3.いざ、異世界冒険へ―3


 結論から言えば、私たちは生き延びた。


 最も、無事にかと言えばそれは言葉を濁すことしかできない。

 転移した先はまさかの私たちがいた国から見れば間に国を三つ挟んだ、かなり遠方の別な王国内にある森の中の家だったのだが、当然その距離の転移を魔道具の助けがあろうとも発動させた女性を含め、全員が到着時、満身創痍の状態だったという。

 転移に利用した魔道具はこの世界で作り直すのは無理だろうと呼ばれる神級魔道具だったようだが、ものの見事に砕け散ったそうだ。


 私はといえば、生贄だった私たちが閉じ込められたあの魔法陣はどうやら魔力や生命力、命を吸い取るものであったらしく。儀式の為に限界まで……いや、死ぬまで魔力やら生命力やら吸われた私は、いくらフェニックスの力で蘇生されていようと魔力切れの状態であったようで、転移で逃げだしてすぐ全身を襲った激痛……激しい筋肉痛にも似た魔力切れの反動に苦しみ、動くことすらできずそのまま四日は寝込んだと聞いている。


 実験体にされたユーグリッドはさらにひどく、私が目を覚ましてからもさらに三日、つまり一週間もの間目を覚ますことなく、魘され続けていた。

 あまり回復魔法は得意ではないといいながらも看病したアーリアンナさん……私たちをあの場から助けてくれた魔法使いの女性曰く、器である体に収まった魔力が強すぎて、体自体が変化している為の激痛に苛まれている状態だったという。


 そう、彼はフェニックスの力で蘇り、本来失敗していた筈のドラゴンの魂核との融合を、一度死んで蘇ったという過程を経て完成させてしまったのだ。


 あの事件から一週間後、なんとか魔力を制し目を覚ました彼がまずとった行動は、ふらふらの体での土下座であった。なんで土下座、と焦った私と、よくわからないが頭を下げる姿勢をとったユーグリッドの姿を見て困惑した様子のアーリアンナさんの前で、彼は、自分が狙われていたことで、巻き込んで集落を壊滅させてしまったと、私に謝罪した。それを不思議に思ったアーリアンナさんが尋ねたところによると、彼はそもそも自分が国に実験体として狙われていたことすら知らなかったらしく、ちらりと元いた場所で自分がどこかに売られる話を聞いて、このままでは奴隷商に売られるのだと考え、冒険者になりたいとさっさと出てきたらしい。

 彼は自分がどこに売られる予定だったのか、襲撃後に知ったのだ。彼のせいではないと言えるだろうが、彼の中ではそうではなかったらしい。


 いろいろ予想外のことが重なったとはいえ、結局実験結果は成功、しかし実験を行った国は壊滅状態となり、彼は今後どうすればいいのだと暫く頭を抱えることとなった。なにせ、外に漏らすことはできない技術の結晶が彼である。もっとも、同じことは二度と成功しないだろうが。


 私はと言えば、私たちを助けてくれたローブの男性……コンフェルドルさんの書庫への立ち入りを許され、ひたすら本を読むことに没頭していた。

 狭い集落の生活では得られなかった知識がそこにある。今の人生で文字を習ったことはなかったが、幸いこの世界の文字は一回目の人生を過ごした世界と多少の違いがある程度、ほぼ似た文字と同じ文法であったのだ。

 前世までの記憶を思い出していた私は知識欲を激しく刺激され、森は危険で暫くは外出しないようにとの言いつけと、保護を約束するという言葉に甘えて、書庫で明け暮らした。そうしなければ、集落の暮らししか知らないこの世界の私に、生きる知識がなかったとも言える。

 話すのが苦手だった、ということもあるかもしれない。私を見るとぶっきらぼうにも見える顔にどこか申し訳なさそうな表情を浮かべるユーグリッドも、私を見てなぜかひどく心配するアーリアンナさんも、少し苦手に感じてしまったのである。

 ……いや、話したくないわけではない、しかし迂闊に話しかけると、接し方がわからない私では相手を傷つけそうな気がしたのだ。それがどうしても嫌われてしまいそうで、怖かったのである。

