5.最初の街ドルニグ―1


「やっぱ野営は慣れないか」

「……ごめんなさい、ユウ」

「いや。まぁ、俺はそもそもミナに会った時から旅の途中だったし、慣れてるからな。気にするな」


 ぽん、と頭に、私より大きな手が乗せられる。

 旅に出てから、五日目。普段はなるべく効果を隠したい収納グリモワールの魔道具の中に別な異空間収納のリングがあった為、それはユウに所有してもらうことにし(私の指にはすでに両手あわせて四つ指輪がはまっている)、成人祝いだとルイードさんが用意してくれたテントや食料などはそこに保管しているおかげで、必要な旅道具が揃っていながらも荷物は少なくすんでいたのだが……それでも、野営はとても快適とは言い難かった。

 付与術士の適正がある私はそもそもグリモワールを扱わずとも身体能力向上スキルが使用できる為、移動は然程困難ではない。

 だが、一回目の人生であれ程経験した筈の野営の慣れはすっかり抜け落ちてしまっていたようで、テントで布に包まれ眠る、それが上手くできず、二人で見張りと睡眠を交互にとっているのだが、私だけが寝不足に悩まされていた。

 ……いや、素直に言おう。一回目の人生で私が殺されたあの時、私は野営で見張りの仲間を信頼し、仮眠中だったのだ。

 もちろん、ユウがあの時の元仲間のようなことをするとは思っていない。……が、恐怖は抜けず、微睡むことはあっても寝入ることができず、結果このざまだ、と内心自身に対して悪態をつく。もちろんそう簡単ではないとわかっているが、一年前から成長している気がしないと、もどかしい思いもある。

 焦りは禁物、無理はするなと口酸っぱくユウに言われているが、どうしても思い通りにいかないのだ。


「やっぱり、一度俺が一晩見張りにつくから、ミナはゆっくり休もう」

「だ、駄目だよ。大丈夫だから、ほら、元気です」

「……俺は、例の融合のおかげで一日くらい徹夜しても問題ないけど」

「あるよ、あります! ちゃんと休まなきゃ!」

「お前が言うな」

「ですよねぇ」


 うう、と頭を抱えると、少ししてはぁとため息を吐いたユウが、限界になる前に言えよ、と荷物を全て指輪に収納して、歩き出す。それを慌てて追いかけて、空を見上げた。

 方角があっているのなら、そろそろ教えてもらったギルドのある街に辿り着く筈なのだ。森を抜けてからはほぼ草原であったが、いつの間にか草の禿げた、馬車などが通ったのだろう道筋ができていた。途中小さな林の中などもその道を辿り通ったが、当然どこを通っても街の外に安全地帯などは存在しない。

 これまでも森で修行として経験した魔物討伐は当然旅に出てからも何度かこなしたし、戦闘の不安が強いわけではないのだが……いや、やはり精神的な負担はあるのかもしれないが、つまりは疲労感が抜けなかった。

 対し、ユウは然程でもないという。やはり主人公は違うのか……というのは口には出さず、ただ自分の鍛錬が足りないのだと努力することを決意する。今更ついていけない、だなんて言いたくはない。ユウと、この世界で冒険して、私は生きる。生きて私の幸せを探すのだ。

 明確な目的があるわけではない。だが、引きこもってばかりだった私は、外を知りたいという願いがある。二度と魔物や魔族に関わるもの、そして人に心折られ負けるものかという悔しさからの意地もある。

 この世界では魔族というものは御伽噺の世界でしか存在しないそうだが、脅威となる魔物は多く存在しているのだから、強さを求めるに越したことはない。


「ミナ! ほら、あれじゃないか」

「え? あ、ほんとだ……!」


 遠目に見ても巨大な、街をぐるりと覆っているらしい外壁。そして草原に続く土のむき出しになった通路の先には、馬車なども通ることができそうな大きな門。門番もいるな、というユウの言葉で、付与術を自分にかけ視力の強化をすれば、確かにそこにはプレートメイルに身を包む騎士のような人が二人いた。その横に詰所のようなものもあり、よく見ていけば外壁の上にはところどころ見張り台のようなものもある。


「うわぁ、ファンタジーだ」

「……一応そのファンタジーな世界で俺たち生まれ育ってるんだから今更だけどな。ミナはどっちかというと、記憶が戻ってから前世に価値観や知識が引っ張られがちなのか?」

「うーん、完全にそうじゃないけれど、わりと感情は強くそっちに引っ張られている気が……さすがに魔物討伐は慣れましたけどね。解体や死体処理は、苦手だけど……。まぁ、そもそも今の世界の人生が、長い間狭い集落に引きこもった代わり映えしないものだったせいかもです。狩猟は見た事あるけど、魔法とか使ってる人はいなかったから。私自身、動物をテイムしている自覚はなかったし、ファンタジーを今更実感してます」

