第10話 孤独な戦い

・6階B棟からC棟への連絡路


17:00


山田は走っていた。


脇目も振らずにただひたすらに。通路の端に事切れた男女の遺体を見ても、無惨な屍になった研究員を見ても、走り続けた。一分一秒でも時間が惜しい。宮部の体の中の寄生菌は、刻一刻と蝕み変異を促し続けるだろう。そう考えるとチンタラ歩くのは得策ではない、という考えは子供でも分かった。


動力室までのルートは、あらかじめ地図を見て頭に叩き込んである。

C棟に到着してすぐ、左の通路を曲がれば動力室だ。

それまでの道中で誰かが邪魔しようものなら、全力で排除する覚悟を決めていた。

それがたとえ人間であっても、特殊部隊であっても邪魔はさせない。


誰かを助けたいという想いは、恐怖を凌駕していた。

その時だった、前方からまたしても黒板を引っ掻く様な、不快音が轟いた。

前を見ると案の定、ヴァリオスが山田に向かって来ていた。


ヴァリオス:「ギーー! ギー!!」


山田:

「お前と遊んでいる暇はないな」


さらに加速し、足を引き裂かれる前に山田は跳んだ。ヴァリオスを飛び越し無視し、連絡路を進む。走る時間ですら惜しいのに、戦いに割く時間はほとんど皆無だ。


銃弾も無限ではない、出来る限り節約しなくてはならない。そう思った直後。銃弾を使わざる得ない存在が、前方から現れた。ドス・カーラがフラフラとしながら、立ちはだかってきた。


ドス・カーラ:「……ァァ、アアア……タスケテー、タスケテー………ニンゲンダヨ~……」


山田:

「お前とお喋りしてる暇もない」


山田を真っ二つにする為、ドス・カーラは槍の左手を、大きく振り回した。

だがドス・カーラの意思を裏切り、槍は空中を斬った。山田は中腰になって避け、走って来た速度を利用して、ドス・カーラの足を引っかけた。足を掛けられ前のめりによろめいたドス・カーラの背に、間髪入れずに山田が飛び蹴りを食らわせた。蹴られたドス・カーラは頭から窓ガラスに突っ込み、そのまま外へ投げ出された。


ドス・カーラ:「………イヤァアアアダァアアアーーーー!!」


山田:

「嫌よ嫌よも好きの内さ」


真っ逆さまに落ちて行くドス・カーラの、断末魔を聞き終わらない内に、山田は再び走り出した。6階分の高さから落ちての結末は分かりきっていた。既に分かりきっている最後を、見る必要も無い。だからこそ走り始めた。走り続けた。バテそうになる体力に、アドレナリンを継ぎ足し走って行く。


C棟に着き曲がり角を左に曲がった。


・C棟動力室前通路


17:05


山田:

「……はぁ、はぁはぁ………。何だ、これは………」


山田の眼前に飛び込んで来た景色は、地獄だった。

数十人の特殊部隊の折り重なった死体が、血の海に浮かんでいた。


注意深く辺りを見渡す。周りには脅威になる様な、怪物達はいなかった。

だが重装備の特殊部隊を、全滅に追い込む程の脅威を持った何かが、近くに居るのかもしれない。その事実だけは変わらず、気は抜けない。周囲を気にしながら死体達に近づいて行く。


どれも皆酷い有様で、頭が拉げていたり、胸に大きな穴が空いていたり、両目が抉られた遺体達が、悲惨さを物語っていた。下半身が無いある遺体に近づいた時、その遺体が手帳の様なものを、握っている事に気付きつまみ上げてページを開く。


《特殊隊員の日記

1ページ目

上層部からの命令で関係者の指示を仰ぎながら重要物の回収を命じられた。

何の事は無い簡単な任務になる筈だった。


化け物がうろついていると報告を受けていたが、これほどとは思わなかった。

一人、また一人と仲間を失って行く。装備は充分な筈なのに隙を付かれ次々と化け物達の餌食になって行く。何故こうも化け物達が我々の居場所を知りうるのかが分からない。黒田氏の道案内で安全な道筋を通っている筈なのだ。


