9.最初の街ドルニグ―5


 ガラガラと音を立てながら、石交じりの土の道を歩く。音を立てているのはユウの引く荷車だ。


「これ、邪魔だな……」

「っていっても、異空間収納の魔道具はランクがもう少し上がるまで隠すんでしょう?」

「その方がいいかなと思ったんだけど、こんなもの持ち歩くなんてな。魔物に見つけてください身動きとりにくい餌ですよーって言ってるようなもんだな」


 私たちは異空間収納のグリモワールと指輪を隠す目的で、依頼の品を運ぶ為に他の同ランク冒険者と同じように荷車を借りたのだ。複数人で依頼をこなす際など多めになりがちな採取物や素材を持ち帰る為によく使用されるらしく、荷車は門付近に貸し出し屋が用意されていたのである。

 一人で運べる程度である為そう大きなものではないが、車輪の上には箱型の荷物入れがついており、既にそこにはいくつかスライムの核が入れられ、転がって軽い音を立てている。今度は転がらないよう布を用意したほうがいいかもしれない。

 初めのうちは面白かったのかルリも箱に乗っていたが、どうやらすぐ飽きたようで、今は定位置である私の肩でチッチと歌っている。


 異空間収納は、容量がそこまでのものでなければ、青……ランクDあたりでもちらほら持っている人はいるそうだ。中の時間経過がほとんど現実と変わらないようなものであるそうだが、たとえ武器しか収納できない容量であっても便利であることには違いない。

 魔道具である防具のおかげで気温の影響をあまり受けないのが幸いしたのだろう、やがて太陽がぎらぎらと鬱陶しいくらい周囲を照らすようになったが、ユウも私も汗一つかくことなく気合十分のまま目的地周辺に向かっていた。

 まずはスライムが多く集まっていた場所にある露の草の採集。ついでにスライムも最低十は核を集め、街に戻る前に道をずらして、街の南東にある小さな林でマンドラゴラ採集とシカ探しだ。


「お、あれか」

「わぁ、スライム今日も一杯いるね! よしルリ、お願い! 『防御上昇』『盾』『加速』『加速』突撃!」

「チチィッ」

「いきなりだな……」

 杖を振り下ろすとご機嫌に鳴いたルリが、弾丸のようにスライムに突撃していく。

 ゼリーのような外見でぷるぷると身体を震わせ、太陽の光を反射しているスライムがぴょんと跳ねて着地した瞬間だった。ドヒュ、と音がして草が舞い散り、私が地面を蹴ってルリの後を追って飛び込めば、どろりと体液を地面にしみこませ潰れたスライムの核が落ちていた。一撃だ。


 ルリに今かけたスキルは、付与術士としてのものではなく、テイマーとしてのスキルだ。付与術士のスキルで同じような効果のものを付与するのならもう少し効果が高くなるが、その分効果時間が短くなる。対しテイマーのスキルは発動が早く、効果時間が長いのが特徴だと言える。

 ひゅん、ひゅん、と動き回っていたルリが、満足げに私の所に戻ってくる。そこにぴょこりとまたスライムが現れてルリがやる気を出したが、それは止めた。あくまでルリは小鳥であり、私は私の武器とするつもりはなかったのだ。

 いくらスキルがあろうと元は小鳥。無理をさせるとすぐ疲れ切ってしまうのである。

 役に立てるとルリがやりたがるので一日一度だけの修行。現れた一匹は、ユウがあっさりと刀で切り捨てた。全部で八匹だ。


「えーっと、『清浄の水』っと」

 清浄の水は、私が前の世界で多用していた魔法だ。ばしゃん、と集めたスライムの核と私たちの手の上に降り注いだ水は、べっとりと張り付いた体液を全て落とし、きれいな状態で太陽の光を反射する。そう、浴びたものの汚れなどを落とす効果のある水だ。

 とても便利なので旅に出る前になんとか使えるようになろうと必死になって覚えたのである。野営などでお風呂にあまり入れない私たちはこれを多用している。


 だがなんと、この世界の人はこの魔法を知らなかったようなのだ。冒険者ランク白銀である魔法使いのアリア師匠も驚いていた上に、試しててはみたものの制御が難しいと肩を落としていた。土汚れは落とせても血液は落とせなかったり、ただのゾンビ完全浄化魔法になったりと、調整がひどく難しいらしい。

