8.最初の街ドルニグ―4
「さて、行くか!」
朝から太陽が眩しい。
昨日の心配はなんだったのかというくらい久しぶりのベッドでぐっすり眠った私たちは、朝寝ぼけ眼でお互いを認識して苦笑いし、それでも今日からとうとう冒険者だと身支度を整え、宿の朝食を食べて気合を入れた。
メニューはライ麦パンを薄くスライスしたものにチーズをのせて炙ったもの、芋の入ったスープに、果物が少し。ユウは少し物足りなさそうにしていたが、私には多くて、パンを少し食べて貰った。もう少し食べれるようになれ、とは言われるが、こればかりは生まれ育った環境のせいもあるのだと思う。集落では一日の食事が自分で摘んだ木の実を少し、ということも多かったのだ。
「昨日見た感じ、私たちのランクだとほとんど採集か野生動物の狩猟、街中のお手伝いだったよね? 報酬は採ってきたものの買い取りがほとんど……って、初心者の練習みたいな」
「そうだな。一個上のランクも自信があればやっていいって言われたけど、スライム退治とゴブリン退治が多かったなぁ。報酬一人大銅貨一枚前後か」
はやいとこそこそこのランクに上がらないと旅代稼げないな、と顎に手を当てて考えているユウは、一応今持っている新人に見合わぬ素材の売値を生活費に充てることは考えずにいるようだった。
であれば、私たちは早いうちに一日の稼ぎが宿代である大銅貨五枚以上にならないといけないだろう。もちろん、素材自体は私たちが用意したものに変わりないので、どうしても売る必要があるときは売るつもりのようだが。
今日はちゃんと杖を持っての出発である。今は杖の先にルリが止まり、機嫌良さそうに揺られていた。ルリの持つ青い羽は太陽の光でまるで宝石のようにきらきらしていて、じっとそれを見つめていると気づいたらしいルリがつぶらな瞳をこちらに向け、ぱたぱたと飛んでフード付きケープを被る私の頭の上に止まったようだ。
「相変わらず仲いいな、羨ましい」
「ユウは動物が好きなの?」
「まぁ。といっても俺は狩る側だから好かれないだろうけど」
「チュチィ?」
まるで、そんなことないよと言わんばかりに私の頭からルリがユウの肩に乗る。随分ほのぼのした朝に笑みが浮かんだところで、一瞬で肩が強張った。
「ユウ」
「ん?」
「なんか見られてる」
「は? ……ああ、そうだな。冒険者の新参者が珍しい……か? いないわけじゃないんだろうけどな」
「今日は吹っ飛ばせるよ!」
ぐっと杖を握りしめれば、それが強がりであることに気が付いたらしいユウが苦笑し、頭の上に手が乗ったのだった。
まだ朝早い時間とあって、これから依頼に出かけようという冒険者が多かったのだろう。昨日とは比べ物にならない程混みあったギルド内に入り、ちらちらと視線を向けられながら、残っている依頼を見ていく。
同じ場所に数枚紙が重なっているものは、複数パーティーに同じ依頼を募集しているものであるらしい。といっても他の人と組むつもりのない私たちには関係なく、修行にもなりそうな他の依頼を探す。
私たちの胸にはギルドに入ってから取り付けた黒い石のバッジがあり、それを確認しては嘲笑ったり、興味深そうな視線を送って来たり、といった冒険者も少なからずいるのだが、私はともかくとしてユウはその視線をあまり気にしてはいないようだ。
「これとかどうだ? 得意だろ?」
「上のランクの採集? ああ、マンドラゴラか、大丈夫だよ」
「あとこれ」
「ハモモの実は、駄目かな。生えてる場所がここから歩いて一日かかるよ」
「それはちょっと面倒か、ならこっちは?」
「露の草? ……ああ、街のそばに生えてる場所あったかも、スライムいっぱいいたところ」
ならスライムもだな、と次々に依頼の紙を手に持ち報酬を計算しているユウの隣で、紙の上下に黒いラインの引かれた、私たちのランクにあった依頼を覗いていく。
