第七話 おっぱい見たら襲い掛かるって牢屋にぶち込んだほうが良くないですか!?

「コトミ、いいかよく聞け」


 宿屋の受付から指定された場所まであと少しだ。

 町はずれの草原だが、冒険者の練習場としてよく使われているらしい。


「アフターケアは大事だ。新しいお客様を連れてい来るよりも、既存のお客様をリピーターにしたほうがコストを抑えて、利益を出すことが出来る。だから一度来た客はなるべく放したくない……分かってくれるな」


「お兄ちゃん……!」


 そうだ、お兄ちゃんはこう見えて世界経済を牛耳っていた経営者なのだ。

 世界で最も影響力のある若者ナンバーワンに選ばれたほどのカリスマなのである。


 確かに数分前まで、私は兄が下心で動くケダモノだと思っていたのは否定できない。


「コトミ、俺は借金を背負ってまでお前をこの異世界に連れてきてしまったことを申し訳なく思っている……だからこそ、リピーターを少しでも多く獲得する必要があるんだ。借金を払い終えたら、一緒に旅でもしよう」


 だが、それは単なる私の誤解。


 私が兄の真意を理解できなかったに過ぎない。

 ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんを乳しか見てない異常生物だと思ってしまって、本当にごめんね。


 私は自分の言動を恥じる。十字架があれば速攻で懺悔したいぐらいだ。


「あれ? もしかして、コトミさんですか?」 


 草原でパーティメンバーと一緒に魔法の練習をしていたセルカが近づく私たちに気づいたようで、話しかけてきた。

 魔法使いに特化したパーティと言っていたか、全員杖を持ち、遠距離の模擬戦をしているようだった。


「せ、せせせ……」


 セルカの姿を見ると兄がワナワナと震えだした。

 模擬戦に何か経営者から伝えたい新たな視点があったりするのだろうか。


 私は兄に期待の眼差しを送る。


「セルカちゃーん!! おっぱいおっぱい!! 乳、もませろおおおおおおおおお!!」


「やっぱてめえ乳が目的じゃねえええかあああああああああ!!」


 セルカに向かって全速力で走っていく兄に向って私はドロップキックを食らわせる。

 後頭部にいい感じにクリーンヒットし、兄を一旦戦闘不能にすることが出来た。


 前世でこの男が犯罪を犯さなかったのが不思議でならない。


「えーっと、調子は如何かしら? あはは……」


 直前の出来事を何とかごまかすように私はセルカに話しかける。

 兄は後頭部から煙を出しているが、まあ死にはしないだろう。トラックに轢かれるよりも、私のドロップキックのほうが威力としては劣るはずだ。

 

「はい! マコトさんのお話の通り、自分たちがやれることとやれないことを整理したんです。魔法は火力はあるのですが、タメが長いのが難点で……すばしっこい魔物を避けて、なるべく動きが遅いオークとか、大型の魔物だけに専念することにしました!」


「へえ……なるほどね……!」


 私の魔法に関する知識は酒場の客の会話を見聞きしたものでしかなく、実際に見た魔法も包丁を研いだり、こびりついた衣服の汚れを洗ったりするなどの生活魔法程度しかなかった。戦闘魔法に関する情報は初めて耳にするのだ。


 確かに思い返してみると、詠唱に時間を費やしていた記憶がある。

 魔法を使うと汚れがしっかり汚れは取れるのだが、ぶっちゃけ洗剤と漂白剤を洗濯機の中に入れれば割とどんな汚れでも落ちちゃう前世の科学力に勝るものはない。


「ちょっと幅を広げて次はドラゴンの討伐に行こうと思ってるのですが、ドラゴンは空中移動するので、今は魔法の飛距離を伸ばすための訓練をしてます。これもマコトさんから教えられたアドバイス通り、なあなあにせず、しっかり飛距離も計算してます!」


 素直さは美徳とはよく言ったものだ。


 セルカが相談しに来た時、兄は覚悟がありそうとはいっていたが、もしかしたら本当に兄の直感に触れる何かがあったのかもしれない。あれほど簡潔なアドバイスだ。普通の人であればそのまま流してしまうことすらあるというのに、実際に実戦に移せるのはセルカの強みなのかもしれない。


「クエストが徐々に上手くいき始めると、パーティメンバーの皆さんにも何とか理解頂けたようで! まだ借金は残ってますが……もう一度一緒に頑張ろうってことになりました!」


「そうなんだ! それは良かった!」


「ああ、良いことだ」


「うげ!? もう起きたの……? 早かったわね……」


 後頭部に大きなタンコブをぶらさげながら、兄は草原に胡坐をかいて座っていた。

 乳への欲求は痛みに何とか相殺することが出来たようだ。冷静さを取り戻している。


「組織は結局人だ。いくら良い製品……まあここでは魔法や技だな……があっても、一丸となって目的達成のために動かなければ意味がない。しかも人をマネジメントするのには、これといった答えはない。一人一人としっかりと向き合い、士気を高めていかなきゃいけない。だからこそ、今のパーティメンバーが全員前向きになれているのであれば、それ以上の大切な資産はない」


 兄は模擬戦に励んでいるセルカのパーティメンバーを眺める。

 全力で技の鍛錬に励んでいる女の子たちを見ていると、まるで小さい甥っ子の遊んでいる姿を見ているおじさんのように優しい瞳を浮かべる。


「……セルカの言う通り、パーティメンバーはセルカのために頑張ろうとしている。いい仕事をしたみたいだな」


「……はい! ありがとうございます!」


 セルカは宝石のように輝く笑顔で答える。

 脳みそは変態でも、経営に関しては一流である兄の言葉は変に説得力があった。実際素人の私が見ても、今のセルカのパーティが相談された時に聞いていたような殺伐感はない。


 限界近くまで練習を重ねているようで、相当疲労困憊しているようだ。

 だが、ところどころ笑い声が聞こえる。


 しかし、私は聞き逃さなかった。

 兄が練習中に彼女たちを眺めているときに放ったその言葉を。


 ――「汗かいた女の子ってエロいな……」

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