第十四話 私の胸部で意気投合するって勘弁してくれませんか!?
「な、なななななななんですと!? AAAカップ……ですとな!!!」
デイゴンはセルカの話をしていたときとは比べ物にならないほどの驚きを見せていた。
私は全く状況を掴めていない。
兄にいい感じに紹介される場面だと思っていたのだが、なぜ話が突然胸にシフトしたのだろう。
ハーピー討伐に胸関係ないし、まずデイゴンの高揚感が凄い。
鼻息も荒くなっているし、この人もちょっと危ない人のような気がしてきた。
「ええ、まぎれもないAAAカップです。私がこの目で確認しております」
「……へ? ……確認ってどういうこと?」
事実AAAカップなのだけれど、いつどこで確認したというのだろう。
杖もセルカからパクッてる可能性が否めないし、しっかり調査すればこいつの犯した罪が芋づる式に判明するのではないか。
仮に牢屋に入ったとして、親戚の私がどこかの記者にインタビューされても回答は既に用意している。
――「彼なら、いつかやると思ってましたよ」だ。
「いやー、眼福だよ、マコトくん。まさかこんないいものが見れるなんて、今日は素晴らしい日だ!」
「とんでもございません! デイゴンさんの好みの女性は聞いておりましたし、これほど街から離れていると女性と触れ合う機会もないでしょう? 私の妹で良ければ、存分に眺めてください。杖のお礼のついで御座います」
プレゼンの順序的に杖が先で、その後に妹っておかしくない。
杖のついでが私ってどういうことなの。妹の胸は杖以下なのだろうか。
天才は変人が大いとは聞くが、この兄は紛れもない変人である。
「デイゴンさんのタイプ、実は私も非常に共感しておりました。デイゴンさんとであれば、いい関係を築けると女性のご趣味を聞いたときから思っていたのです。ふくらみがないからこそ包み隠された無限の可能性……大きいプレゼント箱ではなく、小さいプレゼント箱を開けるときこそ発生する胸の高鳴り。これは小さい胸だからこそ感じられる可能性なのです!」
「おお、マコトくん、わかってるじゃないか! ……君も、そっち派、かね?」
「……ええ。貧乳こそ正義です。希少価値です!」
……ウソつけええええええええええええええええええ!!
私は心の中で叫んでいた。
声に出したら発声器官を潰す勢いだっただろう。
ギリのギリッギリ愛想笑いが出来ていると思うが、口角は引きつっていたと思う。
この兄、いつも平らな女性には見向きもせず、巨乳を見たときだけ目を尖らせるくせに。
利害を天秤にかけたら、巨乳好きというアイデンティティをいとも簡単に捨て去るというの。
なんてペラペラな人間性なのだろうか。
大人の汚い一面を垣間見た気がする。
「ほっほっほ! いやはや、君とは良い友人になれそうだ。巨乳は体にピッタリな服を来ただけで、もう見えてしまっているも同然だからな。それに比べて貧乳はいい。親密な人にしか開けないそのパンドラの箱! そのいやらしさは巨乳にはない魅力なのだよ、分かるか、マコトくん!」
「ええ、全く異論ありません! その通りです!」
はっはっは、と二人で陽気に笑いあう。
胸の好き好みで意気投合するって、男とはこういう存在なのだろうか。
しかし、デイゴンもデイゴンである。
目に前にレディがいるのに、何のオブラートもなく女性の胸部について力説するって頭のネジが数本飛んでいるんじゃないかと疑いたくなる。魔法使いが空気中の元素とか諸々をエネルギーでコントロールできるのであれば、空気ぐらい読んでほしい。
私は兄を笑顔のまま睨みつける。
兄が私を連れてきたのはこれが理由だったか、と今更ながら振り返る。
頼られて少し嬉しかったのに、まさか私の胸でデイゴンと打ち解けるためだったとは。
貧乳の悪口を言われているわけではないし、ましてや称賛されているので非常に複雑な気分だが、「小さい胸」、「貧乳」などと繰り返しい言われると何となくイラっとしてしまう。
「はあ……さて、ちょっと気分もよくなってきた。せっかくだ、少しばかり飲んでいきなさい。いい酒を最近行商人から買い付けてな! 一人で飲むよりも人と飲んだようだ楽しいだろう! どうだね!」
「お、よろしいのですか! ぜひお供させてください!!」
「えーっと、私は未成年でお酒が飲めないので……ここで失礼しようかと……」
男どもの宴が始まりそうだったので、私は適当な理由をつけて帰ろうとする。
悲しいかな、私の胸部をネタとしてこの交渉のテーブルに盛ってくることで、私の役割は終わったのだ。
明日もバイトあるし、宴に付き合うよりも早く寝たい。
どうせこいつらが建設的でスマートな会話をするとは思えないし。
「お、コトミちゃんはお酒が飲めないのか! じゃあ搾りたての果実ジュースがある! せっかくだし、一緒に飲もうじゃないか!」
「い、いえ……明日仕事が早いので……」
「夜になったら帰ればよい! あとで馬車を手配しておくから、日が出る前に変えれば間にあうだろう。わしの馬車なら多少道が舗装されていなくても力づくで通れる!」
「あ、あの、申し訳ないですし……」
「もう日も暮れてしまったし、女の子一人で帰るのは危なすぎる! お兄様と一緒に帰ったほうが良いだろう!」
「えーっと……その……」
なんなんだ、このやたら押しが強い老人は。
私は単純に帰りたいだけなのに、なぜこれほど苦労しなければならないのだろう。家での睡眠時間を確保したいだけなのに、なぜこんなにも高い障壁が私の前に立ちふさがるのだろうか。
――勘弁してくれ。
私の時間は私のものだ。
誰にも左右されるものではない。
自分の時間を生きるのよ、コトミ。
誰が相手だろうと、自分の意思を強く持たないとダメよ。
そう思いながら、私は一つの決心した。
「わかりました……果実ジュースでお願いします……」
上司の飲み会を断れない新社会人の気持ちが、この瞬間分かった気がした。
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