 そうして話せずにいると、避けていると思われ傷つけるのではと焦り、悪循環に陥る。


 そんな混乱でまともに会話できない私を前にしても、コンフェルドルさんだけはいつも何か語るでもなく書庫での読書を共にし、時折ぽつりぽつりとわからない文字を教わったり、本を読んで浮かぶ疑問に答えてもらったりと関わりがあり、私はゆっくりと「話す」ことに慣れていった。

 私の傍らにはいつも青い小鳥のルリがいて、もう子狼のロウの姿はないけれど、荒れた感情が落ち着いていったというのもある。


 そうして一か月を過ごした私は、自身の置かれた状況を理解していった。ここは前住んでいたトラジー国から離れた、オルヴァテア王国。国の南側に未開の深い森を抱え、そこには強い魔物が蔓延っている為に時折付近の街や村を襲い、その為兵士や冒険者たちが多く活躍している国だという。

 私たちが住まわせてもらっているコンフェルドルさんとアーリアンナさんの隠れ家もその森の奥で……といっても二人曰く手前のほうにあるそうなのだが、強い結界で周囲を覆っている為人にも魔物にもまず見つかることはないらしい。そもそもここまで森の中に入ってこれる強さを持つ人間は稀であるそうだ。



 その稀な存在である一人が、転移から一か月後、この隠れ家に顔を見せた。

 あの時私たちを助けてくれたうちの一人、高ランク冒険者であるという、大剣使い、ルイード・アルガさん。どうやら私たちが目覚める前に冒険者ギルドに顔を出しに行くと旅立っていたそうで、一ヵ月経ったその日、魔道具である大容量収納鞄にたくさんの食糧や衣類、生活必需品を詰め込んで様子を見に来てくれたのだ。


 甘えてばかりなのが申し訳ないが、彼の持ち込んだものは食料はもちろん、衣類に関してもとても助かるものだった。成長期に大して栄養を取ることもできず過ごしていた私の身体はひどく小柄で、アーリアンナさんの使わなくなった衣類をなんとか紐で絞って使わせてもらっていたのだが、それでもぶかぶかだったのである。

 さすがにその頃にはアーリアンナさんやユーグリッドとも話すようになっていたが、ルイードさんは思い切り見上げなければ顔を見ることもできない程大きな男性で、最初ひどく挙動不審になってしまい相手を落ち込ませるという申し訳ない状況を作り出してしまった。正直に言えばあの日集落で私を床に押し倒した男と体格が似ていた、というのも理由の一つである。

 そこに至ってようやく私も「いろんな人と話せるようにしよう」と努力してみたのだが、どうにも私は相手から言われる言葉が恐ろしいものに感じ、そして自分の発する言葉が相手を傷つけるのではと恐怖する癖が抜けないことに気づく。

 いや、正確に言えば気づいたのはコンフェルドルさんとアーリアンナさんだ。それを教えてもらったとき、真っ先に思い当たったのは前世……一つ前の人生での経験と、二つ前の人生の死因のせいかもしれない、という心当たりについてだった。さすがにそれを語ることはできなかったが。

 ユーグリッドが私の集落での様子を覚えており、私の恐怖の原因はそこにあるのだろうということで話は落ち着いたが、そもそもそんな年数の問題ではない、年季の入った話である。

 まぁ、なんとかやるしかない……数日悩んで私がその結果に落ち着いたのは、ある意味開き直りだったのかもしれなかった。人は一人では生きられない。ここに生まれる前は確かに転生はしたくなかったが、別に死にたいわけではなかったのである。

 ……前世だけではなくこの体でも一度死んだあの経験が、何よりも恐ろしいものとして沁みついていたのだ。



 私たちを助けてくれた三人が国一つ壊滅状態に追い込むようなあの実験現場であった場に居合わせたのは、国、いや世界でも有数の占術士であるコンフェルドルさんが視た占術の結果から、あの国で恐ろしいことが起きるということ、そしてそれに巻き込まれる若者に迫る死を察知し、その死が魔力暴発をもたらす可能性を推測。脳内で警鐘が鳴り止まぬほどの嫌な予感を信じてそれを阻止する為であったという。

