6.最初の街ドルニグ―2


「にしても、いきなり驚かれたな」

「うん……これはギルドでテンプレみたいに絡まれたりするかな? 気を付けてね」

「大体そのテンプレとやらの予想はつくが、気を付けるのはお前のほうだろ。……苦手だろ、特に冒険者やってる男は力自慢の大柄なやつも多いだろうし」

「……その辺は覚悟を決めたというか、冒険者になるって決めたのはちゃんと自分の意志だし、怖いから逃げては、いられないし……ほら、アリア師匠に、どうしても怖いことをされたらぶっとばせって言われて練習したから、大丈夫!」

「……正直師匠の対処法はどうかと思うけどな? まぁ、言葉で言ってわからない奴には有効だろうけど。とりあえず、俺からあまり離れるなよ。ルリもちゃんとご主人見張っとけ」

「チチチッ」

「えっ……見張られるの……?」


 まるで私が何かやらかすかのような発言だが、まぁ少し考えれば、男で剣を持つユウより、小鳥を肩に乗せただけのどうみても小さい女である私の方が絡まれやすそうなのは自分でも理解できる。

 別に指輪から杖を出しっぱなしで歩いてもよかったのだが、森での生活で使うときに指輪から出すというのが癖になっていた為、その辺りの偽装……というか振りが甘かったというのは今更か。まぁ、杖を持っていても明らかに魔職過ぎて力自慢の前ではあまり牽制にはならないだろうが。


 門番の人に冒険者ギルドの場所は教えてもらっている。といっても、どうやら街の入り口からあまり離れていない場所にあるそうで、大通りをそのまままっすぐ歩いていけば左手にあるのでわかる、という大雑把なものだった。


 街の中は、大通りに敷かれた石畳、一定の間隔で置かれた、魔道具を使った街灯、木造ばかりではない、ある程度しっかりした建造物、そして何より行き交う老若男女の人の多さと、少なくとも私の今の人生では初めて見る「街」といった様子に圧倒され、胸がどくどくと音を立てている。

 街中に整備された川から引いたらしい水路と小橋があり、わぁ、と思わず歓声を上げれば、ユウが楽しそうだなと笑みを浮かべた。完全におのぼりさんである。

 ついでに宿の場所も聞けばよかったと二人で話しながら、そこを忘れるとはさすがに緊張してるのかも、と小さく笑い合い、鍛冶屋や防具屋、薬屋などなど、冒険者が必要としそうな店が多く並ぶ大通りを興味を惹かれつつ覗きながら歩いて、少しして、くいっとユウの袖を引く。


「ごめんね、私の様子が完全におのぼりさんだったから、」

「まぁ、見られてるな。おかげであいつらが屯ってる場所が冒険者ギルドなんだろうなってのはわかったけど」


 向けられている視線は決して、好意的なものではない。まぁ、ある意味では冒険者同士というものは仲間なんだろうが、同時にライバルだ。長くここにいれば、派閥的なものもあるかもしれないし、序列もあるのだろう。……当然ランクが関わってくるのだろうけれど、私たちはまだ未登録だ。

 それでも逃げ帰る選択肢があるわけもなく、表情を変えないユウと歩く。強張るのはその『先輩たち』が怖いわけではなく、そもそも他人が苦手なのだが……緊張した様子に気づいたのだろう。ギルドらしき建物の入り口をふさぐように、男たちが私たちの前へと動いた。人数は、三人。


「見ない顔だが、依頼者かぁ?」

「腰に剣ぶら下げてそれはないだろ? 生意気にもガキのくせに随分よさげな剣じゃん、おきれーな装備だけど。なぁ兄ちゃん、可愛い妹ちゃん連れてここになんのようだ? 新人か?」


 これはお約束な、と思わず小さく呟いてしまうと、はぁ、とやや疲れたようなユウのため息が聞こえる。お綺麗な装備、というのは恐らく、使用感がないだとか、合ってないだとかそういった意味の嫌味だろうが、この装備がどれだけ貴重な魔道具であるかは気が付いていないようだった。

 そこでふと、お約束は絡んできた彼らではなく、こちらのほうなのではないか、と気づく。

 見ない顔で見るからに新人のわりに、安くは見えない装備と、整った顔立ちの男(主人公)。まして理由はともかくとして女連れであれば、絡まれて当然といったところか。こっちがお約束でした。


