第7話 KS社

・KSコーポレーション中央研究所



1階受付ロビー




プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




山田:
「…………。……ぅ……むぅ………」




薄ぼけた微睡から山田が覚醒する。

どうやら気絶していたらしく子供を包む母親に甘える子供のように、エアバックに突っ伏していた山田が体を起こす。
体中の痛みを気にしながらも、先ほどからクラクションを鳴らしている元に目をやった。


ファンファーレの如くクラクションを鳴らしていたのは気絶した池上だった。




山田:


「池上さん!!しっかりしてください池上さん!大丈夫ですか?!」



池上:


「……… ……ぅにゃ?……ママ?……」



山田:


「ママじゃないです、山田です」




池上が目覚めたのを確認した後、山田は後ろの席へ声をかける。




山田:


「雅さん!落合さん!大丈夫ですか?!起きてください!!」



宮部:


「………。……ん……お父さん?……」



山田:


「お父さんじゃありません、山田です」



落合:


「……… ……く……ポチ?……」



山田:


「ポチじゃねぇよ馬鹿野郎」



落合:


「ねぇ!僕の時だけツッコミが辛辣じゃない?!!」




落合の不平不満を無視して山田は車から降りる。辺りを見渡し現状を確認する。

KS社の出入口をそのまま真っすぐ突っ込んで来たようで、半三日月型の受付机をなぎ倒す形で停車している。
受付机にあったからなのか複数のファイルが床に散らばり、時折宙を舞っている。


ロビーは結構広く高級そうなタイルで床が埋め尽くされているがどれも血がびっしりだ。
壁に面していたであろう室内植物は倒され、見るも無惨な姿となっている。

天井を見上げると大きなシャンデリアがあるが電気が付いていないばかりか何故か血がこびり付いている。




「ねぇねぇ!シカトなの?!さっき馬鹿って言ったからその仕返しなの?!」



宮部:


「馬鹿って言ったんですか?最低ですね」



落合:


「いや、あの……えぇ~………」




2人の漫才を軽く無視し山田はキョロキョロと辺りを見渡す。車が突っ込んだ時何かを轢いたのを覚えているのだ。何を轢いたにせよその痕跡は必ずある筈だが……
。

死体どころか何も無い。見間違いだったのかと山田は不思議に首を傾げていると池上が運転席から出る。


池上:


「ふぃ~、何とか助かった~。車は壊れた~……」



山田:


「命失うよりマシじゃないですか」



池上:


「そうはいうけどね山ちゃん、この車結構高いのよ?」



山ちゃん:

「山ちゃん……」



落合:


「よろしく山ちゃん」



山ちゃん:


「黙れよ馬鹿」



落合:


「だからさっきからツッコミが辛辣なんだってば!!」



池上:


「まぁコレが無事なら車が大破してもいいんだけどね」




大きな黒い手帳の様なものを懐から取り出し、得意げな顔で全員にチラつかせる。




山ちゃん:


「……それは?」



池上:


「ん?これ?あ、やっぱり気になっちゃう感じ~?」



落合:


「気になっちゃう感じ」



池上:


「教えてほしい感じ~?」



山ちゃん:


「ほしい感じ」



池上:


「ど~しよっかな~?教えちゃおうかな~?結構重要なものだからな~」



宮部:


「池上さんお願~い、是非教えてほしいな~」



池上:


「宮ちゃん欲しがるね~♪よし教えよう、コレがさっき言ってた池上ファイルだ。」



山ちゃん:


「(この人やっぱりチョロいな)……それそんなに重要なものですか?」



池上:


「ああ、とてもね」




煽る感じに話を振ると池上は真面目な顔つきをしその場の雰囲気が引き締まる。


「KS社を訴えるために色々調べたからね、失うわけにはいかない」



宮部:


「訴える?」



池上:


「ああそうだ。KS社は表向き寄生虫を根絶するための研究をしているが、裏では非人道的実験を繰り返し生物兵器を開発している闇の商人だ」



宮部:


「そ、そんなの信じられません!叔父の仕事は寄生虫に苦しむ人達を救う仕事だって………」



池上:


「じゃあ今日の事をどう説明する?」



宮部:


「そ、それは……事故とか……」



池上:


「いやこれは意図的だ。早く言えばテロだよ」



落合:


