49 月神ツクヨミの覚醒

 スサノオの奴、いったいどうしたんだ?

 咲良を襲った古神を見て、俺は驚愕した。

 三貴神に相応しい威厳と気品をまとった武者の古神は、特撮テレビドラマも顔負けのチェーンソー怪人に変貌していた。明らかにヒーローじゃなくなってるぞ、おい。

 

「子供たちの夢を返せ」

『響矢。常夜はいつも夜だから、子供向けの番組はやってないと思うよ』

「俺の元の世界のネタによく付いてこれるな、咲良」

 

 思わず、どうでもいい夫婦漫才を咲良としてしまった。

 その間にもスサノオは雄叫びを上げ、こちらに向かって突進してきている。あんな激しい動きをして、中の操縦者はどうなってるんだ?

 

「っつ!」

 

 俺は太刀でスサノオの攻撃をいなしながら、後ろに下がった。

 まともに受けたらサルタヒコごと一刀両断されそうだ。

 

『久我、城州の古神は持って来なかったのか?!』

 

 八束が味方機の通信チャンネルを通して指摘してくる。

 

「それは相棒に任せた」

『ちっ。この場で対応できるのは私だけか』

 

 八束の舌打ちの音が聞こえる。

 

『だが、まあいい。私が拿捕すればスサノオはもう常夜のものだ。ありがたく頂こう!』

「待て待て」

 

 ピンチをチャンスだとばかり、考えを切り替える八束。

 前向きなのは結構だが強奪前提なのはよろしくない。

 

『いかな三貴神スサノオと言えど、母なる神には勝てまい。その力を示せ、イザナミ雷霆らいてい!!』

 

 八束の古神の周囲に、雷が荒れ狂った。

 激しいプラズマの中で悠然と立つ古神は、女王のように気高く輝いている。道理で、女性のようにくびれのある細いシルエットの古神だと思った。あれは俺でも知っている有名な女神、黄泉神イザナミ。

 

 でも、そんな上級の古神に乗っていながら、なんで八束はここまで戦闘を長引かせていたのだろう。

 

『このイザナミは、本体の力を三つに分けた一体。複製された人造神器だ。だが複製機体であっても、並の上級古神と同等の力を持つ。貴様との決闘には、本体のイザナミを使ってやる。光栄に思えよ、久我!』

 

 俺の疑問を察したのか、八束は説明を付け加えてきた。

 決闘の話は彼の中で確定事項らしい。

 それにしても、決闘で使う八束の機体はもっと強いのかー。俺は、まるで少年漫画の強敵が残り二回の変身を残していると聞いた時の気分になった。

 

『スサノオ、貴様の怒りごと打ち据えてやろう! 冥神の裁定を見るがいい!』

 

 八束の古神は、ほこを真っ直ぐ天にかかげた。

 集まったプラズマが一筋の光の柱となり、夜空を割る全長数十キロの長大な矛の切っ先に変化する。

 

 まさに世界を割り砕く一撃。

 八束は矛を真っ直ぐスサノオに振り下ろした。

 

「すごい……でもスサノオをぶったぎって、常夜の街まで破壊するんじゃ」

 

 あまりの威力の攻撃に、俺は逆にやり過ぎではないかと不安になる。

 しかし。

 

『何だと……?!』

 

 チェーンソーのようになった大剣は砕けた。

 大地に打ち落とされたスサノオは、しかし、クレーターの底で膝をつき、両手で矛の切っ先を受け止めているではないか。

 その強靭な膂力に、八束も驚愕を隠せない。

 

 

 オオオオオオォォ!!

 

 

 スサノオは吠えた。

 ぞくりと俺の背筋に戦慄が走る。

 何か尋常ではない力が働いているようだ。

 

『……たす……けて……』

 

 ザザザというノイズ混じりの音声が、不意に俺の耳に飛び込んできた。

 発信元を特定すると、それは何と、スサノオの操縦者からだった。

 

『愚か者が、まだ生きているのか。すぐに息の根を止めてくれよう』

 

 同じメッセージを聞いた八束が言う。

 

「ちょっと待て!」

 

 俺は叫びながら、サルタヒコを地上に降下させた。

 スサノオの通信回線が生きているのは何故だ?

 

 悪鬼と化したように見えるスサノオ。怒りに吠えるその姿からは、通信回線が生きているように到底見えない。

 それどころか、神の怒りに触れた操縦者の生命も危ぶまれる状況だ。

 

 だが実際には操縦者は生きていた。

 だとすればスサノオは、それを赦したということになる。

 

 古神は単なるロボットじゃない。

 神の器。

 その機体には、神の意志が宿っている。

 

 神は操縦者を殺そうとしていない。

 その怒りは、操縦者に向けられていない。

 

 唐突に、俺は天啓のように、スサノオの怒りの理由を理解する。

 

 古神は未熟な操縦者に憤っている訳ではない。

 スサノオは神様だ。

 そんなちっぽけな理由で怒るほど狭量ではない。

 慈悲深く寛容で、人間を愛している神様なのだ。

 

 スサノオは操縦者を死地に追い込んだ、黒幕の司令官に怒っている。

 あるいは資格なき者に操縦をさせた、人間たちの軽易な認識そのものに怒っている。

 そして人間を正しく導けなかった己自身に怒りを抱いている。

 

「スサノオを止めて、中の操縦者を助けてやらないと!」

 

 愛の反対は憎しみではなく無関心だと、誰かが言っていた。

 スサノオの怒りは愛ゆえだ。

 それゆえにスサノオは操縦者を殺していない。

 

「止めろ八束!」

 

 俺は、イザナミ雷霆に太刀を投げつけた。

 体勢を崩された八束は、技の発動をキャンセルする。

 

『何をする久我!』

「スサノオは俺の古神だ! 八束、お前は黙って見てろ!」

 

 久我のご先祖様が残した機体だ。

 託された俺には、スサノオに関して責任がある。

 

『響矢、空を見て! 月が』

 

 咲良からの通信。

 見上げると夜空に浮かぶ二つの月のうち、一つが段々大きくなっている。

 月が地上に近付いている。

 落下しているのだ。

 

「間に合ったか」

 

 ハプニングにつぐハプニングだが、俺は冷静だ。

 狸の伝言の意味が、やっと分かった。

 

「俺はここだ、たぬき!」

 

 ぐんぐん近付く月に、暴れていたスサノオも動きを止めている。

 淡い卵色の光輝が溶けて、一体の古神が姿を表す。

 月に擬態していた古神が顕現したのだ。

 

 その古神は、狩衣を着た陰陽師のような姿をしていた。

 薄紫の装甲に銀色のライン。両手両足は狩衣の裾に隠れたような形だが、広がった狩衣が翼のような形となり、古神全体が飛翔に適した飛行機にも見える。

 古神を取り囲むように、巨大な三日月型の金環が二本、交差していた。

 

「咲良、サルタヒコを頼む!」

 

 俺は地上に降りたサルタヒコの胸部ハッチを開け、目の前で輝いている、その古神に飛び乗る。

 待ち構えたように古神の胸部が開き、俺を迎え入れた。

 既にシステムは起動している。

 あとは認証するだけだ。

 白い操縦席に座り、アームレストに埋め込まれた翡翠の勾玉に触れる。

 

『月神ツクヨミ 覚醒しました』

 

 空中にメッセージが浮かんだ。

 日本三貴神の一柱、月神ツクヨミ。

 この機体なら、スサノオも八束も両方、制圧できる。

 

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