第二話 私もついでに転生するって適当じゃないですか!?
そこには私に脱ぎたての靴下を私の顔面に投げつけるのが日課だった兄がピンピンして立っていた。
「お、お兄ちゃん……なの? ……幽霊?」
「ん? そりゃ、幽霊だな。お前だって俺の死体みたじゃん。しっかり死んでたじゃん」
「そりゃ、確かに見たけどさ、数分前に見たばっかりだから信じられないんだって」
私の最後の記憶では兄は既に冷たくなっていたし、しばらくすれば火葬されて塵となっていたはずだ。遺骨は海へまかれ、美味しい魚の餌になる予定のはずなのに、なぜこんな薄暗い空間で突っ立っているのか、私には理解できなかった。
「っていうか、お前も死んでるからな」
「……へ?」
兄の発言を私は理解できなかった。
兄がトラックに激突されたのは紛れもない事実だし、私がその目をもって確認しているので、疑う必要もない。しっかり冷たくなっていた。
でも、私が? 死んだ?
いやいやいや、まさか。
私はまだ若い。ピチピチの女子高生だ。これから彼氏を探して、ハメを外しまくろうと思っていたところである。
健康診断で再検査になったこともないし、体重もやせ型だ。
虫歯になったことがないのも自慢だし、ハーフマラソンも完走できるぐらいに体力はある。
周りから「コトミちゃんは健康だけが取り柄だね」とよく言われたものだ。
「……どゆこと?」
私の脳みそでは解が導き出せず、兄にことに真相を聞くとした。
今この状況がちんぷんかんぷんすぎる。見た感じ葬儀場ではないし、私を包んだあの光の正体も分からずじまいだ。
「では、わたくしの方から説明させて頂きましょう」
「うわあああぁ!? ……ビックリしたあ」
突然空から翼の生えた半裸の女性がおりてきた。
パンツとブラジャーしか身に着けていないではないか。よくそんな服装で人前に出られるなと感心してしまうと同時に、同じ女性として見ていて恥ずかしくなる。
そんなに薄着でスース―しないのだろうか。
女の子の日だった場合、パンツからはみ出たりしないのだろうか。
まさか、タン〇ン派なのだろうか。
様々なこと想像していると、兄が隣でヒーフー言っていた。
「はーはっはっは!! ビビってやんの!!」
「うっさい、クソ兄貴!! ちょっと黙れ!!」
私は全力で兄の頭を殴る。
生前殴り慣れていたので、もう遠慮はなくなっていた。既に死んでいると言っていたし、もう死にやしないだろう。
「……えーっと、よろしいでしょうか?」
「は、はい」
兄が私の力によって黙ったことを確認すると、私は目の前の半裸有翼人的な生き物と会話することにした。
「……コホン……わたくしは、天使アルテマ。地球での転生を任されているものです」
「ふむふむ」
「私のもとで死者の希望を聞き、異世界に転生するか、それとも天国で輪廻を待つかを選択してもらうのです」
「ほえー」
「そして、マコト様は異世界への転生を希望されたのです」
「そうなんですねー」
私は思考を巡らす。
ライトノベルなどを読んでいても常に思うのだが、なぜ天使は奇抜なファッションを好むのだろうか。
どうせ人間に会うことなんて滅多にないし、イメージを作る必要もなかろう。
Tシャツにジーパンとか、上下ジャージとか、もしパリッとした印象が必要なのであればスーツとか、そういう人間に寄り添ったファッションのほうが親しみやすいのに、とか思う。
というか、やはり薄着すぎるのが気になる。
天界では布不足が深刻だったりするのだろうか。
またはヌーディストビーチのように、「脱いでいないと逆に失礼」みたいなカルチャーなのかもしれない。
もし天使が元々人間だった場合、天使に生まれ変わることで価値観も変わるのだろうか。
分からない。
謎は深まるばかりだ。
「……あのー……聞いておりますか、コトミ様?」
「あ、はい。大丈夫です、天界はヌーディストビーチだというところまで理解しました」
「違いますよ!?」
「あああ、ごめんなさいごめんなさい!! つい考えていたことが!!」
危ない危ない、つい考えていたことが口走ってしまった。