 この世界の魔法は書物でも確認していたが、少しばかり私がいた世界より発動までが簡略化されており、その分威力が低いように思う。魔法陣自体も意味がある配列がどこかしら崩れ、魔力の流れが違う。そう、それこそ文字のように、ほぼ同じなのに微妙に違うのだ。

 使いやすい分威力が落ちる。その為、同じ魔法でも複雑な方を理解し発動までの流れを組める私の魔法の威力は高く、なんとか以前と同じように即時発動できるようになったのである。……といっても、制御しようと思うと水の量は段違いで今の方が少ないが。

 こうして威力の違いを見ると、以前の……二つ前の命の『私』は、世界の命運をかけた勇者パーティーにいるだけの力があったのだろうと感じる。

 今更だが。


「ほんと便利だよなぁ、それ」

「付与術と属性魔法の応用だから、今は然程難しくないんだけど……」

「最初の頃は大変だったな、部屋の中洪水で」

「ご、ごめん」

 一回目の『私』は、魔術師として魔族と戦っていた。あの世界は今の占術士のような存在はなく、適正職業なんて知らなかったので、私が一人で全ての魔法も付与術も行っていたのだ。この世界でも、適正でなければ絶対身につかないわけではない。前は付与術はあまり得意ではなかったのだが、魔術は魔術師の弱点である打たれ弱さを克服できるほど得意であった。恐らく以前の私は根っからの魔術師であったのだろう。

 今の私は適性が付与術士であるとはっきりしている。その為、きれいにする、浄化するなどの効果を持たせるのは簡単だったが、水を生み出すまで苦労し、一度魔力を使いすぎておじいさまの隠れ家の一室を水浸しにしたことがあった。きれいにはなったが、荒すぎる掃除である。書庫じゃなくてよかった。


「今ので道中のと合わせてスライムは完了だな。露の草はこれか」

「うん、ええっと、土から指の太さ一本分くらい上のところで切り落として持ち帰る、だね」

「簡単だな。ほら」

 渡された持ち手も金属でできたハサミを使いながら、茎の細い、青く小さな花を咲かせる露の草を指示された場所で切り取っていく。依頼は十本一束で五束、大銅貨一枚だった筈だ。

 十本ずつ用意していた紐で軽く束ね、念の為湿らせた布に切り口を当ててまとめておく。太陽が昇り切った辺りで予定していた本数を集め終わり、さて、と私たちは草原に腰を下ろす。ユウは異空間収納の指輪から、パンにウインナーを挟んだものを取り出した。

「昼にしよう。水筒の中身は大丈夫か?」

「うん。美味しそう」

 冒険者ギルドのそばにあった、いかにもこれから出かける冒険者用にと軽食を売っている露店で購入したものだ。

 まだどの店が美味しいかなどの情報がない為目についた店で購入したが、見た目の割りに高いとユウはやや不服そうだった。ホットドッグのようなものだが、パンに挟まっているのはウインナーとケチャップらしきものに刻んだタマネギを混ぜたソースのみで、なんだか少し物足りない。それでも口に含めば、ウインナーがパリッと音を立てて破れ、じゅわりと肉汁が零れ落ち、口いっぱいにシャキシャキしたソースの酸味と肉と香辛料の香りが広がった。肉汁がしみ込んだパンがあとに続き美味しい。

 小麦を使ったパンだから日持ちはしないのだろうが、香りと柔らかさも良く私的には十分満足だ。ほのかにバターの香りがするパンが自慢の店なのかもしれない。


「やっぱ足りないな」

「ユウは二つ買う? お店の人も男性客はソース違いで二種類買う人多いって言ってたよね」

「いや、この大きさ一つで銅貨五枚だぞ? ある程度稼いだら一日休みにして、街中で良さそうな店を探した方がいいかもしれないな」

「自炊……は自信ないけど、家を買うにしても借りるにしてもあの街に住みつく予定はないんだよね? 現状だと高くても買わないと……あ、指輪の中に街に来る前に取った木の実があるでしょう? 悪くなっちゃうから、食べて」