 まぁ今わかったところで、この状況は変わらないのだけど。


 ところで私はそんなにユウの妹に見えるのだろうか。黒髪のユウに対し私は銀に近い色をしているし、二人とも青い目、と言っていいが、私は緑に近い。色からしてあまり似てるようには見えないだろうにと不満を抱えていると、無視かよ、と男たちが苛立つ気配を感じた。短気か。


「通してくれないか、ここに用事があるんだけど」

「なんだぁ? ひょろっちいガキがここになんの用事があるんだってぇの、聞いてるだろ?」

「登録だけど」

「はは! 新人かよ! んじゃ妹ちゃん置いていきな、ここで待っててやるから、俺たちが優しく冒険者について教えてやるぜ?」

「……必要ないが」

「あぁ?」


 妹じゃないと否定する暇もなく、下卑た笑い声をたてる男たちに、近くを歩いていた街の人達がやや眉を顰めて遠ざかる。ひそひそとこちらを伺い心配そうにしている人たちもいることから、このままでは警察……はいないか、見回りの兵士とかに伝わるんじゃないかな、と思ったところで、なんの騒ぎです、と横にあった冒険者ギルドの扉が開く。

 紺色にラインの入った、少し冒険者と呼ぶには様子の違う装いにレザーアーマーを付けた男が、扉から顔を出す。


「ああ、すみませんねぇ。いや、こいつが登録に来たってんで、いろいろ教えてやろうと思って」

「その間妹ちゃんを預かるよーってただの親切心なんですけどね」


 くく、と笑い混じりに話す男たちは、それでも現れた男性に一応事情を説明している辺り、その人物は逆らってはいけない相手であると認識しているらしい。となると、この様子からもギルドの職員か……と視線を向けたところで、無表情のままひたりとこちらを見つめる男が、そうですか、と頷く。


「登録は二人とも?」

「ああ、そうです。こいつも」

「そう、です」


 ユウが肩を掴み、少し隠れ気味な私を見えるように動いたことで、慌てて私も頷いた。


「ギルド登録は十三歳からになりますが」

「……こ、超えてます!」

「そうですか。ではこちらへ。ああ、そういうことですので、あなた方はおかえりになって結構ですよ」


 はぁ? だの、おい! だの不満そうな男たちを遮って私たちを中に促しあっさりと扉を閉めた男性が、こちらです、と私たちから視線を外し、さっさと歩きだす。

 ギルドに入った瞬間から一斉に向けられた視線に思わず身を縮こませ、ちらりと周囲を見回せば、左側にある受付らしいカウンターから数人の女性たちの視線が、右側の依頼らしい紙の貼られたボードのある場所から数人の冒険者らしい人達の視線が、そしてその奥からは休憩しているらしい酒を飲む男性たちの視線があり、居心地の悪さに小さく眉を寄せ、歩き出すユウの後を追って小走りに男性の向かった受付奥のカウンターに向かう。


 先程の男性はやはりギルドの職員だったようで、そのまま手続きしてくれるらしい。こうして見える範囲にいる受付の職員は全員女性なので、騒ぎでわざわざ出てきてくれたのかもしれない。


「まずこちらの用紙に記入を……、ああ、文字は書けますか?」

「大丈夫です」

「私も、大丈夫です」

「ではそれぞれお願いします。占術士による判定を受けたことは? 紹介状があれば提出を」

「これです。二人分」


 ユウがそれを取り出して渡すと、少ししてそれに目を通した男性が、僅かに目を見開く。その視線が何度も紹介状の上を辿り、小さく息を吐くと、すぐに確認の魔法がかけられた。

 ふわりと紐が先ほどと同じように私たちに纏わりつき、ふっと消える。じっとそれを見つめていた男性は、わかりました、と小さく頷き、その紹介状を丁寧に、そっと横に置く。


 私たちが渡された用紙には、名前、年齢、住居地、職業、そしてかける範囲での特技や扱える魔法を記載する項目と、パーティーを結成する場合その冒険者の名前を書く欄、と続く。

 住居地はなく、ここに来たばかりだと伝えると、この街に居住予定かどうかを聞かれ、ユウは「しばらくはここにいる」と答えるに留まり、私も頷く。その場合、このドルニグの街に長期滞在予定である旨を記載するようにとだけ言われ、書き進める。

