7.最初の街ドルニグ―3


「ま、弱っちい癖に逃げ足が速くて毛皮は高い、探すのはきついが見つけられたらだーい逆転の獲物がいてラッキーだったなぁ? さて、情報量に酒でも奢ってもらうか」

「……情報量?」

「教えてやっただろ、ブラックラビットは見つけられたら稼げるいい獲物だー、ってな!」

「はぁ?」


 ユウが思わず呆れた様子で声をあげる。そこでふと、男たちの胸にあるバッジが、緑色の石であることに気づく。ええっと、つまり、Eランク、か?

 すごいんだろうか、と首を傾げつつ考えていると、右側から近づく気配にタン、と床を蹴り、左後方に下がる。視線を動かせばそこに、は? と間抜けな様子で、私を掴もうとしたらしい手を何もない場所で泳がせる冒険者の男がいた。三人組のうちの一人が入り口に留まったままだったのは気づいていたが、どうやら挟み撃ちにでもしようとしていたらしい。何してんだ逃がすなよと仲間の男たちが不満そうな声をあげた。

 ユウがちらりと、その場を動くことなく私に視線を向ける。そんな様子が気に入らなかったのか、この野郎と、逃げたのは私なのになぜかユウに視線を向けた男が怒りに顔を染めた。


「チチィッ」


 肩に止まっていたルリが、ぱたぱたと私の周囲を一回りし、肩に戻る。私が男を避けた際に空中に逃げたのだが、特に驚いた様子もなく機嫌よく戻ったルリを見た男たちが、次の瞬間わっと笑い声をあげた。


「おまっ、妹ちゃん、テイマーかよ! はは、役立たずの代名詞! お守りも大変だなぁ!」

「えっ」

「は……?」


 役立たず、と言われたことに一瞬身体が強張ったが、意味が分からず首を捻る。それはユウも同じだったようで怪訝な表情を浮かべると、なんだ知らないのか、と男たちの中でもよく喋る男が、笑いながら己の太ももを叩き、口を開いた。


「鳥だ、猫だ、犬だなんて連れてったところで、御伽噺じゃないんだから魔物に勝てるわけないだろ? 魔物をテイムするにもまともに戦闘で使うには主人の魔力が必要なんだ、余程じゃないと使い物になりゃしねぇ!」

「召喚士のほうがまだマシだ! テイマーなんぞ魔法使いに比べて魔力の上がりも遅くて少ない上に、戦いに慣れて強くなるまでおんぶに抱っこの寄生職だろ? はは、やっぱ妹ちゃんは、俺らが有効活用してやるぜ?」


 ぴくり、とユウの指先が動くのが見える。だが特に何も言わず、ただユウは、心配そうな表情を一瞬こちらに見せる。私が怖がっていないか心配したのだろう。だがむしろ、私が今感じているのは悲しみや怒りではなく、呆れだ。


 テイマーは確かに強くなるのが難しいとされる職であるようだし、出会う生き物どれでも仲良くなれるわけではない。それは師匠たちにも聞いていたし、ユウもそうだと言っていた。当然気が合うかどうか、互いの希望なども存在し、一緒に行動してくれても、戦ってくれるかどうかは別であったりと難しいのだ。

 テイマーの強さは、確かに直接的な攻撃力ではない。だが少なからず魔力を術として扱える職であり、偵察力や索敵力、敵対魔物の行動妨害など、サポートに関してはなかなかだ。特に森や草原では、同じく偵察に長けたシーフや暗殺者よりも能力が上である。私が森で魔物の気配に敏いのもこのためであり、テイマーであるならテイマーの強みを活かすべきだ。……強さが欲しい人には向かないが、それでも馬鹿にされる職ではない。彼らが言うのは、プロの料理人に包丁を作らせようとして、これくらいもできないのかと笑っているようなものである。