「……ありがとな」


 ちなみにルリは私がウエストポーチにいれているルリ用に採った木の実をつついている。もともと集落にいた頃、私の採った木の実を目当てにやってきたのを切っ掛けに、ルリとは仲良くなったのだ。ルリは木の実が好物である。持ち歩きにくい虫じゃなくてよかったぁ。


 他にも私もウエストポーチにいくつか、小分けにしたポーションや包帯などは用意してある。異空間収納にもあるといえど、人前で使うようなことがないよう備えは大切だ。

 あとは素材を剥ぐ時に使うようなナイフ、それと果実などの食事用に小さなナイフを用意しているが、人がいなければそれも今ではほとんど魔法で済ませるようになったのは、私やユウの魔力量が多い為だろう。

 森を出る前に採ったこぶし大の果実を二つほど食べきったユウは、上手い、と満足げに笑い、さて、と私が食べ終わったタイミングで荷車を引く。

 その後をのんびりとついて歩きながら、平和だなぁと呟いた。師匠との森での修行のほうが辛かったのだ。


「ま、ランク上がるまではのんびりだな。黒は二十回完了したらいいんだったか」

「うん。その次も確か二十回だけど、討伐十五回以上、内魔物十回以上だったかな」

「ランク的にはゴブリンか。巣があれば早いんだろうけど」

「巣はさらに一個上のランクの扱いだったね、規模によってはもっと上だし。揃ってると結構手ごわいからかな?」


 あれこれと今後のことを話しながら、分かれ道で林の方へと向かう為に少し石が荒い道へと入る。ガタン、ガラン、と荷車が音を立て、壊れそうで怖いなとユウが眉を寄せた。

 一時間程歩いてたどり着いた、目的の場所。だが突如肌が粟立ち、見え始めた林と、周囲を見回して、少しだけ警戒に杖を握る力を強くする。


「どうした?」

「んん……少し変な気配があったような気がしたんだけど、よくわからなくて」

「……警戒は解くなよ。シカは今日中ってわけじゃなかったし、さっさと終わらせるか。最悪の場合グリモワールを惜しむなよ? 生きる、が最優先だ」


 荷車を引くスピードを押さえることで音を減らし、警戒したままゆっくりと進む。目的の林に入り込み、こんなところにマンドラゴラがいるのかと首を捻るユウに周囲の警戒を任せて、そっと地面に触れる。

 土には確かに魔力が含まれているが、マンドラゴラが育つには少したりないか。一応半径二十メートル程ではあるが、探している植物や動物を探すスキルを展開。……いない。


「もう少し奥に」

「了解」

 そこからまた四十メートル程進んだところで展開、移動、展開と繰り返し、十分ほど歩いたところで、あ、と声を上げる。反応ありだ。


「こっちの方かも、道からずれるから気を付けてね」

「了解っと。あ、これも食えるな」

 ひょい、と跳躍して真っ白な果実を数個手に入れたユウがそれを指輪に収納し、歩きながら何度かそれを繰り返していく。少しすると道から若干離れた位置に、美し葉脈を持ち、ひょろりと長い葉を茂らせた、他の植物よりも瑞々しい緑を持つ一帯を見つけて、あった、と笑みを浮かべる。


「それじゃ、頼む」

「任せて! 『失いしは嘆きの音。沈黙』!」

 ひゅ、と杖を振って詠唱すれば、目の前にあったいくつかの葉が風もないのに魔力で揺らぐ。さて、と効果範囲の葉をおもむろに鷲掴み、躊躇なくそれを引き抜いた。ユウも効果範囲を見ていたのだろう、問題ない葉を次々に引き抜き、まるで人の姿のような、気味の悪い太い根を持つマンドラゴラをさくさくと荷車に乗せていった。

 マンドラゴラ。魔力を含んだ土の中でしか生きることができず、一度でも外に引き抜かれると断末魔のような絶叫を上げる植物だ。

 その断末魔は耳を壊す。魔力を含み聴覚を狙った一種の術であり、稀にではあるが抵抗力がなければその断末魔を聞いて死に至ることもある恐ろしい植物である。


 とはいえ、土から引き抜いた瞬間さえ叫ばせなければ、あとは一瞬でただの根となりそのままだ。それを利用して付与術士は状態異常の沈黙を付与し、叫びの術を使わせないことで安全に収穫できるのである。