その中で黒いラインが一本ではなく上下二本ずつ引かれたものを見つけて、何が違うのかと読み進める。街の外にいるシカの狩猟任務だ。パーティー推奨とあるから、ラインが二本なのはその為だろう。
「それもやるか? 一応、マンドラゴラさえあればひとつ大銅貨一枚だから結構いけると思うけど」
「うーん……シカの血抜きがなぁ」
「ミナの魔法使えばすぐだろうに。まぁ、確かにあまり気分がいい光景じゃないけどな」
「おいおい。お前ら、金が欲しいのかランクを上げたいのか知らないが、あんまり欲張ると死ぬぜ?」
突如割り込んできた声。いや、すぐそばにいた冒険者であるのはわかっていたのだが、明らかに私たちに向けられたその声に顔を上げると、背の高い剣を担いだ男が、私たちを見下ろしていた。強張る体に力を入れて踏みとどまり、視線を落とす。男の後ろには、すらりとした体をローブに包み、大きな杖を持った女性と、弓と矢筒を背負う……少々露出の多い防具に身を包むスタイル抜群の女性がいた。
女性二人は茶色の石のバッジなので恐らくランクは一つ上、男性は黄色なので二つ上だろう。
「新入りか? 悪いことは言わねぇから黒の採集か街の手伝いだけにしとけ。採集だけにしても、魔物や凶暴な動物に遭遇しないってわけじゃないんだから」
「そうね。見たところ剣士とテイマーでしょう? せめてテイマーが……もう少し、強い生き物をテイムできるまでは無理しないほうがいいわ」
弓を持つ女性が言い淀む様子を見るに、やはりテイマーはあまり冒険者向きとは思われていないらしい。
呆れや若干の嘲笑といったものは感じるが、特に強い悪意を持って話しかけてきたわけではない三人に、どうしたものかと手に持つ依頼に視線を落とし悩む。と、それを覗き込んだローブの魔法使いらしい女性もまた、小さなため息交じりに口を開く。
「マンドラゴラも……風や水魔法が得意な魔法使いか、弱体化させられる付与術士がいないのなら、やめておきなさい」
「それは大丈夫だ、こっちはマンドラゴラの採集は得意だからな」
ぽん、とユウの手が肩に乗る。そう、と特に何か言うでもなく頷いた女性はそのまま私たちから視線を外し、少しして剣を持つ男性に一枚の依頼書を指した。茶色のラインが二本引かれた依頼書だ。ホーンボアの討伐か、と男が呟く。
……角を持って猪突猛進って随分恐ろしいな、だからこそ黒ランク任務ではないのだろうけど。
「まぁ、新入りが張り切り過ぎてもいいことはないぜ、よく考えな」
忠告してくれただけらしい男性たちは、ホーンボアの依頼書を手に受付に行く。それを視線で追っていたのは私だけで、どうやら手に取った依頼の場所を確認することに集中していたらしいユウは全ての依頼がそう離れていない場所にあることを確認していたらしい。結局シカの依頼も受けることにしたようで、四枚の依頼書を手に受付へと歩き出した。
カウンターはいくつかあるが、それはたまたま先ほどの三人パーティーの並ぶ列の隣であった。
私たちに気づくと手元を見て呆れたようにため息を吐いた男性が、痛い目見なきゃわからんタイプか、と頭をかき、仲間の女性たちに肩を竦めて見せている。……うーん、やっぱりランクははやいうちに上げないと、無理をしているわけではないが目立つようだ。
こちらとしては別に無理をしているつもりはない。なにせ、白ランク……冒険者ランクBが推奨とされるアンデッド、黒狼ゾンビの群れがおじいさまたちの家のそばに出没したときも、討伐したのは私とユウの二人である。
個人的に狼のテイムには挑戦してみたいところであったが、さすがにアンデッドはお呼びではない。もう二度とお会いしたくない見た目と匂いをしていたし、倒しにくいくせにまったく儲けのない素材しかなかったが、それでも現れれば脅威とされる魔物だ。