 事実私も今一緒にいるのは小鳥のルリだけなのだが……私はもう一つ、付与術士の適正もある。テイマーと非常に相性がいいこの職であれば、別におんぶに抱っこの必要はない。それは私たまたま二職持ちであったから可能な戦闘方法だが、そうでなくとも集落で無意識のうちに森がテイマーとしての修行場になっていたことが幸いし、テイマーとしてだけでもある程度戦闘力がある。ここに来るまでも、ユウと冒険する為にいろいろ危険な修業にも挑んだのだ。


 もうさっさと立ち去るべきか。いやでもまだギルドカードができてない。予想はしていたが予想通りの存在の面倒くささに、もう本当に師匠の言う通り杖のフルスイングでもかますべきかと考えたところで、反応のない私たちに焦れたのだろう、ほら来いよ、と男たちがユウを押しのけ、私に手を伸ばそうとして、


「こいつに触んな」

「くはっ」


 男の一人が、まるで軽くあしらうような動作をしただけのユウの拳に、地面に転がされたのだった。


 冒険者同士のトラブルに、ギルドは関与しない。ならば、自分たちの責任で、自分たちで対処しなければならないのである。


 全身を震わせ、げほ、がほ、と胸を強打されたらしい男が、床でバタバタと転がった。周囲が唖然としている間にさっさと私と距離を詰めたユウが私を背に庇い、ひっそりと、こんな目立つとこでルリは使うなよ、と告げる。


「杖のフルスイングは」

「だめ」

「んじゃ私の身体強……」

「だめだっての。大人しくしとけ」

 せめてランクがもう少し上がるまでな、と含み笑いで私の耳もとで囁いたユウは、どうあっても私に手を出させるつもりはないらしい。耳元はやめて、くすぐったい。


 まぁそれは、何も私を守ろうとかそういった行動通りの甘い理由ではなく……どちらかといえば、逆だった。

「加減できないだろ、お前……」

「まぁ、うん」

 これが理由である。

 これまでの観察で、相手が脅威となる実力者ではないことは理解していた。

 だが私はそもそもユウのように腕力があるわけではないので、ルリや魔法が禁止なら身体強化による物理攻撃となるわけで。私の付与術は非常に効果が高く、いつもと違う力加減が当然制御しやすいわけもなく、この状況を対処しようとするならばつまり……負けはしないとは思うが相手が大惨事、となるわけだ。ユウからしてみればただでさえ面倒な状況で、これ以上は勘弁といったところだろう。

 そんな中で地面に転がされた男を一瞥し、仲間の残り二人の男に視線を移したユウは、腰から鞘に入ったままの刀を手に取った。


「あんたらもやるの? こいつは渡さないし、これ以上絡んでくるなら容赦しないけど」

「ふざ、ふざけんなぁ! いきがってんじゃねぇぞガキが!」

「絡んできたのそっちだろ……」

 残った二人が、唾を飛ばしながら激怒し、武器を取る。槍とバトルアックスだ。室内なのに刃剥き出しである。

 そして、ただあしらわれただけなのだから当然、最初に転がった男も剣を手に、ぎろりとこちらを睨んでくる。……まだ随分、胸部が痛そうだが。


 こうしていつの間にか酒場にいた男たちまで野次馬と化してギルド内が騒がしくなったところで、決着は二分後だった。

 三人を相手取り、ただひたすらに手元を鞘に入った刀で叩き武器を落とし続けたユウに誰一人攻撃を当てることができず、拳は払われ、隙を見て私を狙おうとした男は足払いで転がされ、あしらわれることに怪我というよりは面子を気にして顔を真っ赤に染め上げた男たちは、手が痺れて武器をまともに握れなくなったところで「オボエテロヨ」と典型的な捨て台詞を吐いて逃げ出したのである。

