第四話 転生に事務手数料がかかるってどういうことですか!?
「はい、起きた起きた!」
「え、ほ、ほえ!?」
それは意識を失ったと感じたと思った瞬間とほぼ同時だった。
コック帽を被った太った中年女性にほっぺたを平手打ちされて、私は起きたのである。
「あんたらが今日転生してきた兄妹かい!? いつまでも寝てんじゃないよ!!」
隣には頭に大きなタンコブをのせた兄があぐらをかいていた。
兄の寝相はかなり悪いので、相当ボコボコにしてようやく目が覚めたということなのだろうか。
「えっと、ここは……?」
転生したばかりの若者を力ずくで叩き起こすって人間としてどうなのか、と心の中でボヤきつつも状況を把握しようと試みる。
簡素なベッドが二つ並べられ、私たちはそこに寝かされていた。屋根裏部屋だろうか、屋根の骨組みが丸見えだった。
「はあ、あんたたちまだ若いのにボケちまったのかい? ここは異世界だよ! あのアルテマのやつが言ってただろうに!」
ふむ、何なんだこのババアは。
別に突っかかるような言い方で質問したようなつもりはなかったのだが、やけに私に対して刺々しい。
とりあえず若者の存在が気に食わないので、何をやろうにもイチャモンをつけてくるオバ様やオジ様は前世にもいたもんだが、このババアもその類なのではないかと推測する。
こんな時には、私たちが大人にならなければならない。
若者を大人にさせる訓練をさせるという意味では、このババアは私の教育に成功したのである。
「……て、天使をご存知なんですね?」
「はあああ!? 歳だからって馬鹿にすんじゃないよ、この小娘が!! 天使ぐらい知ってるに決まってるだろうが。あいつから直々にうちんところで世話するように言われたんだから、仕方なく入れてやってんだよ!! ちょーーっと若くて可愛いからって調子に乗ってんじゃないの、あんた!?」
「そ、そんなことはないですよ。あはは……」
……。
うぜええええええ!
冷凍庫に入れてコールドスリープさせてええええ。
……と、心の中で呟くが私は愛想笑いを貫く。
我慢、我慢よコトミ。
ここで耐えぬけば、私は一つ大人の階段を登ることができるはず。
このババアよりも人徳のあるレディに私はなってみせる。
「ばあさん、話があんだろ? さっさと話せよ」
「あん? 何だいその口の聞き方は!! こういう礼儀を学ばないから最近の若者は馬鹿にされるんだよ、ほーんとやだやだ! 親の顔が見てみたいわ!!」
いや、馬鹿にしているのはあんただろう。
これほど露骨に、しかも包み隠さずに私たちに敵意を向けてくるオバ様が前世にいただろうか。
怒りを通り過ごして清々しい。もはや蝋人形にして博物館に飾りたいぐらいである。
「はあ……あんたたちとはいくら話しても話が通じる気がしないよ」
いや、それはこっちのセリフだよ。
もちろん、そんなことを言ってもこのタイプの中年ババアは「はいそうですか、大変失礼しました、ごめんなさい」で終わるわけがなく、無駄に逆上させるだけなので、私は言葉を飲み込む。
私の愛想笑いスキルが一レベル上がった。
「……ほら、請求書だよ。さっさと払って、こっから出てってくれ」
若者の言葉が通じないババアから渡された一切れの紙を読む。
文字は日本語とは異なるようだが、どうやら私たちは読めるようになっているようだ。
転生特典はないかもしれないが、生活に支障をきたさないレベルの補正はかけてくれているようだった。
だが、注意してほしい。
読めるからと言って、内容を理解できるということではない。
「え、え、え? ……な、ななな、なんですか!? この請求書!?」
異世界転生事務手数料、金貨百枚。
異世界転生魔法陣使用料、金貨百五十枚を二人分で三百枚。
転生先斡旋費、金貨十枚を二人分で二十枚。
天使ランチ代、銀貨一枚。
「はあああ? あんたタダで転生できると思ってたのかい!?」
私は血の気が引いた。
ここの通貨の価値は理解し切れていなかったが、なんとなく膨大な金額をふっかけられているのだけは分かった。
転生に事務手数料がかかるとは、なんて現金な世界なのだろう。
区役所などで戸籍の手続きをしても手数料はかかるが、まさか天界でも同じようなルールで動いているとは思いもしなかった。
「お兄ちゃん、これどういうこと!? 知ってた!?」
「マジか……こんなに金かかるのか……」
兄は請求書を覗き込みながら、そう呟く。
想定外の金額に驚いていたが、請求書がくることに対してはそれほど
驚いた様子を見せなかった。
「……知ってたんだね?」
「ん? まあ、知ってた。『高いけどマジで転生するの?』ってあの天使に念押しされてた。まさかこんなにかかるとは思ってなかったけど、へへ」
「『へへ』じゃないから! 『へへ』じゃこの借金返せないから!!」
まさかマイナスからのスタートである。
ゼロから異世界生活を始められたらどれだけ幸せだっただろうか。
「もうどうすれば……!」
異世界に来たばかりで右も左もわからないのに、初めて知ったのが自らの借金の額だと何と悲しい運命なのだろうか。
現実世界でも借金したことないのに、異世界に来た瞬間に借金を背負うことになるなんて。
あの天使は私にチート能力もないって言ってたし、もう何を支えにこの借金を払えばいいのか検討がつかない。
どうやってこの請求書を処理すればいいかあれやこれや考えていると、ババアが上から目線で追い討ちを掛けた。
「しかも言っとくけどね!! この金全部あたしが立て替えてるから、毎月利息をつけてしっかり払ってもらうからね!!」
どこかの森のたぬきは突然来た住人に借金を押し付けるものの、催促もしなければ利息も付けなかったというが、そんなたぬきの優しさはこのババアには通じない。
「そんなあああああああああ!!!!」
私はこの家中に響き渡るぐらいの大声で叫ぶのだった。
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