 占術というものは私の前の知識にもなかった為にいまいち理解できなかったが、この世界では扱える人間が非常に少ない、重要な魔法であるらしい。ものすごい人に助けられたようだ。


 そうして己の占術の結果を知ったコンフェルドルさんは、友人であったアーリアンナさんとルイードさんに相談し、元は全員同じパーティーメンバーであったという高ランク冒険者三人はかの国に潜入、調査の過程で死なせてはいけない若者がユーグリッドであることを突き止め、助け出そうとしたものの……間に合わず失敗。

 暴走に暴走を重ねた魔力は、フェニックスの尾羽でその場で蘇った者すらも死なせてしまい、呪いのように、魔道具による防御も結界も意味をなさず、王族を含めた重鎮の命を刈り取ったそうだ。正しく、魂核を奪われた竜の呪いだったのかもしれない。研究が他国にばれぬようにと城の地下で行っていたのも、逃げ場がなかった原因の一つだ。

 しかしそれだけでは収まらず、このままでは暴走した魔力が実験体の肉体から解き放たれた時、国が一つ二つ吹き飛ぶような大災害が起きる……と予想し、愕然としたという。危険な研究だからこそ尾羽を所持していた研究者や重鎮すら完全に屠った大暴走だったのだ、死を覚悟しても仕方ない状況であった。

 だがそこで、本当にぎりぎりのところで、実験にはイレギュラーな存在であった私の能力が、尾羽をむしり取られた影響でもう長くはないフェニックスのテイムという奇跡を起こし、ユーグリッドを蘇生。ついでに私やルリまで蘇生してフェニックスは消滅、となったところで、三人に助けられ私たちはあの国を脱出したのである。


 どんなに裏切られた経験があろうと、そんな状況の中で私たちを助けて保護し、良くしてくれている三人を信用しない、というのはむしろ苦しく、ユーグリッドよりも少し慣れるには時間がかかったものの、私もなんとか生活できるレベルまで回復した。

 書庫で明け暮らすのをやめた頃から始めたのは、庭の野菜の世話や、ユーグリッドと近場の森に出かけて木の実の採集、掃除洗濯など、生活していく上での手伝いだった。

 思い返せば世話になりっぱなしで本の虫というとんでもないただ飯喰らいだったのを恥じ、必死に手伝いをこなした。


 ユーグリッドはドラゴンの魂核を融合したことで身体能力が強化され、魔法使いであるアーリアンナさんや時折顔を見せる現役冒険者のルイードさんに修行をつけてもらいながら身体を慣らし、いずれ元より目的であった冒険者になる為に隠れ家を出ていくことにしたという。

 私が木の実を取りに森の中に入る時ユーグリッドが一緒なのはその為で、並みの冒険者では生きて戻ることはできないと言われているこの森で、彼は修業だと魔物を屠る。私の護衛を務めてくれているのだ。


「護衛は修行のついでだと思ってくれていい、気にするな。それに……ミナは気配に敏いからな」


 どこか困ったように笑う彼は、それでも集落で会った頃より鋭い目つきをするようになったと思う。そこに私の知るユウの面影があるような、ないような。そんな彼との関係は最初はぎこちなかったものの、次第にたまに冗談を言い合うような、私の今の人生では間違いなく初めての近い距離感を持つ相手となり、互いしか同じ境遇がいない分、どちらも互いを頼って相談事をするようにもなった。

 そうしていつも一緒に過ごしていれば、三か月もあれば彼が何を言いたいのか、大体察することができるようにもなった。

 彼は恐らく、一緒に行かないか、と言ってくれようとしているのだ。あの日と同じように。


 私とて、いつまでもここでお世話になるわけにはいかないとわかっている。コンフェルドルさんは孫のようじゃと私たちを可愛がってくれ、恐らく本心からここにいていいのだと言ってくれているし、アーリアンナさんも私がこの国で生きることができるようにと魔法を教えてくれる中で、それでも別にここにいてもいいのだと伝えてくれる。しかしそれに甘えてはいけないと思うのもまた事実で、相談したこともあったユーグリッドがそれに気づかないわけがない。