「チッチチチッ」

「散々魔法の修行しといて今更だけど、まぁ、なるほどな」


 私の肩で歌うように鳴くルリに視線を送りながら、そうか、と納得するユウのほうは、どちらかといえば前世に関しては「そういった知識がある」程度で、あまり影響された気はしないらしい。


「にしても、まだ長く話すと堅苦しいしガチガチだな。会話は増えたからいいんだけど、疲れないか?」

「……ユウは、大丈夫。気を付ける」

「そっか。無理にとはいわないけどそのほうが嬉しいな」


 ふっと笑い、やっと到着した、冒険者ギルドには今日中に行けそうだと語るユウの隣で、門番の姿が近づいていくにつれ、私の身体が強張っていく。それに気づいたらしいユウが、大丈夫だ、と私の頭を撫でた。……出会ったときからある程度差はあったものの、この一年で身長が伸びたユウと、あまり変わらなかった私の身長差は顔一つ分以上はある。

 恐らく私の身長は百五十前後、ユウは百七十半ばといった辺りだろうか。なんだか悔しい。せめてもう少し伸びてくれればよかったのだが……とユウの顔を見上げ、あ、と気づく。

 この一年で随分と幼さが抜けたユウは、私の……集落で培った頼りない経験からいっても、かなりの美形であるように思う。やや自信がないのは、転生により三世界を跨いだせいだろうか。美醜を気にするどころじゃない人生だったせいでよくわからないが、きっとそう。

 さらさらと流れるまっすぐな黒髪に、深い海のような青を湛えた瞳。これらは、魂案内人であった頃のユウの持つ色と同じものだ。

 ただどちらかと言えば中性的……いや、少年のあどけなさもまだ残っており、男らしい、精悍な、という雰囲気ではない。……モテるのだろうか。痴情のもつれに巻き込まれるのはもう勘弁である。


「ミナ?」

「あ、ええっと、もうすぐだね! 今日は宿に泊まれるかな?」

「どうかな、金に関して言えば、自分で稼いでみろ、って言われたしホントに少ししか持ってないからな。ここに来るまでに剥ぎ取った素材はあるけどいくらで売れることやら」

「子供は甘えるものとか言って、お手伝いしかしてないのに修行までつけてもらったんだから、十分すぎるんだけどね。いっぱい貰っちゃったから、いつか恩返ししたいな」

「ランク上げて珍しい美味いもんでも買っていくか。……っていってもあの三人、全員白銀、白金ランクらしいからな……ルイード師匠に至っては現役だし」

「ええと、ルドおじいさまが世界最高ランクの白金で、アリア師匠とルイードさんが白銀冒険者、だったっけ。すごいなぁ、ランクは上から白金、白銀、白、赤、青、と、ええっと」

「緑、黄、茶、黒の順な。俺たちは黒からってこと。いいか、ミナ。師匠との約束通り、俺たちの身の上はアリア師匠とルイード師匠の唯一の弟子で、これからじいさんの推薦状を身分証としてギルドに登録、だ。絶対出身国や、俺の本名はいうなよ?」

「うん、ユーグリッドじゃなくて、ユーグ。……私はユウって呼んでるから大丈夫じゃないかな?」


 ユーグリッドという名前をもし前の国の誰かに探されていてはいけないからと、本名を記載する身分証は、ルドおじいさまの手が加わって「ユーグ」と変更されていた。もちろんやっていいことではないのだが、ユーグリッドも私も一度死んでいる。その時どうやら私たちの人生は占術的にもリセットされていたようで、私たちは新たな名を手に入れたのである。……といっても私はそのままだが。


 この世界では戸籍というものが確立されておらず、随分と大雑把な管理となっているらしい。身元の保証が必要な場合は暮らしている集落の長や村長などに身分証を作成してもらうか、お金を払って国の認定占術士に占ってもらうことになるそうだ。

 占術のひとつに、生道開示なる術があるらしい。私たちもやってもらったのだが、名前と適正職業、適正属性、そして国が指定した重大犯罪者であるかどうかの判定などが魔力を使って浮かび上がるものであった。

 職業と聞いてニートと表示されそうだとユウと二人でびくついていたのだが、ユウは魔法剣士と暗殺者、私は付与術士とテイマーの表示がされていた。二つ職業を所有することはたまにあるそうだが稀な方で、私たちは恐らくフェニックスの恩恵だろうと言われている。

 ……暗殺者、と言われたユウはどこか強張った表情をしていたが……どうやらそれは私に出会う前のことが関係しているようなので、私は特に触れずにいる。

 とはいえ占術結果で出る暗殺者は何も暗殺を生業としている、という意味ではない。この世界には魔物がおり、ダンジョンがある。そして暗殺者とは暗殺もそうだが主に暗器を使い速度を誇る身を隠す偵察に長けた職を指すようで、ユウはルイードさんにそちらの修業もつけてもらっていた。