 時間経過で沈黙効果は切れるが、その時にはもう土の外だ。薬の材料になるようで需要は高く、付与術士がいれば楽に集められるものの、一つで大銅貨一枚である。なかなかにおいしい依頼だ。


 ちなみに他の採取方法は風の魔法で悲鳴を吹き飛ばすか、取る際に水球に閉じ込めるなどがある。が、大変制御が難しく、風に至ってはある程度煩いのは覚悟の上ということで、採った後しばらく耳鳴りと痛みに苦しむ羽目になるそうだ。おすすめはしない。

 そこで、チチィ、と小さく鳴いて飛び立っていたルリが戻る。テイムしている動物は基本的には余程動物側の魔力が強くなければ話せないが、恩恵スキルでもある『共有』で、ある程度であれば話したいことが理解できる……の、だが。

「ユウ、近くに人がいるよ。まだ聞こえないけど、何かと戦ってるみたい。もしかしてシカが出たのかな?」

「マジか。取り合いは面倒だし、違うにしても会って絡まれてもな。さっさと戻るとするか……マンドラゴラ、十くらいでいいか? 助かったよ」

「すぐ見つけられてラッキーだったね。……ん?」

「チチッ」

 マンドラゴラが生息していた為に気づかなかったが、明らかに気配が似ているものの異質な、マンドラゴラよりよほど立派な葉が、視界の端で風に揺れた。

 何故か気になり、数歩近づいてじっと見つめる。動かない。見覚えがある植物かと考えるが、何かが違う。葉脈を流れる魔力が、やけに濃く、美しい。


「ミナ?」

「ユウ。これ、なんか……」

 そこで言葉を区切り、もう一度、ひたすら見つめる。そしておもむろに手を出すと、ユウが訝し気に隣に並んだ。

「マンドラゴラ……ではないな、抜くのか?」

「ううん。ただ……うん、駄目だ。ユウ、急いで離れよう。ここたぶん、アルラウネの縄張りだ。師匠と森で見つけたことあるの」

「あるらうね……ああ、人を食う花か、いろんな意味で」

「いろんなって……まぁ、うん。確かアリア師匠が、アルラウネは自身の葉を分けて植えて縄張りを決めるって言ってたから。これきっとそうだと思うよ、抜いたりしたら気づかれる」


 アルラウネは人にも似た花の姿をした植物系の魔物であり、人間の、特に男が好物という、ちょっと困った生き物だ。

 討伐ランクは緑、今の私たちの三つ上のEランクである筈だが、ここは街のすぐそばの林である。先程も人の気配があったことだし、低ランク冒険者も多い筈だ。きっと、いるのはおかしい。

 討伐の依頼が出ているのなら相応ランクの冒険者が派遣されてくるだろうが、この林に不慣れ、というより圧倒的に情報不足の私たちは魔物の傾向や林の特徴も知らない。下手に刺激せず、大至急引き返してこのことを伝えたほうがいいだろう。幸い周辺にアルラウネのような強い魔物の気配はない。


「よし、シカは後回しにして戻ろう。ミナ、問題ないか?」

「大丈夫だよ」


 笑みを返し、歩き出す。幸い林に入って十分と少し歩いただけの浅いところなので、抜けるのはすぐだった。

 木々の合間から草原に足を踏み出し、太陽の位置を確認して夕方前には街に戻れるだろうと少し足を進めたところで、ぞわりと感じた気配に後ろを振り返った。

 ……なんか来るなぁ……。


「……まずいな。ミナ、アルラウネ……ではないよな?」

「うん、わ、これもしかして」

「……イノシシだな」


 はぁ、とため息を吐いたユウと、今から走っても荷車があると逃げ切れないと判断して、荷車を引っ張って道の端に寄る。やがてドドドド、と響く音がだんだん近づいて来て、刀を掴んだユウが、「あ、ラッキーだ」と口角を上げた。どうやら、大暴れしているイノシシに驚いてシカまで林から逃げ出してきたらしい。


「わぁ、シカとイノシシの大盤振る舞い」

「イノシシは俺たち依頼受けてないけどな。……角あるし」


 なんだか聞き覚えのある話である。そこで、助けて! と誰かの叫び声が聞こえたのだった。


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