 こっそりと空いた時間書庫でこの国で生きる知識を身につける日々。最近では歴史や魔法などの知識欲を刺激するものではなく、魔物の種類や冒険者として生きる為の知識などの実用的な本に手を伸ばすようになった。

 他の仕事ではなく冒険者を志したのは、やはり一回目の人生の経験があった為だろう。今度こそ旅をやり遂げたと思いたかったのかもしれない。


 それに気が付いたユーグリッドから、やはり、一緒に冒険者になってパーティーを組まないか、と誘われた私は、正直驚いた。一緒に旅立ったとしても、私が街まで護衛してもらうだけになるのだろうとお荷物を覚悟していた私がそれを問えば、「まさか街まで行って、はいさよならってするつもりだったんじゃないだろうな」と少しばかり怒られてしまった。そうだと思ってた。

 占術士であるコンフェルドルさんから私の適正がテイマーと付与術士であったことを教えてもらい、どうりで前世の知識から引っ張り出したその系統の魔法は使えたわけだと納得した私は、なんとか足手まといにはならないで済むかもしれない手段を手に入れ、修業し、二か月後、答えを出した。

 私は、生きたいのだ。

 十六の誕生日を迎えたら、二人で冒険者になる為に街に行こう、と約束したのである。




 そんな目標を見つけて長いようで短いだろう隠れ家での生活を惜しむように過ごしていたある日。


「……ルドおじいさま、この指輪はなんですか?」

「んん? ああ、開かずの本じゃよ」

「え? 本?」

 もう間もなく日も沈む。冬が近くなり日が短くなったことで、本を読みにくくなったと嘆く頃。

 本人に望まれコンフェルドルさんを「ルドおじいさま」と呼ぶようになった私がいつものように書庫を覗き、ふと、書庫の本棚の上に空いたスペースが、空いているのではなく小さな木箱が置かれているせいであったのだと梯子を上って気づき、興味を惹かれた。

 そばで本を読んでいたルドおじいさまに開けてみていいかと尋ねてやや生返事に近い承諾を受け、蓋をかぱりと開けたそこには、美しい装飾で石の嵌る指輪が三つ、繊細な細工の金銀でできた指輪が一つ、収まっていたのだ。どうやら、ジュエルケースであったらしい。


「ふむ。どれ、その木箱をちょっと持っておいで」

 少し楽し気なルドおじいさまに言われるがまま、一度蓋を閉め、そっとその木箱を持って梯子を下りる。と、その木箱の底に魔法陣が描かれていたことに気づき、あれ、と眉を寄せた。


「……鍵、の、魔法?」

「そうじゃよ。その箱はの、一定以上の魔力がないと蓋が開かんのじゃ。やはりそなたは開けることができたようじゃなぁ」

「一定以上の、魔力……」

「かなり厳しい条件じゃ。なにせ、わし以外で開けることができたのはアリアとそなた以外知らぬ。ああ、間違いなくユーグも開けることができるじゃろうが」

「え」

 確かにアーリアンナ……アリアさんが、私は類まれな魔力の持ち主だ、と言っていたのは知っている。もとから燻ぶっていたようだが、どうやら一度死んだ後、大幅に上昇したようなのだ。

 フェニックスの蘇生は、尾羽ではなくフェニックスに望まれて蘇生したものに限り、なんらかの恩恵を受けるのである。

 だがそれ以上の存在……ドラゴンの魔力をも制すユーグリッドが規格外すぎて、あまり自覚はなかったのだが。なにせこの隠れ家に住むのは誰も彼もみな、前世までの知識で判断しても超人レベルであり、その中で私は最下位であるという認識なのである。

 アリアさん曰く、とっくに上限を迎えた自分たちより、まだ手付かずの私のほうが育つ可能性があると言われても、前世の知識から使おうと試みた攻撃魔法はことごとく失敗しているのだ。自信喪失である。

