第十三話 話を盛って人の感情を弄ぶって人間としてダメじゃないですか!?

「……ええ、存じ上げております。それでも、セルカさんにはあなたが必要なのです」


「……セルカから聞いているのか?」


「はい。全て聞いております」


 私は全く話についていけてないのだが、兄とデイゴンの間で何かが以心伝心したようだった。

 兄は私が必要だと言ったが、現時点で私の必要性は皆無である。私の存在感は空気中の窒素と同じである。


 何が起きているのか少しも分からないので、笑顔を見繕うことにした。へへ。


「モースの村でのハーピー襲来は痛ましい事件でした……デイゴンさんも村を守るためにご尽力されたと、セルカさんからお伺いしております。それ以来デイゴンさんも杖を振ることがなくなったと……」


「そこまで知っているのであれば、なぜわしに来た! わしは……わしはモースを守ることが出来なかったのだ! 多くの村人を殺し、わしはこんなところでのんのんと生き延びておる。もうわしをほっといてくれ……静かに死んだやつらの後を追わせてくれ……セルカには申し訳ないが、この申し出を受けることは出来ぬ……」


 兄がセルカをデイゴンのところへ連れてこなかった理由がなんとなくわかった気がした。

 セルカがいたら、デイゴンは正直に自分の思いをさらけ出すことが出来なかっただろう。完全な第三者である私たちだからこそ語れることがあるのだ。


「……いいですか、デイゴンさん。よく聞いてください」


 兄はデイゴンを諭すように話しかける。

 私にはそんな柔らかい感じで話すことはないのに、この差別はなんなんだ。もう少し妹を大切にしてもよいのではないか。


「セルカさんはモースの村を復興させることを諦めてはおりません。……今ハーピー討伐がAランクのクエストとして依頼が来ています」


「そ、それは……なるほど……そういうことか」


「はい。デイゴンさんのご想像の通りかと」


 デイゴンは頭の中で点と点がつながったようにうなずいていた。


「セルカはハーピー討伐を自らの手で完遂しようと志を高く持っています。ハーピー討伐も彼女から私に志願してきました。Aランクになるためのハードルは相当高いものであることを承知しながらも、それでも彼女はモースのために命を懸けたいと申し上げてきたのです……私は赤の他人でありながらも、強く心を打たれ、ぜひ彼女を支援したいと考えています」


「そうか……セルカはそこまで……」


 兄は仰々しい演技を止めない。

 普段はこんなに熱い人じゃないからね。乳以外に何の関心も持ってない人だからね、この人。


「彼女は強くなろうとしています。今、彼女のパーティランクはD。Aまではまだ長い道のりでしょう……でもそれは彼女たちが自分たちだけでその苦難を乗り越えようとした場合! デイゴンさんが彼女たちを導いてくれれば、必ずや彼女たちはハーピーを退け、モースの復興に貢献できるはずなのです! 彼女もモースのためならどんな苦難でも乗り越えると、そういっております!」


 あ、盛ってる。


 昨日のやり取りの一部始終を見ていた私ならわかる。

 兄は決してウソはついていないけれど、言葉巧みに超マシマシで話を盛っている。


 Aランクになりたいと言ったのも、私たちが困りごとがないか聞いたからで彼女たちから率先してそういうは話をしてきたわけじゃないし、モースの復興を頑張りたいとは言ってはいたけど別に「どんな苦難も乗り越える!」なんて熱いことは言っていない。


 そもそも、他のパーティに討伐されるしかないかって諦めてたし。

 ウソとはまではいかないが、話が何百倍にも誇張されていることは間違いなかった。


「なんと……! あのセルカがそんなことまで……!! うぐっ……! うぐっ……!!」


「デイゴンさん……ようやく分かって頂けたようですね……!」


 兄の夢だらけの物語にデイゴンは涙する。


「ああ、わしがまだ子供だったな……セルカの思い、一人のモースの住民として見届けなければなるまい!! マコトくん、ありがとう。君が来てくれたことで、目が覚めた」


 一方で、兄は机の下でガッツポーズしている。

 幼気な老人の感情を弄ぶとは、この男、性根が腐ってやがる。


 次死んだら、恐らくこの男は地獄に落ちるに違いない。

 この詐欺師をこの世に活かしては、社会の秩序を狂わせるだけだ。


 こいつが死ぬときには、地獄送りにするよう、私がしたためた推薦状を棺の中に入れておこう。

 もう二度と転生させてはならない。


「今日は記念すべき日だな! 最近魔法を使っておらん、わしも少し練習しなおさないといけないな……おっと、君たちにお茶も出していなかったか! ちょっと待っててくれ」


「いえいえ、お気になさらず!」


 デイゴンは急いで裏に行くと、紅茶の入ったカップを持って戻ってきた。

 お菓子と一緒にテーブルに置くと、リラックスしたように椅子に腰かける。


 兄の話の八割方はペテンだったが、デイゴンは気持ちがすっきりしたようだった。

 先ほどまで固い表情だったデイゴンが笑顔になるだけで、こちらもなんだがほんわかした気持ちになる。


「こちらもお礼と言っては何ですが、新しい杖です。セルカさんが自作したもので、市販の物よりも荒いかもしれませんが、気持ちだけでも受け取って頂ければ……」


「ほう! なんと……セルカが……嬉しいのう。ぜひ使わせてもらうとしよう」


 デイゴンは兄が差し出した杖を受け取り、自分の子供をめでるかのように杖をなでていた。


 ……あれ?

 セルカが昨日使っていた杖そっくりのような……。


 いや、まさか。

 いくら兄の手癖が悪いからといって人様の杖を盗むなんてこと……。


 するかもしれないというのが、恐ろしい。


「あと、ご紹介が遅れて申し訳ないのですが、こちら私の妹のコトミです。一緒にセルカさんのサポートをさせて頂いてます」


「あ、コトミです……」


 私の存在がようやく認知された瞬間だった。

 本当なら最初の最初に紹介してもらうべきはずのものだが、まあ良いだろう。せめて始終空気になることは避けられたのだ。


「あと、見ての通りではございますが……」


 兄は私の紹介を続ける。

 他の人に自分を紹介してもらうというのは、なんだか気恥ずかしいものだが悪い気がしない。


 どんな風に私を持ち上げてくれるのだろうか。

 「かわいい」とか、「きれい」とか、お世辞でもそういう言葉をかけてくれるとテンションは上がる。


 ふと、兄は突然私の胸を指さす。


「――AAAカップです」

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