第十二話 バイトをバックレておじいちゃんに会いに行くっておかしくないですか!?

 翌日、兄に連れられ、街の外れにあるとある古民家にやってきていた。

 ろくに舗装されていない、もはや道とすら言えない草むらをくぐり抜けた先にその目的の古民家があったのだが、私の感情はマグマのように熱く煮えたぎっていた。噴火寸前である。


「お兄ちゃん……いつか飲み水に毒盛っていい?」


「ダメに決まってんだろ。何言ってんだお前」


「だって!! 昨日の今日でまたバイト休んでるんだよ!! しかも今回はほぼ許可ないまま出て行ったようなもんだし!! またあのクソババアに怒られる……」


 私を転生の時に勝手に殺したことも含めて、兄にはかなり振り回されている気がする。

 都合の良い女だとでも思われているのだろうか。


「バイトなんて休んでなんぼだろ? 大した金にもなんないんだから、別にいいじゃん」


「お兄ちゃんねえ……大した金じゃなくても、その金がないと私たちは生きていけないの!! 大体、誰のせいでバイトしていると思ってんのよ!!」


「面倒くせえやつだな。あのババアといるより外の空気吸った方がマシだろ?」


「それはそうね。あのクソババアといるより、下水道の匂いを一日中嗅いでたほうがマシよ」


「お前、そこまで憎んでんのに、よくバイト続けられるな……」


「生活のためでしょ!! 明日のご飯のために私は働いてるの!!」


 あのババアと顔を合わせなくても良いというだけで、何重にも絡まった心の鎖が外れるような気持ちだ。一方で、次回顔を合わせたときにどのような仕打ちを受けるのか、震えている。


「……お、俺だって、お前を誘う必要がなければ呼ばねえよ」


「……へ?」


「今回はお前がいないとダメなんだ……俺には、お前が必要なんだよ」


「お、お兄ちゃん……!」


 巨乳好きの変態ではあるが、ビジュアルとビジネスセンスに関しては飛び抜けている兄だ。面と向かって「お前が必要だ」と言われたら、私ですら赤面してしまう。


 っていうか、ヤバい。

 見れば見るほど、カッコいい。


 まさか突然こんな風に求められるなんて、ロマンチックな何かがこれから発生しちゃったりするのではないか。異世界転生の冒険で恋愛はつきものだ。

 この物語が仮にラノベだとしたら、この世界でのヒロインは私だ。


「う、うん、じゃあ、ちょっとだけ……頑張ってみようかな……?」


「ありがとう、コトミ。恩に着る」


 素直な兄に益々私の好感度が上がっていく。


 そもそも、血繋がってないし、大人な関係になったとしても、別にアウトではない。森の中で突然襲われちゃう的なシチュエーションも、想像するだけで体温が上がる。アリよりのアリである。


 ……コンッコンッ。


「デイゴンさん、いらっしゃいますか?」


 そうこう考えているうちに、兄は古民家のドアをノックした。

 古民家の周囲には大きな庭があり、釜や様々な石などが無造作に置かれていた。あえて街外れに家を構える人物だ、何か特殊な職業に就いているに違いない。


「……誰じゃ?」


 小柄な老人が老朽化して今にも崩れそうな扉を開ける。

 私の肩ほどしかない身長の老人は、顔の半分を立派な髭によって覆い隠しており、まさに仙人を連想させるような身なりだった。


「突然失礼します。私、マコトと申します。セルカさんのパーティのサポーターとしてお仕事させて頂いておりますが、セルカさんよりデイゴンさんにお願いがあり、本日馳せ参じました」


 久しぶりに兄が丁寧な言葉を発しているのを見たが、違和感しかなかった。今日の身なりもいつものTシャツジーパンではなく、長袖のYシャツでしっかり仕上げて来ている。


 そして、恐らくその服は私の稼ぎからくすねて買ったものだろう。

 なんか最近お金の減りが激しいなと思ったのだ。


「セルカ……か。そうか、入れ」


 デイゴンはセルカのことを知っているようだった。

 私たちはデイゴンに導かれるがままに、家の中に入る。


 家の中はお世辞にも整頓されているとは言えず、様々な本や紙が床一面に散らばっていた。

 足元を見ながらではないと、ろくに歩けたものではない。ふと踏んづけた紙が実は超大事な書類でしたって責められるのも嫌だし、私は散らばった本と紙を巧みによけながら進んでいく。


「適当なところに座ってくれ」


「はい、失礼いたします」


 兄はそう一礼すると、木の椅子に座る。

 私も兄の隣の椅子に腰かけると、テーブルの向かい側に老人が座る。老人の背丈に合わせているのか、テーブルの高さが私たちにとっては相当低くなっているが、ここは文句を言う場面ではない。


「セルカとは懐かしい名前を聞いたもんだな。彼女がどうしたんだ?」


 デイゴンは決して笑顔ではないが、私たちを軽蔑しているわけではないようだ。

 私たちがセルカと繋がっているということが距離感を縮めているようだった。


「はい、単刀直入に申し上げます。デイゴンさんにぜひ魔法を教えてもらえないかと、セルカさんから」


「……セルカがわしに魔法を?」


「ええ。その通りです」


 私も初耳だったが、どうやら兄はこのデイゴンという老人を教師として招き入れたいらしい。


 先日帰り際に兄がセルカと会話していたが、どうやらこのことのようだ。

 セルカたちの練習を見てはいたものの、あくまでも自主練であり、模擬戦をやっているだけだった。特に教師がいるわけでもなければ、何か指針となる何かがあるわけでもなかった。


「デイゴンさんは、モースの村では一二を争う魔法使いだったとか。セルカさんも魔法を最初に教わったのはデイゴンさんだったと聞きます。このダスクの街周辺でデイゴンさん以上の魔法使いはいないでしょう。だからこそ、デイゴンさんにお力添え頂きたいのです」


 兄はデイゴンをやたら持ち上げる。

 社長だったこともあり、やたら営業上手である。いや、演技上手と言ったほうが良いのだろうか。


 しかし、デイゴンは眉間にしわを寄せながら、苦い顔を浮かべている。

 心の中で何か葛藤しているのだろうか、深呼吸をしながら感情を落ち着かせようとしているのが伺える。


「……すまんな、マコトくん……私は既に引退した身だ。もう魔法を使いたくはない」

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