第六話 アフターケアをお兄ちゃんから率先してやるって不自然じゃないですか!?

「……絶対に下心でしょ」


 後日、私たちはセルカにもらった名刺を頼りに、セルカのパーティが宿泊している宿に向かった。

 宿主に聞いたところ、現在近くの草原で修行中とのことだったので、私たちもその草原に行くことにしたのである。


「なんだ、不満なのか、コトミ」


「不満も何も、この一日休暇取るために、私どんだけ詰め込みで働かされたと思ってんの!? 毎日十六時間は働いてるっていうのに、『一日休みたいなら三十二時間働いてから』って言われたのよ!! 一日二十四時間しかないのに!! そのせいでトイレにも行けず、風呂にも入れず、飯も食べずにぶっ通し……」


 労働基準法なんてないこの異世界では働けるまで働くのが普通だ。

 残業なんて概念ないし、最低賃金もない。契約した内容が全てであり、合意さえすればなんでも正当化されてしまう社会なのだ。


 契約に違反したときだけ政府へ訴えかけるが、それ以外は全てが自己責任である。


「相談者もいなくなったんだから、丁度いいじゃん」


「うっ……それもそうだけど……」


 兄の言った通り、無料相談ではなくなった途端にピタリと相談しに来る人は来なくなった。

 相談料も高くないのだが、それでも誰も相談しに来ない。兄の言っていた通り、貧乏人相手の商売で金儲けできると思っていた自分が浅はかだったのである。


 徳を積むにはいいのだろうが、私たちが今積みたいのは札束だ。


 今私たちがいるのは寄付する側ではなく、される側。

 施す側ではなく、施される側である。


「大体、あんなババアの下で働くなんて、お前も暇だよな。そこそこしか可愛くないんだから、若さを無駄にすんなよ、もったいない。あんな排水溝の匂いがする酒場とかで青春潰すとか、マジ勘弁だわ」


「もとはといえばお兄ちゃんが借金したからでしょうが!! あんなに働いても私、宿代と食費と利子分しか払えないの!! 元本が減らないからこのままだと異世界転生したのに一生宿屋生活なんですけど!!」


 特に厨房にいる時間が長くなっていたため、少しずつ自分の体に厨房の匂いが染みついているだろうと想像できた。

 実際自分の服を洗っていると、よくわからない獣臭がしたりするのだ。


 常に嗅いでいる自分の匂いでさえ、臭うと感じてしまうのは、赤信号である。

 それ以来、私は自分の服だけ二度洗いするようにしている。


「あああああ、もう異世界に来なければもっとウハウハ出来たのにいいいいいい!!」


 異世界に来たことによって、青春がどんどん潰れているという感覚はあった。

 前世ではなんだかんだ苦労して受かった高校生活を楽しみにしていたのだ。それがまさか太ったババアの下でブラック労働させられるとは思いもしなかった。


「んで、いい男いた?」


「いるわけないでしょ……料理人はドワーフだし、食材配達のお兄ちゃんも獣人だし……種族が違うっていうか……私は普通の人間と恋に落ちたいの!! ちょっと目元がきりっとしてて、長身で、クールだけど実は中身は大人な人がいいの!!」


「俺じゃん」


「……かつ、女の人の胸を突然触りにいかない人」


「じゃあ、俺じゃないわ」


 危うく遠回しの告白をするところだったが、兄のような変態を好む人は恐らく変態に違いない。

 というわけで、変態になりたくない私は兄を有望彼氏リストから排除したのだった。


「ただでさえ、毎日仕事しているっていうのに、たまの休みぐらい休ませてよー! なんでお兄ちゃんの退屈しのぎに付き合わないといけないわけ……」


 宿の雑務全般をこなすというのはかなり大変なのである。

 朝は朝食準備の手伝いをし、昼は大量の部屋の掃除、夕方はシーツなどの洗い物をさばき、夜は酒場で給仕しないといけないのだ。


 それを三十二時間ぶっ通しでやり続けたのだ。 

 もう一睡ぐらいしてもよいのではないか。


「まあ、そんなこと言うな。これも仕事の仕事の一環なんだ。分かってくれ」


「仕事って……。お兄ちゃんが『よしセルカちゃんに会いに行くぞ』って言った時の表情忘れてないからね! 何なのよ、鼻の下伸ばしちゃって。あんなにFカップがいいの……」


 突然朝起きると思い出したかのように兄がそう言い放ったのだ。

 現時点では単に本を好きのニートでしかない兄に発言権はほぼないに等しいのだが、「いやだいやだ!」と地団太を踏むものだから仕方なく承諾したのである。


 あの天使アルテマも同じような境遇だったのだろう。

 正直見てて恥ずかしかった。


「そりゃそうだろ。お前みたいなタッチパネルみたいな胸、俺が認めない」


「た、たたたたタッチパネルって!! た、タッチしたこともないくせに!!」


「……へっ」


「何よその表情!! ……まさか、タッチしたの? 私の貴重なファーストタッチを奪ったというの!?」


「……ふっ」


「うそよおおおおおおおおおおお!!」


 私の将来の王子さまに捧げるはずのファーストタッチが、女の敵であるこの男に奪われたのである。


 許さない。

 いつかこいつに彼女が出来たら、全てをぶちまけて修羅場を作ってやる。


 私はそう心の中で誓ったのである。

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