4.いざ、異世界冒険へ―4


 結局あれから全ての指輪をユーグリッドと試したが、本を読むことができたのは私だけであった。

 というより、私が呼び出した本の指輪は、私以外の魔力を拒絶し誰も触れることができなくなったのだ。言われるがまま全部試した後にそれに気づき、非常に困った。何せこれは私の本ではない。


 しかも、同じく箱に収められていた金銀細工の指輪に至っては誰一人効果を発動させることができなかったのに、私が使うとあっさりと手の内に美しい青と赤、そして黒の石をはめ込んだ杖を一本、呼び出したのである。

 どうやらグリモワールと対であったようで、グリモワールである属性魔法全書に書かれた魔法はこの杖がなければ発動しないらしいと気づいたのは、外に出てその効果を試した時であった。

 一ページを使って綴られていた小難しい詠唱を全てすっ飛ばして、「炎の球?」とどんな魔法なのか気になって技名だけを口にした瞬間、杖の先から現れた火の玉がぶっ飛んでそばの樹を破壊した。慌ててアリアさんが水の魔法を使ってくれなければ、ひどい山火事を起こすところであった。


 どうやら、グリモワールと杖を介して詠唱を破棄しているようで、無詠唱でこの威力は恐ろしい、と高ランク冒険者で属性魔法を扱う職、魔法使いであるアリアさんですら驚くような代物であったようだ。……以前の私の魔法よりは、威力は低いのだけど……。


 既に夜を迎え暗い筈なのに、なぜかはっきりとグリモワールの文字を読むことができたのもまさに魔道具ならではの不思議効果といったところか。そもそもルドおじいさまが知る限り誰も開くことができなかったというこのグリモワールに書かれた文字は、私の一回目の人生で学んだ文字そのままであった。

 この世界も大差ないとはいえ、多少は字の形が違ったり、点や線が多かったりなどの違いもあったのだが、グリモワールに書かれた文字は完全に以前の世界のものだったのである。

 書庫にある歴史書や周辺の情報を纏めた書物の中で、この世界が私が以前生きた世界とは別世界であることは確認している。

 ではこのグリモワールはいったい何故、と思わないでもないが、それを調べる術もなく。何より最初に私が手にした属性魔法全書もそうだが、他の二冊がとんでもない代物だったのであった為に、理屈で話が纏まる気がしなかったのだ。


 まずは二冊目、一冊目が青い石であったのに対し赤い石が嵌っていた指輪から取り出した本のタイトルは、『特殊魔法事典』である。内容は、属性魔法は一、二ページで一つの魔法だったのに対し、数ページに渡って説明するような、複雑な魔法を綴ったもの。その効果は驚くべきものであり、なんと『気配を消す魔法』や『探し物が近くにあるか探す魔法』など、一般的に属性魔法と呼ばれる火や水、氷、風等の自然界にある魔法ではなく、より実用性の高い……ルドおじいさまの扱う占術など、専門的な魔法が書かれていたのである。

 もちろんこちらも杖と揃えば発動が可能だったが、事典であるこちらは全書とは違い有名なものを抜き出し綴った、といった本であったようで、ルドおじいさまの占術よりかなり初歩の占術、シーフの扱う複雑な開錠術よりかなり簡易な開錠術など、内容自体は濃いものではないそうだ。……それを扱うのが一人の人間であるのは異常だが、どうやらレベル制限のようなものがあるようで、現段階で私が発動できた術となると、実はそう多くはない。

 それは属性魔法全書の方も同じで、よくあるチートのようでいてそうでないような、微妙な、判断の難しい品となった。

 魔力制御が経験によって上達しなければ、大半が『まだ使えない』と感じるものばかりだったのだ。


 そして……三冊目。黒い石が嵌った最後の指輪に収められた本のタイトルは、『宝の箱の書』

 なんでしょう、とルドおじいさまとアリアさんの前で開いた私は、図鑑のような何かの絵が描かれたその本に首を傾げ、空いた手で触れて……吃驚した。刀のような絵が描かれたそこに手が触れた瞬間、私の手に一振りの刀があったのだ。

