10.最初の街ドルニグ―6
「悲鳴? 一、二、……八か。多いな、イノシシ」
こちらに向かって来るホーンボアは、大きさこそ私の腰までの高さと、隠れ家の森の生き物に比べればそう大きいものではない。が、角を持って八頭が揃って直進していればそれなりに圧巻な光景だ。
その少し前を、弓を持つ女性が恐らくスキルで速度上昇しつつ駆けている。他の人間の姿は見えないが、必死に猪から逃げる女性が朝私たちに声をかけてきたあの背の高い男の仲間の弓使いであるから、あのパーティーが受けた依頼対象のホーンボアで間違いないだろう。
「黒ランクのっ、こ、こいつらをっ」
あちらも私たちに気づいたのだろう。必死に逃げる彼女は矢をつがえる余裕すらないようで、がむしゃらに走っているようだ。
露出度が随分高い防具だと思ってはいたが、やはりむき出しの脇腹や二の腕に傷を作り、顔にまで擦り傷があるようだ。ホーンボアは角はあるものの魔力を持たず、魔物の定義からは外れた、野生動物である。そんな猪につけられたとは思えない打撲のない切り傷といった様子の怪我に、ユウと視線を合わせて訝しむ。
ひとまずこのままでは猪の餌食だ。荷車を寄せ、杖を手にとる。獲物の横取りはマナー違反だが、さすがにこの状況ならば問題ないだろう。
いよいよ前に出たユウのそばまでやってきた時、女は大きく横に跳び、さらには転がって猪の進行方向から離れていく。これで猪の前にいるのは私とユウのみ、そしてそいつらはそう簡単には進行方向を変えられない。完全に擦り付けられたと気づいて、ユウも私も同時にため息を吐いた。
ユウは一度姿勢を低くし、力強く地面を蹴った。先頭を走る猪を抜刀し斬りつけ、風の魔力を纏わせた足で横に跳び、二頭目も切り伏せる。一頭目は左の顎の下から右耳の後ろまで、じわりと赤い線が入ったかと思うとずるりと断面が移動して、足の運びがもつれ後続のホーンボアが止まれず角を突き刺し止まり、さらに衝突を繰り返して計四頭が地面に転がる。これで半分。
「ミナ!」
「はい! 『鈍足』!」
ユウの視線から向かって右を走る猪二頭を引き受け、術を発動。放つのはテイマーのスキル、敵対する動物に魔力で干渉し妨害をする術だ。
それで右側に位置する二頭の足を鈍らせ、ユウはすぐさま残りの左の二頭に向かって跳躍し、刀を振り上げる。
「『炎よ宿れ』! いい感じに焼けろよ!」
ドッと振り下ろされた刀から炎が舞い上がり、頭からまともに喰らったホーンボアはそのまま首を落とされ、肉が焼かれる。振り下ろされた刀はすぐ首を切断した為にユウはその場から飛び退いたが、残りの一頭が迫る。返す刀も間に合わず角が突き刺さるか、と思いきやユウは首を落としたホーンボアの頭を蹴り飛ばして進路を妨害し、その一瞬の隙をついて軽々と腕を振ったユウはそのまま顔側面から刃を頭蓋骨まで叩きつけ、鈍く砕ける音と共にもう一頭もまた倒れた。
ユウの攻撃は、それだけではない。
「ミナ! 『切り刻め、風の刃』」
切り飛ばすとほぼ同時に左手を突き出し放った風の魔法が、鈍足で動きを鈍らせたものの鋭い角を私に向け迫ろうとしていた一頭を襲う。全身から血を噴き出して、絶命する。さすがだ。これで動いているのは鈍足状態の残り一、だがしかし私もただそれが迫るのを待っていたわけではない。
『身体強化』
とん、と地面を蹴り、速度を上げて猪へとこちらから距離を詰め、体を捻って杖を体の後ろに構え……振り抜く!
アリア師匠直伝の杖のフルスイングは見事、ホーンボアの横っ腹に吸い込まれるような殴打となり……その身体を、数メートル後ろに吹っ飛ばした。
そのまま右足で地面を蹴って、跳ぶ。最初の一頭に後ろからぶつかって転倒していただけの残り二頭の頭に杖を振り回して叩き落し、着地。周囲を見回し、ついでと言わんばかりにシカを二頭仕留めていたユウと視線を合わせ、ほっと息を吐く。
「戦闘終了ー!」
「まったく、よく杖が折れないもんだ。師匠にそっくりだな……」
「ユウ、おつかれさま! ユウも剣の方の師匠にそっくりだけどね」
「それは嬉しいかも。そっちもおつかれ」
ん、とユウの後ろを見ると、刀で斬られたホーンボアやシカの断面はまだじゅうじゅうと焼けている。相変わらずのとんでもない切れ味に苦笑した。ユウに剣の稽古をつけていたルイードさんは大剣使いだが、動きの違う刀を使うユウもどこかルイードさんを思わせる動きがあるのは、やはり師弟の間で何か共通するものがあるせいなのだろう。
ちなみに杖が折れないことには理由があるのだが、それはまぁ私と師匠の秘密である。
チィチィと鳴いて勝利を喜んでいるらしいルリの声に和むが、……問題はまだ解決していない。
「あ、あなたたち、黒よね……?」
猪突猛進、そんなホーンボアをこちらに擦り付けるように横に逃げた弓使いの女性。どこか怯えるように周囲を見回したあと、ユウと視線が合った瞬間、女性はぱぁっと救いを見たかのように表情を輝かせた。
「す、すごいわ。さすが魔法剣士。名前はなんと言ったかしら? ね、ねぇ。良ければ街に戻るまで、私も力を貸すわ。こんなひどい戦闘があったあとだもの、帰りは不安でしょう? その荷車に猪の角を乗せてくれれば、こちらの依頼もあなたたちと討伐したことにして完了するよう掛け合ってあげる」
「え……」
言われた内容を一瞬飲み込めず疑問を返し、じわり、と嫌な予感に背筋が冷える。ユウも表情を険しくしたまま、ゆっくりと、口を開いた。
「……お前、仲間はどうしたんだ?」
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