「宮部さんだって黒田さんの私物から化け物の絵を見つけたって言ったじゃないですか」



宮部:
「でも、でも、それは……」



山ちゃん:


「それは黒田さんが嵌められた、という可能性もあるじゃないですか!」



池上:


「どちらにせよ決定的な証拠がある以上、この会社は終わり………ぐわああああ!!」




喋り終わらない内に何か槍の様な鋭く尖った物に、背中から貫かれ腹へと貫通する。

悲鳴を上げながら池上の体が宙へと浮き数メートル先の床へ投げ捨てられる。
宙へ浮いた拍子に持っていた手帳が山田達の足下にページが開いた状態で落ちる。


山田:

「池上さん!!」


宮部:

「い、池上さん!」


落合:

「な、何だよコイツ……!!」

謎の化け物:「…タスケテー……ァァタスケテー……タスケテー……」


落合にコイツと呼ばれた謎の化け物は醜く醜悪な容姿をしていた。上半身全体を中心にノーミンの様な頭部が二つ肥大化し、右腕は大きく発達し鋭い爪の付いた鉤爪があり、左腕は鋭い槍のように変異した灰色の巨漢の化け物がそこに居た。


僅かに人間だと分かるのは胸辺りに半ば埋没している顔の様なものだけで、虚ろながら言葉を発するものの会話等は不可能のようだ。


山田がふと足下に落ちた池上ファイルを見ると、ちょうどこの化け物の写真付き説明文があり名前もあった。

どうやらこの化け物の名前は「ドス・カーラ」というらしい。


ドス・カーラ:「タス、タスケテー……オレ、ニンゲン……タスケテー」

落合:

「どこが人間だよ!!」


宮部:

「よくも池上さんを!」


宮部は銃を放ち落合はショットガンをぶっ放す。

山田は手帳を急いで拾い、後ずさりしながらショットガンをぶっ放す。


ドス・カーラ:「イタイー、イタイー、ヤメロー……ニンゲンダー……」


フラフラとしながらも大きな鉤爪の付いた右腕を振るい床を大きく抉る。

抉られた床の破片が細かな破片と鳴って全員に落ちて来る。


宮部:

「破片がっ!!」


山田:

「雅さん!ここに楯が!」


宮部:

「助かりました!……ふぅ~」


落合:

「痛い痛い痛い痛い!僕は楯じゃありません!!」


落合を楯にして2人で落ちてくる床の破片から身を守る。落合は振り返って叱る。


「いくらなんでも酷くないですか?!自分で言うのもなんですけどイケメンだった顔がボロボロですよ!!」


山田:

「いや~すいません、つい」


落合:

「宮部さん貴女もですよ!何このノリに乗ってるんですか!!」


宮部:

「あはは……ごめんなさい、つい」

ドス・カーラ:「コワイヨー……コワイヨー……タス、タスケテー……ヨー……」


落合の舞う色に来たドス・カーラは槍を大きく振り下ろす。

山田達は間一髪の所でジャンプして避ける。槍に貫かれた床は大きくヒビが入り信じられないくらいの空洞が出来る。


落合:

「あっぶな!あっぶな!!怖いのはお前だよ!! ……うは~危うく貫かれる所だった~!!ただでさえ仲間2人に心抉られてるのに!!」


宮部:

「でもどうします?あの化け物撃っても撃っても倒れませんよ?手応えが全然感じられません。」


山田:

「確かに、銃弾も無駄に出来ないし……一体どうすれば……」


落合:

「やっぱり無視?!そろそろ怒りを爆発してもいいかな?僕怒っちゃうよ?!」


山田:

「爆発………それだ!!」


落合:

「どれだ?!」


山田は乗って来た車を指差す、宮部はその意図に気付き車のタンクに銃を撃つ。

それに気付いた落合は山田に続き車に銃弾の雨を降らす。撃たれまくった車はついに大爆発を起こす。


爆風と爆煙に山田達はたじろいだがドス・カーラは炎に巻き込まれながら床に倒れる。即死こそしていないものの体が、ぐつぐつ煮えたぎる魔女のスープが如く溶け始める。溶け始めても尚立ち上がろうとするドス・カーラに山田達は近づいて銃口を向ける。


ドス・カーラ:「……ァァ、アツイヨー……アツイヨー……イタイナー………タスケテー、ヨー………」

山田:

「……あなたを助けます」


宮部:

「せめて、コレが救いになると信じて……」


落合:

「ゆっくり眠れ……」


頭を中心に全員で撃ち続ける。銃弾の雨霰を受け成す術の無いドス・カーラは、立ち上がる事無くそのままドロドロに溶け果てた。ドス・カーラの最後を見届けた山田達は踵を返し、倒れている池上の所へ駆け寄る。


山田:

「池上さん!!」


宮部:

「しっかりしてください!」


池上:

「……はぁ、はぁ……流石、ここまで生き延びただけはあるね…」


宮部:

「喋らないでください、今救急道具とか探しますから!だから……」


池上:

「君達は……ぜぇ、ぜぇ……早く行け……」


落合:

「何を……!!」


池上:

「……ぜぇはぁ、はぁ……もう………手遅れだ……」


山田:

「そ、そんなことないですよ」


池上:

「………どうなるかは、知ってる……はぁはぁ………俺の友達や仲間が、深手を負って……その後同じように化け物になった。……傷口から寄生虫の特有の寄生菌、というものが体に入り、人間の体を細胞単位で、破壊し……変異させる。……俺も、いずれそうなる……。」


落合:

「そんな……」


宮部:

「い、池上さんがそうなるのは嫌です!そんなの嫌です!!

何か、何か治す方法無いんですか?!」


宮部は目から涙を流し、多い縋るように池上の体を揺さぶる。


山田:

「雅さん……」


池上:

「………あるにはある……俺の池上ファイルに作り方を書いた……」


山田:

「だったら!」


池上:

「……ごほっごほ!………問題は……それを作る為の機械が必要なんだ……この建物のどこかにあるだろうが………間に合わない。……だから俺が君達を襲う前に……だからどうか………先に行ってくれ……」


山田:

「池上、さん……」


落合:

「くそ!くそ!くそぉ~!!」


宮部:

「そんな、そんな……」


池上:

「………宮ちゃん、何て顔をしているんだい。可愛い女の子には涙は似合わない………やっぱり笑顔でないと。………笑ってくれるかい?」


宮部:

「池上さん……」


涙の溜まった目で池上を見つめながら微笑む、池上は満足そうな顔を作る。


山田:

「……あんたの事は忘れません」


池上:

「………伝えたい事………あったのに………ざん……ね………だ………」


池上はぼそぼそと喋ると目を瞑った。山田は頭を振った後宮部の肩に手を置き、立ち上がる事を促すと全員立ち上がりその場を後にした。


肩を落として悲しげに進む宮部達を尻目に山田は、ふと受付机の傍に落ちていた

薄紫色の手帳に目がいき何気なしに拾い上げる。


《受付嬢の日記

3月12日

もう、マジ最悪。 彼氏と別れた~テンションマジ萎え~。

浮気とかホント最低。 ろくな男しか居ない訳? イライラが収まんないから『B棟3階の休憩室』の電話線にイタズラして内線できなくしてやった。

只の嫌がらせだけど少し収まった。 どこかにマシな男いないかな~。


3月15日

仕事の帰り道の路地裏で奇妙な生き物を見つけた。

何と言うか手のひらサイズのノミみたいな感じ?

男と別れて癒しが欲しかったし、何かちょっと可愛かったから家に連れて帰って飼う事にした。


3月16日

手始めに私の血をあげてみた。ノミっぽいしね。

小さな容器に入れて飲ませるとごくごく飲む。

それが何だか愛おしい。大きくなれよのんちゃん。


3月18日

マジで悲しい。のんちゃんが居なくなった。

男だけじゃなくペットにまで居なくなられるなんて、私の人生マジ最悪。

こんなテンションじゃ仕事にならないから連絡して休んだ。本当に熱っぽいし今日は寝よう。


3月22日?

のんちゃん、いた。 私のうで にくっついていた。 うれしいけど、今日も 気分が優れない。

のんちゃんちょっと、大きくなってる?


4月?

あたま ぼーっと、する  はらへた


月?

