第五話 異世界人にポケ〇ンを理解させるのは難しすぎじゃないですか!?

 戦略ですか、とセルカは納得したようにうなずく。

 ただし、兄が用いている「戦略」の意味合いはセルカの描いている戦略とは少し異なるようだった。


「戦略は単に自分たちがどう動けばいいかっていう話じゃない。自分が果したい目的のために今持っている資源をどう割り当てるかということだ。ドラゴンが現れたらとりあえず一番強い魔法をぶっ放そうとか、そういう次元の話じゃない。目的次第では一定の強さ以上の魔物が現れたら逃げるという選択肢だってある」


「う……ううぅ……」


「もう少しわかりやすく説明したいな……」


 図星だったのだろう、セルカは顔を赤らめる。

 クエストだって、とりあえずノリで決めることが多い冒険者連中だ、兄が描いているほど精緻に戦略がイメージできているパーティのほうが珍しいのである。


「例えばだ、君がポケ〇ンで殿堂入りを目指そうとする。四天王がどのようなタイプなのか分析してから、どのポケモンのどの技で闘いに行こうかとか考えるだろ、普通?」


「ふ、普通……?」


「毒タイプの四天王だったら、エスパータイプ連れて行こうとか、ドラゴンタイプの四天王だったら、氷タイプの技習得させとこうとか、そう考えるだろ。普通?」


「そ、そうなんですね……普通なんですね、ポケモ〇では……」


 ポケ〇ンを昔からやりこんできた私からしたら、非常にわかりやすい例えなのだが、その概念が通用しない異世界人に対してその例えは厳しいものがある。

 スマホすら持ったことのない田舎のおじいちゃんおばあちゃんにユビキタスコンピューティングとか、マザーボードとか、API連携などの単語を使って会話するようなものである。


「だから、目的達成のために自分たちが持っている資源……ここではFカップのセルカちゃんのパーティメンバーの能力が何なのか理解して、何をどうすれば目的を達成できるのかを考えないとダメだ。場合によっては能力が足りなくて、助っ人を呼ばないといけないかもしれない。でも、それでいい。最も大事なのは目的を達成することだ」


 はじめはどうかと思ったが、それっぽいアドバイスが出来ているようで、私は少し安心する。

 Fカップの、とかいう形容詞は相変わらず余計だと思うが、言っていることは鳥肌が立つぐらいまともである。


「セルカがやらないといけないことは二つだ。自分のパーティに果たすべき目的をしっかり認識させること。自分たちが出来ること出来ないことを洗い出すことだ。それをするだけで、おのずと自分のパーティの『戦略』が見えてくるはずだ」


「な、なるほど!」


 最後までポケ〇ンの事例はセルカに理解してもらえなかっただろうが、話の大筋は分かってもらえたようである。

 なんだかんだ社長の座まで登りつめた兄だ、ところどころ変な説明ではあったが、内容自体はわかりやすくかみ砕いて話している。生前は後輩からの人望も厚かった彼だが、それはこの教育能力の高さに起因するのかもしれない。


「あ、ありがとうございます! なんか……頑張ってみようと思います!」


「それは良かった! 頑張ってね! えふか……えっと、セルカちゃん!」


 危ない危ない。

 兄の口癖が私にも移ってしまうところだった。


「あ、あの……こちら私のパーティの名刺です。まだ弱小のパーティですが、もしお困りのことがありましたら、ここまでご連絡ください……無料相談でしたが、せ、せめてお礼はさせて頂きたいので……」


 それじゃあ、私たちの借金も肩代わりしてくれ。

 と、内心呟くが、私は自制心が働くいっぱしのマドモアゼルなので、ここは笑顔でやり過ごす。


「じゃあ、胸もませ……ウゴゴゴゴゴ!!」


「お前ちょっとは自制しろ!!」


 私はお得意のチョークスリーパーを兄に食らわせる。

 この平らな胸が、私のチョークスリーパーの圧迫感を増大させ、より高みへと昇華させる。全く嬉しくはないが、兄の口をふさぐのには丁度いい。


「あ、セルカちゃん、気にしないで! 相談に来てくれてありがとうねー!」


「ほ、本当に大丈夫ですか!?」


「ウゴゴゴゴゴー、ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴー!」


 乳がー、乳が遠ざかっていくー。

 という叫ぶ兄の心の声がなぜか理解できてしまうのだが、私は気にしない。


 この魔物から女性を守るのが私の使命であり、目的。

 その目的を果たすためには腕の筋肉で兄の顎を潰すもやむなし。


「いいのいいの、またなんかあったら是非来てくださいねー。次回からは相談料取るけど、凄く歓迎するから!」


「は、はい! ほ、本当にありがとうございました!」


 セルカはそういうと、扉を開け、部屋から退出した。

 腕と胸で挟んだ魔物を解き放つと、相当苦しかったのか失神して机に突っ伏していた。


「……これで世界に平和が訪れたわね」


 さわやかな朝だ。

 一仕事終えたこのすがすがしい感覚、これが労働ということか。


「コトミいいいいいいい!! どこにいるんだい!! もしさぼってるの見つけたら、ただじゃおかないよ!! この宿の洗い物全部ひとりでやってもらうからね!!」


「はいいいいいいいいいい!! ただいまああああああああ!!」


 私はクソババアのバイトという新たな冒険へと旅立つのだった。

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