あの時はユウも多少苦戦していたようだが問題なく討伐できたことだし、私自身もユウには劣るが怪我無く対応はできていた。なにせ攻撃に関しては稽古中の師匠たちのほうがよほど怖いのである。
驕るつもりはないが、シカやスライムではむしろ自信がないと言うほうが問題だ。油断するつもりも警戒を怠るつもりもないが、初日だろうとこれくらいはこなさなければ修行をつけてくれた師匠にも申し訳ない。というか単純に稼ぎが少なすぎる。
受付の女性は、大きく胸の開いた制服らしい衣装を着こなした、随分と色気のある女性だった。
私たちの持つ依頼を見てやや驚いた表情を浮かべたが、すぐ意味ありげにほほ笑むと、ふふ、とユウを見て目を細める。
「確かに昨日の様子なら、これくらい平気でしょうね」
期待してるわ、と流し目を送る受付の女性は、積極的にユウに話しかけている。名前はナタリアさんらしい。言葉や視線が全てユウに向けられていて、ギルドカードを求める段階で漸く、妹ちゃんもよろしくね、と笑みを向けられたが……妹じゃない、と言う隙もなくユウのギルドカードに記載された「魔法剣士」に反応したようで、あら珍しい、すごいわと褒めまくっていた。
私に関しては、「二職……といっても片方テイマーなのね」とそれで終わりだが、込められた意味はわかりやすいだろう。
……これは、やっぱりまずいのでは?
このままじゃユウといると女性の恨みをかいそうだ。いやでも、そのせでユウと離れるのかと言われれば、それもどうなのかと考える。仲間に「あんたがモテそうだから離れたい」っていうのもどうかと思うし……いや、どうかと思うレベルじゃなく、私ならそれが事実かどうか関係なくつらい。
だけど、未練だとかそんなつもりなんて一切なかったのに『勇者』は私が妬んで治癒師を殺したと思っていたようだったし、それを信じて『弓使い』は『私』を殺した。どちらも幼馴染だったのに、だ。……とそこまで考えてしまい眉を寄せると、おい、と近くで声がする。目の前に、深い海の色がある。
「わっ」
「わ、じゃない。また勝手に落ち込んでるな? ほら、行くぞ」
返却されたギルドカードを持ち歩き出すユウに慌ててついていく。
後ろに並んでいた男性がユウを見て舌打ちをしていたが、やはりあの受付の女性は人気なのだろう、多くの男性が受付を見つめては表情を崩した。
いや、彼女だけではなくカウンターに並んだ受付の女性は多かれ少なかれ視線を集めており、美女美少女揃いなのだろう。
ぺたりと胸に手を当ててみるが、ないわけではないが大きくもない。いや、これでも栄養が取れずがりがりだった一年前に比べればあるほうだと思うのだが、これが幼く見られる原因だろうか。ユウと私は、誕生日すら一緒の同い年なんだが。
「ねぇユウ、そんなに私妹っぽい?」
「……似てないと思うけどな。まぁ、昨日の奴らが妹ちゃん妹ちゃんってうるさかったから勘違いしてるんだろ。ほっとけ、どうせ関係ないやつらだし」
「……あれ程アピールされておいて関係ないって言いきっちゃうのかぁ」
「関係はないだろ……しいていうなら冒険者とギルドの受付嬢って関係だろうが、感じ悪かったぞ、あの受付嬢」
嫌そうな顔をするユウは、集落にやってきた頃とはどこか空気が違う気がする。その感覚は少しばかり私が共感できるもので……恐らく、一度死んだあの事件で人を嫌悪するようになったのは、ユウも同じなのかもしれないと思わせた。
何にせよ初めての冒険者活動を前に、私たちは気を取り直して街の門へと向かったのである。
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