第9話 ベビー・ノーミン

途中、宮部は落ちている手帳を拾った。


《 外国語語録:

ドス・カーラ・・・スペイン語で「二つの顔」の意

ブァリオス・・・ スペイン語で「複数」の意

(殴り書きされて、読めたのは二行だけ)  》


宮部:
「…………無我夢中で気がつかなかったんですけど、私達今何処に向かってるんでしたっけ?」



落合:


「そ、そういえば……。がむしゃらに階段を上ってるだけな気が……」



山田:


「今C棟にいるのでこのまま6階にある、動力室へ直行しましょう。

セキュリティーシステムが正常かどうか確かめた方がいいかと」




そう言って階段を駆け上がりC棟3階。しかし運命は残酷を極めているようで、炎が立ち塞がりこれ以上は上れない。仕方ないので階段の踊り場から出て通路を進む。




・連絡路前通路


16:40




C棟とB棟との間にある、連絡路を渡る為通路を走る。もう少しで連絡路に辿り着くかと思った矢先、ギ~ っと黒板を引っ掻く様な耳障りのする音が前方から聞こえた。
その不快な音は定期的に一定の時間を空けながら、音を大きくして行く。

つまり音を発している何かが近づいているのだ。


暗闇ではないものの懐中電灯の光は必要で、照らさなければはっきりと見えない。

しかしその何かは、薄暗いにも関わらずもぞもぞ動いているのが影でも分かる。

不協和音の主が暗がりから姿を現す。




落合:


「……なんだ、あいつは……?」




皆視線を床に落としていた。それもそのはずで、そいつは床を這いつくばっていた。

赤い斑点の付いた灰色の大きなまんじゅう、というのが第一印象というべきだろう。
不確かな形のそいつは無数のノーミンで成り立っていた。


暗がりでもぞもぞと動いたいたのは、何かに寄生して体を乗っ取ったノーミン達が、所狭しと動いていた所為だ。
不快な音は大きな鉤爪で、床を引っ掻きながら移動していた故に、出ていた音だと分かった。しかし不快な音はそれだけではなかった。
無数の小鳥が鳴いているかのように、地鳴きにも似た耳を塞ぎたくなる程の、騒音を体中から鳴らしていた。


《池上ファイル

・実験体達による遭遇②

不快なオーケストラに出くわした。そいつは赤い目玉が体中に無数にある特徴的な化け物だ。関係者の話によると、一匹のノーミンに対する実験はやり尽されており、それに飽きた研究員の好奇心の果てだったという。「複数のノーミンに寄生させたらどうなるだろう」という狂った好奇心が、悪魔の実験を勧めた。


一人の人間に対して複数寄生させた結果、ノーミン達の重さに耐えかね自立が出来なくなった、不出来な作品が出来上がったという。失敗作に値する為、一回だけの試みだったのだが、どういう訳だか分からないが奴は増えたというのだ。繁殖なのか、偶発的なのか不明で、不気味なこの化け物は“ブァリオス”と研究員達に名付けられたという。》


正体の知らない化け物を、相手にするのを恐れた山田は急いでファイルを開き、中を確かめた。名前と正体が判明してもやはり、きみが悪い生物に変わりはなかった。

宮部は銃で、他男2人はショットガンでヴァリオスを撃って行く。

撃つたびにノーミン達が空中に霧散して行く。その様は不気味そのものだ。


ブァリオス:「ギー! ギーーー!!」


抵抗を見せたブァリオスは、片腕だけの大きな鉤爪を振り回す。しかし山田達との距離があり、空中を虚しく切るだけだ。抵抗はしているもののほぼ成す術が無いブァリオスは、ひと際大きな奇声を発した後、ドロドロに溶けて果てる。


落合:

「最後まで気色悪ぃ……」


ブァリオスだった死骸に唾を吐き捨てながら、落合は連絡路へ向かう。

山田と宮部はお互いを見合い、同情の視線を交わす。死骸を避け連絡路へ歩く。


・3階C棟からB棟への連絡路

16:43


床以外全面ガラス張りの連絡路を渡っていると、前方からヒューミンαが、奇声を上げながら高々とジャンプして襲って来た。


ヒューミンα:「グガァアアーー!!」

落合:

「真っ暗闇じゃなけりゃ、お前何か怖くねぇんだよ!」


空中でショットガンを撃ち床に落とす、床を数秒のたうち回っていた

ヒューミンαは、怒りの咆哮を上げ体勢を整える。即座に山田が反撃をさせまいとして、かんま入れずにショットガンで連射する。仰け反って後ずさりしたヒューミンαは、ガラスを突き破り外へ落ちる。


山田:

「空中散歩を楽しみな」


宮部:

「た、太郎さん。太郎さん、あれ……」


悲鳴を上げながら落ちて行くのを眺めていた山田を、宮部が青ざめながら今来た道を指差す。数匹のブラックウィドーを潰しながら、数十体のヒューミンαが向かってくる。


山田:

「……あの数は流石に無理です」


落合:

「確かに対処しきれない。こりゃ逃げるが勝ちって奴だな……」


宮部:

「走って!!」


宮部の合図で一斉に走り出す。宮部が逃げながら銃を撃った。


落合:

「弾を無駄にするな!」


銃弾が頭に当たってもやはり即死はしない。

所々壊死した部分から赤い筋の肉と白い骨がのぞき、血の混じったよだれを垂らして、獲物を求めるギラ付いた咆哮を聞けば、誰でも撃ちたくなるだろう。

山田は分かっていたつもりだが、血飛沫と脳味噌を床に巻き散らかして尚、襲って来る怪物を見て、優先事項は違うと声に出した。


山田:

「走れ!走り続けろ!」


宮部:

「でも!それだと追い付かれます!」


その時だった。どこか遠くで爆発音が聞こえた。嫌な予感がして山田が頭上を見上げた。上階から只の瓦礫と化した連絡路が落ちて来る。瓦礫のハルマゲドンというべきか。


「危ない!!」山田は叫び、落合と宮部の背中を思いっきり押した。

轟音が轟き、ヒューミンα達を巻き込みながら、落ちて来た瓦礫と一緒に連絡路が下へ落ちていった。床に腹這いになった山田がチラッと足下を見る。

靴のつま先から向こうは何も無かった。数センチズレていたら、足ごと持って行かれていただろう。その現実に気付いた山田は、大量の脂汗をかき、引きつった笑顔で

宮部と落合に顔を向け、うわずった声で言った。


山田:

「B棟に着きましたね……」


・B棟6階通路

16:50


上階に進むごとに、室内の被害は酷くなっている気がした。

歩くたびに出くわす、特殊部隊員や職員の遺体が、より惨たらしく凄惨な姿で見つかる。その度に宮部は小さな悲鳴を上げ、山田の後ろに隠れ、落合は揚々と遺体から銃弾を奪う。それを見て山田はため息をつく。床に散乱している遺体や瓦礫を避け、着き次ぎ通過する部屋のネームプレートを、注意深く見ながら進む。


山田:

「あった」


小実験室というネームプレートを確認する。目的地に着いた。うまくいけばワクチンを手に入れられるだろう。観音開きの自動ドアを開け、中に入る。


・小実験室


中は非常灯で付いているらしく、薄赤い光が部屋を照らしている。

様々な端末があり、それのどももがパソコンに繋がっている。

しかし何者かに壊されたのか、使えそうなものは無い。


血の付いたガラス張りの薬品棚を見つけた。

薬品ラベルを見ると、英語でワクチンと書かれていた。

早速取り出したいが、小さな端末が付いており、操作してもうんともすんともいわない。


「駄目か……。動いてない」


宮部:

「つまり、隣りの棟へ行って動力を動かして、セキュリティーシステムを起動させる必要がるんですね。」


落合:

「めんどくせー」


山田:

「まぁ取りあえずここを調べてみましょう。向こうへ行かなくていい方法があるかも」


そう言って各自各々で探索を始める。

落合は何かの拍子に壊れたのだろう、カートの上にある書類を見つける。


《医療薬品(ワクチン)に関する備考

知っての通りワクチンは社外秘であるため、厳重に保管され公にはしてはならない代物だ。そのため徹底した管理体制が敷かれている。この研究所の動力を使ったセキュリティーで管理され維持される。そんな事は無いだろうがもしも動力室に何か異変が起き、動力の受給が止まるようなことがあれば、セキュリティーシステムは機能を停止し、ワクチンは誰であろうと取り出せない。火事場泥棒を防ぐ為だと説明されたが、果たしてワクチンの管理をセキュリティーのシステムと一緒に任せていいのか、疑問は残る。