不測の事態に黒田氏もパニクっているのか、それとも違うのか。

考えたくはないが黒田氏はまさか・・・



2ページ目

嫌な予感というべきか読みは当たっていたようだ。

黒田氏と少数で『バイオハザード室』へ向かった班から戦々恐々とした報告が次々と無線から聞こえて来る。罠だったのだ。まんまと我々は彼らの罠にハマったのだ。

気付いた時にはもう既に遅い。全てが後手に回り対処は不能。成す術が無い。

腹を空かせた凶暴な獣達の前に放り出された赤子のよう。


全ては黒田氏の手の平の上だったのだ。


(あとは血で汚れて読めない)》



隊員:「………誰か………そこに、いるのか?………」


山田:

「__!__大丈夫ですか?!」


物音がしたからなのかまだ息があった隊員が、誰に喋りかけるともなく呟く。

山田は日記を閉じ駆け寄った。駆け寄って気付いた。両足が反対に曲がり、腹を抉られているこの隊員は、そう長くないという事を。


隊員:「ど、どこの………班だ?」


山田:

「……どこの班でもないですね。ただの一般市民です」


隊員:「ハハ、冗談がうまいな。………ただの一般人が……こんな所に、来れるわけ……ないだろ………」


山田:

「…………」


隊員:「誰だか知らないが、任務は放棄して……逃げろ。我々には手に負えない。……奴が解放される前に……早く……」


山田:

「奴?」


直後内側から何かしらの力が、込められてひしゃげていた動力室のドアが、大きな音と共にさらにひしゃげた。ドン ドンと中から凄い力で叩かれているものすごい音が反響する。


「な、何ですか?」


隊員:「………H-IN 01と呼ばれている怪物だ。何とか閉じ込めたが……扉はそう長く保たない。……早く、逃げろ………」


山田:

「でも、俺はこの動力室に用事が……」


隊員:「……隊長の命令を無視するとは、物好きな奴だ。……コレを、使え………」


火炎放射器を手渡された直後、ドアがぶっ壊れ動力室から5mくらいある化け物が現れた。全身灰色の触手にまみれた、巨大なノーミン。右手は触手で形成された鉤爪。左手は人間の顔の、右目と鼻と口から触手が生えている。


喋りもしなければ意思も最早皆無だ。触手の一つ一つに命があるかのように、ウネウネと蠢いている。山田はこの圧倒的なビジュアルを前にして、後ずさり隊員に助けを乞おうと、話しかけようとした。


しかし隊員は何も反応を示さなかった。


H-IN 01:「ギギャギャギャーーー!!」


触手で出来た鉤爪を、大きく横に振りかぶり山田を裂こうとする。

山田は前屈みになって避け、マシンガンでノーミン本体を狙い撃った。しかし銃弾が当たる前に、触手を伸ばして楯にして銃弾を防いだ。端から見ると蓑虫に見える。


あっけにとられた山田を、人の名残がまだ残っている左手で、山田を殴り飛ばす。


山田:

「ぐあ!!」


背を床に叩き付けられ呻き声を上げる。咳き込み身を丸めようとしたが、大きな鉤爪が振り上がっているのを見て、身を丸める事を中断して、火炎放射器を浴びせる。


炎に包まれH-IN 01は苦痛の雄叫び上げ、ノーミンが熱かったのか、触手の楯から顔を出した。その隙を山田は見逃さなかった。マシンガンで本体を撃ち続けた。悲鳴を上げた。ダメージを与えられている。山田はこれでなら倒せると悟った。