 その頃にはこちらを伺うような数人の冒険者の視線も近く感じたが極力それを気にしないようにして、ちらりとユウを見ると、パーティーメンバーのところに私の名前があることにほっとして、私もユーグ、と彼の名前を書き込んだ。ちなみに使える魔法に関しては、二人とも『炎の矢』他、としか記載していない。初歩中の初歩の術である。


「では確認させていただきます」

 先に書き終わったのがユウだった為、職員の男性はユウの名前や職業を紹介状と照らし合わせ、確認を終えると私の分も回収し、頷く。

「過去にギルドカードを発行したことはない、ということでよろしいですね?」

「はい」

「ではまずこちらを。現在の冒険者ランク証明になるランク章です。黒はランク最下位、Hランクを示す色となっております。それ以上はこちらの用紙を参考に。ランク章はギルド内の受付時に身に着けて頂く以外は普段の着用義務はありませんが、無くさないように注意してください。カードともども再発行は黒でも銀貨二枚、等級が上がるごとに増えますので」


 わかりました、と受け取り、ユウと二人で手の平に乗る小さなバッジを観察する。ただ黒い、あまり整えられたとは言えない黒い石のはまったバッジだ。それは美しい銀細工の中にダイヤのような石がはめ込まれたバッジをつけていた師匠から聞いていた通りだった。

 だがどうやら、正式には呼称は黒ではなく、私たちはHランク、というものになるようだ。一番上はS、ということはAランクが白銀で、師匠たちはAランク、ルドおじいさまは金細工にダイヤだったなと確認していると、こちらを、と渡したおじいさま直筆の紹介状が無事返還された。


「カードには名前、職業、ランク、そして登録した街の名前が記載されます。ランクは変更されますが、それ以外は基本的に訂正できませんのでもう一度こちらをご確認ください。……よろしいようですね。カードはもちろん偽装不可、譲渡不可、本人以外使用禁止となっており、当然確認の為の魔道具でもありますので、くれぐれも扱いにはご注意ください。再発行はランクごとに金額が変わりますが、非常に高額となります。街の出入りの身分証、依頼受付時、完了時の他、使用は多岐に渡りますので、武器と同じように大切に扱うように。まぁ、この辺りは聞いていると思いますが」

 最後に付け加えられた小さな声。誰から、ということを察して、この人が静かに対応してくれてよかったとこっそり安堵すると、ぎぃっと扉の開く音。ちらりと入口を見れば、先ほどの男たちが、にやにやとした様子でこちらを見ている。……帰ってなかったようだ。


「……暇らしいな」

「だね」

「まったく……ちなみに依頼が絡まない冒険者同士のトラブルは基本的にギルドは関与しません、が、一般の人間を巻き込んだ場合はギルドだけではなく警備兵のお世話になる可能性をお忘れなく。ではカードの発行となりますが、少々時間がかかります。その間、ギルド内でお待ち頂きたい。……そういえば、宿はもうお決まりで?」


 男性の言葉に、いや、とユウが首を振ると、カウンターの下の引き出しを開けた男性が、少しして一枚のやや古びた紙を取り出す。

 どうやらギルドから宿への案内が書かれた簡易の地図のようで、目印になるものが書いてある以外とても地図とも呼べないようなものだが、私たちには十分ありがたい情報だ。


「女性がいるのなら、最低限でもある程度のランクの宿がいいでしょう。値段の割におすすめなのはこちらですが、一泊二食、二人一部屋大銅貨五枚必要だった筈です。最安値となると……こちらですね、一人当たり食事なし銅貨七枚の、冒険者用の宿です。もっとも、屋根があって休めるのが目的の、大部屋にベッドを詰め込んだ宿ですから、人数によっては男女の区別がありませんが」

 どうぞ、と差し出されたその紙を受け取り、ほっとユウが息を吐く。

「助かります。それと、素材を売ることはできますか? 道中、何匹か剥ぎ取ってきているんですが」

「そうですね、それが例え依頼が出ているものでも常時依頼以外は討伐した証明にはなりませんので、あくまで素材買い取り代となりますが」


 お預かりしますよ、と言われた為、ユウが肩にかけていた袋から素材をカウンターにおいていく。

 ユウも異空間収納の魔道具は持っているのだが、目立つだろうから、と街に入る前に袋にいれかえていたのだ。持ち歩くことで劣化するものも少ないしと言っていたが、私と違ってしっかりしている、と思わざるを得ない。大事な武器の杖をしまいっぱなしで後悔したばかりの私はひっそりと明日から杖を持ち歩く決意をしつつ、まぁそのうち魔道具については隠せなくなるんだろうなという予感に、ある程度慣れたら割り切ろうと考えていると、素材を見ていた男性がふむ、と頷いた。