ここは大事なところだ、物語でいえば序盤中の序盤。天使からのお告げがこれから何かしらの伏線になるに違いない。
「……ふう、では続けますよ……しっかり聞いてくださいね……」
「はい、お願いします!」
天使は長い深呼吸をすると、話を続けた。
「マコト様が転生を決めると、突然駄々をこね始めたのです。地べたをはいずり回り、転生用の魔法陣に引っ張ろうとしてもフジツボみたいに地面にはいつくばって『一人じゃ寂しいから、誰か一緒に転生させてくれ。特に年上で巨乳のお姉さんがいい』といってわめいていたのです」
「うわあ……」
世界を股にかけるグローバル企業の社長だとは思えない低レベルな争いを天界で繰り広げていたとは誰が想像しただろうか。
今も多くの経営関係者や兄のファンが涙を流しているというのに、あろうことか地団太を踏みながら「年上の巨乳のお姉さん」を天使に懇願するなど、極刑ものである。
「ですが、天使として、マコト様をそこまで特別扱いするわけには行きません。そこで『マコト様に一番近い女性』を転生することで妥協することにしたのです」
なぜそれが妥協案になるのかが全く理解できなかったが、更に兄の恥ずかしい側面を語られても面倒くさかったので、私はとりあえずスルーする。
「お前さっきまで俺の死体の上で泣いてたろ? そしたらお前が来ちゃったからさあ、萎えるよなあ全く。乳ないのに」
「せ、成長期なだけだし!! 伸びしろあるし!!」
私は兄の遺体の上で泣いていたのは事実だが、そのせいで厄介ごとに巻き込まれてしまった。
まさか、この兄は私が遺体上に覆いかぶさって泣いていたことをと遠目で見ていたということだろうか。なんという羞恥プレイ、天界にはプライバシーという概念が存在しないのか。
「……転生するためには一度死ぬしかありません。そのため、とりあえずコトミ様には死んでもらうことにしました」
「え? とりあえず? そんな簡単に?」
「ええ……とりあえず心臓発作で」
「心臓発作!?」
その「ちょっとそこのファ〇マ行って、ファミ〇キ買ってくるわ」的なノリで私の大事な大事な命が奪われたということらしい。天界は極めて横暴な命のやり取りがなされる場所のようだ。
「ええ、心臓発作が不満でしたか? 誰でも突然心臓発作になりえますし、かなり自然な死に方をチョイスしたつもりですが……」
「い、いえ、不満なとこはそこじゃないです……」
別に死因にこだわっているわけではない。
もしこの天使の言っていることが正しいのであればもう死んでいるわけだし、心臓発作だろうが、トラックに轢かれて死のうが、黒いノートに名前を書かれて死のうが、結局行きつく先はここなのだ。
私が不満なのは「そもそもなぜここに私が連れてこられなければならなかったのか」という部分なのだが、この天使と兄に聞いても大して納得のいく回答を得られる気がしなかった。
「ほらあそこ見てみろよ、あたかもお前が俺が死んだショックで死んだ感じになってる!」
「本当だ……私死んでるじゃん……って!! こうなったのもあんたのせいでしょうが!!」
兄が指した空間に映し出されたスクリーンのようなものに、兄の葬式がそのままライブ放送されていた。
私は兄の遺体に覆いかぶさるように眠り、周りの人々から心肺蘇生術を施されている。
頑張れ、頑張れ。もしかしたら生き返れるかもしれない。
私は心の中で救急隊員のお兄さんたちを応援していた。
「……まあ、あんなことしても無駄ですけどね。コトミ様は死んでますし。生き返ることはありませんよ。わたくしが保証します」
「私の命が……」
周囲の人々が私の命をかけて一生懸命頑張ってくれているのに、天使の元も子もない発言で台無しである。
所詮人間なんて天使の掌で遊ばれるシルバニ〇ファミリーの人形と同じぐらいに違いない。この異世界転生も、天使目線からすればウサギの人形を一つの家から他の家に移すぐらいの感覚なのかもしれない。儚いものだ。
「……というのが、いきさつです。ご理解頂けましたでしょうか?」
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