6話

 翌朝、再び王立研究所へ訪れた私は、昨日待たされていた客室に通された。

昨夜は中々寝付けなかった。服装だって村人Aって感じの白のブラウスにスカート、至って普通。昨日レイには運命の相手に会うかも、なんて言ってしまったけれど相手は王族。突然今日、会うなんて事、ないよね。ドレスなんてものは持っていない。でも王子様に会うなら身なりを整えるようにと通達されるはず。


「お待たせ致しました」


 白髪をオールバックにした執事服の男性が入ってきた。年齢は、五十代くらいだろうか。男性はお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。私はミュラーと申します。第二王子、レイノルド様に仕えさせて頂いております」

 慌てて私は立ち上がり、お辞儀をする。言葉遣い、気を付けなくては。ただの村娘だった私には上品など程遠い存在だったけれど。

「はじめまして、リリライラ・ワーグナーです」

「早速ですが、今後のご予定と致しまして、まずはレイノルド様とのお顔合わせからの食事会。その後国王陛下と王妃様に謁見をして頂きます」

「!?」

 飛び込んできた内容にどくりと心臓が鼓動し、両目を見開いた。

「正式に王子と御婚約を結び、王城へとご案内致します。つきましては─」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 私は咄嗟にお話をさえぎってしまった。

「お、お城!?お城に住むってことですか!?」

「何か不都合でもございましたか?」

「そ、その…驚いてしまって…」

 そうね、そうなるよね。でも、私は。私はそんな生活を望んでない。普通に平和に暮らしたいの。それが私の望み。でも王族に逆らうなんて…下手したら国外追放されてしまう。死刑とかになったら…!!

「ご安心ください。不安もございますでしょう。こちらで全て支援致します。ですが王子と会う前に一度身なりを整えて頂かなくては」

 ですよね。上から下まで私を見たミュラーさんの視線が刺さった。



「身なりなんて気にしなくても十分魅力的な女性だよ、彼女は」



 扉の前に、男の人が立っていた。彼の登場にミュラーさんは驚いた表情を見せたがそれは一瞬の事ですぐに引っ込めてしまった。いいえ、今それどころではない。私は、目の前の男性に釘付けになった。


 私は、何を見ているんでしょうか。 目の前に、正装した……レイがいるのだ。


 白を基調とした高そうなコートに腰には剣を装備している。王子様、いえ騎士にも見える。おまけに整った顔立ち、銀髪で宝石のように吸い込まれそうな淡い緑色の瞳。乙女ゲームに出てくるキャラクター登場イベントスチルになる姿だわ。は、いけない。ゲームに例えている場合ではない。


 呆然と立っている私に、悪戯っぽくレイは笑った。レイは私の髪を掬い、キスを落とす。目が合って、どきりと心臓が高鳴る。かあ、と頬が熱くなった。今まで男性にこのような扱いされたことすらない。


「その驚いた顔が見たかったんだよな」

「…………」


 レイがいる。

 レイだよね?

 なんでレイが王子様の格好して現れるの?


「レ、レイ…?」

 ようやく絞り出すように出た私の声は、震え声で掠れてしまった。

「そうだよ。昨日遅くまで語り合ったろ」

 レイは楽しそうに笑う。

「どういうこと…?」



「俺がレイノルド・エンファストだ」



 この男は何を言っているの?



「既に面識済みでしたか。流石お早い行動で感服致します」

「当然だろ」

 放心している私の横で、ミュラーさんとレイの会話が聞こえてくる。レイに距離を詰められ、抱き寄せられ、びっくりして身体が強張ってしまった。腰に回されているレイの手の温もりが妙にリアルで意識してしまい、目が、逸らせない。



「だから言っただろ?お前は絶対幸せになるって」



混乱した状況の中、これだけは言わせて欲しい。私の涙と初恋さよなら宣言した悲しみの気持ちを返せと怒鳴りたい。思いっきり。


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