 黒い鞘に赤と銀の彫り、そして刀身は黒くも光を浴びて輝く、神々しいとすら感じる刀。どうやら相当の業物……というより魔道具であったらしく、今度こそルドおじいさまが倒れるんじゃないかと思う程仰天していた。

 他にもいくつか収納されていたが、恐るべきは中身だけではなくそのグリモワール自体であった。なにせ、取り出すだけではなく収納も可能、入れた魔道具の鑑定、……そして、命あるもの以外容量無制限ではと思われる程超大規模異空間収納魔法の書となっていたのである。

 数日悩んだルドおじいさまとアリアさんは、すべての魔道具も込みでその使い方を誤らないよう私たちに言い含め、悩みに悩んで……結局、グリモワールの主に選ばれたのは私だと、それらを託してくれたのであった。


「わしの占術では、そなたが持つのが適正と出ておるのでな」


 それが、決め手であったといってもいい。正直こんなものを持つのが恐ろしすぎて恐縮し、辞退しようとした私だったが、占術結果は無視してはならぬとこの世界の魔法を知る皆に押し切られた。

 グリモワールが既に私以外に触れさせようとしなかったこともあるのだが、その結果が魔道具の譲渡なのだから感謝してもしきれないとはこのことである。……ただ、国どころか世界を揺るがしかねないので、とくに黒い指輪のグリモワールの性能に関してはなるべく秘密にすることを約束させられたが。


 他にも何か、ルドおじいさまたちにとって私に持たせようとする理由に含むところがあったようなのだが、その瞳が心底私たちを心配するものだったので、私はそれが何を意味するのか考えることも含めて、受け取らせてもらうことになったのである。



 今は私の技術からまだ制限が多いものの、そんなチート級になりそうなグリモワールを手に、「おかしいな、異世界転生最強系主人公はユーグリッドで私は初期登場人物(モブ)だった筈なのに」と前世ニホンで読み漁ったラノベの数々を思いだしたりもしていたのだが、ふと思い返せば自分はユーグリッドと共にパーティを組む約束をしており、今更ながら「異世界転生最強系主人公の最初の仲間」なのではと状況を顧みて、頭を抱えた。

 何せ私の最初の人生は、「身内に殺されることとなった勇者の最初の仲間」である。最初に出てくるからといってメインキャラの保障はなく、安全は約束されないのだ。まぁ物語に例えればの話でこれは現実だが。

 でももしユーグリッドが勇者なんかになる日が来たら私は離脱する……そう呟きながら決意した時、勇者なんかなるか馬鹿、と私を小突いたのは、なんとユーグリッド本人である。


「お前どんだけ前世でラノベ読んでたんだよ……」


 そう、私が前世の記憶を持っていると、ユーグリッドも知っているのだ。


 というのも、目を覚ましてすぐ土下座をかましたユーグリッドを見て感じた疑問から始まって、私はユーグリッドももしかして、と感じるいくつか不審な行動や言葉に、気づいていたのだ。剣を振るう合間に疲れたように「はぁ、異世界転生かぁ」と呟いていたのをたまたま聞いた時確信したといってもいい。

 森の木の実を採取しに行く中で段々と話が弾むようになった頃。なんとなく感じたもやもやしたものを解消しようと、話しの流れで「何も土下座しなくてもよかったんだよ」と振ってみたのが始まりだった。「いや、あれは土下座しても足りない……」とそこまで口にした彼がはっとして息をのんだのが印象的だった。なにせこの世界に、土下座という文化は、ない。


「おまっ、え、うそだろ、まさか、てん、えっ」

「……ええと、ユーグリッド見て、異世界転生最強系主人公の出てくるラノベ思い出すな、って考えたことあったりします」

「………………ああ、そう、か、うん。……主人公は嫌だな、面倒そうで……」


 そうしてぽつぽつと探るような会話を続け、私は、彼が『魂案内人のユウ』であった記憶を持っていないということも確信していた。なにせ私が前世の記憶を語っても、私がユウの案内した魂であると気づかない。