 付与術士である私が得意とするのは、自分や他人、テイムした生き物、もしくは敵に、状態異常などの効果を付与する、目立たぬ魔法ばかりだったのである。


「実はこれは魔道具での。こうして指にはめると……」

 そういってルドおじいさまが木箱の中の指輪の一つを指にはめた時だった。


「わっ」

「どうじゃ、驚いたかの」


 楽し気に笑うルドおじいさまの手に、一冊の本が現れた。指輪はそのままであることから、空間魔法の施された魔道具であろうかと推測すれば、当たりじゃとルドおじいさまの表情に、柔らかい皺が深く笑みをかたどって刻まれる。

 私が手を伸ばしてもその本はルドおじいさまの手を離れると一瞬で消え去ってしまい、そして読もうにもなぜか文字が認識できない。首を捻ると、残念なんじゃが、とルドおじいさまは緩く首を振った。


「見ておれ。これはの、何らかの封印があって開かん。ほうれ」

 ぐ、と本を開こうとルドおじいさまが指を添えるが、本はいっそ本の見た目をした彫刻品であるかのようにそのページを見せることはなく。

 石のついた指輪は三つあるが全部そうなのだと語るルドおじいさまはひどく残念そうで、しかも本を取り出した本人も表紙の文字すら解読できんと嘆いた。


「そなたもやってみるといい」

 そうして差し出され、興味本位でそっと、指輪の一つを手にとり、右手の中指にはめて驚いた。大きいと思ったそれは、ひゅっとちょうどいい大きさとなって指に触れたのだ。


「高位の魔道具はそういったものじゃ。驚いたかの? 最も、大きさの最適化程度ならともかく、これほどのグリモワールを収めた魔道具なんぞそうそうお目にかかれるものではないが。いつだったか報酬として貰ってのう。どれ、取り出してみるといい。出て来いと魔力を注ぐだけじゃ」

「はい。わっ、重……くない。軽いですね。グリモワールかぁ……」

「ま、わしらやユーグが使う武器と一緒じゃ。これも魔道具の一つじゃよ、重さが軽減される術がかかっておるらしい」

「すごいですね。えっと、属性魔法全書? 分厚いのに重さがないせいで違和感が……」

「……なんじゃと」

「え?」

 急に真剣みを帯びた低い声にびくりとして顔を上げると、驚愕した表情のルドおじいさまが、そなた今なんと言った、と声を震わせた。


「え……? 重さがないせいで」

「違う! そなた今、その表紙に書かれたタイトルを、読んだのか! 属性魔法全書、とな!?」


 そこまで言われてその気迫に肩を竦ませながらも、こくりとなんとか頷いたところで、どうしたんだい、と慌てた様子でアリアさん、そしてユーグリッドが顔を見せた。

 魔力が荒れ狂っとるぞとアリアさんに杖でぽかんと肩を叩かれたルドおじいさまが、ああ、ああ、と言葉をなんとか紡ぎながら、深呼吸して目を閉じる。


「……ユーグ、そなた、この木箱を開けて中のものを使ってみぃ」

「え? はぁ……指輪?」


 ルドおじいさまに言われすんなり蓋を開いたユーグは、言われるがまま石の嵌った指輪の一つを選んで指にはめ、使えと言われた意味を理解したのだろう、すぐに魔力を流したようで手の内に本を取り出す。


「うわ、すごいですね、魔道具ですか。……ん?」

 開こうとしたユーグはその本が開かないことに眉を寄せ、そしてタイトルを見つめて、目を細める。


「なんと書いて……わかる気がするのに読めませんが」

「そう、その筈じゃ……まさか。ミナ、そなた、本を開けるのか」

「え? いや、あ」


 タイトルを読んだ時点で驚かれた為に開くことを忘れていた本に思わず手を掛け、ばらり、とそれが開いたところでぎょっとして手を離したが、本はそのままページをぱらぱらと風もないのに捲り続け、そして私の手を離れたというのに私の手のすぐそばに浮いていたのである。


「開かずの本が、グリモワールが、主を選んだのか!」

「なんと、まぁ」


 驚くルドおじいさまとアリアさんに挟まれながら、私は手の中で浮くように漂う本に視線を落とし、呆然としたのだった。


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