48 古神を操縦する資格

 大神島の天照防衛特務機関の基地内を闊歩かっぽしながら、仮面の男はほくそ笑んだ。


「ふっ、誰も俺が偽物だと疑わないな。一部をのぞいて」 


 天岩戸の戦いで有名になった若者、久我響矢について、その過去も出自も謎に包まれている。跡取りのいない久我家に突然現れた、直系の男子。誰も知らなかった天才的な古神操縦者。

 

 胡散臭いと、一部の識者は疑念を抱いている。

 しかも、あの伝説の久我家なのだ。

 幕末の古神復活戦争で活躍した、久我透矢。日の本に危機あらば久我家の末裔が現れる、という伝承まで残した名家。

 都合が良すぎる。

 英雄の再来を演出するために、機関がでっち上げた偽物の古神操縦者ではないか。

 

「久我響矢の顔を知る者は少ない。過去もない。入れ替わるのは造作もないじゃないか。やはり本物の久我響矢も、本物・・ではないのだろう。偽物なら、偽物が偽物にすり替わったところで、どうということもない。入れ替わった俺が本物になれば、久我家の伝説は真実になる。後の歴史家は、俺の所業を久我の名前で好きに書き立てるだろうさ」

 

 念のため、本物の久我響矢を名乗る古神操縦者は、始末する必要がある。

 コンゴウの起動式典から逃げ出した若者が、本物の響矢だと知ったのはつい先刻のこと。

 本物の響矢が、初代アメノトリフネに乗って常夜に逃げ込んだと聞いた。

 

「二代目アメノトリフネに、スサノオを積んで常夜へ出航させろ。操縦者は、キサラを呼べ」

「はっ」

 

 キサラは、黎明の騎士団で密かに育成している、新しい霊薬で霊力を倍増させた操縦者だった。スサノオの要求霊力値は高いが、キサラなら条件を満たせる。

 

「お呼びでしょうか、ナリヤ様!」

 

 間もなく目を輝かせた柴犬のような青年が、執務室に駆け込んできた。

 

「キサラ、君にスサノオを任せる。偽物・・の久我響矢の討伐に赴いて欲しい」

 

 黎明の騎士団の部下たちと、一般人には、仮面の男が本物の久我響矢だということにしてある。

 占拠した大神島の人間の中には、本物の久我響矢を知っている者もいるが、箝口令が敷かれ、真実を口にするものはいなかった。

 仮面の男が偽物だと知っているのは、ごく一部の人間だけだ。

 

「はい、お任せ下さい!」

 

 キサラは勢いこんで首肯する。

 彼は修行によって霊力が伸びたと勘違いしているが、実際は食事に混ぜこんだ薬の効果だった。

 この戦いで霊力を使いきってしまえば、もう戦場に出られないだろう。

 真実を知るのは、仮面の男と一部の上層部の人間だけだ。

 

「ナリヤ様はどうされるのですか?」

「俺は大神島で、お前たちの朗報を待っている」

 

 仮面の男は、常夜へは行かずに大神島で待つことにした。

 指揮官は前線に行かないものだ。

 

「アメノトリフネ、常夜に向けて出航しろ。時空転移、用意!」

 

 大神島の海中から、二代目アメノトリフネが波を割いて浮上する。

 白い時空転移ゲートが上空に出現し、アメノトリフネはゲートを潜り抜けた。

 途端に世界が暗転する。

 二個の月が浮かぶ、常夜の空がスクリーンに映し出された。

 

「キサラさん、スサノオはどうですか?」

『はい! すごいです、スサノオ! 力が溢れてきます!』

 

 興奮したキサラの声。

 

「初代アメノトリフネの反応を確認しました。それではナリヤ様のご指示通り、初代アメノトリフネと、それを守る古神を撃墜して下さい」

『了解しました!!』

 

 暗い森の中から、初代アメノトリフネが飛翔を始める姿がスクリーンに表示される。初代は二代目より機体が大きい。しかし恐れるに足りない。

 こちらには三貴神の一柱スサノオが付いているのだから。

 

 

 

 

 初代アメノトリフネに急いで戻った咲良は、格納庫で古神に飛び乗った。

 

「アメノウズメ、発進します!」


 アメノウズメは、踊り子の姿をした古神だ。

 響矢が見たら「バレリーナの人形みたいだな」と言うかもしれない。

 特徴的な外見は、機体を取り巻く帯だ。白い帯は螺旋を描いてアメノウズメを包んでおり、遠目から見ると機体がビー玉のようだ。

 