ワクチンの作り方もまた疑問だ。寄生虫の血と寄生された者の血、そして黒田博士の血を使って培養液合成されたのがワクチンなのだ。その作り方でワクチンとしての効果はあるのか、自分は試した事が無いためいかんせん不明だ。ワクチン担当なら分かるだろう。作り方だけは疑問というより奇妙というべきだろう。》


読んだ落合は薬品棚の上を漁っていた山田に見せる。読んだ山田は複雑な顔をして、見つけた別のファイルを落合に見せる。


《プロトタイプについて ~研究員のノートより~

・“プロトタイプ・ノーミン”についての記述

ノミとダニ(厳密に言えば顔ダニだが)の合成によって生まれた最初の寄生生物は、手のひらサイズの手乗りのノミ。容姿の可愛らしさから“ベビー・ノーミン”と名付ける者が後を絶たない。だが姿に似合わず凶暴性を秘めている。触って来た研究員の手に寄生し変異を促した。寄生虫としての特異点は変わらないようだ。


しかし弱点もあるようで火に弱いという事が判明している。火に近づかないどころか、わざと避けて行動しているように見えた。試しに火を持った研究員をけしかけたが、寄生をする事は無かった。やはり動物としての本能がそうさせるのだろう。


本能ついでにノーミンに付いて分かった事を記述する。ノミの本能であるのか、寄生した宿主が死ねばノーミンは逃げようとアクションを起こす。しかし寄生して変異を催促してしまった為にコブようのにまで収縮。そのため一心同体になってしまったノーミンは、宿主と一緒に死んでしまう。宿主の傍にノーミンのコブが落ち、僅かに動きすぐに萎れる。この特性を後に造られたノーミンに受け継がれているかどうかは定かではない。》


落合:

「えぇ~……」


山田:

「もうやだこの研究所……」


宮部:

「あの、お2人共。こっちに部屋が……」


山田と落合がお互いに辟易していると、もっと奥にさらに部屋を見つけた宮部が呼ぶ。お互いに疲れきった顔を見合わせる。どうする?どうしようか?とテレパシー混じりのアイコンタクト。これ以上行けば只でさえ疲れきった心に、さらに疲れる様な要素を見つけるかもしれない。


しかし行かなければならない。もう後戻りは出来ないのだから。

テレパシーが通じてか通じないか、行くしか無いと覚悟を決め、ため息を混ぜながら頷く。


・小実験室 最深部


その部屋はこじんまりとした小さめな部屋だった。厳重にその部屋を守っていたであろうガラス戸は、粉々に床に散らばっていた。誰かが壊したのが明白だった。

そしてそれが特殊部隊員である事も分かった。部屋の隅に横たわっている隊員で、全てを推察した。山田は倒れている隊員が、何かを握っているのを気付き、近づいて取り出す。


《重要物回収による注意事項

警告!

この取扱説明書には、重要物ならびに危険物の取り扱いに関する重要な説明が書かれています。

・ここに書かれた方法以外で取り扱った場合、あなたの生命を危険に晒す可能性があります。

・ここに書かれた方法以外で取り扱った場合、あなた以外の周りの方の生命にも危険が及ぶ可能性があります。

・この本書の指示に従い、正しく使用してください。


回収する対象物は凶暴であり、襲われる可能性があります。

その為睡眠薬剤を投与してから、接触してください。


接触し回収する際、素手で行わない事。沈静化しても襲う可能性があります。

別途配布された特殊な手袋と器具を使用してください。随時関係者の指示に従ってください。》


落合:


「………何だ?ノミか?」



宮部:


「でも何だか少し可愛らしいですね」




商品棚の様な複数の四角形のガラスケースを覗き込む落合と宮部。

ほとんどのガラスが割れ、中身が無い中、一つだけ中身が何かの液に満たされ、何かが居るのを見つけた。
灰色模様の手のひらに乗るサイズのノミが居た。


落合は頭をかしげながら上体を反らす。宮部は深々と覗き込む。





山田:


「えっと、あまり深く見ない方が……」




言った直後、ガラスを突き破り、宮部の首目掛けて飛びついた。





ベビー・ノーミン:「ピーー!」


宮部:


「きゃあああ!!」



山田:


「雅さん!!」




倒れた宮部に急いで駆け寄り、首にくっついたベビーノーミンを掴む。

激しく抵抗するベビーノーミンを、剥がそうと苦戦するも渾身の力で、引っこ抜き壁に叩き付ける。
床に落ちたベビーノーミンは体勢を整え、山田を威嚇する。

そして再度襲おうとした瞬間、落合の放ったマシンガンで粛正される。

襲われる事が回避され安堵した後、宮部を見やる。




宮部:

「……太郎、さん………」



山田:


「雅さん気をしっかり!……クソ、血が止まらない!」




自分の着ていたジャケットを脱ぎ、宮部の首に巻き強く抑える。




「落合さん、抑えるのを手伝ってください!」



落合:


「……質問いいかな?」



山田:


「こんな時に何ですか?!」



落合:


「あなたが近づいた時、隊員は死んでました?」



山田:


「亡くなってましたよ!それが何?!……!」




イラつきながら山田が振り返る。部屋の隅に目がいき、言葉を失う。死んでいた筈の隊員がそこに立っていた。


隊員はモゾモゾと動いていた。その理由は注意深く見れば分かった。

隊員は隊員だった何かに変貌していた。

正確に言えば、無数のベビーノーミンによって形を成していた。


人間の手のように見えていた手も、目出し帽から見える目も、所狭しと

ウジャウジャひしめき合うベビーノーミン達で出来ていた。

ウネウネ動きピーピーと騒音を鳴らしながら、山田達に近づいて来る。


落合:

「うわっ、来た!」


山田:

「あのベビーマンを倒さなきゃ、こっちもやられます!!」

ベビーマン:「ピーピーピー!!!」


山田は片手で宮部の首を、押さえながらショットガンで、落合はマシンガンで応戦する。銃弾が当たるたびに、ベビーノーミンの亡骸が宙を飛び霧散する。

頭に何発か当たり、奇声を上げながら、バラバラに床に砕け散る。


落合:

「やったか?!」


バラバラになって数秒、再びベビーノーミン立ちが集まり、隊員に形作られて行く。


「気持ち悪い!本当に気持ち悪い!!」

山田:

「撃ち続けろ!!」


再び向かって来たベビーマンに銃弾を浴びせる。また床に散らばり、再度復活する。

しかし少し小さくなっている。


ベビーマン:「ピーピー!!」

山田:

「こいつら……。落合さん!」


落合:

「分かってます!撃ち続ける!!」


銃弾を浴びせられまたしてもバラバラになる。山田はショットガンからマシンガンに持ち替えた。その直後、子供くらいの大きさになったベビーマンが、復活して襲って来た。山田は固まった。即座に休む事無く、撃ち続けた落合によってベビーマンがバラバラになった。


「どうしたんですか?山田さん」


山田:

「……えっと、すいませんつい……。子供のように見えたので、撃つのを迷って……」


落合:

「大きさはそうでしょうけど、子供じゃないですからね?」


山田:

「ええ、分かってます。分かってるんですけど……」


直後、大きな手の形になったベビーマンが2人に襲いかかった。

が、ショットガンの露と消えた。


「しつこいよ」


宮部:

「………太郎さん」


山田:

「雅さん。大丈夫です、この場は安全です」


宮部:

「……ごめんなさい、私………」


山田:

「喋らないで、ゆっくり休んで」


落合:

「……山田さん、彼女は多分もう寄生菌に……」


山田:

「感染してませんよ、させませんよ」


落合:

「でもワクチンは……」


山田:

「……俺が動力室へ行って、動力を復活させます。

電力が戻ったら、パスワードを入れてワクチンを取り出してください」


落合:

「一人で行くんですか?」


山田:

「落合さんは彼女を看ておいてください」


落合:

「それはいいですけど。もし変異しちゃったら、どうすれば?」


山田:

「その時はその時です」


落合:

「作戦が大雑把だな!」


首を抑えるのを落合に任せて山田は立ち上がる。

宮部は閉じそうになる目を、必死に開けようとし震える声で話しかける。


宮部:

「………太郎さん、……行かないで………」


山田:

「雅さん。言いましたよね?貴女を失い無くないって。それにもう決めたんです、後悔したくないって」


宮部:

「……どうして………私なんかの為に………」


山田:

「……俺、妹が居るんですよ。貴女と似てないお転婆な妹が」


落合:

「妹……」


山田:

「でも貴女と似てるんですよ、放っておけない所が。だから失いたくない、守りたい」


宮部:

「………太郎、さん………」


山田:

「三人で必ずここから脱出しましょう。

生きて必ずです。だから絶対死なせません」


そう言って落合に「後よろしく」と頼み、出入り口へ向かい通路へ出る。

一人孤独を背負い地獄の中へ 

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