H-IN 01:「ギギギギャーー!!!」


天井を青いで雄叫びを上げたノーミンが、再び触手の楯に身を隠し、闘牛のように突進して来た。直感が動けと叫び、とっさに山田は体を横にした瞬間、彼がいた後ろの壁に突進し、壁一面に大きな穴が空いた。人間の山田だったなら、押し潰されていただろう。闘牛まがいの化け物の背に再び火炎放射器をぶっ込んだ。


再び叫びながら本体である、ノーミンが楯から顔を出し、マシンガンで狙い撃った。そしてまたしても触手の楯に身を隠し、大きな鉤爪を振り下ろした。すんでの所で避け、山田がいた場所に穴が空く。余程の力で振り下ろしたのか、床から爪が抜けずにいるH-IN 01に再び火炎放射を浴びせる。三たび顔を出し、雄叫びを上げる。


今度は武器を変えずに、そのままノーミン本体に放射し続けた。その行為が功を奏したのか、H-IN 01は雄叫びが弱々しくなっていき、ついに溶け始めた。


山田:

「……これでゆっくり眠れるな、先生」


ドロドロの液状の何かになったH-IN 01を見下ろし、哀悼の言葉を口にした後、踵を返して動力室へ入って行く。


・C棟 動力室


17:08


中は床も天井も壁も全て、冷たいコンクリートで出来ていた。左右の壁の上部には、横一列にプロペラが付いていた。換気扇なのだろう、とても大きく立派だが動いていない。


天井に付いている剥き出しの配管からは、少し水が漏れ出し、山田の頭に落ちる。

水が落ちても反応を示さない。頭に落ちる不快感を気にしてられない状況にあった。

なぜなら10匹程のブラックウィドーが、一斉に侵入者である山田の方を、向いたからである。彼に気付いたブラックウィドー達が、一斉に駆け寄って来る。


山田のモテ期である。


ブラックウィドー:「ギチギチギ~~~!!」

山田:

「人外にモテても困る……。」


前方にいたブラックウィドー達を、横一列にマシンガンで蜂の巣にする。

死んだ仲間を楯にし、銃弾を防いだ一匹のブラックウィドーが、山田に急接近した。

大きく口を開け、牙を剥き出しにし、噛み付こうとさらに身を乗り出した。

臆する事無く山田は、口を勢いよく踏み潰した。


ブラックウィドーの頭を踏み台にして、跳躍した。


「うぉおおおおーーー!!」


山田を仰ぎ見るブラックウィドー達に、空中から銃弾の雨を降らす。情けない鳴き声を発し、彼らは死滅した。地面に着地した山田が、そう思いホッと息をついた。


ついた瞬間後ろから、踏み台にしたブラックウィドーが、勢いよく体当たりを食らわして来た。体当たりを食らった反動で、マシンガンが遠くへ吹っ飛んだ。肩越しに地面を滑って行く、マシンガンを見てため息をつく。


ブラックウィドーに向き直り、持っていたハンカチで闘牛よろしく、ひらひらと挑発をした。再び体当たりをするために、突っ込んで来たブラックウィドーの頭に、渾身の力で刀を突き刺した。ぐりぐりと頭を動かし、逃げようとするのを、体重をかけ阻止する。刀が貫通し床に突き刺さって、ようやくブラックウィドーは果てた。


やれやれと言わんばかりに山田は、額の汗を拭った。その直後、真横から何かに襲われ、その何かと一緒に床に倒れる。よく見たらアイミンが、ギラ付いた目で山田を見つめていた。


アイミン:「あが、あがが、あが~」


山田:


「ガン付けてんじゃ、ねぇよ!!」




右左と振り下ろされる鋭い鉤爪を、刀で防いだ後両手首を切り落とした。あっけにとられたアイミンの隙を付いて、刀を横にかっ捌き、アイミンの首を落とした。
アイミンの遺体をどかして立ち上がる。マシンガンを拾い、ひと際大きなレバーのついた装置の前に立ち止まった。下りている3本のレバーを全て上げた。