 ……ユウ、めちゃくちゃ強かった。


「これで減るかな?」

「無理だろうな。まぁ、しばらく任せておけって」


 そういって笑って私の頭に手を置いたユウに、少し震えていたのがバレていないと願いたい。負ける気はしないが、やはり向けられる負の感情は少し、恐ろしかった。





「綺麗なカード。どんな技術なんだろう」

「魔道具に関しては、さすがにさっぱりわからないな」


 あの後依頼をいくつか確認したあと、無事にギルドカードを受け取って、私たちはまだ日が高いながらも勧められた宿に部屋を取った。

 カードを手に宿の二階へと向かい、とりあえず一週間分の料金を払い与えられた一室は、やはり二人部屋だった。ベッドが二つ、手を伸ばせば繋いだまま眠れそうなほど、ほぼくっついた状態で並んだ部屋だ。……とユウの後ろから覗いたのはいいが、そのユウは部屋に入るなりぴたりと動きを止めている。


「ユウ?」

「……いや、そうだよな、はぁ……」


 漸く動き出したユウに続いて部屋に入る。

 テーブルが一つ、椅子が二つ、鏡台のようなものも一つあったが、そこまで広いわけではない。ましてホテルのように部屋に風呂場があるわけでもなく、料金を追加すればお湯をたらいでもらえる程度らしい。受付と食堂のある一階と、宿泊部屋が並ぶ二階に男女別でトイレがあるだけマシだろう。


「客室に魔道具のシャワー室がついた宿もあるって言ってたな」

「一泊一人銀貨一枚でしょう? 二人で銀貨二枚……ここの四倍だねぇ……」

「というか、ミナは本当にいいのかよ。これだぞ」


 ユウが指さすのはベッドだ。そこで漸く、何故先程ユウが足を止めたのかに気づき、ぶわ、と顔が熱くなる。


「いや、え、だって」

「いや、俺も、あんだけ二人で野営してたんだから今更だと思ったんだけど。さすがにベッドがこうもくっついてるとさ……てか部屋か。テントとはやっぱ違うよな、雰囲気が」

「ユウが言わなきゃ気づかなかったのに!」

「理不尽だな! 俺だけ悩めってのか!」


 こいつ、と頭、というより髪をわしわしと指でかき混ぜられたところで、チィ! とまるで抗議するような声が響く。

「……そうだな、ルリが一緒だった」

「ルリに『防御上昇』と『加速』と『攻撃上昇』でもかけとく?」

「やめろ。ってかさすがに俺でもお前が怖がらないか心配してるんだって」

 その言葉に目を見開き、大丈夫、とぽそぽそ続ければ、ユウは眉を寄せ、何か言葉を飲み込んだような表情をして、息を吐く。

「それもむかつく」

「そんな。お兄ちゃんなのに?」

「……その方が部屋に二人でいても怪しまれないと思ったんだよ」

 この宿に部屋を取ったときも、私たちはなぜか兄妹に間違われたのである。私はそれに眉を寄せたが、ユウはそれに対し曖昧に笑うだけで、肯定はしないが否定もしなかった。

 別にこの世界では、冒険者用の宿が男女区別ない大部屋の可能性もあったように、仲間同士であれば宿で同じ部屋ということも珍しくはないようだ。むしろ女性の一人部屋はあまり推奨されていない様子もあったが、それは恐らく宿の設備も関わってくるのだろう。

 高級な宿であれば女性の一人部屋も問題はないが、安値になればなるほど泊まる客層も変わり、万が一に備えて女性は相部屋可の女性同士複数か、信頼できる仲間との宿泊を薦められる。もっとも、さすがに二人部屋となると恋人関係であることが多いようだが。

 とはいえ、私はむしろ男女関係なく他人が怖いのだ。相部屋可の女性の部屋だとしても、私が同じ部屋で寝られるわけもなく。……そう、困らせているのは私のせいなのだ。


「……ごめん、ユウも一人で休みたいよね。頑張ってお金稼げるようになるから」

「あーもう、そうじゃないって。ほら、荷物整理するぞ」


 困ったように笑うユウの様子につられなんとか笑みを浮かべて、私は黒い指輪のグリモワールを取り出したのである。


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