「スライムの核が多種複数、ウルフの皮に牙と爪、ブラックラビットの毛皮が尾付き……状態もいいですね」

 これがいくらで、と説明を始めた男性の声を聞きながら合計金額を脳内で計算していき、目を瞬く。……思ったより多いぞ。これでも、新人が持っていそうなものに限定して素材を選び、他の素材は状態がそのままになる私の黒の指輪のグリモワールに丸ごと移してあるのだが。なにせ、森に出る熊などはさすがにいきなり出さない方がいいとルイードさんに言われていたのだ。

 ユウに渡した異空間収納の指輪もかなりのもので、収納した物の時間経過はひと月で現実の一日。食料品に関しては入れっぱなしで忘れないよう気をつけなければならないが、容量上限も今のところ謎であるくらい困らない上級魔道具である。そこにとりあえず入れた他の素材だけでもしばらく食べていけるんじゃないか、と思ったところで、計算が終わる。


「銀貨八枚と、大銅貨三枚、銅貨二枚でどうでしょうか」

「全部買い取ってほしい」

「かしこまりました」


 おじいさまたちから、大体一食、外食したとして安値で銅貨が五枚程だと聞いている。普通の街の人が自炊で切り詰めて用意すると一日の食事は銅貨十枚くらい、つまり大銅貨一枚分だ。ということは、おすすめの宿は二人一部屋一泊二食で普通の人の五日分の食事代。最安値の宿は確かに安く感じるが……家がなく自炊できない私たちからすれば一日当たり二食でも大銅貨二枚の食事代が飛んでいくわけで、それに宿代となると、かかるお金が大して変わらないようにも感じる。これは、私たちが現状、同じ財布から二人分の費用を捻出する状況である為だろう。

 大銅貨は十枚で銀貨一枚である。銀貨八枚あるのならば、このままでも半月はおすすめの宿に泊まることができ、二食食べれる計算だ。……素材、すごい。


「こっちの宿だな」

「うん、ありがとう」

「二人で狩った素材だろ。まぁ、俺と同じ部屋でいいのならだけど……今更か?」

「二人で旅してきたもんね」


 ユウと意見は同じく、私たちはおすすめのほうの宿に泊まることを決める。先程のことを考えると冒険者用の安値の宿はいらぬ問題を引き寄せそうだと互いに無言で意見をすり合わせたのだ。

 財布についてはいずれきちんと分けないとな、と道中話してはいたのだが、まだどれくらい稼げるかわからない為現状維持だ。

 きちんと自炊して、切り詰めて生活しているのなら月の食費は一人当たり銀貨三枚から四枚ではないか、と二人で道中計算していたのだが、いきなり銀貨八枚の入手に僅かに気分が上昇する。とはいっても、冒険者は魔物や動物を倒すといった危険度の高い仕事であるので入手金額も多い分、宿代や装備代、食費、薬代と出費も多い。

 簡単に倒せるスライムだと核の買い取りが十匹分で漸く銅貨五枚であったようだし、楽できるとは考えない方がいいだろう。高かったのはブラックラビットだが、あれはそうお目にかかれるものではないらしい。


 ユウはニホンの価値で相場を考えようとして、根本的に物の価値が全然違う、と諦めていた。この世界で高価であるのは、部屋より魔道具、薬、武器、そういった類だ。

 食料は未だに村や集落では物々交換が多く、私に至っては銀貨すらほとんど今の人生で見たことがなかったのであるが、そこは一度目の人生経験が少しばかり役に立ってくれた。下手したら「お金ってどうやって使うの?」と言い出しかねない環境だったのだ。あの出身国が遅れていたのかもしれないが。


 用意されたお金を受け取り、まだ時間があると二人で依頼の張り出されたボードに向かう。

 と、おいおい、とやや剣呑な空気を漂わせ、まだいたらしい先ほどの冒険者の男たちのうち二人が、真っ先にユウに絡みに行く。


「随分稼いだみたいじゃねぇの。ブラックラビットだなんてどこで見つけたんだぁ?」


 いっそこの流れは、私たちも含めて『お約束』なるものなのだろう。やはり彼らは、随分と暇であるらしい。


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