アナウンス:『セキュリティーシステムの再起動を確認。これより動力を復旧します。繰り返します』


山田:


「よし、これで雅さんが救える」




アナウンスが数回繰り返した後、辺りがとても明るくなった。見ると電気がついていた。電力が戻ったようだ。動力が復旧した証拠に、先ほどまで止まっていた換気扇のプロペラが動いているのが分かる。


それを確認した山田がうなずき、踵を返して走り出した。動力室から出て、死んだ隊員達の銃の中身を、何個か貰い来た道を走り戻った。道中またブァリオスと遭遇したが、それを無視して飛び越え走り続けた。走り続けて走り続けて、息を切らして宮部達がいる、B棟の小実験室のドアの前に着いた。山田は息を整える事もせず、ドアを開いて中に入った。



・6階B棟 小実験室(最深部)


17:15


数発の銃声が轟いた。 間に合わなかった。とっさにこの言葉が山田の脳内を駆け巡った。同時に走り出した。最深部の部屋へ向かうと、落合が死ねと何度も連呼していた。どこからか湧いたのか、ブラックウィドー数匹を宮部を守る形で迎撃していた。


最悪な展開を避けられた事を安堵した。


山田:

「落合さん!避けてください、こいつら燃やします!」


落合:

「山田さん!戻って来たんですね?! ………ん?燃やす? ……アチッ!!」


火炎放射器を勢いよく噴射する。炎に包まれブラックウィドー達は奇声を上げ、たちまち灰の塊になる。落合は熱気に当たるだけで済んだ。他に危険が無いのを確認して、山田は火炎放射器を床に下ろして、落合達に近づく。


「なんか、武器がグレードアップしてません?」


山田:

「それよりも、雅さんにワクチンは?」


落合:

「あ、まだです。動力が戻った直後にダクトから襲撃して来たので……」


ダクトの密閉を落合に頼み、山田は駆け足でワクチンのある棚に向かう。端末のディスプレイを操作し、パスワードであるM2O2CAを打ち込む。このパスワードに

既視感を覚えたが、それが何なのかはっきりする前にガラス戸が開いた。


ワクチンを掴み宮部の元へ駆け寄った。注射の経験は勿論無かったが、脈の大体の位置に感で注射する。


宮部:

「……ぅ……ん………」


山田:

「雅さん……」


宮部のおでこを優しく撫でる。触られて薄く目を開けか細い声で喋り始める。


宮部:

「………太郎、さん……」


山田:

「もう大丈夫です。ワクチンを打ちました。ゆっくり休んでください」


宮部:

「……助けて、くれたんですね。……さしずめあなたがベアトリーチェで、私がダンテ、みたいですね……」


山田:

「ヘアートリートメントだか、ダテ男だか知らないですけど、俺は俺であなたはあなたですよ」


宮部:

「フフフ、本当に、太郎さんって……面白い人」


落合:

「山田さん、全てのダクトを密閉しました」


山田:

「ありがとうございます。では俺達も、ワクチンを打ちましょう」


落合:

「え?マジで言ってます?」


山田:

「マジです。何かあってからでは遅いので」


落合:

「マジかぁ~……」


注射が苦手だったようで、ビビりながら注射する落合を、飽きれた顔で見ながら自身にも注射する山田。涙目になっている落合を励まして地図を開く。


「次どうします?電気が付いてるので電力室へは、行かなくてよくなりましたけど、宮部さんが休まなきゃいけないので、先へは進めません」


山田:

「……気になる事があるので、C棟へ行って調べたい事があります。手伝ってくれますか?」


落合:

「お付き合いしましょう」


山田:

「雅さん。俺達ちょっと行って来ます。ダクトは密閉されてますので大丈夫だと思います。無線を念のため置いて行きますね」


宮部:

「……必ず、帰って来てくださいね」


山田:

「ええ、戻ります。必ず」


力強く頷いた後踵を返し、落合と一緒に小実験室を出て行く。

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