妹きた  何 うるさい

指かんだ  おいしかた  まだたべ い


おんな  うまい》


背筋をいい知れない寒気に襲われた山田は震えながら日記を閉じる。

一人で居る事に不安と恐怖を覚えた自覚すると急いで宮部達の後を追う。

宮部達2人は大きな鉄製の扉の前に立ち止まっていて山田は追いつけた。


山田:

「あれ?どうしたんですこんな所で」


宮部:

「あの、これ。エレベーターみたいなんですけど……」


落合:

「電気が来てないので動かないみたいです」


山田:

「『直通エレベーター』?電力治さないといけませんね。電力室へ行った方がいいでしょうから、ここの地図とかあるといいんですけど……」


宮部:

「あ、それならここに。さっき落ちてるのを拾いました」


山田:

「ありがとうございます。 ……この地図によると電力室は『中央棟3階』にありますね」


落合:

「中央棟は今僕達が居るこの建物みたいですね。階段が見当たらないので隣りの建物を迂回するしか無いようです」


山田:

「そうするしかないですね。………しかしコレは一体なんです?」


山田はエレベーターの端に書かれた文字を見つけ首を傾げる。


『エレベーターの一文

我を過ぐれば憂ひの都あり、

我を過ぐれば永遠の苦患あり、

我を過ぐれば滅亡の民あり


永遠の物他に物として我より先に造られし物は無し

しかして我先に永遠の前に立つ

汝ここに入るもの一切の望みを棄てよ


さすれば地獄の門は開かれん』


山田:

「……地獄の門?何ですかこの物騒なメッセージは」


落合:

「山田さん、こんな事も知らないんですか?これはですね、え~と何でしたっけ?」


宮部:

「……『地獄の門』です。これもまたダンテの神曲ですね……」


山田:

「またダンテ……。 今おじさま達の間でダンテが流行ってるんですか?」


落合:

「そんな訳無いでしょう……」


宮部:

「分かりません。でも何か関係があるかもしれません」


落合:

「関係ついでにこの開閉スイッチの下にある窪みは一体なんでしょう?」


山田:

「さあ?窪みが3つあるのを見ると何か嵌め込む必要があるみたいですね」


宮部:

「それがエレベーターを開く鍵になる、ってことですかね?」


落合:

「ん~どうなんでしょう?そう思いたい所ですね」


山田:

「それじゃ取りあえず電力室へ向かいましょう、進めば自ずと道は開かれると思いますので」


宮部は頷き落合はため息をついて山田に賛同する。エレベーターの左側に通路がありそこに向かって歩き出す。右側の通路は瓦礫で立ち塞がってしまったからだ。


・B棟1階連絡通路




最初の印象は静寂だった。


無惨な姿を晒している研究所の通路を歩く3人には静寂に包まれていた。とても静かで薄暗く最初から、音など無かったかのようにすべてが無音だった。



辺り一面の壁に付いてる手形の血、床に散らばっている血の付いた書類の数々、何かの肉が焼き焦げた臭いに満ちた脂染みた空気を除けば、無音の世界を楽しめる素敵な場所だっただろう。



白衣を着た男女の死体に出くわし宮部はあまりの無惨さに目を背ける。

山田は気を使い背中を撫でるが声をかける事は無かった。あまりに酷い状態に心が萎えていた。

今日だけで一体いくつの、何人の死を見て来ただろう。


今まで死を見て来なかったかと言えば嘘になる、非現実つまりドラマや

アニメやゲームや映画での死は沢山見て来た筈だ。
しかしリアルである現実世界ではそうそうない。


人に与えられる死は、もっと穏やかなものだとばかり思って生きて来た。

それが今日この様な形で根底から覆された。
穏やかな死等はなく地獄が現実に降り注ぎ、平等に人は惨たらしく死を迎える。


そう思うと3人の心の中の希望がしぼんで消えた。

しかし地獄と化したこの町が荒涼たる墓場に変わっても生き延びた3人は、この廃墟を満たす静けさにほっとするべきだろう。
「何も起きない」という事がどれだけの至福かを学んでいるのと同時に、

深い静寂は虚しさを増すだけだからだ。


それを理解してながらも3人は一向に口を開こうとしない。

静寂よりも深い悲しみに3人は包まれていたから、自分達が歩くべき方向すらもぼんやりとしか認識していなかった。


だから静寂を破る音に反応するのに少し遅れた。
それはうなり、空気に噛み付きながら獲物で腹を満たそうと、唇の無い剥き出しの歯茎を

ガチガチちらつかせながらそいつらは現れた。3匹の血塗れの犬、寄生犬ケロベロスだ。




ケロベロス:「ガルルルルル」




獲物を見つけたと言わんばかりのギラ付いた目で山田達を睨み、一斉に駆け寄る。

大きく口を開け食おうと迫ったが、また死は山田達を選ばなかったようだ。
たとえ僅かな希望でもそれに縋り付き、生きようと決心した山田達の銃弾の豪雨に濡れた。


おぞましい怪物という名の死に直面して、山田達は今まで自分達の為に死んで逝った


人達に顔向けできないような最後を、迎える事は本意ではないと悟ったのだ。




落合:
「……伏せ」




もう静寂には耐えられなかったのか最初に落合が口を開いた。屍となった元犬に向けて。次に宮部が口を開いた。




宮部:


「………あの、太郎さん。ここ……」




何かに気付き指を指す。そこには『監視室』とプレートに書かれた部屋があった。

そして山田が口を開いた。




山田:


「………監視室?……入りましょうか、何か分かるかもしれません」




3人で顔を見合わせ頷く。決定的な死が迎えにくるまで生に縋り付いて、必ず生き抜くと目で誓い合って監視室へ入って行く。


・B棟1階監視室


武器を構え恐る恐る中へ入る。何が出て来ても可笑しくないので化け物を気にして辺りを見渡す。良かった事に化け物は居なかった。ただ銃弾に倒れたであろう数人の死体が横たわっていただけだが、それが良かったと思うべきかは一考するべきだろう。


山田:

「………何でここの人達は撃たれて死んでいるんでしょうか?錯乱して撃ち合ったとか?」


落合:

「……そしたら手元に銃を握ってないと可笑しいですよ。無い所を見ると第3者に撃たれて殺されたと思う方が自然かと。そしてその第3者はマシンガンを持ってる」


山田:

「どうしてマシンガンだと?」


落合:

「遺体と壁やテレビ画面にある銃弾の後が、マシンガンそのものだからです」


落合の言った通り死体を含め壁や監視用のテレビ画面には、無数の銃弾で穴が空いていた。その所為で画面からは時折 バチバチ と電気がショートして火花が散り煙を上げている。男2人の会話を片耳で聞きながら、宮部は机の上に置いてあった書類に目を通し始める。


《監視員の日報

3月12日

受付の姉ちゃんが何故か分からないが『B棟3階の休憩室』に入って行った。

仕事上問い詰めなければならないだろうが、個人的にはいつもいいケツを拝ませてもらってるから、何も見なかった事にしよう。


3月17日

さっき開発部の副部長が直接来やがった。何でも『B棟3階の休憩室』の内線が使えなくなったとの事。急ぎの用事があるから急いで直してくれとのお達しだ。

あの受付の姉ちゃんを思い出したが何も言わなかった。

開発部の連中はいけ好かないどころか気味悪いからいい気味だ。


3月26日

『例の怪物』が実験室から逃げたと聞いたときは肝を冷やしたが、『C棟地下区画1』になんとか閉じ込められた。何人かの犠牲が出たが開発部の自業自得だ。

ざまあみやがれ。


___数ページ破り捨てられた後殴り書き___


ガスマスクを付けた奴が『C棟地下区画1』を開け『例の怪物』を解き放ったかと思えば、銃を持った集団に銃弾を浴びせられた。生き残ったのは俺だけだが僅かだろう。コレを読んだ同志が居るなら、どうか敵討ちを……》


宮部:

「………B棟3階の休憩室?」


山田:

「そこに何があるんです?」


いつの間にか覗き込んでいた山田にビクついた宮部は体を少し反らし、横目で山田を見て喋る。


宮部:

「さ、さあ?私も分かりませんけど、そこに行けば何か手がかりが掴めるかと思いまして……」


山田:

「そうですね、そこに行きますか。実験室から逃げたという、例の怪物がいるC棟地下区画1は危険そうですしね」


落合:

「では急いだ方がいいですね」


時計を見ると午後16時。滅菌作戦まで2時間を切っている。

3人は急いで監視室を後にする。


・B棟3階休憩室

16:10


階段を上るということすらも彼らは惜しんだ。一段抜きをして階段を駆け急いだ。

道中5羽のレイブンに遭遇したが、生きる覚悟と武器を手にした彼らの前にあえなく散って行った。3階に着き休憩室の前にいたヒューミン2体も懸命に襲おうとしたが、その頑張りは虚しく弾丸の雨霰に塗れ、自らの血の海に溺れた。


