りにエリックが教えてくれた店は大通りから奥に入る、だったか」

 ええっと、と言われた道を探し、小道に入る。少しして右に曲がり、さらに左に、と進んで、あってるのか? とユウも自信がなくなり始めた辺りで、小さな店構えの、しかし花の絵が描かれた下げ看板を見つけて、あった、と喜んでハイタッチする。エリックさんから聞いていた通りだ。

 民家が多い通りだった。珍しい場所にあるんだな、と周囲を見回しつつ、そっと扉を開ければ、カランコロンとドアベルが鳴る。


 店内には布を敷いた木箱が並んでいた。その中に数個ずつ、丸底フラスコのような形をした瓶が収められている。赤っぽい液体、青っぽい液体、緑っぽい液体と様々あるがどれもそこそこ大きい。

 冒険者はこれを購入し、持ち歩きできるサイズで丈夫な自前の小瓶に小分けに移して使用するのだ。

 空になった大きな瓶は返却することが多い。瓶を作る技術は広まっているのだが、大きな瓶は返却すると次回購入時割引となるのが一般的であるらしい。


「いらっしゃい」


 奥から現れたのは、眉間にしわを寄せ、どこか怒っているようにも見えるおばあさんだった。一瞬びくりとしたが相手は店の人であり、その視線に蔑みの色はない。ポーションを購入しに来ました、と私が声をかけると、瓶は、と要求される。


「これを」


 ユウが持ってきていた瓶をカウンターに並べると、それを受取ろうとしたおばあさんがやや眉を寄せる。


「うちの店のものだね。だがあんたらは初めて見たと思ったが」

「師匠から受け取ったものだったんです。ここはたまたま他の冒険者に伺って来たのですが」

「そうかい。ま、好きなのを選ぶんだね」


 言うなりおばあさんは椅子に座り、特に何をするでもなく私たちが選ぶのを待っているようだった。ええっと、と視線を移すが、どのポーションにも何も説明は書かれていない。


「赤いのは怪我用だからまだ余ってるし、青いのは魔力回復用だからまるっと残ってたな」

「欲しいのは体力と体内回復用の緑の……わ、すごい質がいいやつだよ、これ」


 じっと一本を取って見つめるが、凝縮されたそれは濁りもなく、それが薄められたせいではないとわかる透度で、随分と効果が高そうに見える。むしろこんなところに並んでいてはいけないような、鍵付きショーケースでも欲しい品だ。


「これは……昨日の報酬を支払っても足りるような品じゃないかも」

「だな。ん、こっちのは大丈夫そうだ。っていってもすごいな、沈殿物なし。かなりの腕前の薬師の品だろな、これ。師匠がべた褒めしてたわけだ。この街で買ったんだな」

 ユウと今の資金、というより予算で買えそうな品を選び、今度は棚に入った解毒剤の類を見る。こちらはきちんと商品名が書かれており、予算から魔物の毒の効果を消すものと、気付けの薬を選んでカウンターに並べた。


「これを。それと、ここにある上級ポーションは並べていて大丈夫なんですか?」

「ふん。エリックの坊主が勝手にここを紹介したって言うから並べたのさ。まぁいい、お前ら、ルイードとアーリアンナの弟子だね」

「……は、え? なんでわかるんですか」

 珍しくユウまで目を見開き固まって、二人で唖然と店のおばあさんを見つめる。


「ふん、世界は案外狭いようだね。あのうるさい男が弟子が出来たと騒がしかったのさ。ほれ、銀貨五枚だ、さっさと持っていきな、今日はもう店仕舞いだよ」

「あ、はい」


 慌てたユウが銀貨を渡し、受け取るなりさっさと帰れと追い出され。唖然としている間に扉が閉まる直前。


「また来な」


 初めての薬購入はあっけなく終了し、ツンデレ……? と呟くユウの言葉がやけに頭に残ったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る