 職業とはあくまで冒険者ギルドに登録する際の己の戦闘傾向なのである。そうでなければ、冒険者は皆職業冒険者じゃわい、と笑っていたルドおじいさまの職業はもちろん占術士だ。


 私たちの身元の保証は、目立つことを理解しながらも、あえておじいさま自ら行ってくれた。理由はいろいろあるが、一番の問題は目立つだろうユウの強さの理由付けと、問題はない筈だが無駄に他の占術にかけられないようにすることが目的である。

 その為、虚偽の許されない魔法紙に占術士として直筆で自分が祖父として引き取った子供たちであることと、私たちの名前、職業適性を書いてくれたのだ。この情報が記載された紹介状で、冒険者登録は可能らしい。……占術ってすごい。いや、ルドおじいさまがとんでもないのだろう。


 ユウと話しながら漸く街の前までくると、その外壁の大きさにやや圧倒された。随分高いが、これくらいでもなければ魔物から街を守れないかもしれない。

 既にこちらを探るような視線で見る門の兵士たちの存在は間近に迫っており、あちらに悪意はないだろうに意志とは反対に勝手に震える身体を叱咤して近づいていけば、私よりやや前にユウが出る。


「街の人間ではないな? 入場料は商人は一人につき大銅貨二枚、旅人は銅貨五枚、冒険者はギルドカードの提示だ」

「旅人二人だ」

「若いのにまたよく来たな。兄妹か? 二人で銅貨十枚だが、故郷の推薦状か何か、身元を保障するものはあるか? それがない場合、さらに料金を払って占術を受けることになるが」

「これを」


 きょうだい、ってもしや私が妹かと少しばかりショックを受けて呟いた声は、どうやらユウには聞こえたらしい。ちらりと視線を向けた彼が悪戯っぽい顔をしていたが、むっとしつつも、私が怖がっていることを理解して対応を引き受けてくれたユウに文句を言える筈もなく口を尖らせるに止めれば、少しして「え?」と呆然としたような声が聞こえ、ユウの視線が外れた。


「……それでは、駄目だったか?」

「あ、いや。えっと、同姓同名……なわけないよな。え、本物?」

「おい、どうしたんだよ」


 大混乱している門番の一人に気づいた仲間の兵士が訝し気にこちらを見、そして仲間を確認して、「これ、これ」と壊れた機械のように繰り返す門番の持つ紙を覗き込み……伝染したように、「え? は?」と繰り返し始める。


「……思ったよりじいさんがすごいってことだな」

「だ、だいじょうぶ、かなぁ?」

「まぁ、偽物じゃないんだし」


 ぽそぽそとそんな会話をしていると、さらに混乱している二人の上司だろう大柄の兵士が現れ、内容を確認。最初はぎょっとした様子を見せたが、一人のローブを着た男性を連れてくるとそちらに渡した魔法紙を持たせ、何らかの術が使われた。魔法紙からまるで紐のような魔力が二本伸び、私たち二人に一本ずつ向かってきたことでその術の正体がおじいさまの言っていた確認魔法であることに気づきじっとしていると、一瞬私たちに絡みついた紐はすうっと何事もなく空気に溶けた。


「ほ、本物です。これは間違いなく、大占術士コンフェルドル・ソル・ファイナーレ様のものでございます」

「……マジかぁ……」


 呆然。そんな兵士たちと恐らく占術士であろう男性を前にユウと視線を合わせ、とりあえずどうしたらいいのかと様子を伺うと、はっとしたように、この場で一番上の立場らしい男性が、小さく頷いた。


「いや、すまなかった。大占術士コンフェルドル・ソル殿のご家族よ。本音を言えばかのお方が今どちらにいらっしゃるのか気になるところではあるが、手紙で詮索しないようにとあるしな。そなたたちのことも特別扱いは不要だが徒に吹聴することがないようと書かれているようだから、この者たちには口を閉ざすように言い聞かせよう。目的は冒険者ギルド登録とあるが……」

「はい、そうです」

「……この紹介状があれば登録は問題ないだろう、が。まぁ、騒ぎになる可能性は、覚えておいてくれ。ええっと、妹さんのほうはテイマーってことだが、……小鳥か。それなら、そのままで構わないが、魔物の場合は手続きが別途にあるから仲間になったら気を付けてくれ」


 返却された紹介状を受け取り、ユウが銅貨十枚を手渡す。どうやら無事に、通行許可は得たようだ。

 というか、妹じゃないって。……どうやら、おじいさまが私たち二人を祖父として引き取ったと書いていることで、兄妹だという誤解がとけずにいるようだ。


「ようこそ、ドルニグの街へ」


 笑みを向けられ、強張った体を何とか動かし、頭を下げる。私たちは最初の目的地へと無事たどり着いたのだ。


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