靴に血が付くのを構わず3人は休憩室へ入った。

部屋の中は研究所内とさほど変わらなかったが、付け加えるとしたら臭いの中に硝煙の臭いが混じっていた。それは銃を使ったという証拠であり、その銃を使い怪物達に抗ったという事を示していた。


しかし奇妙な事に化け物の遺体は見つからなかった。いや見つかった。

ちゃんと語るなら人間の遺体が見つかった。同士討ちで撃たれ果てたのだろう、部屋の中心にある小さな机をボーダラインに、4人の遺体が対峙する形で見つかった。


宮部:

「……特殊部隊?」


白衣を着た初老の男性を除き、残りの遺体はボディーアーマーを着たいかにもな特殊部隊だった。一人はひっくり返った高級そうなソファーに、一人は大きなシャンデリアの下敷きに、もう一人は脳漿を壁一面にデコレーションをして倒れていた。

手で顔を覆う宮部を余所に落合は、マシンガンを拾い弾数を確認する。


厳密に言えば拾ったのではなく、遺体からひったくったと言う方が正しいが。


落合:

「………僕達の命を狙っていたのも、色々と妨害して来たのも多分コイツらでしょう」


山田:

「何故そうだと?」


落合:

「言いましたよね?自らの戦力を削ぐとは考えにくいので、大佐達の部隊ではない。

別の部隊の可能性があると。コレがその証拠です。大佐達とは違うボディーアーマー、違う銃や装備……」


山田:

「……確かに違う……。じゃあ何で俺達を?」


落合:

「それは分かりません。襲った本人達に聞きたい所ですが、生憎お喋り出来そうにないですしね。まぁこのAUGは貰っちゃいましょう、武器はあるに超した事は無い」


宮部:

「な、なんか落合さん楽しそうですね………」


落合:

「忘れました?僕、武器コレクターですよ?」


ウキウキ顔で話す落合に憐れみとの表情と、飽きれたため息を漏らした山田は白衣を着た男の傍に落ちていた手帳を拾う。


《開発部副長の手帳

時折黒田博士と部長に付いて行けない時がある。確かに私は善良な人間ではないが彼らと比べたらマシな方だと感じるくらいだ。

この会社に取って弊害となる者不要な者不必要な者裏切り者等は消して叱るべきだが、わざわざ子供や老人果てはホームレスまで手にかける必要があるだろうか?

この会社に疑問を思う事ばかりだが黒田博士自身、妻子を実験材料にしてる時点で疑問に思う事がバカらしくなる。思考停止の方が楽だ。


___最後のページに挟まっていたメモ___

ノーミン2匹を合成→失敗

ノーミン3匹を合成→失敗

ノーミン5匹を合成→失敗

ノーミン6匹を合成→失敗

ノーミン10匹を合成→失敗


黒田博士はノーミン10匹の合成で『クイーン』を造り出したと聞いたが、どのようにして造ったというのか?やはり天才か。》


「………な、何だよコレ……。子供?老人にホームレス?黒田さんが?嘘だろ………」


宮部:

「し、信じられません……。こ、こんなの……こんなの………」


落合:

「……黒田さんに妻子はいたんですか?」


宮部:

「あ、はい。プライベートな事なのでマスコミには伏せてましたけど、居たと聞きました。愛してたとも………。だ、だからこんなのあり得ません!叔父さんを陥れる為の罠です!!」


山田:

「そ、そうです!きっとそうです、日本をよくしようとした人が壊す筈がありません!」


落合:

「………あなた方は何だったら信じるんです?」


山田:

「直接本人の声を聞かないと信じません!」


宮部:

「そうです!本人に説明してもらえないと信じません!」


落合:

「……分かりました。いいでしょう、全て明るみに出るまでお付き合いします。でもどこに居るのか……」


山田:

「C棟地下区画1………。危険かもしれませんけど何か分かるかも……」


落合が頷きそれを了承する。

次の目的地が決まったのならここに長居は無用だ、思考する歩みは止めない。

急いでドアを開け休憩室を過去の歩みへと変える。


16:25

B棟とC棟との間にある連絡路を渡る間、アイミンを数体引き連れたヒューミン達に出くわしたが、山田のマシンガンによって一掃された。
それを見た落合は弾は温存した方がいいと注意する。

山田は説教をされてテンションが下がったままC棟3階の通路に着く。階段へ向かう為通路を左へ曲がる。




・C棟3階階段前通路




落合:


「もう山田さん機嫌直してくださいよ。手帳で顔を隠すなんてどんだけですか?ちょっと注意したくらいで、不機嫌になる女の宮部さんじゃないんですから……」



宮部:


「何でそこで私が出てくるんですか?!舐めてるんですか?私が女だからですか?!」



落合:


「いや、あの、あなたのヒステリーが……」



宮部:


「ヒステリーは女が言いたい事が言える最大の武器ですよ!女を馬鹿にしてる落合

さんには必要ないものですけどね!!」



落合:


「いや、馬鹿には……」



山田:


「不機嫌じゃなくて、この手帳に何か挟まってたんですよ。ほらコレ……」



落合:


「メダル?」




神話に出て来るキメラの模様が掘られた金色の、手のひらくらいの大きさのある丸いメダルがそこにはあった。




山田:


「このメダルの大きさ、1階の受付ロビーにあった直通エレベーターの、窪みに嵌め込むんじゃないですか?」



落合:


「なるほど……。そう考えるとこの大きさに納得出来ますね」



山田:


「となるとあと2つ集める必要があります。探しましょう!」



落合:


「でもどこにあるのやら……」



宮部:


「2人とも静かに!」



山田:


「どうしました?」




宮部は屈み込み前方を指差す。

階段前の通路の窓にボロボロの白衣を着たヒューミンが、背を向けて窓の外の方を見ていた。どうやら山田達には気付いていない。


おかしなヒューミン:「………」

落合:


「……どうやら、僕達には気付いてないっぽいですね……」



宮部:


「このまま物音立てずに階段を下りれば、やり過ごせるんじゃ無いですか?」



落合:


「それが妙案かと」



山田:


「いや、撃ちたいんだけど」



宮部:


「え?」



山田:


「何だか無性に撃ちたい衝動に駆られてるんだけど……」



落合:


「何故に?!いやいやいや弾の無駄ですから余計な事は……」



山田:


「いや、撃つ」



落合:


「だから何で?!」




落合達の静止を聞かず山田は後頭部に向け数発撃つ。白衣を着たヒューミンは事切れた人形のように床に落ちた。傍までやって来た山田が、ヒューミンが握りしめていた紙切れに気付きその紙をつまみ上げる。




《研究員からの手紙


君に電話した事を後悔しているよ。半年前に別れて今更なんだって思うだろう。


数分前俺は気が動転していたんだろう、当たり前だこんな地獄になってしまったのだから。

でも君の事だ、文句言いながらここに来るだろう。


只の自意識過剰で来ないかもしれないが来てしまったら、この地獄に呼んでしまった俺の責任だ。
君が傷つくのは嫌だ。もし傷ついてしまったら『小実験室』にある

ワクチンを使って治癒してくれ。



もし、セキュリティシステムが正常に機能していれば、そこにある端末を使ってワクチンを取り出してくれ。
セキュリティシステムが動いてなければ『動力室』で動かせる。

『制御室』も『小実験室』もそこある端末からパスワードを入力すれば、アクセスできるようにしておいた。



パスワードは『M2O2CA』、君の名だ。

もし君が来て、もし俺を見かけたら、それでもし叶うなら、君の手で楽にしてくれ。》


「………ラブレター?」



宮部:


「もしそうならこんなに一人の女性を一途に想うって、素敵です……」




少しうっとりとした表情で山田を見るが、とうの山田は果てたヒューミンを凝視したままだ。何故撃ちたくなったのか自分でも分からないようだ。




落合:


「小実験室はB棟6階、動力室はこの棟の6階………。このまま下りてって地下区画1へ行った方が早いですね」



宮部:


「そうですね。じゃあ早く下りましょう。行きましょうか太郎さん!」



山田:


「え、ええ。行きますか」

階段を駆け下りる。


1階を通り過ぎ地下1階。開け放たれた剛鉄の金庫の扉の様な所で立ち止まる。




・C棟地下区画1前通路





落合:


「………お二人共、覚悟出来てます?」



宮部:


「……か、覚悟も何も……。い、行かなきゃ駄目なので……か、覚悟します!」



山田:


「………では、行きましょうか。地獄の底へ」




引きつった笑顔で生唾を飲み込み、覚悟を決めいざ足を一歩踏み出す。


暗き闇の深淵へ。

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