第三話 転生特典が全くないってどういうことですか!?

「はい……残念ながら……」


 天使も出てきたし、自分の死体も見てしまった。

 第一、死んだはずの兄が生前の姿、そして相変わらず社長とは思えないほどちゃらんぽらんとした性格でここに存在していることが、確固たる証拠である。


 この天使の言い分が正しいのであれば、これから兄は異世界へ転生することになるらしい。

 この兄め、トラック衝突のフラグをよくもテンプレのように回収してくれたなと思うが、まあいいだろう。私も死んでしまったとは言うものの、別に魂が消滅するわけでもない。


 余生を別の世界で生きなければならないのであれば、そうするしかない。

 所詮私も兄も、天使のシルバニアファ〇リーなのだ。


 海外では日本人女性は童顔で若く見られるためモテるともいうし、異世界でモテ気が来て彼氏が出来るかもしれない。ポジティブに考えれば考えるほど、このシチュエーションは悪くないのではないかとすら思えてしまう。


「転生するってことは、何か凄いスキルとかもらえたりするのでしょうか……!?」


 それだけではない。

 異世界へ転生するのであれば、チート能力というお決まりがあるではないか。


 もしかしたら前世よりもいい生活ができてヒャッハーできるかもしれない。それはそれでありである。


「いえ、ございません」


「……へ?」


「そういうチートとか、転生特典とか、そういうものはございません」


 まさか。

 いやいやいや。


 私は意図的に殺されてこんな地図にも載っていない場所に飛ばされてしまったのだ。

 命を失って、何も得るものがないというのは、なんて義理も人情もへったくれもない社会なのだろうか。


「あれですかね、今流行りの『見かけ弱いんだけど、実は最強でしたー!』みたいなやつ……ですよね?」


 そうだ、そうに違いない。

 最弱だけど、最強でしたとか。平凡だけど、実は勇者より強かったですとか、そういう類に違いない。


 能ある鷹は爪を隠す。つまり、そういうことなんだと思う。

 よくわからないけれど。


「いえ、そういうのでもないです。普通に弱いです。ごく普通の人間として転生します。記憶はそのまま引き継がれますが、それだけです。ザッツオールです……そろそろいいですか?」


「えええええ……」


 天使は本当に何も私たちに授ける気は皆無だった。

 ましてや、私たちにさっさと帰ってほしそうな顔をしている。


「あ、あれはどうですか!! 転生先がすごい貴族の家系とか!! それなら何とか挽回できるかも!!」


「いえ、それもないです。あなた、二人、異世界、行く。それだけです。それ以上何もありません」


 兄が地団太を踏んで私を連れてきたという状況を振り返ると、確かにこのアルテマという天使に同情する気持ちもなくはない。

 数多くいる死者の中でも飛び切り面倒くさい客だったのだろう。


「コトミ、お前ラノベ読みすぎだって……もっと現実見ようぜ?」


「こんな非現実的な空間でお兄ちゃんにそんなこと言われても説得力ないし……」


 目の前は天使で隣は幽霊である。

 一体現実とは何なのか、哲学的な疑問が私の頭の中をグルグル回っているが、そんなことを答えられるほど私の脳みそはシワシワではない。


「ただ殺されて、訳のわかんないところに飛ばされるだけなんて……」


 私は非情な運命を恨んでいた。

 突然名前も聞いたこともない外国へ引っ越すようなものだ。言語もわからないし、文化も知らないし、治安がいいかどうもわからない。


「まあ、いいじゃん、面白そうじゃん。異世界とか」


「そんな、気楽な……」


 しかも生き残る術になるはずのチート能力も全くないときた。


 不安にならないわけがない。

 今まで高校まで学んできたことが通用しなくなるのだ。


 もはや生まれたての赤子、いや猿、いやそこら辺の雑草とほぼ同じぐらいの価値しかないのだ。


「人生楽しまなきゃ損でしょ? とりあえず転生してみればわかるって。問題が起きたら、また一緒に考えようぜ。一生に一度のお願いだって! な? な?」


 兄は歯をむき出しにして笑う。

 それは少年のようで、上場企業の社長とは思えないほど真っ直ぐで、それは呆れてしまうほどだ。


 いつもそうだ。

 この兄はどんな状況でも、辛くても、楽しむ人なんだ。


 彼が常に大企業のトップでいられたのは、経営者としての知識だけではなく、常に周りを楽しく動かせるカリスマ性があったからだ。突拍子もない思いつきで動いたりする人だが、誰も彼がグローバル企業の社長であることを疑わなかったし、尊敬していた。


 そういう人格の持ち主だからこそ、みんな彼についてきたのだ。


「はいはい、わかったわかった……じゃあ私も転生するよ……それでいいでしょ?」


「そうこなくっちゃ、コトミさん! あざっす!」


 私もその生きざまを見続けてきたし、そして救われた人間でもあった。


 異世界に入ってまで、この兄の世話をしないと行けないと考えると頭痛がする。だが、一生に一度のわがまま、ここで聞いてあげても損はないだろう。もう死んでいるので、このお願いがどっちの一生に入るのかは後で確認することとしよう。


「では、いいですね? 転生させますよ? ……はあ……定時すぎちゃったし……」


 天界に定時という概念があることがチラッと露呈しつつも、天使は私がこの空間に来たときと似たような形の魔法陣を出現させる。

 二人分なのだろうか、少し大きめのようだ。


「はい、では乗ってください」


 私たちは促されるがままに魔法陣の上にのる。

 眩しい光が私たちを下から思い切り照らす。


「はい! お願いします!」


 光は瞬く間に私たちを包み込むと、意識を失ったのだった。

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