『援護する。というか追い返すぞ』

「八束!」

 

 飛翔するアメノウズメに、八束が操縦する常夜の古神が並ぶ。

 

『常夜を侵す不届き者め!』

 

 八束の古神から、稲妻が走った。

 稲妻は、スサノオの厚い装甲に弾かれる。

 

「効いていないの?!」

 

 咲良は愕然とした。

 スサノオの装甲が頑丈なことは、以前の戦いで響矢が証明している。

 だが実際に敵対してみて、それがどれほど厄介なのか、思い知った形だ。

 

『ちっ』

 

 八束の舌打ち。

 続いて飛び降りざまに振り下ろされた大剣の一撃を、アメノウズメは全身にまとわせた帯で弾いた。

 

「アメノトリフネは、私が守る!」

『ほう、見事だな』

 

 咲良の操縦に、八束が感嘆の声を上げる。

 アメノウズメは舞踊の神。

 その舞は、攻防一体の妙技だ。

 

「っつ!!」

 

 次々に剣を振るってくるスサノオを、咲良は必死でいなし続ける。

 それは全身全霊を掛けた決死の舞であった。

 第三者から「美しい」とさえ見える戦闘の中で、しかし咲良は内心焦っていた。

 

「……このままじゃ、長く持たないっ」

 

 白い操縦用襦袢パイロットスーツが、大量の汗で濡れている。

 咲良は、攻防に体力も神経もすり減らしていた。

 

「早く終わって……!」

 

 敵が力尽きるのを願ったのが、聞き届けられたのだろうか。

 突如、スサノオの動きがピタリと止まった。

 

「操縦者の体力が尽きたのかしら……?」

『……いや』

 

 八束が唸るような声を出した。

 

『愚か者が……資格がない者が乗ったな!』

「資格?」

 

 

 

 

 スサノオの動きが止まった。

 若き操縦者キサラは戸惑った。

 

「どうしたんだ、スサノオ」

 

 操縦室の空中に赤い「怒」の文字が浮かぶ。真夏の心霊現象のごとく、「怒」の文字は次々と増え、キサラの視界を埋め尽くしていった。

 

「止まれ! なんで止まらないんだよ!」

『どうしましたかキサラ』

「スサノオが、おかしくなって」

 

 ブツンと通信が途切れた。

 そこはもう棺の中なのだと、キサラが理解するまでそう時間は掛からなかった。

 

 


 

『……確かに上級の古神でも、要求霊力値を満たしていれば、搭乗できる。しかしそれは、操縦できるという意味ではない』

 

 スサノオの輪郭から、赤い炎がにじみでる。

 頭部を覆う武者の兜が割れ、吊り上がった三角の紅瞳が現れた。

 八束は説明しながら、機体を後ろに大きく退かせる。

 

『古神は、神の器。搭乗者は常に、神に測られているのだ。操縦者として相応しくない者を、神は赦さない。見ろ、ニギミタマがアラミタマに変異するぞ!』

 

 スサノオの手にした大剣が、荒々しいジグザグとした形状に変化する。

 先刻まで単なる機械に過ぎなかった古神が、その名の通り大いなる神となり荒れ狂っていた。

 もはや操縦者がいる動きではない。

 

 獣のように吠えたスサノオは、大剣を何もない空中に向けて振るう。

 赤い衝撃波が弧を描いて走った。

 

 紅炎の波が空中を駆け抜け、二代目アメノトリフネにまで及ぶ。

 スサノオの一撃を受けた二代目アメノトリフネは、駆動部から炎を吹き出し、煙を上げながら落下し始めた。

 

「味方まで?!」

『もうあれは祟り神と化したスサノオだ。中の操縦者はいなくなっている。敵味方関係なく襲ってくるぞ!』

 

 戦慄する咲良の前で、スサノオは紅瞳を不気味に輝かせた。

 

「こっちに向かってくる?!」

 

 アメノウズメに飛び掛かってくるスサノオ。

 もう体力が尽きた咲良には、防御する余裕がない。

 咲良は目をつぶった。

 お願い、助けて、響矢。

 

『……咲良!!』

 

 横合いから飛び込んできたサルタヒコが、太刀を振るってスサノオを弾き飛ばした。

 

『良かった、間に合った!』

「響矢!」

 

 サルタヒコが黒い翼を広げ、アメノウズメの前を滑空していた。

 

 

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