 というより、ニホンで事故で死んだと思ったのが記憶の最後で、気が付いたらドラゴンの魂核を埋めこまれて暴走して、私と一緒に死にかけているところだった、とユーグリッドは語ったのだ。誕生日すら同じである私たちが記憶を思い出したのはほぼ同時だったということだが、その差は大きかった。


 私はそれに触れず、そして私の語る前世が『二回目の人生の話』であることも教えなかった。あの時私の転生先のことをひどく気にしていたのだから、わざわざ言う必要はない。ユーグリッドは私が勇者を拒否する理由をただ『ラノベで読んだ展開がめんどくさそうだと思ったから』だと勘違いしてくれているし、そのままでいいと感じている。どうやら彼は、部活に忙しくアニメをたまに見る程度で、ラノベは詳しくないようだった。


 そんな中でユーグリッドは、私がつい何度かユウ、と呼び間違ってしまったことを覚えていて、今では「ユウでいい」と言うようになり、私たちは前世の記憶もあってか、修業も通して仲間意識を育て、いつしか互いを大切なパートナーだと認識するようになり、冒険者として旅立つのを楽しみにするようになった。

 この世界にはダンジョンがあるらしい。冒険者ランクを上げて挑みに行こう、など夢を語り、共有する。十五歳の私たちであったがそれは恋と呼べるものではなく、ただ一度死を経験した私たちは仲間であり、生きる、楽しく過ごす、強くなるということに重点を置くようになった。



 そして十六歳の誕生日を迎えた、今日。


「ルドおじいさま、アリア師匠、行ってきます!」

「じいさん、あんまり無理するなよ。師匠、今までありがとうございました」

「ほっほっほ、この隠れ家にはいつでも帰っておいで。ああ、他人に場所を知られぬようにな」

「あんなに怖がりだったミナが明るくなって。ユーグも、随分立派になった。ユーグ、しっかりこの子を守るんだよ。ミナ、このやんちゃ坊主の手綱はしっかり押さえておきな」

「師匠……立派になったって言ってすぐそれはないだろ……」


 一般的に成人と認められる年齢になって、私たちはとうとう旅立つ日を迎えていた。

 ユウは、ズボンにロングブーツ、シャツにロングコート、ベルト、腰にある刀に至るまでそれぞれ材質の違いから色味は異なるものの全て黒で纏め、ロングコートの下からちらりと見える胸部を守るプレートと、コートのところどころに施されたさりげない刺繍のみが銀色に輝いている、落ち着いた装いだ。

 全てグリモワールにあった魔道具であり、かなりの防御力を誇る装備だ。

 対し私は白い上着に赤い刺繍。指先まで覆う長い袖は肘から下にたっぷり布とレースが使われ肌を隠し、胸の下から黒のコルセットスカートがひざ下まで続く。たっぷり布や透け感があるレースを花びらのように重ねたスカートはひらひらと揺れ、非常に可愛らしい衣服とロングブーツだ。黒地に銀糸のフード付きロングケープもセットのこちらもまたグリモワールに収められた魔道具である。

 もちろん肩には大切な友達である青い小鳥のルリが乗っているのだが、「これを狙ったように用意してたやつは何者だ」というユウの意見には全面同意だ。可愛いからいいけれど。


 現役冒険者のルイードさんとは出発がすれ違ってしまったけれど、ぎゅっとこれまで面倒を見てくれた二人とハグをして、ユウと頷き合って、小鳥のルリを肩に乗せ、結界の外へと飛び出す。大きく手を振って、私たちは駆け出した。


「いざ、異世界冒険へ!」

「ユウ、人前で言っちゃだめだよ」

「わかってるよ」


 天気は快晴、体感温度は魔道具により快適。私たちの冒険が始まったのである。


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