7話


 後は若いお二人で。執事のミュラーさんは退室してしまった。ソファーに座る私の正面には、私の運命の相手が座っていらっしゃる。

長い脚ですね。ただ座っているだけなのにかっこいい。昨日とは全然印象が違う。レイなのに。


「何処から私、突っ込めばよろしいのでしょうか」

「そう怖い顔で睨むなって」

 レイは楽しそうに笑っている。なんでそんな風に笑えるのか。私の内情は怒っていいのか泣いていいのかぐちゃぐちゃだ。冷静を保つようになんとか必死に心の中で落ち着けと言い続けているだけで精一杯なのに。

「全然意味が分からないです」

「一つ一つ答え合わせをしようか」

「そうしてくれないと納得できないです」

 今だってこれは現実なのかと自分の頬をつねりたくなる。

「妾の子供なんだよ、俺。よくある話さ」

「…!」

 妾の、子。

「若い頃に王様が遊びで抱いた女がいて、それが俺の母親。母さんは身ごもってた事を隠して、王都を出て村の親父と結婚した。親父は受け入れてたんだ。身重だったけど、一目惚れだったそうだし、親父の運命の相手が母さんだったしな。まさかその男が王族相手とは思わなかっただろうがな。今は二人とも王都で普通に暮らしてるよ。元気にしているって話しただろ?」

「…そう、だったの…そういえば…第二王子の存在が明るみに出たのは、二年くらい前でしたね」

 ファスト王国には第一王子と王女様がいる。王女様は公の場に滅多に出てこないけれど。私の考え事を他所に、レイと目が合うと彼は困ったように笑った。

「その敬語、使うのは止めてくれないか。今まで通りタメ口で構わねーよ。俺もお前相手には言葉を崩しているしな」

「そ、そういうわけには…」

「二人きりなんだ。じゃ、命令ってことで」

「う、し、しかたない、わ、わかり…わかった」

 レイはよし、とまた笑った。その笑顔、ずるい。どきってしている場合じゃないのに。

「それにね、まだ確認したいことはあるの。昨日突然私の前に現れたのも偶然じゃないんでしょ!いくら何でも都合が良すぎる」

「流石俺の嫁になる女」

「あ、あのね!茶化さないで!」

 嫁になる女。不覚にもまたどきりとしてしまった。だって、嬉しそうに笑うから。

「俺は二年前に検査を受けて相手がリイって、知っていたからな」

「はい?」

「俺の権限で極秘扱いにしていたんだが、本当はすぐにでも迎えに行くつもりだったんだ。だが二年前というと丁度ごたごたがあった時だったから俺も王都を抜けるに抜けられなくてな」

 ごたごた。二年前の魔物襲撃事件をごたごたで片づけたの、今。

「いつの間にか国がお前に手紙を出しちまって、今日に至るわけだ」

 絶句。状況は理解…したのかな。私。

「今でも混乱しているって顔してるぞ」

「…すぐにこの状況をはいそうですかって飲み込める人がいる?」

「難しいな」

 レイは立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。距離が、近い。私の右手を取ると、ちゅ、とキスを落として。たったそれだけなのに、どきどきしてしまった

私は男性の免疫がなさすぎる。



「俺は運命だと思った。相手がお前だって知って本気で嬉しかった。手に入れたいと思っていた」


「な、ん…レイ…私…」

 逸らせない。真っすぐに、真剣に向けられた瞳。レイってこんなに顔、整っていたっけ。何を今更私は…


「……っ」

 言葉に詰まってしまい、何も言えない。ただただ私の心臓の音がうるさい。レイに聞かれていないだろうか。

「…可愛いすぎるだろ」

 ぼそっと呟かれたと思ったら勢いよく抱きしめられた。

「だ、抱きしめていいなんて、許可して、ない!」

「じゃあ何で逃げないんだよ」

「う…」

 言葉ではこの人に勝てない、言いくるめられてしまう。彼の背中に腕を伸ばすことすら躊躇い、私の伸びた両手は、行き場をなくしていた。


「レイ、私ね、私…正直とても混乱しているの」

「そうだな」

「あ、あの、そろそろ離して欲しい、んだけど…!」

 私の心臓が持たない…!

「もうちょっといいだろ?」

「レイ!」

「わかったよ」

 やっと離れてくれて、ほっと息を付いた。


 この人が、私の運命の相手。嬉しい筈なのに、落ち着かない。まだ、心臓がうるさいくらい早く高鳴っていた。


「その…正式な婚約を、するのよね、私」

「まあそうなるな」

「そ、そう…」

 会話が、続かない。

「なあ、昨日みたいに普通に接してくれないか。変に意識しちまうのもわかるけどよ」

「ど、努力はする」

 その優しさに溺れてしまいそうになる。レイだって、立場とか関係なく私に「幼馴染のレイ」として、話しかけてくれる。これは夢?いいえ現実。しっかりしなさい。

「話したい事、たくさんあるの…でも、ちょっと、やっぱり少し待って欲しいの、私…」

「わかった。けど、今日は返すつもりはねーから」

「!?」

「いちいち顔赤くするの、反則。本当可愛い」

 お願いだから、これ以上私を混乱させないで。恥ずかしくて、レイの顔を見て居られなくなった私はぎゅ、と瞼を瞑ってしまった。

「何も取って食おうってわけじゃねーのにさ」

 困ったように笑った気配がして。ゆっくりと瞼を開くと、レイはやっぱり困ったように笑っていて。

「私…」

「少しずつでいいんだ。時間はある」

 レイは私を落ち着かせる為に、手を優しく、握ってくれた。




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転生したら村人Aとして生活していこうと心に決めたが運命の相手はこの国の王子だった 悠里 @yurihome

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