第9話 精霊とスローライフ

食べ終わった二人は食べ終わった後の皮を日当たりのいい場所に並べていた。


「それは何かのまじないか?」


「違うわ。こうして少しだけ日にさらして、乾燥したら畑に埋めて肥料にするの。まあ、まだ畑はないから一旦はどこかへまとめておくことになるわね」


「ふむ。リリアは大切にしてくれるのだな」


(なるほど、精霊目線はゴミにも適用されるのね)


一つ学んだリリアだった。


「では今日は畑作りをするのか?」


精霊王はわくわくと腕まくりをしている。

人間の生活に疎いのだろう。とにかく面白そうなことを真似てみたいらしい。

だが彼の長いローブのような出で立ちは神秘的だが農作業には向かなさそうだ。


「畑も作りたいけれど、その前にやらなくちゃ行けない事があるわ」


「ほう?」


「掃除よ」



小屋は平屋で小さい作りだ。

昨日は色々あってすぐ寝てしまったが、とにかくカビとホコリ、害虫などをどうにかして心地良く過ごせるようにする。

それがリリアにとって目下第一優先の事案だった。


「まず、小屋の中から出せるものは出すの。後で掃除しやすいようにね」


精霊王は真剣な顔でリリアの話を聞いている。

小屋の中には家具らしい家具が暖炉とベッドとテーブル、椅子くらいだ。

二人で協力すればすぐだろう。


「なるほど」


だが精霊王が撫でるように指を振っただけで全ての家具が持ち上がり、そのまま運ばれはじめた。

そういえば昨日もあの大男たちを次々どこかへ運んでいたとリリアは思い出す。


「……それどうなってるの?」


「どう……ああ、見えないのだったか。アエラス達に手伝ってもらっている」


アエラス。風の精霊の総称だ。

その精霊たちが彼の指の動き一つで働いてくれているという。


「精霊王って……便利なのね……」


あまりの事に、あまりに率直な意見が口をついて出てしまった。

だが精霊の王は褒められたと受け取り得意げだ。


「そうだろう」


感心しているリリアの髪をすくって、ふと精霊王はリリアに向き合った。


「リリア」


「王様? どうしたの?」


「うむ……。『精霊王』も確かに私の名だが、リリアにはもっとほかの名前で呼んでほしい」


彼はあっという間に家具を運びだして近くにふわふわと浮かせている。


「他の名前?」


「ああ。人間が「風の精霊」を「アエラス」と呼ぶように、「#精霊王__わたし__#」にも名がある。

 勿論「精霊王」も私の名の一つではあるがな。

 しかし、リリアにはなるべく「私」に近いものを呼んでほしい……と思う」


精霊教会に行っていないリリアでも精霊の名前を知っているのは、その名前が日々の祈りの中に出てくるからだ。

火の加護を受けた者は火の精霊フォティアの名前を、水の加護を受けた者は水の精霊ウォネロの名前をというように、それぞれ祝福された精霊に祈りを捧げる。


集団で祈る場合は「精霊王」へと祈っていた。

祭事や儀式の時には精霊王にも祈るらしいが、リリアはそれを聞いたことがないので名前があるのかどうかも知らなかった。


「『エレス』だ。私の事は『エレス』と呼んでくれ」


「エレ……ス?」


精霊王、改めエレスは美しい顔をゆるませて嬉しそうに微笑む。


「エレス?」


「リリア」


「エレス」


「リリア」


確認の為に呼んだだけなのだが、その甘い雰囲気になんだか気恥しくなってリリアはうつむく。

まるで好きあっている者同士のようなやりとりだ。


エレスが上機嫌でリリアを熱く見つめているので、雰囲気に慣れないリリアはますます固まってしまう。


「き、気を取り直してお掃除の続きをするわよ!」


「そうだな」


どうしたらいいのか分からなくなったリリアは自分に言い聞かせるように叫んだ。

するとエレスはくっくっと喉で笑う。


か、からかわれたのかしら……。


村中からまず人間として扱われなかったリリアは当然、男女の仲の普通というものを知らない。

だからエレスから甘い雰囲気を感じるとどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

さっきだってからかわれたのか馬鹿にされているのかの違いもよく分かっていなかった。


そもそも相手は精霊の王なのだから知っていたからといって通用するのかも怪しい。

だが、例えば酒場の娘のキャロルなら、美貌の精霊に甘く見つめられても「きちんと対応できる」のではないかとリリアは思ってしまうのだ。



「それで、次はどうするんだ?」


呼びかけられ、リリアは赤い顔をごまかすように足早に歩いて小屋横に止めていた荷車から小さな箒と塵取りを取り出す。

エレスはそんなリリアの後ろをひよこのようについて歩き、面白そうに眺めていた。


「今度は入り込んだ土や埃を掃きだすの。壁に小さな穴が空いている場所もあるから埋められるなら埋めておきたいけれど、今日は用意がないからまた今度にしましょう」


「用意? 何が必要なんだ」


「そうね、ちゃんとやるならモルタルを作って壁に使われている石と合わせて壁にするの。

孤児院では家を建てている所に余ったモルタルを少しだけ貰いに行って修繕してたわ」


何かを分けてもらうのは院長や他の子どもたちの仕事だった。

リリアが出ていくとまず追い返されるからだ。

そうなるとリリアしかいない今、丁度良くモルタルがあったとしても村で分けてもらうのは難しいだろう。


(出来ればエレスに居心地の良い居場所を作ってあげたいけれど、難しいものね……)


リリアとエレスは小屋の中に入ってぐるりと全体を見渡す。


「モルタルがあればいいのか?」


「あればいいけどそうそうないわよ。森の中の良い感じの粘土を探しておくから今度それで代用するわ」


リリアが困ったように笑うとエレスは不思議そうに、その優美な首を傾げた。

そしてまた、空を撫ぜるように指を動かす。


「その程度であれば」


はっとしてリリアが小屋を見ると土埃は勝手に掃きだされ、壁も見る見る埋まっていく所だった。

元の壁と同じ材質の壁は、しかもすぐさま乾いてく。


あれよあれよという間に小屋の中は綺麗になっていった。


「これ……また精霊様に手伝ってもらったの?」


「ああ、土精霊のエザフォスがな。珍しく張り切っていたぞ」


「まあ。すごいのね。ありがとう」


リリアは壁に触れて感謝する。

見えないが、こうしていれば気持ちが伝わるような気がした。


改めて見ると小屋は小さな隙間までしっかり埋められ、上から下まで清められていた。

これを使う日は来るのかしら、とリリアは手に馴染んだ箒と塵取りを荷車に戻す。


それで次は?と美貌の精霊王はリリアに尋ねる。

人間の生活自体に興味があるのだろうが、それ以上にリリアの役に立てるのが嬉しいようだ。


おそらくエレスに頼めばあらゆる事が一瞬で片付くのだろうということは、リリアにも薄々分かってきた。

だが常に用事を言いつけられる側で、誰かに頼む事に不慣れなリリアは、エレスの態度に困惑するばかりだ。

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