全裸禁止令


 この種の規制のやり方についてハイドロジェットPが無知だったのは、本人の不勉強のせいにするわけにはいかないだろう。それと言うのも彼の前作『海底少年マリン』では問題に配慮ならなかった点だったし、スタッフも誰も問題にしなかったのだ。ネプティーナという前例がある以上、『美少女と液体人間』の公開にも何の障害もあるはずがないとみんな信じこんでいた。

 ところが『美少女と液体人間』の公開にはストップがかかった。

 問題になったのは、かすみの年齢だった。どう見ても18歳未満。すなわち、18歳未満の女子の全裸や胸の露出を禁止する法令違反しているというのだ。もちろん液体人間に変身したかすみには、コンピューターグラフィックスによる変形や変身が加えられているのだが、そんなことは問題ではないという。コンピューターグラフィックスであっても無関係だ。未成年の少女であるだけで違法だ、というのだ。

 その頃の日本映画には、大半の観客が気づかないうちに、そうした検閲が忍び寄っていた。一例をあげるなら、1982年の日本映画『転校生』である。トランスセクシャルものの古典的な作品で、ある少年と少女の肉体と精神が入れ替わってしまう話なのだが、現代で再見することはかなわない。というのも、女の子になった少年が、初めて自分の裸を目にして驚くシーンがあるからだ。すなわち、新人の若手が自分の裸の胸を観客に向かって見せているわけで、当時の観客はどうということもなしに見ていたのだろうが、児童ポルノ法が知れ渡った今となっては、そんなのものを目にしたと主張しただけで大騒ぎになる。いや、児童ポルノ法違反の罪で警察に逮捕されるのは間違いない。

 かくて『美少女と液体人間』はおおっぴらに公開できなくなり、幻の作品となった。順調にいけば何億円もの投げ銭を稼いだはずだったのが、泡と消えたのだ。無論、ハイドロジェットPは大きな傷を負ったのだが、単なる経済的な損失よりも、それ以上に心に負った傷の方が痛かった。彼は一時期、すべてのコンピューターグラフィックス映画から遠ざかり、長い沈黙を守った。

 この時期、ハイドロジェットPが積極的に参加していたのは、日米独の共作プロジェクト、〈プロジェクト・リアーネ〉という合作作品だけである。

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